第7話

ダンジョン四階層にある一つの通路にて、凄まじい崩落音と破砕音が放たれる。

 岩の巨体を持つモンスター、ゴーレムが胸部中央に存在する核を握り潰されたことで動力を失い、倒れ伏した音だ。

 これが地上であれば良かったのだが、窮屈なダンジョンの中でその音は無数に反響し、幾重にも重なり、それによって形成された激しすぎる振動は不可避の攻撃となって探索者達へと襲いかかる。

 しかし、探索者達もその程度の事、想定できていないはずがない。

 何故なら彼ら3人の内2人は金等級で、もう1人は銅等級。経験豊富な彼らにとってはこの程度、既に予測済み。

 彼らの内2人は既に海綿で作られた耳栓を装着し、もう1人は金属を纏った指を耳に突っ込んでいた。

 まぁ勿論、そんな指なんかでは耳を塞ぐという役割を半分も果たせておらず────


「っぐおおおおおおおおあああああああああああ!!!」


 モロに音撃を喰らったクルガーンが頭を押さえて悶える。

 俺には馬鹿めとしか言えん。俺が今までに何回「耳栓は常に持っておけ」と言ったと思っている。見ろ、リーネはしっかり俺の言いつけを守ったので、ちゃんと防げているぞ。

 はぁ……痛い目を見たことだって今回が初めてではないだろう。

 あと、そんなに叫ぶんじゃない。その声もかなり反響するんだ。脳に響く。


「おい、行けるか?」

「あああああああぁぁぁぁぁぁおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉおおぉお…………」

「……無理そうだな。仕方無い、少し留まろう。今のうちに先の方のマッピングを頼む」

「本当にいつもウチのクルがすみません……」

「まぁ、本当にいつものことだからな……後で幾らか小言でも言っておいてくれ」


 3回に1回くらいのペースで耳栓を忘れてくるので本当に勘弁してほしい。

 一度、俺やリーネが2対持って来て貸すという考えも出はしたのだが、その場合耳栓用の瓶が二つ必要になって普通に嵩張ったのでやめた。

 アイツが自前のものをちゃんと携帯するようになってくれるように願うしかない。

 ……っと、マッピングも終わったらしい。リーネがこちらの方に駆けてきた。


「終わったか」

「はい、ダンジョンが終わりました。突き当たりを曲がれば核です」

「ほう?今回はかなり近かったな。実に有り難い」


 核とはつまり、ボス部屋のことだ。

 迷宮内にはボス部屋以外に扉は存在しないので、迷宮の中で扉があればそれが確実にボス部屋になっている。

 ボス部屋は大体20m四方くらいのドーム状の部屋になっているんだが、内容がまぁ、率直に言ってキモい。

 というのも、どうやらスケルトンやゾンビは植物の種みたいな感じで増えているらしく、部屋の壁には天井までサヤエンドウのような培養器がびっしり設置されているのだ。

 お陰で白骨死体と腐乱死体が段々と完成してゆく様が、四方八方360度どこを見ても丸見え。実にキモい。

 折角ならちゃんとした体にしてやれよと言いたいところだが、向こうにも何かしらの事情があるのだろう。深くはツッコまないでおく。

 で、それに加えてボスによって色々とオプションもある。今回のメイジだったらなんか色々な生物の部品で作ったトーテムだ。実にキモい。

 そして、そんなキモ部屋の主ことボスは、大体の場合は部屋の片隅でゴーレムを作っている。最高なのはこれを気付かれずに後ろからグシャッと殺すことだが、まぁ早々上手くはいかない。なんとも儘ならないものだ。


「……で、動けるか?」

「おう、もう大丈夫だ」

「よし、では行くぞ。さっさと終わらせる」


 もう既に突入から一日以上は経過している。今の外は多分夜だろう。

 そして、そんな一日以上に渡る探索中に食べた飯は、俺自作の携帯食料である超圧縮栄養食品を1人1本ずつ。

 適当な食材を俺の握力で圧縮して乾かしただけの味、及び栄養バランス完全無視のただ腹を満たすためだけの物だが、超圧縮だからな。腹持ちは最強だ。

 ただ、腹持ちが良すぎて食い過ぎると腹痛で動けなくなるため、ちょっとずつしか食べられない。一食当たり一本の3分の1程度と言ったところか。

 一本の大きさが、かの有名なバランス食たる「熱量仲間」と同じ程度の大きさと考えると、滅茶苦茶少ないと分かってくれるだろう。

 しかもこれとんでもなく不味い上に、食べたら口内の水分が全部消し飛ぶとかいう要らないおまけ付き。

 二人には中々に好評だが、元が食文化最強国日本の人間であり、村でもいい食事を散々食わせてもらっていた俺からすれば、こんなものを食すなど圧倒的苦行そのもの。

 だからといって弁当を持ち込むとなると嵩張るし、さらに弁当は食うのにも時間がかかるし、食品の改良は何をどうすればいいのかさっぱりわからないので、俺がまともな食事をするためには、早くダンジョンを攻略する他に方法がマジで存在しない。

