第10話
「なッ、
久々にフュー姉の焦った声を聞いた────が、それどころの話ではない。
2匹同時というだけでも相当拙い状況だというのに、出現した方向が最悪すぎる。よりにもよって腕が塞がれている左側だ。
「ぐ、おぁっ!!」
俺は咄嗟に右腕を左腕に交差させるようにして振り上げ、間一髪で防御に成功する。……ものの、いかんせん体勢が悪すぎたらしい。勢いを殺し切れず、俺の体が大きくのけ反ってしまう。
当然、ラプトル達は生じた大きい隙へと攻撃を叩き込もうとする。
多少のダメージは覚悟したが、上方より飛来する二条の矢がラプトル達にそれを許さなかった。
「ギャアッ!ギャアッ!」
「ギャッ!!ギィアッ!!」
ラプトル達は大きく後方へ飛び退いて矢を回避する。あまりの脚力に地面が爆ぜ、無数の土の破片が俺に襲い掛かって来た。石もところどころ混ざっており、地味に痛い。
が、おかげで俺が体勢を立て直すだけの時間は稼げた。
いや……稼げた……んだが…………うん。
ここから一体、どうすればいいんだ?これは?
この状況は確実にヤバい。
まず、ラプトルが2体って時点で普段の戦法が完全に通用しなくなった。
片方を抑えようとするともう片方に殺されるし、かと言って2体纏めて抑えるとか絶対に無理。
俺が首や頭を掴んで直接殺そうにも、圧倒的に分が悪過ぎる賭けになる。
その上、今のでフュー姉の矢の危険度を学習された。
これは拙い、本当に拙い。ラプトル達がフュー姉に狙いをつけてしまう。
「ギィャアッ!」
「ギャギャッ!!」
どうにかせねばならないが、勿論行動はラプトル達の方が圧倒的なまでに早い。再び目にも止まらぬ速さで駆けて来る。
進行方向は勿論フュー姉の方──────ではなく俺の方。一瞬フェイントの可能性を疑うが、どうにも違うらしい。ヤツらの視線の方向もフュー姉でなく真っ直ぐ俺に向けられている。
てっきり、確実に脅威となる矢を排除しに行くかと思ったんだが…………あ、いや、違う。そうか、産卵期が近いのか。
産卵には当然体力を使う。なので連中は栄養を溜め込むためにより多くの餌が欲しいが、だからと言ってフュー姉に狩られてしまっては文字通り元も子もない。そこでヤツらは危険度の極めて高いフュー姉を諦め、
だが……うん、実に、実に好都合。つまり、連中が警戒しているのは専らフュー姉であって、俺はあくまで餌。眼中にも無いわけだ。
そうなれば俺が首やら頭やらを掴んで潰すって択も、別に分の悪い賭けって訳ではなくなる。
だとすればいける。全然いける。この戦い、俺が決めて勝ちだ。
「ギャアッ!」
ラプトル達が爪を構え、同時に攻撃する────と思いきや、攻撃して来たのは片方のみ。
もう片方は俺の背後へ回り、移動しながら胴体を斬り付けるように攻撃してくる。
前後からの挟撃だが、多少の時間差はあるし、最初から知覚できていれば充分に対処は可能。両方ともガントレットで確かに受け止めた。
けたたましい金属音と共に凄まじい衝撃がガントレットから腕へと伝わり、じんとした痛みが広がる。が、ラプトル達は止まらない。通り魔の要領で走り抜けて行き、かろうじて見えるあたりで方向転換。木々をするりするりと避けながら、再びこちらへ駆けてくる。
……ここまでが動き出しから約半秒。あの背後への攻撃を実行するにはほぼ直角のカーブが必要なはずなのだが、あの速度で姿勢すら崩さないとは。本当に一体全体何がどうなっていやがる。
そして来る2回目の攻撃。先程と同じく、前後からの挟撃。
しかし、今回はカーブの動作を行う必要がないため、攻撃のタイミングはほぼ同時。
だが、何が来るかは分かっている。防御は可能。
未だ響いている一度目の音に、二度目の金属音が重なった。
直後、それらを纏めて掻き消すように、ドンと雷が轟いたかの如き衝撃音が弾ける。
「……くっ」
相変わらず、矢の出していい音ではない。
だが、ラプトル達はそれに怯えることなく3回目、4回目と同じような挟撃を繰り返してくる。
フュー姉もそれに合わせて矢を放つが、電光石火の如きスピードを誇る奴らには当たらない。
…………いい加減腕の感覚が消えて来た。
しかし、やはりと言うべきか当然と言うべきか、明らかにフュー姉の矢が効いている。
ヤツらは今、あれ以外の選択肢を持っていない。あの手しか取れないのだ。
連中の切り札である跳躍は着地後に絶大な隙を晒す。膂力勝負は一瞬でも鍔迫り合えば矢が間に合う。噛みつきなどまず論外。
恐らく、俺が倒れるまであれを繰り返すつもりだろう。となれば、もう攻略法は見えた。
5回目、6回目、7回目。
