第7話
「最近、出撃増えてるねぇ」
事務室でこれといった仕事もなく、業務用のパソコンでだらだらとネットを見ていたのだが――そんな声をかけられた。相手は柊で、時刻は午前十時であり、職務規定の上ではすべての社員が出社しているはずだった。
が、いるのは誠一と柊だけだ。間宮は研究室にこもっているし、他の面子はサボるなら殺風景の事務室よりもいい場所がある、というわけで不在となっている。出社しているだけ、やる気があるさえ言えるわけだ。
ともあれ、返す。
「そうですか?」
「うん。前より頻度が多いよ。気づいてないの?」
「俺がゴーズになったの、春からですよ。比較する時期なんてないです」
「でもさー、多いって思わない? 君、ここのところ、二日に一回は出てるでしょ?」
「どうですかね。警察や救急と比べて仕事が多いなら、そうだって思いますけど」
「でもさ、君バイトでもやってたじゃん?」
今年の春から正社員になったというだけであって、バイト――正確には嘱託社員として活動をしていたのは事実だ。もっとも、それでも一年程度の経験であり、比較する対象があるわけでもないが。
「それでも一年ですよ。ああだこうだ語れません」
「ま、君がそんな感じならいいけどね」
そう言って、柊は会話を打ち切った――きっと、こう言いたかったのだろう。君の出撃が増えると、あたしの仕事が増えるんだけど、一緒に文句言わない? と。
柊の主な仕事は、AIが診断したメディカル・チェックの情報をまとめて、書類にすることである。メディカル・チェックは出撃の度に行われるから、出撃が増えれば必然その海風が増えていく。
柊はそれについて不満があるのだ。わからない話でもないが、ケダモノの発生プロセスは解明されていないし、ゴーズは誠一しかないのだから、彼女以外に専属のメディカル・チェックの情報をまとめる仕事を担う人も必要はないと判断されている。
その辺りの理屈は彼女もわかっているはずだが、それでも、愚痴が言いたくなるのはわかる。防人機構では、間宮と誠一のような実際に戦場に関わる何か以外の仕事は、実際は何もない――それでいて、貧困層の中では上位の給料があるから、人気がある。
つまり、仕事をせずに金を稼げる仕事というわけだ。
そのために競争を勝ち抜いたのに、なんで仕事をしないといけないのか――理解はできる。古代ならともかく、現代はいかに仕事をせずに金を儲けるか、が上手な生き方かどうかはジャッジするポイントになっている。
柊はあくまで、大して仕事をせずに風俗通いができる金を求めているのであって、仕事にやり甲斐だとかそういうものは求めていない――それは間宮と誠一以外の誰もがそうなのだが。
どれだけ仕事で活躍しても、貧困層から脱出できるわけでもないし、避妊手術を受けているのだから褒め称えてくれる家族も作れない――子供の手前仕方なく、という建て前がなければ夫だろうが妻だろうが、パートナーの仕事を評価するなんてことはありえない。
結婚そのものに価値がない。独身者は余計な税金を取られるが、貧困層では結婚のメリットがあまりにもない。性欲はいくらでも発散できるし、役所に行って手続きをするという発想がないから法的な扶助も受けられない。それに、どうせ遅くても二年で離婚するのだから最初から結ばれる意味がわからない、という人ばかりだ。
今日、誠一は得にやることはない。出撃がなければ、基本的には待機が仕事である。トレーニングをしてもいいのだが、あまり仕事をしていると叱責されるからやらないことの方が多い。誰もが何もせずに金を稼ぐ中では、仕事をする方が悪となる。
だから、ダラダラとネットを見ている。特に意味はないし、見たいサイトだとかSNSがあるわけではないが、暇潰しが他にない。就業規程では、職務中には本を読むだとかスマートフォンを操作するだとかは、禁止されている。仕事をしているフリ、くらいはしないといけないということだ。
「あ、そういえばさ」
柊が言う。
「間宮さん、なんか来るらしいよ」
「はぁ。なんでですか」
「知らない。でも君に用事でしょ。あのおっさん、君以外のうちの誰かの名前とか、覚えてないんだし」
「はぁ。なんなんですかね」
罵られる覚えはないのだが、なんとなくそういう気分になったから、でそうなる現実もないではない。人なんて気分と感情で生きているのだから、理不尽に走ることだって決して珍しい話ではないのだから。
「気に入られてるよね、君」
「サンドバッグとして有能だからでしょう?」
「それにすらなれない人がいるんだよ。年上なんてさ、それやっとけば可愛がってくれること、わかんないのかな――自分の話を肯定してくれる道具が欲しいだけだっての。男とか女とか関係なしにさ、わかる?」
あなたもそうですよね。
とは言わずに。告げる。
「わかります」
「だよね。つまりさ――」
柊の話は、それから間宮が来るまで続いた。最近の女性用風俗の店員の質が悪いとかそんな中身だったが、頷いているだけの対応でも彼女は楽しそうだった――無条件に話を聞いて、肯定してくれる道具がいらない、と言える人は少ない。
どれだけ逆方向の意思を持っていても、加齢とともにその道具を欲しがるのが人の性だと、誠一は思っている。
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