第11話 銃撃
舞奈は施設を出て、地下の駐車場に置かれたバイクに飛び乗る。
「ほら発進!」
「ヘルメットをしてください」
「どうせ自動運転でしょうに!」
文句を言いながらも、舞奈は青いヘルメットを被る。そうしないと、本当に一ミリでも動かないのがAI制御のバイクの欠点だ。
「これでいいでしょ! 出なさい――兄さんの分まで、あたしが皆を守ってあげようっていうの! 無駄にしないでよね!」
「嫌われますよ」
「好かれたくて生きてるわけじゃないもん――で? 発進は? ゴーエネミーはいつになるよ!」
「判読不能な英語はやめてください――出ます」
バイクのエンジンが静かに稼働する。兄の使っていたバイクよりも高性能になったらしいのだが、その分、重量は増している。エンジンの馬力も増大しているから、速度も反応もいいわけだが、ゴーズをまとわない時の舞奈ではろくに動かせない。
施設が瞬時に背中にすら映らなくなる。速度は異常だが、人を守るという異常をやろうというのだから、常識なんてものは捨てるべきだ。
「大半の人っていうのは、常識の世界でしか生きたくない――この場合の常識の世界の定義は、自分の知っているだけの世界っていう意味だけど」
兄の。
風切誠一の言葉を思い出す。
「その外には何もないと信じられないなら――その外を生きようとするなら、それは異常者で、排除することを社会が許す。ケダモノもその一例だな。やつらは人に真実を見せようとするから、人はそれを嫌って殺害しようとする」
「なんで自分でやらないの? 兄さんにやらせてる理由は何?」
五年前、十三歳の舞奈は不満を口にしたが、兄は笑うだけだった。
「生きていられると困るけど、死んでもらっても困る――そういう命はさ、あまり見つからないものだから、かな」
「あたし、兄さんが死んだら嫌だよ?」
「舞奈一人がそう思っても、人の総意――全体がそうだと決めてしまえば、俺の命はその程度のものになるんだ。命は地球よりも重いっていうフレーズが大昔にあったらしいけど、その命っていうのはつまり、人という種の命であって、個人のそれじゃないんだね」
兄さんは馬鹿だった。
想い出から現実に意識を引き戻して、舞奈は声にせず続ける。バイクの上で下手に話せば、どうなるか。知らないわけではない。
でも馬鹿にはなれた。世の大概の人間は馬鹿にすらなれない、それ以下の劣等種なのだから、相対的に兄はまともだとさえ言える。
その程度のゴミを守るのは、兄の意思を継ぐと決めたからだ。舞奈が後継者になって兄の存在を、意思を世界に残せば、兄の命が無駄でなかったといつかは証明できる。
レッド・ゴーズを継承した舞奈の名は、ブルー・ゴーズ。青き閃光で世界を切り裂く、一発の弾丸。
バイクが目的地に――ケダモノの前に着いて、停止する。バイクの戦闘起動は認められていない、というわけだ。もっとも、たかが五体のケダモノ、それも雑魚の猿種が相手でそれを使うようなことがあれば、ゴーズを名乗る資格はない。
デバイスを掴んだ腕を、びしっ、と天に掲げて、
「顕現しなさい――!」
そして、ベルトに装填する。
「ブルー・ゴーズ! 屑どもを殺して、守る力!」
力が実体となって――舞奈の身体に装着される。
青い装甲に金のラインが走ったデザイン。瞳は照準を補正し、ケダモノの状態をリアルタイムで計測して、舞奈をサポートするバイザーで守られている。
そう、照準。
それをつける必要がある――つまり。
舞奈は腰から二丁の銃を取り出して、ケダモノに向ける。おもちゃのようにごてごてとした見た目をしているが、これはスポンサー受けを狙ったとかで、本当はもっとシンプルな見た目にできたそうである。大昔のヒーロー番組の銃をイメージした間宮は言っていた。子供の頃の想い出に囚われていると思ったので言ったら、彼は憤慨した。
馬鹿はそれらしい装飾をしていない武器を、信じられない。他人も物も、外見からしか判断できない屑どもが金を持っているというのは面白くないが、そもそも、金を持つに相応しい人間がいるわけがないので意味のない想いだ。
