第8話

「風切君!」

 間宮が事務室のドアをどかん、と開けて入ってくるや否や、柊は話を止めて舌打ちした。話がさえぎられて不機嫌になったのだろうが、隠さない辺りが彼女らしい。

 そして間宮は、それに気づかない――名前も顔も覚えていない女に何をされたって、気に留めない人だ。

「どういうことかね!?」

 いつもの白衣を着た出来損ないの営業マンスタイルで、間宮は迫り寄ってくる。

「最近、ゴーズの疲労具合が多いぞ! 誰が直すと思っているのかね、まさかそれすらもAIだとでも!? AIなんぞはな、君のような無価値の人間のチェックしかできんぞ、わかっているのか!?」

 何を言えば正解か、考えて。

 出した結論はこれだった――沈黙。

「そもそもだ! 君はゴーズが無償の力だと思っている節があると思うんだがね、ゴーズは私のような天才科学者の苦心の末に生まれて大変価値のある、そう、価値のあるものだよ! 君とは違うんだ! 君の代わりなど探せばいくらでも見つかるだろうが、ゴーズと、そして私は代わりがいないのだぞ――」

 間宮は延々と言葉を止めない。本当に一方的に話すのが好きなんだな、と思う。誠一は話すのが苦手な方なので、そこは羨ましい。放っておけば無限に話せるかもしれない。誠一は精々が、二分くらいで言葉が終わる。

 その意味では、間違いなく天才なのだろう。

「――話が逸れたが!」

 意識を間宮に向ける。

「レッド・ゴーズの性能ならば、もっと簡単にケダモノを殺せるはずだぞ? 君は性能を活かしきれていない、そうじゃないかね?」

「そうかもしれません」

「だろう? だから私は何度も言っているだろう? 君は自我を殺せ、と! ゴーズの制御に邪魔な人間らしさなどは最初から不要なのであって、私だって残したくて残しているわけではないのだよ! スポンサーが人権配慮だとかなんだとかわけのわからないことをほざくから仕方なく――」

 それは初めて聞く話だったが。

 一理あるのは確かだ。殺戮兵器に人のような心は不要。それは間違いない。誠一に要求されているのはつまり、害獣駆除をする道具であれということだ――そこに人間性は不要なわけだが、わかっていてもそう簡単に自分は殺せない。

 それが、人の面倒な所だと思う。よく自分を殺すというか、それはある種の決意の話であって、本当に自分を殺せる人などいない。よほどの使命感とか義務感、孤独と思慮の浅さ、そして追い込まれた状況などが揃わない限りは無理だ。

 今の誠一には精々が、義務感しかない。使命とまで高潔な精神はないし、孤独でもなければ考える能力もあり、ケダモノが人を殺すと言っても誠一一人で対応できる程度の数でしかない――条件がそろうことなんて、ありえないのかもしれない。

「――あぁ、しまった。そうじゃないんだよ、風切君」

 間宮は冷静さを取り戻したようだった。ただ単に、言いたいことを言いたいだけ言って満足したようにも見えたが――そしてやはり、誠一の相槌すらも待たずに続ける。

「ブルー・ゴーズが完成しそうなんだがね、君、適合者に心当たりはないか?」

 ゴーズの適合者候補とはつまり。

 適合テストで事故死しても問題ない命、ということである。

 間宮自身、その点については制御できないとかで、適合者を探す過程は基本的に人が死ぬのである。誠一が発見されるまでに、十七人がテストに挑んで、生存者は五人だったと聞いている。

 それを思えば欠陥品としか思えない――天才とは思えない――システムなのだが、ケダモノは通常兵器では傷すらつかず、現状、ゴーズしか通用しない。ゴーズが捕獲したケダモノに拷問を繰り返したが、血の一滴すら流せなかったらしい。その個体は、結局ゴーズが始末したとも聞く。

