第2話 こいつらは悪魔だ、そうに違いない
それはマトラが働きに出ている昼間の事であった。
土の慣らされた広場ではやはり、その日も町の子供達が声を上げていた。みんなバレステッドと同じ位の年頃だろう。彼等は皮で出来たボールを五人位で蹴りあっているみたいだ。
それを遠目で眺めていたきょうだい達は、少年達を羨ましそうに眺めて体をウズウズとさせた。無論それは仕方のない事で、彼等にしたって思い切り声を上げて体の内に湧き上がる衝動を発散させたいという欲求があるのだ。
――だがそうは出来ない……声を殺し、人目につかない日陰でコソコソと遊ばねばならない理由が彼等にはあった。
だから暗い影に身を潜め、バレステッドとルフログが羨望の眼差しでボールを追っていたその時だった。エルキヤが猫の様に旺盛な好奇心を抑えきれず、身を潜めた物陰から飛び出していってしまったのである。
「エルにもかして! エルもやりたい!」
「エルキヤ、ダメだ!」
無邪気な少女を見つけ、ピタリと止まった彼等の声と、
*
「おい、見ろよこのガキ! 赤目のクセに高そうな髪飾りなんてしてるぜ!」
「かえして! かえしてよ、おかあさんに買ってもらったエルの大切なやつなの!」
「
町の少年達は瞬く間にエルキヤを包囲すると、少女の髪から黒い石の付いた髪飾りを取り上げた。自分よりもずっと体の大きな少年にイジワルされたエルキヤは戸惑いながら、頭上で乱雑に投げ渡されていく大切な髪飾りを追い掛ける事しか出来ない。
「かえして……なんでこんなことするの? エルはいっしょに遊びたかっただけなんだよ?」
「誰が赤目なんかと遊ぶかよ! お前らには薄汚い小屋がお似合いだ!」
「どうせこの髪飾りも盗んで来たんだから没収だ!」
彼等の言葉は無邪気であるが故に、きょうだい達の胸に鋭く突き刺さる。
前に出て行ったルフログは彼等へと身振り手振りで抗議し始めた。
「その髪飾りは僕らの母さんが正当に働いて得た賃金で買った物だ!」
「くっくく……
そう言われたルフログは、咄嗟にフードを被って肌を隠した。彼の荒くゴツゴツとしたその皮膚を、彼等は
「にいさん!!」
ルフログは弄ばれる妹に歯噛みしながらバレステッドへと振り返っていた。だが青褪めて冷や汗を垂らすだけのバレステッドは、いつもの笑みを貼り付けながら、優しい言葉遣いで諭す事しか出来ないでいるのだった。
そこで誰かがルフログの背中を蹴飛ばした。すると彼は両手を地に着く事も出来た筈なのに、そうはしないで顔から地面に滑り込んでいった。
「みんな見ろよ、久しぶりにカエルで遊べるぞ、こいつ上手に転ぶ事も出来ないんだ!」
「やめろよ、イボイボが伝染るぞ」
無様な姿のルフログを一人の少年が指を差して笑うと、取り巻きも声を上げ始めた。けれど彼らは誰一人として、ルフログがその様な転び方をする真相を知らないでいる。
彼には絵描きになりたいという夢があるのだ。だから彼は転ぶ時も、言われのない暴行を受ける際も、自らの
「みんな蹴れ! コイツがボールだ!」
暴行を受け始めたルフログの背中に、バレステッドは覆い被さった。
「ヒドいなぁ、へへ……みんなもう、やめようよ……ね?」
「にいさ……ん」
端正な微笑みを浮かべたまま、バレステッドはルフログを庇って蹴られ続けた。
魔族であるという、そんな言われのない理由で暴行を受け続けながらバレステッドは、その瞳を黒い感情で染めようとしているルフログに言って聞かせた。
「人を……っ……恨んではいけない」
「にいさん、こんな時にまでっ」
「魔王が赦した人間……っを……僕た……ちも! へへ……」
潤んだ瞳を持ち上げていったルフログは、パタリと落ちたフードから、醜い皮膚を露わにしたまま土を握り込んだ。
兄弟達の尊大なる心に全ての罪が受け流され様としていたその時――少し離れた場所から上がった少女の悲鳴に、二人は顔を上げていた。
「ヤダ! ふまないで!」
「うるせぇよロチアートめ! この手を退けろ、踏み潰してやる!」
地面に叩き付けられた黒い石の髪飾りを、エルキヤの小さな手が覆っていた。少年が何度も何度もその手を踏み潰すので、幼い手がそれを必死に守り立てようとして血を噴き出しているのが見えた。
息巻いた少年は痛々しい少女の傷など気にもかけずに、まるでムシケラでも踏み潰すみたいに高く足を振り上げていく――
「うぁぁぁあっエルキヤから離れろ!」
――そこに飛び出していったのはルフログだった。彼は腕を隠し込む様に抱えこんだまま、エルキヤに足を振り下ろそうとしていた少年に体当たりをしていた。
「お前、癖に僕たち人間に手を出したな……っ」
突き飛ばされた少年は眉を吊り上げた。そうしてより一層と苛烈になった逆襲は、彼等より一回りも体の小さいルフログがその身に受ける事となった。
「やれ!! ぶっ殺せ!」
「……っう……ぅぅう!!」
恐怖で体の動かないでいるバレステッドは、瞳を小刻みに震わせるだけだった。エルキヤは訳がわからないでひっくり返ったまま、奪い返したこの髪飾りの変わりに踏み潰されんとしている兄の
「――ヤダァァァアァ!!!!」
――エルキヤの赤き虹彩が、眠りし魔族の因子に反応して炎を噴き上げていた!
「アッづづっ?!! なんダッ焼けデ、アヅぅううィィ!!!」
「魔法だ!! ロチアートが
胸の前に突き出されたエルキヤの掌より、小さな火球が飛び出して少年の腕に僅かな火傷を負わせた。
魔力特有の発光に気付いた少年たちは、火傷を負った少年を抱えて慌てて逃げ帰っていく。
「エル……なんて、事を……!」
「ルフロにいちゃ……ごめんなさい、でもでも、にいちゃんが、にいちゃんの大事な手がって、エルおもって、うわぁああぁ……っ!!」
「どうしよう……母さんに、どう……どう説明を……っ」
少年の負った火傷以上に、エルキヤのしでかしてしまったことの重大さに愕然とした彼等は、茫然自失としたまま、傷付いた体を支え合って帰路につく。
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