第4話
「……と、いうわけで今回の講習の講師は俺が担当することになった。急な変更で申し訳ないが……まぁ、文句はフェインの方に言ってくれ。俺は悪くない」
講堂に集まった新人達が顔を青くして頷く。
…………本当に、何で俺こんなに怖がられてるんだ?
まぁ、講習をする分には確かにやりやすくあるが……それでもやはりこう、ほら、複雑なものがな。
「さて、今回君達に学んでもらうのは……まぁ、机の上に置いてあるものを見れば分かるだろう。調合だ」
新人達の座る机の上には、フェルド草を始めとする薬草数種類に、モンスターの素材数種類、それと水差し、すり鉢と棒が置いてあった。
フェルド草というのはこの世界において、まぁどこぞの狩猟ゲームで言うハチミツのような働きをする薬草だ。
この世界の森ならばどこでも群生しており、しかも王都の近くでは栽培にも成功しているのだとか。
ただ、王都の冒険者達は薬草採集の仕事が減るとフェルド草栽培に反対しているらしい。
まぁ、王都は魔境だからな。例え薬草採集であっても奪い合いになるのだろう。
「調合はいい。依頼先でも薬が補給できるし、用途に応じて濃度を自分で調節できる上、とにかく安い」
特に濃度調節にはマジでお世話になるぞ。
これを覚えておくだけで小型モンスターは大概なんとかなるし、上手く調節できれば湿布みたいなのも作れる。
冒険者ってのは最初は皆腱鞘炎がデフォみたいなところあるからな。覚えておいた方が絶対に良い。
「さて、前置きはこの程度にして、だ。ではまずはこのフェルド草を潰して……ああ、君達は勿論すり鉢を使ってくれ。俺の場合は時間効率がこちらの方が良いというだけだからな」
しまった。つい癖で握り潰してしまった。
講習の時は気を付けようとしていたんだが、どうしてもこの動作が体に染み付いてしまっているんだよな……
あ、拙い。新人達の顔が更に青く……まぁ、やってしまったことは仕方ないと割り切るしかないか。
次だ次、次に気をつければいい。
「では次、この平行脈の葉。知っている者は知っているだろうが、これはグライの木のものだ。気付薬にも使われる超強力なもので、そのまま入れると強力すぎて困る。だから半分に切って使え。半分の位置は一回折り畳むと折り目がついてわかりやすくなるぞ」
グライの木は木と言っているが、その実は笹のような植物だ。
この世界では森や林に行けば割とよく生えているし、なんならコイツがメインになって構成された森なんてのも結構な数ある。
しかも、そこにはなんとパンダみたいなヤツがいるらしい。特徴を聞いただけで実際にこの目で見たことはないから違うかもしれんが。
ただ、吟遊詩人曰く『白い胴と黒い四肢、巨大な瞳の熊』なので多分ビンゴだろう。
「あっ、あの、ラガンさん」
「ん?なんだ?」
「切れません」
え?何故だ?これは握力関係なしに普通に切れ……あ、やべ、またいつもの癖が出てた。
「あー、すまん。俺はこんなふうに縦に千切ったが、君達はこの脈の方向に沿って切ってくれ」
またやらかした。
あー……まだまだ序盤も序盤だぞ……先が思いやられる……
□
「はぁ…………俺は何故あそこまで怖がられなければならんのだ……?」
新人達がオーガ役の冒険者から逃げ惑う姿を眺めつつ、隣に座っているヤツに尋ねる。
あの後も散々だった。つい色々砕いたり潰したり……
いや、言い訳をさせて欲しい。
俺の体にはもう本当にあの砕く、潰す、という動作が染み付いてしまっているのだ。
こっちで生まれてすぐの時からずっとああやっていたから……もう23年になるのか?
それだけの長い期間やっている動作だ。つい無意識でやってしまうことも仕方ないことだと思わんか?
だと言うのにな、俺が一回やらかす度に新人達の顔が更に青白くなっていくんだ。
何もそこまで怖がる必要はないだろう。実際、平然としているヤツも何人かはいたし。
何より、俺の知り合いにそれを咎める奴は誰一人としていないぞ?お前らマジで怖がりすぎじゃね?
「え?先輩、それ本気で聞いています?」
後輩が心底驚いた様子で俺に問い返してくる。
なんか「え?マジで?」みたいなオーラがビシビシ伝わってきてウザい。
「大マジだが」
「ふふ、教えてほしいですか?」
「さっさと教えろ」
「ふふ、やです」
うむ、清々しいくらいのクソガキだ。お望みならば折檻してやろうか?