 わざわざ殺すための人選などしたくないが。答える。

「俺のいた児童養護施設の出身者でよければ、いくらでも。前払いで金をやれば、どいつもこいつも飛んできますよ」

「どうせ死ぬんだから、金を払うのはもったいないぞ」

「口座振り込みにして、死んだ後に適当な言い分で口座を差し押さえればいいじゃないですか」

「その言い分を作るのにも金がかかるんだぞ――まぁ、いい。名前と連絡先をまとめて出してくれ。私らが表立って調査するのは外聞が悪いから、わかっているな?」

 証拠を残すな、ということだ。頷くと、間宮はさっさと出て行った。

「今回は何人が死ぬかなぁ」

 言葉には合わない楽し気な声で、柊が言った。

「最高記録は……あぁ、二十八人だって。君は何人を候補に出すの?」

「ぱっと思いつくのは六人ですけど、まぁ、二十人は呼びます――その全員から恨まれる覚悟はしてますよ」

「なんで?」

 心底、不思議そうに柊が続ける。

「どうせ死ぬだけの命なんだから、意味のある死に方した方がよくない?」

「意地汚いんですよ、育ちが悪いから」

「あたしもさ、別に育ちはよくないけど、だからせめて意味のある人生だったなって思いたいじゃん――ま、あたしは被検体になるの絶対に嫌だけど」

「あいつらだって嫌ですよ。前払いで金を使って、豪遊した直後ならともかく」

「その金は税金だよ。もったいない」

 あっさりと言い切った辺り、柊もやはり同じ穴の狢なのだろう――同じようなことは、誠一だって考えたことがある。どうせ死ぬだけの命、花火のように派手に散らせるのがせめてもの救いではないかと考えたことは、一度や二度ではない。自分の命を含めて、だ。

 それでも今、生きているのはなぜか。正直、わからない。死んでいないだけかもしれない。ケダモノに殺されるか、事故でいきなり死ぬか。メディカル・チェックで掴み損ねた病気で死ぬか――死ぬ可能性だけはどこにでもある。本当に平等なのはそれくらいだ。死。

「どうせあたしらは一生このままなんだしさ、いつ死んでも同じだよ」

 そう言った柊の気持ちに、諦念はない。ただの事実の確認に過ぎない。生まれた環境で、人生の大半が決定してしまうのが現代だ。チャンスさえも平等ではない。もっとも、人はそういう時代の方が長く生きてきたわけで、先祖返りというか、あるべき姿に戻っただけ打とも言えるのだが。

 仮に貧困層から富裕層に格上げされても、子供を作れない身体になっているし、養子を取るにも事前審査で弾かれるのがオチだ。どんなに頑張っても、一代限りの繁栄であれば、人はどこかで投げやりになる。

 それもあってか、貧困街ではその日暮らしの人が多い。日払いで金をもらい――風俗店などでは珍しくない――、税金が取られる前に使い切って、税務署の連中から逃げ回る日々を送る、という。最後は裁判所からの強制執行で、あらゆる金と財産を持っていかれるとわかっているのに、そうする人は後を絶たない。

 死んでしまえば、たとえどんなことをしても、金を収める義務はなくなる。どうせ子孫もいないのだから、代わりに払う人もいない。その時は、働いていた店に払わせる、という都市伝説もある。だから、店側は税金を考慮して金を渡せ、というわけだ。

 行き付く先は無縁仏で、税金を払っていなければ唯一の社会との交流所でもある職場にも迷惑をかけるかもしれない――刹那的な人生になるのも、仕方な環境ではないか。

「革命なんて、誰も望んでませんしね」

 結局、人は自分の身の回りが綺麗な世界であるならば文句は言わないものだ。もちろん、暇を持て余した人が無意味な抗議活動なんかもしているのだが、どこまでいっても暇潰しの域は出ていない。

 自分の人生を棒に振ってまで、いつでも切り捨てられる人々を助けよう、なんて馬鹿な考えを持ちづけられる人はいない。いれば、それは人の姿をした怪物――それこそケダモノだろう。つまり害獣で、除去されなければいけない。

 だから、革命なんてものは起きない。

「出たね」

 柊が言う。その頃には、誠一は立ち上がっていた――ケダモノが出た。

「二分で出撃してください」

 AIの声がする。

「出撃前に、余計な体力使えって?」

「文句を言う前に動いてください」

「お説ごもっとも」

 どうせ、他に生き方を知らない。



 ――バイクに乗り、自動運転で走らせながら考える。

 ケダモノとは何か。

 戦場に着くまでの暇潰しではある――コミュニケーションは取れるようなのだが、だからといって歩み寄ってくることはない存在。まさに害獣と呼ぶに相応しい。知性があっても、それが人のためにならない命に対して、人はどこまでも残酷になれる。

