第2話

さて、そろそろ夜。冒険者達も粗方戻り、一日の無事を祝して酒盛りを始める時間だ。

 それと同時に喪った仲間を弔う時間であったりもするが、大抵の冒険者達にとっての夜は祝いの時間であり、明日の英気を養うために酒を呷る時間になる。

 勿論、冒険者の一人である俺もその例に漏れることはなく、ギルドに併設された酒場で飲み始めるのだが……


「…………」


 うむ、ぼっちだ。清々しいほどのぼっちだ。

 いや、別にコミュ障だとかそんなんではない。前世では比較的陽の者として通っていたし、今世の友人も結構いる。更に言えば先輩方からも気に入られていたように思う。今は殆ど王都に行ってしまったが。

 しかし、ぼっちだ。しかも4人掛けのテーブル席に座っている分、更にぼっちが際立っている。実に惨めな気分だ。

 まぁ、だったらカウンター席に座れよって話なんだが、ちょっと理由があって難しい事になっている。


 というのもこの俺、何故かは知らんがこのギルドに居る新人達に超怖がられていてな。

 俺だって出来るだけカウンターに座りたい所なんだが、どうしてもカウンターにはパーティを組めていない新人が多く座ってしまうので、カウンターだと毎度毎度隣の奴らにビクビクされながら飲むハメになるのだ。

 流石の俺もそんな状況で何も思わずに酒を飲み続けるだけの精神力は無い。

 まぁ、そんな理由があって、仕方なく4人掛けテーブル席を1人で占領している。

 いや、俺もそろそろパーティを組んでもいいんだが、どうしてもソロの方がやりやすくてな……


 考えても見てくれ。俺の戦闘スタイルは握力で握り殺すというものだろう?

 下手に連携して戦うなんてまどろっこしいことをするよりも、隠密やら何やらでサッと行ってグシャッ、が一番楽だし安全でな。

 そんななのでパーティを組んでも戦闘は俺一人で完全に完結しているから、戦闘職とは組むだけ無駄。まぁ、あるとしたら魔術士でワンチャンって感じだが、多分組む事は無いだろう。俺の場合は巻き添えが怖いからな。

 なので補助職を取っているヤツと組みたいが、補助職は貴重な上、いたところですぐに他のパーティに持って行かれてしまう。

 しかも俺、新人達に怖がられているからな。……難しい所だ。


「はーい!エールどうぞー!」


 酒場の喧騒に負けない大きな声と共に、果たしてそれはしっかり前が見えているのかと心配になる量のジョッキを持ったウェイターが、そのジョッキのうちの一つを俺の前にドンと置いた。

 俺は早速ジョッキを呷る。エールは美味い。

 いや、前世では未成年のうちに死んだし、酒なんて飲んでなかったから他の酒との違いなんぞ知らんが、とにかく美味い。

 特にこの甘みが良い。幾らでも飲めちゃうね。

 ……まぁ、何故かどんだけ飲んでも酔うってのはできないんだがな。これが酒豪ってヤツか?

 大人達をあれだけ狂わせる『酔い』って感覚を一回でいいから味わってみたかったが、逆に考えれば二日酔いを気にせず、水代わりに酒を飲めるって事なのでまぁ、良いことだと思う。この世界は水より酒が安いんだ。


