第3話
俺が転生したこの世界には、幾つかの『難題』────この世界において説明することができない不可解なことの総称────が存在している。
その内の一つにして最も代表的なものが、『グリーンスキンは何なのか』というもの。
一応説明しておくと、グリーンスキンとはゴブリンやオークといった、文字通り緑色の肌を持ったモンスターのことだ。他にも代表的なものはオーガやトロールとか。実はコボルトなんかも分類されていたりする。
他にもレッドスキンやら何やらといった連中もいるが、その辺の説明は今度にするとしよう。
で、学者ども曰く、そんなグリーンスキンどもの存在は不可解だ、ということらしい。
俺はその辺あまり詳しく聞いたことが無いんだが、その主な理由の一つである「グリーンスキンには雌個体や幼体が居ない」って話は結構有名だ。
確かに俺も今まで数百件とゴブリン退治をやってきたが、雌はともかく子供らしいヤツを見たことは一回も無い。
未発見ってだけの可能性もあるが、今までに一体も見つかっていないというのは確かにおかしい言えるだろう。
まぁ、そんなわけで謎をなんとか証明しようとした学者達が、魔界論だの魔王論だのといった極めてロマン溢れる仮説を打ち出したりしてるわけだが……
「……ォ」
まぁ、そこら辺について考えるのは俺の役割では無いので別にどうでもいい。
何より俺は転生者。この世界の常識はある程度わきまえているが、根本的な価値観は恐らく大きく違う。
そんな俺が首を突っ込んでも、ろくなことにはならないだろう。
じゃあなんでそんなこと話したんだってなるが、ただちょっとコイツの肌を見ていたらそんなことを思い出したってだけであって、特に深い意味はない。
で、今まさに俺が絞めたコレは、人間の大人よりも高い身長に牛の頭部、大きく膨らんだ筋肉を緑色の肌で包んだ、グリーンスキンの一種であるミノタウロスだ。
俺がかつて居た地球のミノタウロスは茶色く描かれているものが殆どだったが、どうやらこの世界では緑らしい。
ちなみに、実はコイツら、俺が全てのモンスターの中で最も嫌いなモンスターであったりする。
まず理由の一つとして、討伐の時に俺がすごい汚れるということが挙げられる。
「ブモォォォォォッッ!!」
というのも、コイツら首が太い上に位置が高いため、首での殺害が割と難しい上に時間がかかるのだ。
後で理由は説明するが、ミノタウロス戦は時間をかけることができない。
そのため、俺がコイツらを殺す時には────
「バグァッ!?」
突進してきたミノタウロスの腹に親指を中指につけた状態で差し込んで、手がある程度刺さったら指を開き、筋繊維を破壊して腹筋を突破。
そのまま突進の勢いを活かして腕を奥に進めてゆき、背骨まで到達したところで握り潰す。
後は腕を引き抜いて蹴り飛ばせばそれで終わり。討伐証は左角だ。
と、この通り一応倒すこと自体はかなり楽な部類であるのだが、腹をブチ抜くという戦法の関係上、血に塗れるわ糞も付くわで汚れまくる。洗うのが面倒臭いし物理的にも臭い。最悪だ。
ええいこの牛頭め。平らな歯の癖に肉食ってるんじゃないぞ!もっと草を食え草を!
……あぁ、今更なのだが今回の依頼はミノタウロスの駆除だ。
昇格試験はもう少し後にすることにしたぞ。今は春でモンスターも活発だしな。
で、ミノタウロスもグリーンスキンらしく人里近くに居を構えるのだが、ゴブリンやら何やらとは違って体が大きいため洞窟には入らない。
なので連中は、地下に迷宮然とした巣を作る────のだがこの巣、割とデカいし広いのでさっさと対策しなければ大規模な地盤沈下が起こり、割と洒落にならないことになってしまう。
そして、この対策というものが本当に面倒臭いのだ。
基本的に対策は冒険者が中の連中を駆除した後、巣ができたところの住民がするのだが、マジでヤバい。
俺がいた村では、一度中に木で柱を何本か置き、その後でミノタウロスどもが掘り起こした土を下ろして、奥の方から埋めていくという流れでやったのだが、とにかく空気が薄い。
息を止めながら土を担いで、無駄に広い巣穴をガンダッシュして土を奥に撒いて、急いで固めてダッシュで戻って息を吸って、という作業を延々と繰り返すのだ。
何回死にかけたかわからない。なんで異世界には酸素ボンベがないのかと何度も思った。
ちなみに、この時のトラウマが嫌いな理由その二にして、全体の理由の大半を占めるものだ。
で、勿論それは冒険者としてミノタウロスを駆除しに行く時も同じであり、ミノタウロス戦に時間をかけられないのは、つまりそういうことだ。
参考までに言っておくが、今現在は通算14回目の突入になっている。
一応これで大体全部殺し尽くした感じはするが、隅から隅までちゃんと探索して全部始末したことを確認しなければいけない上に、死体を全部上に持っていって燃やさねばならないので、あと数回は潜り直さねばならないだろう。
うん、さっさと絶滅してくれマジで。それこそが世界の為になる。
というわけで、走って出口まで向かう。
ミノタウロスの巣の出口が超シンプルな竪穴なのも面倒臭い。
普通なら梯子やらピックやらを持ってくる必要がある。
まぁ、俺の場合は握力で指を壁に食い込ませることで楽々いけるのだが。
っと、そろそろ地上だな。
「……ッッブッハァッッッ!!」
よし、これでやっと息が吸えクッセェ!!