 それはある意味じゃ俺だ。声にせずつぶやく。貧困層の人などというものは、人の姿をしているだけで、役に立たないのだからどんな風に扱っても構わないと思われている。だから害獣駆除などさせられるし、決して評価を得ることもない――評価されたい、と思ったこともないが。それを結局、期待されるということで、そんな重荷は背負えない。

 与えられた役割を全うする以上のことを求められても、どうしようもない。

 それが、誠一の実感だ。

 バイクが止まり、ケダモノと対峙する。

 今度はセミ型だった。羽がついているから飛べるわけだが、その際に大きな音を立てるので隠密行動ができない――というのが資料の上での情報だ。出現すればすぐに殺さないといけない害獣の情報なんてものは、その程度で構わないと思われている。

「ゴーズ。なぜだ」

 ケダモノは一体しかいなかった。舐められている、と思いながら、誠一は敵の声を聞いた――まだゴーズになっていないのに、ゴーズだと見抜かれたのは面白くなかったが。

「我らとお前は同質の存在。なぜ争う」

「お前たちの正体なんてどうでもいい。同じくらい、俺が何かもどうでもいい。大切なのは俺は人の総意に従っている、っていうだけだ――強化装甲」

 デバイスを起動して、ゴーズの装甲を身にまとう。

「我らもお前も、自然の摂理のままに生きる存在だぞ! それを――人程度に制御されるというならば、それは恥晒しだ!」

「お前たちの意見なんて、聞く気はない。俺の役割はもう決まっている」

「誰が望んだ役割だ!」

「人――人の総意が決めた、抗えない」

 なんでこんな問答をしているのか。思いながら、誠一は構えた。セミ型は羽があって飛べるから、逃がすと厄介だ。ゴーズは空を飛べない――それをカバーするために、バイクがあるとも言えるのだが。

「我らはわかり合える。それなのに、どうして戦わねばならん!」

「和平を持ちかけた人たちを殺したのはお前の仲間だろうが」

「人は――この自然に存在するものはすべて、死という結末が約束されている。それに反するのは摂理を無視するということだ。許されることではない」

 誠一は、鼻で笑った。

「自分の思い通りにならないものが、面白くない。そう言ってる自覚はあるか――自然でも何でもいいがな、思い通りになるものなんてありはしないんだ」

「だが、人はすべてをそうしようとしている。それは咎めなければならない……」

 感傷的な声音だった。あるいは、自慰的な自己陶酔をしているような。

 だが、自分の意見を言うしか能がないとは、そういうものである。他人の――自分とは異なる思想を他人は持っているということから意図的に目をそらせば、そうなるしかない。

 なるほど、ケダモノには知性がある。人と同等の。つまり、絶対にわかり合えないということになるわけだが――有史以来、人と人がわかり合えたことなんてない。それを可能にした超人もいたかもしれないが、大概の人はそうなれないから、彼らは超人なのだ。

 もちろん、誠一は超人ではない。

「お前らにも意見や意思があるんだろうがさ――俺はお前らを殺すしかできないんだ」

 それは思考停止ではなく、思考の末に出した結論だ。

 誰もがそれを望むなら、誰かがやらなければならない。そのプレイヤーがたまたま自分だったという、ただそれだけの話。

 特別な才能や能力なくても、そうなったからにはその責任からには逃げないという――そういう現実を受け止めただけだ。

「殺戮者には言葉は通じん、か……」

「褒めてくれどうも」

 踏み出す。

 ケダモノの対応は早かった。誠一の一歩目と同時に、後退してみせる。間合いが変わり、二歩目のタイミングや歩幅を変えなければいけない――本能と反射だけで戦えるほど、人の身体は都合よくできていない。

 戦場では考えれば死ぬが、考えなくては生き残れない。勝者になれない。

 矛盾しているが、そうでない事象があるのならば教えて欲しい。所詮、人の世も自然も、矛盾なくしては存在することはできない。

 腰の二本の棒を手に取り、合体させて斧にする。武器の情報はケダモノも知っているはずだ。だから、対応される。

ケダモノは羽を変質させて、両腕の盾にした。羽を引きちぎったわけだが、痛みはないようだった。

 全力で斧を振り下ろせば、盾ごとケダモノを両断できる――と、確信していたわけでもないが、攻め手でいることをやめたくはなかったから、走ってきた勢いを乗せて、斧を振り下ろした。が。