 あ、勿論だが酒を水代わりに飲めるだけの貯蓄はある。

 なんてったってこれでも銅等級。上から4番目、下から13番目だ。

 指名依頼だって入ってくるぞ。俺が採ってくる毛皮は品質が良いと評判でな。最近じゃ王族御用達のところに卸されてるらしい。鼻が高いことだ。


「ようラガン。ちょっと話いいか?」


 と、ジョッキの半分程度まで飲み干したところで、意識の外から声がかけられる。

 そちらを向いてみると、真っ先に目に飛び込んで来たのは派手な赤色の全身鎧。

 少し目線を上げてみれば短く切られた橙の髪と、金色の瞳を煌めかせたイケメンがいた。


「ん、構わんぞ」

「おう」

「失礼します」


 男が座ると、突如として三角帽子にローブを羽織った女性が現れる。男の鎧の影に隠されていたのだろう。

 帽子の奥から覗くのは長く伸ばされた栗色の髪と、海を思わせる青い瞳。

 万人が見れば万人が美人であると賞賛する程の美貌を持ったその女性は、迷いなく男の隣に座る。


 コイツらは俺がこの町に来てから随分長い付き合いをしている二人組だ。

 ギルドへの加入時期も近いし、臨時でパーティに入ることもしばしば。

 鎧を着込んだ男の方がクルガーン。如何にも魔術士ですといった風態をした女がリーネ。

 二人とも俺よりも上の金等級だ。


「ラガーとエール一杯ずつ頼むー!」

「はーい!」


 なんでも、コイツらは故郷が同じで年も同じの幼馴染らしく、物凄く仲が良い。

 今でもぴったりとくっつくレベルの距離で座っている。

 でもな、コイツらこれで結婚してないし付き合ってもないんだ。すげーよな。

 胸焼けするからさっさとくっついて欲しいんだが。


「で?今回はダンジョンか?なんかの巣か?」


 クルガーンが口を開き、何かを言う前に俺が先手を打つ。

 目を見開いて驚きの表情を見せるが、それも一瞬。すぐ元の顔に戻る。

 そういえば最近ポーカーフェイスの練習してるとか言ってたな。やはり金等級にもなればそういう交渉とかの類いもやるのだろうか。

 しかし、今のを見ている限りまだまだ未熟らしい。


「話が早すぎるぞおい。まぁその通りなんだが」


 とりあえず、コイツらが俺に話を持ちかける時は基本的にこの二択だ。

 普段は2人でイチャコラしながら様々な依頼を軽々こなしているコイツらだが、ことダンジョン探索と巣穴調査のどちらかになると、途端にそうはいかなくなる。

 というのも、このクルガーンという男。重戦士だ。

 重戦士という『守る』ことに焦点を置いた職業柄、どうしても普段使いする武器は大盾や大剣などのデカい武器がメインになってしまう。

 そんな例に漏れないこの男は、狭い場所であるダンジョンやモンスターの巣穴を死ぬほど不得意としているのだ。


 いや、だったら行くなよという話なのだが、コイツらこのあたりでは有名すぎた。

 なんてったって金等級だ。今までに残してきた功績も、そんじょそこらの連中とは比べ物にすらならない。

 そんな金等級というブランドを持ったこの二人であるが故に、『コイツらならなんとかなるだろう』という楽観的な考えを持った連中が指名依頼を出して来て、コイツらが行かざるを得ないのだ。


 最初にその手の依頼が来たのは2年前くらいだっただろうか。

 酒場のテーブルに依頼書を置いてうんうん唸っていたのを、何事だろうかと眺めていた記憶がある。

 で、そんな唸っている二人がパッと顔を上げた時に目が合ったのが俺で、俺が近接格闘職をやっていることに思い至り、俺が臨時加入することになったわけだ。

 その時からこの手の依頼が来た時は俺に頼る、という流れができた。

 まぁ、簡単なくせに報酬が美味しい依頼がじゃんじゃん回って来るので、俺としては大歓迎している。


「今回はダンジョンだ。テイアムの近くの湖の横にできた」

「テイアムか、近いな。出発は?」

「他の依頼が結構溜まっててな、すぐには無理だ。まぁ、こっちの都合がついたらまた連絡するから、四日か五日くらい後だって覚えておいてくれ」

「了解」


 ふむ、流石は金等級。何度も日を跨いでやらなければ終わらない量の指名依頼が入っているらしい。

 銅等級の俺とはえらい違いだ。こっちは一週間に一つ入るか入らないかというペースだと言うのに。

 まぁ、それだけの量の仕事をやれと実際に言われたら嫌になるんだろうが。


「…………ところでラガン。今日お前何やって来たんだ?だいぶ早かったらしいが」

「あぁ……ゴブリンだな。結構近場の。ま、いつも通りに、こうだ」


 ジョッキを持っていない左手で中空を掴む。

 二人はそんな俺の動作を見て苦笑を漏らした。


「お前、本当にマジで武闘家らしく無ぇよなぁ……なぁ?」

「うん。他の武闘家の人は殴ったり蹴ったりだった」


 いや、まぁ、それが普通の武闘家なんだがな?

