第6話 嵐を呼ぶ転校生
入った時間が登校時間ぎりぎりだったからか、クラスには既に何人も生徒がいた。だが、この時間には絶対にいる担任の先生がいない。え、嘘、まさか。マジで? そんな不穏な予感をしつつ、俺は敏明と別れて、クラスメートの合間を縫って自分の席へと向かった。
「冬休みどうだった?」
「スキーに行ってこけた」
だの、
「私ずっと寝て過ごしててさ、ちょっとお腹がね……」
「あーし彼ピとずっといた!」
だの、定番(?)な会話がクラス中でなされる中、塾の冬季講習以外ほぼ外に出なかった俺は、一人自分の席に座った。それと同時にチャイムが鳴った。セーフである。
それから数秒して、先生が教室に入ってきた。珍しい。彼女が遅刻をしたのは初だと思われる。
「すみませんね! 直前に少し急用が入ってしまったので、遅れてしまいました。それじゃ号令、お願いしますね」
彼女は苦笑しながらそう言い、日直が朝の挨拶をしてホームルームが始まった。
「皆さん、明けましておめでとうございます。気づけばもう、高校生活最後の一年に突入しようと……」
明けましておめでとう。今年は勝負の一年だから頑張ろう、応援してるよ、云々。特筆すべきことはない、長めのスピーチだ。誤解しないでほしいが、別に彼女のことは嫌いじゃないから普通に話は聞いてる。というか、話が長い方が安心なのだ。話が長い方が時間が押す、時間が押せばすぐに始業式に行かなきゃならなくなる。重要な連絡があったら始業式の前に済ませるだろう、常識的に考えて。例えば、そう、転校生とか。
ここで話されないってことは、リーヴァは転校生として学校に入ってこなかったということ! 花島先生が部活を途中で抜けたことや、担任の先生が登校時間に遅れてきたことの原因は別! やったぁ! 万歳!
と、安心しきっていた俺。お茶でも飲むかと思って水筒を開けた時のこと。
「あらもうこんな時間。長話しちゃってすみませんね。やっとかなきゃいけない連絡を忘れるところでした」
担任の先生がそう抜かした。驚きのあまり、頭の中に「!?」という文字が浮かぶ。まさか……まさかなのか!? おおおもちつけ陽人。こういう時は素数を数えて……あれ、1って素数だったっけ、まぁいい。茶を飲もう。まだ転校生が来たって決まったわけでもあるまいs
「私たちのクラスに、転校生が入りました!」
的中!
「うぇっほ!!!」
むせた。盛大にむせた。お茶は飛び散らなかったものの、3、4回咳をした。
先生含むクラスの全員が俺の方を向いた。何人かはうっすら笑ってもいる。うーん、恥ずかしい……
「影山君、大丈夫ですか?」
先生まで苦笑している。
「え……えぇ、大丈夫です。飲んでたお茶で、ゲッホ! むせました……」
と掠れた声で答えた。
「そうですか」
先生はそう言い、話は本筋に戻る。
「それじゃあ早速紹介しましょう。時間も押してますしね。どうぞー!」
先生が、扉の向こうにいるのだろう転校生に呼びかけた。
まだだ……まだだ。まだリーヴァが来ていると決まったわけではない。赤の他人かもしれないじゃないか! 何勝手に思い込んでたんだ俺。勝ったわ風呂入ってくる。風呂入れんけど。
俺の憶測は、脆くも崩れ去った。
扉を開けて入ってきたのは、ウチの学校の制服を着た銀髪の美少女。あぁ、見間違えるはずもない。彼女だ。リーヴァが、来てしまった。
クラスメートは皆驚いている風だ。色々とヒソヒソ話す声も聞こえるが、ちょっと衝撃が大きすぎて耳に入ってこない。
「それじゃあ、自己紹介、お願いします」
先生が彼女にそう言った。
そうだ、他人の空似……
「リーヴァ・ノルドランデルです! よろしくお願いします!」
なわけないよなぁ……。彼女は明るい声でそう言い、お辞儀をした。みんな彼女に興味津々だったが、対して俺はなんとも言えない感情を抱いていた。
***
「来ちゃった!」
始業式が終わり、帰りのホームルームが終わると、彼女が近づいてきて満面の笑みでそう言った。
「そう……どうやってなんとかしたの……?」
俺は椅子に座って、片手を目に当てながらそう言った。こういうときどういう顔すればいいかわかんないの。
すると彼女は俺の耳に顔を近づけた。教室が一気に「ざわっ」となる。やだねぇ、目立っちゃってるよ……。そりゃあ冴えない感じでいた男子が急に美少女の転校生に絡まれてたら、気にしないのは無理な話だ。こりゃあ俺は質問責めだろうな……。変に思う奴も、出るだろうなぁ……。めんどくせえ……。
ともかくだ。彼女は俺にこう耳打ちした。
「先生たちに暗示をかけたの。私は今日転校してきた生徒、リーヴァ・ノルドランデルですって」
「名字はどうした」
「適当につけたわ」
「君、翼が壊れてだいぶひどいことになったんじゃないの?」
「魔術の初歩の初歩だからか、暗示はまだ使えたわ。やってみるものね」
「あぁそう……」
魔術。そういうのもあるのか。現にこんな無理が通っちゃってるんだからそういうことなんだろう。俺は自分を無理やり納得させた。何度目やら。
「わかった。なんとかしたなら別に俺も文句はない。けど今日はもう帰るぞ」
「え? 案内してくれないの?」
「したいけどさ。なんというか、周囲の視線が痛いんだよ……」
好奇心やら疑問やら嫉妬らしきものやら。色々投げつけられている。俺もうここにいたくない。一刻も早くおうちへ帰りたい!
「えー」
リーヴァは不服そうだ。そんな彼女を説得するため、俺はこう言い放った。
「案内ならまた今度やるから! ほら、帰るぞ!」
大声になってしまっているのに気づかずに。
クラスに衝撃が走った。
「え、今帰るぞって……」
「ということはもしかして……」
「え……同棲? あの転校生と、影山……?」
そんなことを言いながら、みんなこっちを見てくる。
はい。
だぁああああああああ!! やっちまったあああああああああああああ!!!
リーヴァはあらあらって感じでにやけている。ふざけるな。アンタも他人事じゃないんだぞ。
ともかくだ。これでもう収拾はつかなくなった。何がなんでも一刻も早く教室から出なければならない。
動揺して判断が狂った俺は、咄嗟に彼女の腕を掴んだ。さらに教室がざわついた気がするが、気にしてる余裕なんてない。リーヴァは若干困惑した感じに見えるが、それを気にかけることなんてできなかった。
足早に教室を出て、廊下を歩く。
「随分荒いエスコートね」
とリーヴァが茶化したが、一刻も早く学校から出ることに頭を支配されてた俺は、その言葉に反応もせず、ただ黙々と足を動かしていた。後ろから教室が賑わう音が聞こえたが、もう知らない。勝手にするがいい。どうにでもなれ。
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