俺のアイアンクローは文字通り死ぬほど痛いと定評があるのだ。
この前、俺のアイアンクローを受けたトロールは実際に死んだしな。まぁ殺す気でやったから当然なのだが。
「いえ、遠慮しておきます。撫でるだけならいいですよ?」
「絶対しない。セクハラで訴えられる」
まぁこの世界にセクハラの概念なんて無いんだが。
この世界の女性は基本的にクソ強いので、そう言うことされた瞬間にエグめの私刑をかましに来る。
なので女性に下手な事をしようとする男はほぼ0。そういった法整備をする必要すらないわけだ。
「それはよく分かりませんが、私は大丈夫ですよ?ほら、ほらどうぞ」
「近い近い。離れろ離れろ」
で、この圧倒的クソガキは俺の後輩のティアだ。槍使いをやっている。
コイツが新人だった時は俺が面倒を見てやっていてな。当時は素直で可愛いヤツだったんだが。
オドオドしながら俺の後ろに着いて来る姿には強い庇護欲が湧いたものだ。
今ではこんな逞しい……逞しい?麗しい?
十分『美女』で通せる見た目はしてるし、麗しいで良いか。
こんな麗しいクソガキになってしまって……俺は悲しい……くっ、しかもなんだその胸の脂肪の塊は。リーネのヤツにも少しくらい分けてやれよ。
「やはり、そろそろ独り身ではキツくなってきましたか?」
「独り身と言うな。ソロと言えソロと。気にしちゃあいるんだぞ」
「ふふ、わかっていますとも。補助職が欲しいのですよね?」
「…………まぁ、そうだな」
兎に角、今の俺は補助職が欲しい。
補助職というのは文字通り戦闘の補助役で、回復を担当する回復職と、味方に様々な効果を付与する付与職の二つが主な補助職とされている。
だが、これらの職業は素質が魔術士以上に必要とされており、そもそもなれる人間が少ない上、なれたとしても神殿や国に大体が流れてしまう。
なので、冒険者になる補助職はほぼゼロなわけだ。
しかも、そんなほぼゼロな冒険者補助職も、すぐに他のパーティに持って行かれてしまう。
何てったって貴重な上、普通に超強いからな。
補助職が居ると居ないとでは世界が変わるらしい。実際に補助職が入ってから一気に稼ぎが上がったってところもあった。
「私もなれるのならなりたいものですが、こればっかりは仕方がありませんからね……」
「そうなんだよな……」
贅沢だと言われるかもしれない。
だが、やはり俺は普通の戦闘職とは相性が圧倒的に悪いので、妥協してその辺にいる戦闘職と組み、下手にガタガタになるよりも、確実な補助職を一点狙いしていきたいのだ。
「まぁ、ですが先輩ならばもうしばらくソロでも大丈夫でしょう。先日もミノタウロスの巣をお一人で攻略されたとか」
「ん、そうだな。ミノタウロスだけではなく、オーガもまだ全然余裕で行ける」
この前にも偶然遭遇した個体と勝負して普通に勝った。
オーガは色々デカいが、そもそも近接戦闘って時点でもう既に俺が圧倒的に有利な戦いだしな。
「………………先輩って本当に何で昇進していないんですか?」
「この前クルガーンにも同じようなことを言われてな。まぁ、一応春が終わったら昇進試験には挑戦してみるつもりだぞ?」
だがなぁ……俺の握殺拳(たった今命名)が向こうに認めてもらえるかが問題なんだよなぁ……
銀とか金等級の武闘家って基本的に頭カチカチだからなぁ……
何年か前この町に来たヤツも堅物すぎて、俺は引いた。皆も結構引いてたはずだ。
飯を一回食うためにあんな長ったらしい口上って、堅っ苦しいにも程があるだろうに。
……ってかそう考えると「いただきます」って丁度いい長さだったよな。6文字だし。いや6文字だからなんだって話なんだが。
「あっ、そうなんですか?試験内容は?」
「王都で上の等級の人達と殴り合いだ」
「…………殺してはいけませんよ?」
「わかってるが?」
コイツは一体俺を何だと思っているのだ?
まぁ確かに俺の戦闘スタイル的には基本的に一撃必殺しかないんだが。
いや、仕方無いだろう。俺の流派(?)は元々対人戦闘の技能だったものを昇華させた内部破壊のものではなく、対モンスターのために開発した、そもそも必殺が前提のものなんだぞ。
「おーい!ラガーン!お前もそろそろ入ってくれー!」
「ん、了解ー!」
今俺の事を呼んだのは、先程までオーガ役として新人達を追いかけ続けていたダーグルだ。
ある程度新人達が温まってきたら、俺もその鬼ごっこに参加する事になっている。
どうやらそろそろ新人達のウォーミングアップも終わったらしい。
「では、頑張ってくださいね。色々と」
「当然だ」
さて、ひよっこども、地面を舐めている暇はないぞ。俺に捕まればその時点でアイアンクローの刑なのだからな。……ああ、安心しろ。俺のアイアンクローは死ぬほど痛いと定評がある。
勿論、加減はするぞ?
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