 普段は流石に我儘かと我慢しているが、今回は幸いにも急かす理由がある。遠慮なく急かしてさっさと帰らせてもらおう。


「………………」


 道中に罠は無く、あっさりと扉に到達できた。

 そっ、と音が鳴らないように扉を開けると、フードのついたローブを纏い、青色の肌を持ったモンスター、メイジが部屋の中央でどっしりと構えているのが目に映る。

 どうやら完全にバレていたらしい。多分クルガーンの叫び声が原因だろう。

 これで不意打ちは不可能になったが、逆に考えればもう隠密の必要性など無いということ。速攻で殺す。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■「穿てッ!!」■■ッッ!?」


 相手の恐らく口上的なヤツであろうものを完全に無視してリーネが『雷槍』を放つ。

 難易度は高いがその分威力が高い魔法であり、その威力は岩も普通に貫通するレベルだ。

 しかし残念かな。雷の槍は間一髪で回避されてしまった。


「■■■ッ! ■■■■■■■■■■■ッ!!」


 恐らく憤慨しているであろうメイジが火球を連続して放ってくる。

 が、こんなものは我々にとって脅威にはなり得ない。

 クルガーンは大剣を盾にして、俺はガントレットで撃ち落としながら突貫する。


「……ん?…………お前それ、魔法武具だったのか!?」

「あ?そうだったのか?ただの金属製だと思っていてのだが」


 流石に重戦士と武闘家(擬き)では出るスピードが違うらしく、俺がすぐにクルガーンを追い抜いたのだが、火の玉を拳で粉砕しながら突き進む俺を見てクルガーンが驚く。

 しかし走りながら驚くとは、なんとも器用なことをする男だ。頼むから戦いに集中してくれ。

 …………っていうかコレ魔法武具だったのか……うーむ、確かにアイツが1000年物のレリックとは言っていたが……まさか本当だったとはな……今までずっと冗談だと思っていたぞ…………

 いや、だってそうだろう。コレ中古屋にポンと置いてあったヤツだぞ。しかもレクスなんていう辺境の安っぽいところの。

 見た目がよかったし、爪がいい感じに尖っていたから実用的だと思って買ったのだが……まさかそんな掘り出し物だったとは……


「■■■■■■■■■■■■!」


 っと、そういえば今はそれどころではなかったな。

 メイジは火球が効かないと分かると、詠唱を変えてきた。詠唱の感じからして、恐らく闇魔法だろう。

 流石にこれだけ闇の者達と戦っていれば闇魔法の感じくらい分かる。

 しかし、ここで闇魔法を使ってくるということはこのメイジ、メイジの中でも随分と強い部類に入るメイジだったらしい。流石に闇魔法は俺も避ける必要がある。クルガーンは大丈夫だが。


「■■■ルガァッッ!?」


 俺がブレーキをかけ、回避の用意に入ろうとしたその時、突如としてメイジが大きく仰け反り、詠唱が途切れた。構築されかけていた暗黒の弾丸が制御を失い、魔力へと還元され、空気に溶ける。

 どうやら再びリーネの放った雷槍が、今度こそメイジを刺し貫いたようだ。

 好機と感じた俺とクルガーンは、一気にメイジとの距離を詰める。

 メイジはそのまま仰向けに倒れ伏し、ジタバタともがいている。どうにか起きあがろうと奮闘しているらしい。

 メイジがたっぷり2秒かけて体勢を整え、やっと片膝を付いて体を持ち上げようという時、俺はもう既にメイジから1mよりも近い位置にいた。射程圏内だ。

 そのまま俺は右手を突き出し、メイジを縊り殺そうとする。

 しかし、俺の手が首にかかる前にメイジの体は淡い光に包まれて消失した。


「ッッッ!!! リーネッ!!」


 ふむ、どうやら随分強いどころではなく、最高位に分類されるメイジだったようだ。まさか転移魔法を使うとは。

 だが、転移位置を把握していれば、そう苦戦するものでもない。そしてそれは、もう既に以前のダンジョン攻略で学んだ。

 俺は腰に付けていた巾着の一つをむんずと掴み取る。この巾着は石を入れた投擲用のもので、殺傷力は問題ない。

 それを、野球の要領で振り返りながらぶん投げた。


「グバッ!!?」


 メイジは後方支援役の真後ろに転移する。この学習の内容に間違いはなかったようで、巾着は狙い通りの位置に現れたメイジの頭蓋を砕き、周囲に脳漿をぶちまけた。

 瞬間、視界が白に染まる。

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