 鈍い音がして、斧が受け止められる。硬い、というよりは、勢いがそのまま引っくり返されたような感覚だ。盾は優に一メートルを超えているから、ほぼ全身をガードできるようだから、これを突破しなければ、あるいは、隙を突いて盾で防げない一撃を喰らわせるしかない。

 ケダモノの反撃の気配を感じて、誠一は一歩、後退した。それだけで間合いは測り直しになるから、一瞬だが攻撃の動きが遅れる。その隙を突いて、と思ったが、ケダモノの判断が早い――反撃ではなく、逃亡を選んだ。

 盾になったはずの羽が、再び羽に変じて空を飛び出す。手を伸ばして跳躍するも、届かなかった。誠一はAIに言葉を投げた。

「バイク使用の許可を寄越せ! レッド・ゴーズ権限!」

「承認。バイクの攻撃使用を認めます――全交通網にアクセス。信号を支配下に置きました」

「仕事が早いな、それが取り柄だろうがさ!」

 バイクにまたがり、エンジンに火を入れる。ゴーズ専用に改造されたバイクは、車検に出せない仕様だが、その分の性能は保証されている――二本の刃があやしく光るのを見たような気がする。頻繁に使えば、誠一が減給処分になるから、あまり使ってやれない。

 グリップを回転させて、走り出す。自動運転でも通常運転でもない、戦闘運転の時は反応が違うし、初速も桁違いに早い。常人では反応できないほどに速いが、ゴーズの性能でブ^ストされた五感ならば問題なく認識できる。

 だが使用頻度が少ないだけの理由はある。

 交通網を支配して、信号機を巧みに利用しないと事故を起こしてしまう。どれだけ誠一が気を付けようとも、回避できない悲劇は存在する――もちろん、誠一は事故を起こしたことはないが、過去にバイクに轢かれて死んだ市民の数は少なくない。

 そのため、警察機構にも協力要請が送られる――話が大きくなれば、後処理が面倒になっていくのだから、お偉方が嫌がるのもわかる。だから、極稀にでも使えば、誠一は減給処分だ。そうなる前にケダモノを殺せなかった罰、として。

 バイクに搭載されたレーダーが、ケダモノを捕え続け、同時にAIから追加の情報が送られてくる。

 ケダモノは、主要幹線道路の上空を飛んでいる。このまま直進させれば、富裕層の人々にその姿をさらすだろう――それだけは避けなければならない、と誠一は教え込まれている。貧困層を黙らせるのは簡単だが、富裕層は容易く理解してくれない。

 なんで現実を直視させるんだ。彼らはそう言って激怒する。人を駆除しようとする怪物がいる――そうされるだけの理由が自分たちにあるかもしれない、という可能性を生むことさえも許せない。

 そのためならば、どんな風にでも人を酷使して殺せるだけの非情さがなければ、人は生きていけない。生きるとはつまり、自分以外の命を生贄にすることなのだから。

「準備完了」

「遅いんだよ」

 AIの声に返す。人と違って、他の命の生贄がなくても生存できる存在だ――が、命をデータとして見られないという欠点を持つのが難点でもある。

 AIの言った準備とはつまり、必要な速度に達した、ということだ。

 ギアを切り替え、誠一はバイクの前輪を空に向けて持ち上げる――刹那。

 バイクのエンジンが唸りを上げて、空へと舞い上がる。一定の速度を超えた時に可能となる飛行である。無限に飛べるわけではないし、自由でもなく制限は多いが。

 ケダモノを殺すくらいはできる。

「人が飛ぶなど――ありえんっ!」

 ケダモノの叫びが聞こえるだけの距離となり。

 バイクに装備された二本の刃が発光する――ただ命を殺傷するだけの機能を全開にして、ケダモノに迫る。

 敵は逃げようとした。それは無駄ではない。最善だった。

 だが、たかが最善程度では、自分の命すら守れない。

 二本の刃がケダモノを貫き、その命を終わらせた。

「ならさ」

 コンソールを操作して、着陸の準備をする。バイクの後方からパラシュートが発射されて、少しずつ落下していく。

「人じゃ、ないんだろうな……」

 疲れた。だから――減給処分が確定になるだろうが――着陸とそれ以降のバイクの制御は、AIに任せた。

 人らしく、人の手で最後まで面倒を見ようとは、どうしても、思えなかった――俺は人じゃないんだから。誰にも聞こえない、自分にすら聞こえない声で、そう言って。

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