 ……ふむ、しかし、殴ったり蹴ったり、か。一応元冒険者の村人に一通り教えてもらったし、出来ないわけではないんだが、俺の場合どうしても首の方が早いんだよな。

 トロールとかの首が無かったり首が太い相手でも、握力任せに肉を引き裂いたり頭を潰せば問題ないし。


「まぁ、俺は他の武闘家どもとは違って、内部破壊云々よりもグシャッと握り殺した方が圧倒的に早いからな」

「うへぇ……やっぱりお前それ強すぎるって、マジで。ホントマジさっさと金まで上がれ」


 あぁ、昇格……昇格か。そういえばそうだった。そんなんあったんだった。

 村の皆にあれだけ良くしてもらっていたと考えると、やはり早く昇格した方が良いよな。

 一応、もう昇格試験を受けられるだけの点は稼いでいると思うが……後で聞いてみるか。

 しかし、銀等級からは試験の内容がその職業に沿った内容に変化するらしいからな……純粋な武闘家じゃない俺に突破できるかどうか……不安だ。


「はーい!ラガーとエールでーす!」

「あいよー」

「有難う御座います」


 しかも、コイツら曰く銀等級からは護衛の依頼も割と入ってくるらしくてなぁ……

 別にそれ自体は構わないんだが、俺の戦闘で依頼人がビビらないかが不安だ。

 俺が戦闘になった時はどうしてもギュッ、ブシャア!になるからな。バキッ、グチュッ!でもいいんだが、そっちはそっちで十分グロいし……

 うーん……大丈夫なのだろうか?


「ああ、そうだ。そういや俺が西の町にこの前行った時に、面白れぇ魚を見つけてな」

「西……グラードか?」

「そうそう、そこの近くにある池でな……」




 と、あれからは互いが依頼先であったこととかを話して、途中から酔い始めた二人がイチャつき始めた辺りで俺は逃げた。

 あの二人は酔い出すと周りの目を気にしなくなるから困る。いや別に普段は気にしてるなんてこともないのだが、更に酷くなる。

 それで翌日には何も覚えていないときた。タチが悪いにも程があるだろうが。


 で、今俺は受付嬢さんのところへ来ている。昇格試験について聞くためだ。

 受付嬢さんはいつも夜遅くまでここに居て働いている。休みとかはちゃんと取っているようなので、大丈夫だろうとは思うが……

 うぅむ、どうしても日本に住んでいた身としては過労死を気にしてしまう。普通はそんな易々と起こることでは無いんだがな。


「おや、ラガンさん、どうかしましたか?」

「いや、ちょっと昇格について聞きたくてな」

「昇格試験ですか。ラガンさんならもう受けられますよ。そろそろお伝えしようかと思っていたところです」


 受付嬢はにこやかな表情で資料を漁り始めると、その中から俺の記録であろう物を取り出して「はい、大丈夫です。受けられますよ」と確認してくれた。

 うん、やはりもう点は十分稼いでいたらしいな。

 もうちょっと早めに相談しても良かったか?


「受けられるか」

「はい。ラガンさんは武闘家ですので、一度王都に向かって頂くことになりますが」

「王都?」


 やはり試験内容は変化していたか。

 しかし、王都に何をしに行くんだ?


「武闘家の昇格はちょっと特殊でして。ほら、流派によって色々あったりするでしょう?なので直接上の等級の方と戦っていただいて、その評価で決めるんですよ。……ああ、宝石等級の昇格試験は別ですよ?宝石等級の武闘家の方は今のところ居ませんからね」


 そんなことを微笑みを湛えながら教えてくれる受付嬢さん。

 ふむ、上の等級の人と戦って、その評価で…………うん。

 握力任せで戦っているだけの俺に、一体何をどうしろというのだ。


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