……あぁー、クソ。マジでクソ。実際この匂いの原因はクソ。
……はぁ…………よーし、次だ次。さっさと終わらせて帰ってやる。
□
酒場の定位置に座り、ジョッキに並々注がれていたエールを飲み干す。
視界全体がジョッキで完全に埋まるが、そんなことは気にしない。
「ッッッ……ハァァァァァァ…………!」
……うむ、エールが五臓六腑に染み渡る。これだけ疲労したのは久々だ。以前は……あれ、いつだったっけ?東の方に行った時だったか?
まぁ、それはさておきもう二度とミノタウロス駆除は受けたくない。
だが、この辺でミノタウロスの巣を単騎で安定して潰せるのは俺しか居ないんだよな。
ってなると………………はぁ、憂鬱だ。
「アレ?ラガン君じゃん。いつもの神父さんみたいな服はどうしたの?ところで席いい?」
そんな暗鬱とした思いに浸っていると、突然横合いから声をかけられる。
黒い髪をショートにした、青い瞳の女性だ。身軽そうな服に身を包み急所を硬い革で覆った、軽戦士の格好が良く似合っている。
「大丈夫ですよ。……服はミノタウロスで汚しました」
今俺の隣に座ったこの人は、俺の冒険者としての先輩にあたる人だ。名前はフェイン。
等級は銀で、ちゃんと普段からパーティも組んでいる。
クルガーンどもより功績もあるし経験もあるが、金等級に上がっていないのは単純に面倒臭いからだそうだ。
まぁ俺もアイツらの忙しさを間近で見ているので、気持ちはわかる。
ちなみに、神父みたいな服と言われた通りこの世界にも神父という存在はいるし、教会もある。神父がキャソックを着ているのも同じだ。
まぁ、前世の教会とは滅茶苦茶に違いがあるのだが、その辺は機会があれば語ろう。
「ミノタウロス……アレ?確かに大変だけど、そんなに汚れる要素あったっけ?」
……あ、そうか。普通の人はミノタウロスの腹をブチ抜くなんてことしないのか。
ずっとこのやり方でやってたから完全に忘れていた。
「まぁ、俺の戦法の関係上、ミノタウロスは腹をブチ抜くんで」
「あー……流石、ラガン君はずっとラガン君だよねぇ……」
そんな呆れた風に言われてもだな。
仕方ないだろう。これが俺に一番合った戦い方なんだから。
「ところで後輩君、明日空いてる?」
ずずいっと先輩が顔を寄せてくる。下心は丸見えなのに無駄に顔が良いせいでちょっと嬉しいのがなんかムカつく。
多分この人も自分の顔が良いとわかってやっていると思う。
「……で、先輩。今回は何を企んでおられます?」
「いや、そんなんじゃないって。ホラ、新人君達の訓練の講師がね?」
「……俺に変われと?」
新人達の訓練。
それはギルドが定期的に行なっている、新人達のための講習と実習だ。
地形、武器の特徴、職業の特徴、薬の種類、モンスターの特徴などなどを頭に叩き込み、経験を積んだ冒険者達によって体にも叩き込まれる。
かなり厳しいものだが、これも新人の死亡率を下げるためのことなので、仕方ないだろう。
で、それの講師を俺に変われという話なのだろうが……
「いやホラ、だって君、いい感じで新人君達から注目集めてるでしょ?」
「正直に当番忘れてて依頼を受けちゃいました、と言ったらどうです?」
「…………その通りでございます」
と、この先輩、たまにこういうところがある。
パーティの方々からしたらそこに可愛げがあるらしいんだが、俺にはそういう感覚がわからない。
俺は一応異世界人だし、やはり感性が根本的なところで結構違ったりするのだろうか。
「わかった、受けましょう。埋め合わせはしてもらいますがね」
「よっしゃ!有り難う!じゃあね!」
喜ぶだけ喜んで、さっさと何処かに行ってしまった。アレが魔性の女か……(戦慄)
方向からして、恐らく受付嬢さんに交代の旨を伝えに行ったのだろう。
自然と腹の底から溜息が込み上げる。精神的に疲れた。
…………まぁ、俺も最近は当番来てなかったし、別にいいだろう。
さて、そうと決まれば後で資料を受け取りに行くとしよう。
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