魔女と裏切者と仮死印鑑

 物がごちゃごちゃと溢れかえっている店内に、一人の女性がいた。

 気だるげな様子のその女性は、机に伏してスヤスヤと寝ている様子だったが、何かに気付いたのか目を開いて体を起こした。

 店の玄関は人通りの少ない路地裏に続いているのだが、音もなく扉が開いた。


「領主の使いの者が、こんな店に何の用だい?」


 姿を現したのはスーツを着こなした真面目そうな男だった。

 彼は扉を開けると同時に話しかけられたことに動じる事はなく、店内を見回しながら女性に近づいて行く。


「ここにはいろいろな魔道具があると知った旦那様が興味を持たれましてね」

「そうかい。あの評判の悪い領主様がねぇ」

「ああ、別に店を潰そうだとか、魔道具を献上しろだとか、そういう話ではないですよ」

「そうかい」


 どうでもよさそうに一言だけ女性が呟くと、大きな口を開けて欠伸をした。

 女性のその様子を咎める事無く、男が尋ねる。


「人を生き返らせる魔道具はありますかな?」

「そんなものあるわけないだろう。アンデッド系の魔物にするものならダンジョン産の曰く付きの品の中にあるかもしれないけどねぇ」

「それではダメなんです。……そうですね、では人を死んだように見せる魔道具はありますか? 仮死状態にするような物だといいのですが」

「あるよ」


 女性は一言だけ答えると、無造作に杖を振った。

 彼女の後ろにあった大きな棚の一つが開いて、中からハンコのような物が出てきた。


「これは?」

「仮死印鑑、とでも名付けようか。その名の通り、仮死状態にする物さ。敵を殺さずに行動不能にしたい、と考えた誰かが作った代物らしい」

「時間経過で仮死状態から戻るのですか?」

「いいや? もう一度この印鑑を押せば元に戻るのさ」

「なるほど。いやはや、素晴らしい! これこそ我々が求めていた物です」

「そうかい。それじゃあ、代金をよこしな」

「……何に使うのか聞かないのですかな?」

「そんな事、興味ないねぇ」


 金貨が詰まった袋を受け取りながら女性は片側の口角だけ上げて笑った。




 それからしばらくして、悪徳領主と呼ばれていた男が急死した。

 外傷は全くなく、病死だと判断された。

 その後を継いだ領主の息子は、善良な領民を苦しめた最低の領主としてその死体を広場に吊るしたのだが、その死体はいつまでも腐る事なく、吊るされ続けたらしい。

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