「さ、ここからはあんたたちの最後の舞台――異論は認めないから!」
引き金を引いて。
一体のケダモノの胴体に穴が二つ、空いた。人間ならば両肺の位置。狙いを点けずに撃ったにしては悪くない――システムの補正がなくてもこれくらいできなくては、兄から受け継いだ予想の能力が泣くだろう。
敵の動きが視覚と聴覚、そして空気の動きを触覚で理解する。嗅覚だって状況把握に利用できて、味覚は自分のコンディションを教えてくれる。空気と唾のそれで、自分のことを理解できないならば、捨て去った方がいい。
どうせ馬鹿どもには料理の味だってわからない。
四体のケダモノが襲い掛かってくる。残る一体はゆっくりと消滅し始めており、だからつまり、一体は死んだ。
ケダモノは無策で突っ込んできている。馬鹿以下。と舞奈は思う。死にたいなら、自殺すればいいのに。
大きく後ろに、飛ぶ。同時、引き金を連続で引く。火薬ではなく、間宮の開発したややこしいエネルギーが装填されて、銃口から発射されてケダモノの身体を穿った。
「二体目!」
着地しながら、ケダモノを見やる。猿種は最も知性が存在していない、とされている。だから言葉によるコミュニケーションが取れないが、それでも、人間並みの警戒心はあるらしく、残った三体は立ち止まり、静かに舞奈を睨んでいる。
「死にたくないなら、避けなさい」
動かない的を撃つ趣味はないが。
舞奈は光弾を放った。ケダモノは反応こそ速かったが、動きが単調だった。光弾を避けられればいい、という想いだけだったのだろう。次の反撃のことを考えていない。ただ跳んだだけでは、何も解決しないということをわかっていない。
舞奈は銃口をそらして、発砲――二体のケダモノの頭部が吹き飛ぶ。舞奈にはケダモノの移動先がわかっていた。簡単なことでしかない。そして、兄ならばもっと正確に予測していたに違いない。
舞奈は残った一体に向けて――仲間を失って唖然としているのか、動かない――告げる。
「で? どうするの? あんたたちごときが避けられるとは思えないけど、挑戦するなら止めないよ?」
「ゴーズの分際で……!」
「あれ? 喋れるの? おかしいな、資料だと喋れない出来損ないだったんだけど――ま、いいかな。で? 早く選びなさい」
もっとも、ケダモノの答えを聞く気はない。
舞奈はトリガーを引いたし、敵もそれを察して避けようとしたが――無駄だ。にやりと、舞奈は笑った。その動きを読んでいなかったと思われているならば、あたしを舐め過ぎよね、と。どうして銃を二丁持っているのか。それを推察することすらしないのだから、実際、甘く見られていたのだろうが。
一発目の光弾を避けたケダモノに、二発目のそれが直撃して頭を吹き飛ばす。無論、即死だ。わかりきった結末だった――あたしが負けるなんてありえない。驕りでもなんでもなく、ただの事実として舞奈はそれを知っている。
「全滅。他にいるの?」
「いません」
AIの判断は早いし、わかっていた。戦場の気配を感じているのは舞奈だけなのだから、理解できないはずがないのだが、独断で戦場を離脱すればアホみたいに怒られるから仕方ないのだ――間宮が、だが。そして彼は舞奈に非難するが、無視するだけだ。
「んじゃ、帰るけどいいのよね? まさか、バイクを施設に返せとか――」
「言います。自転車で帰ってください」
「……あー、そうですか! わかりました、帰ってあげる! っていうか、休日手当の申請させなさいよ、あの給料泥棒に!」
「指示は出しました」
有能なAIの欠点はケチをつけようにも、どこにも不満がない所だろう。
舞奈は嘆息して、ゴーズを解除してバイクに乗った。
「馬鹿よね」
小さく。AIに聞こえない声で。
「こんな仕事に、命を捧げる価値があるの?」
そう、つぶやいた。
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