予想通り、ヤツらは同じ挟撃を繰り返す。
常時治癒があるとは言え、そろそろ腕に限界が近い。
が、もういける。もう分かった。完全に理解した。
「ギャアッ!ギャアッ!」
8回目。どうやら、連中の知能はそこまで高くないらしい。
タイミングを変えられるようであればまだ分からなかったが、そうではない。
ヤツらが来るのに合わせ────地面を蹴る。
「ギォ!!?」
今回のラプトル退治の成否は、俺が決める。
そのことを真っ先に気付けていてよかった。
どうも俺は、今までの経験とかから、ラプトルをあの場に繋ぎ止めて殺すと言う考えに固執していたらしい。
だが、今回決めるのはフュー姉ではなく、俺。
つまり、俺は何もあそこに留まっている必要は無かったわけだ。
さて、であれば、どうするか。
「ギャァッ!ギャアッ!ギッ!」
簡単だ。留まらなくていいなら、ヤツに引き摺られていけば良い。
ラプトルは暴れるが、俺の指は鱗を貫いて骨を掴み、完全に固定されている。振り落とすことは出来ない。
結構な負傷こそしたが、これで確実に届く。
空いている左腕を伸ばし、ヤツの無防備な首に指を突き立て────
「グィアプッ」
頚椎を破壊。ラプトルは血を吐き出しながら絶命した。
しかし、ラプトルの脚は止まらない。死んでなお速度を維持して走り続ける。
が、此処は森の中。舵の取れない体で木々を回避できるはずもない。
当然、正面衝突。俺の体もその太い幹に叩きつけられる。
受け身はなんとか取れたが、骨にヒビが入ったらしい。全身に鈍い痛みが走り、行動がままならない。常時治癒の力があるので、この程度は少し待てば回復するが……
「ギィアッ!ギャアッ!」
勿論、番を殺され、激昂したラプトルが待ってくれるはずもない。
唾を撒き散らしながら、俺に向かって直進してくる。
しかし……まぁ、なんだ。やはり、ラプトルの知能はそこまで高くないらしい。
激情に駆られたとはいえ、一番に警戒すべきことを忘れるとは。
「ギャア!ギィアッ!……ギギィォッ!?」
ラプトルの頭部、その上半分が見事に爆散する。
残った体は先程のラプトルと同様に走り続けようとするが、やはり突然起こった体重変化についていけず、横向きに転倒。
数十m程地面を滑ると、丁度俺の目の前に静止した。
ビクビクと頭部を失ったラプトルが痙攣する様が実にキモい。
「おいっ!ラー坊っ!?大丈夫か!?生きているか!?」
フュー姉の声が聞こえる。
今はちょっと動けないのでよく分からないが、恐らく顔を青くしてこちらへ駆けて来ていることだろう。
まぁ、この戦い方はほぼ捨て身みたいなものだからな。流石に心配をかけすぎてしまったか。
「おい!ラー坊っ!ラー坊っ!?」
「あー、生きてる。まだ生きてる。だから心配するな」
「ッ!あぁ、良かった!良かったラー坊!生きていた!」
うーん……なんだ。ここまで心配されると、なんかこう、こそばゆいな。
まぁ、こちらとしても悪い気は全然しないし、むしろ有り難いが。
「良かった……本当に良かった……ッ!!?ラー坊っ!血が!血が出ている!」
え?……あぁ、そういえばそうだった。骨の痛みの方で忘れていたが、割とザックリいかれているんだった。
しかしまぁ、常時治癒を2つ装備しているし、そこまで急を要するものでは無いだろう。
大体1、2時間もすれば勝手に治っているはずだ。
……だが、服は仕立て直す必要があるな。この服、素材が素材だから高いんだがなぁ……
「ち、治療を。治療をしなければ……包帯が無い!?」
「いや、フュー姉。大丈夫だ。俺には常時治癒がある」
「あぁ、こんな……すまない、本当にすまない、ラー坊……ッ!私は……私は、お前をこんな危険に晒した上に、お前に守られてばかりで、あまつさえ、こんな……ッ!」
「あれ?話聞いてるか?大丈夫だぞ?」
「くっ……!すまない、ラー坊。不甲斐ない姉を許してくれ……ッ!」
「おい?どうした?ちょっ……うッ!?」
いや、怪我人なんだからもうちょっと丁寧な……って、ま、まさか……この体勢は……!
「ま、待っ、グぅ!?」
「少しの我慢だぞラー坊!すぐに教会へ連れて行ってやる!!」
ちょっ、や、止め、止めろぉ!?
流石に!流石にキツい!この歳になっておんぶは流石にキツい!
下ろ、下ろしてくれ!少し待ってくれればすぐに歩けるようになる!
それに着いた頃にはもう殆ど治っているから!教会の人たちもなんだコイツらってなるから!
「さぁ行くぞ!しっかり掴まっていろ!」
待て!ちょっ、待てぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます