第二話 シーン一 【地方都市イグス】
第二話 シーン一 【地方都市イグス】
レアンたち一行はキリイ村から馬車で北に六日かかって地方都市イグスに到着した。
イグスはこの辺りではかなり大きな都市で、人の行き来も多く活気がある。
入り口では検問が行われていて、キョーコとアンナが代表として手続きを行った。
「思ったより警備が厳重だったわね。昨今の情勢のせいかしら?」
「ええ……。おそらくは『王都離れ』から起きる、人の移動を抑制するためではと思います」
帰ってきたキョーコがアンナと顔を見合わせ、不安げな表情になる。
ここ半年は首都フェイルナールから、地方に向けて人の移動が活発らしい。
その理由はエリック国王陛下の『ご乱心』という情報は知っているが、牢屋に入れられると困るので口にするものはほとんど居ない。
「ではここでお別れですね」
「うう……またね……またあそぼーね!」
馬車で街の中の広場まで来ると、アンナとケインが降りて挨拶した。
「じゃあ、お元気でアンナさん、ケインくん」
「まったねー!困ったことあったら声かけてね☆」
「……またお会いしましょう、です」
「生きてればまた会える!うしし!」
レアン、サツキ、ハヅキ、ハピルと挨拶したあとケインとハグして別れを惜しむ。
六日間の旅ですっかり仲良くなった一行だったが、一旦ここでお別れをしないといけないのは寂しかった。
「お元気で、いい出会いがあるといいですね♪これはお別れのプレゼント、はいケインくん♪」
「うん、ありがとー!」
キョーコは五歳のケインに可愛い布の袋を持たせると、彼は喜んで中身を確かめた。
するとお菓子と一緒に銀貨の小袋が入っていて、見つけたアンナが慌てる。
「キョーコさん、これお金……銀貨二〇枚あるじゃないですか!報酬として差し上げたはずなのに、受け取れません!」
「いえ、アンナさんからの報酬はたしかに受け取ったわ。それはほんの私の気持ち♪これからの新生活でお金はいくらあっても困らないから。ケインくん、今日からはキミがママを守るのよ。いい?約束できる?」
キョーコは突き返された袋を中腰になってもう一度ケインに渡すと、ケインは受け取りながら「うん、やくそくする!」と力強く頷いた。
「ありがとうございます……この御恩は一生忘れません!」
アンナは泣きながら頭を下げて、ケインも真似をする。
レアンは途中でもらい泣きしてしまい、こっそりハンカチで涙を拭っていたところをハヅキに頭をポンポンされる。
「ばいばーい!」
別れてアンナたちが見えなくなったところで、サツキがぼそっといった。
「幸せになってくれるといいね……。あと、ママの子どもでよかったかも」
「あ、嬉しい♪ママ愛してるっていっていいのよ♪」
「何ば恥ずかしかこと言っとーと⁉やめんね!」
「さつき!トマトみたいになってる!赤い!赤い!」
サツキは顔を赤くして、キョーコが微笑んでハピルが騒いだ。
「……ママ、好き好きちゅっちゅ、です」
「あらありがと♪ハヅキちゃん……ちゅちゅ♪」
無表情で好きというハヅキに、キョーコが頬に何度もキスをした、
「あはは……」
レアンが笑っていると、今度はキョーコが獲物を見る目で近づいてきたことに気づき慌てて逃げた。
「レアンくん……ちゅ~♪」
「あわわわわ‼」
レアンたちはまず宿をとって荷馬車の貴重品を運び込み、次に向かったところは冒険者ギルドだった。
元ハーピーのハピルは連れていくと厄介なことに巻き込まれそうな気がして、宿屋に置いていくことになる。
受付嬢にカタルスギルドからの招待状を出すと、奥からいかつい親父が出てきて声を響かせる。
「おういらっしゃい!随分華やかなパーティーだな。イグス冒険者ギルドにようこそ!歓迎するぜ!」
『え?』
一同が驚いたのはギルドマスターの親父が、カタルスのギルドマスターとそっくりだったことだ。
そのことを指摘すると彼は豪快に笑い出した。
「わはははは!なんだ、兄弟いってなかったのか!俺たちは六人兄弟でみんな似ててね。各地のギルドで同じ仕事してるから、困惑するらしいぜ!」
「なんだ……びっくりしました。移動して先回りされたのかと思いました」
「わはははは!そんなことするわけねぇじゃねーか!」
バシン!
「痛あっ!」
カウンターから出てきたマスターに、背中を叩かれレアンは声を上げる。
「ちょっと!うちの可愛かレアンになんばすっとね!」
「……私のオモチャのレアンに何をするの?」
怒る姉妹に「すまねえすまねえ」と親父はいって奥の部屋に通された。
「あらためて、イグスのギルドマスターをやっているものだ。あの『茜色の刃(やいば)』にお会いできるとは光栄だぜ!」
親父はキョーコに握手を求めると、キョーコは照れた顔で握り返す。
「その恥ずかしい二つ名やめて〜。名乗った記憶あんまりないし、今は娘たちの育成をしているから」
すると通り名に反応した娘たちが「ほう」と顎に手を当てた。
「へー!何それ!すごか名前やね!」
「……我は茜色の刃、見参!……です」
「いやいや、うちのママなら『きゃっぴーん☆茜色の刃で懲らしめちゃうゾ☆』で
しょー!」
「……お仕置きよ、です」
サツキとハヅキが交互に好き放題いっていると、キョーコがふたりの頭を脇に抱え込んで絞めた。
「あ・な・た・た・ちー!☆」
「いででででで!怪力やめて‼」
「……痛い、です。ほんのり柔らか」
そんなやり取りを見ていた親父は大声で笑う。
「わはははは!まさかこんな大きな娘がいたなんて知らなかったぜ!しかも全員美人さんだ‼」
「えっへん☆」
「……どやぁ、です!」
「あらあら……♪お世辞でも嬉しいわね♪自慢の娘たちよ」
レアンは輪の外でやり取りを見ていると、キョーコから紹介された。
「この子はレアン。十一歳だからまだ僧侶見習いなんだけど、将来有望よ♪パーティーの一員として一緒に行動しているわ」
「あの……よろしくお願いします」
レアンがペコリと頭を下げると、親父はゴツい手で握手してくる。
「おうレアン、よろしくな!それとキョーコさん、二つ名はもちろん外では喋らねえよ。いろいろ厄介に巻き込まれるかもしれないからな。おまえたちも俺がいったことは内緒だぞ?」
釘を差されてレアンと姉妹は頷く。
「ええ、みんなもお願いね♪じゃあ、少しの間お世話になるわ、マスター。さっそくこの街の近くにあるセイヒツの地下迷宮(ダンジョン)の情報が欲しいんだけど、お願いできる?」
探索の目的地は『セイヒツのダンジョン』と決めていたようで、情報収集はマスターに任せてイグスがどんな街か見て回ることにした。
地方都市というだけあってかなりの大きな規模の街みたいで、街の周りには高い壁があり出入りする人はすべて警備隊のチェックが入る。
冒険者にとっておなじみの武器屋や魔法道具屋や宿屋、食料品店や衣料品店もあり、学校も役所も街の中にまとまっているみたいだが、領主はやや離れたところにある高台の屋敷に住んでいるらしい。
「うわー!おいしそー!」
人も多くて活気があり露天から食べ物のいい香りが立ち込めるので、サツキは鼻をヒクつかせた。
「……これは。芳醇な骨付きもも肉の旨味と香草の香り、時間をかけた秘伝のタレを炙ったものが織りなす香りが鼻孔をくすぐり……じゅる」
ハヅキは焼きハーブ鶏がある店で立ち止まり、解説しながらヨダレを垂らすのをレアンがハンカチで拭く。
「ハヅキさんお口お口!……でもたしかに美味しそうですよね」
レアンは財布の紐を緩めて中を覗いて銀貨一枚を手に取った。
骨付き鶏は一本一〇エフで、銀貨一枚で一〇本買えるなと思っていると横から客が注文してくる。
「おにーさん!私焼けてるの全部!欲しい!」
「あいよ!一二本あるけど、お姉さん可愛いから一二本で銀貨一枚でいいよ!」
「やったー!おにーさん、すき!」
レアンたちが顔を向けると、表向きにはスタイル抜群のお姉さんのハピルだった。
「え?ちょっと!なんであんたこげんところにおるんね!」
サツキが突っ込むと彼女は「あっ!」と気まずい顔をする。
「ワタシ!おなかへった!中々かえってこない!げんかい!」
そういえばハピルを宿屋に放置して二時間は経つ。
「しょうがないわね。私が出すから夕食にしましょうか」
『はーい!』
時間的にも夕食の頃合いだったので、キョーコ持ちで露天のものを食べることにした。
各自自分が美味しそうと思うものを買い集めて、露天中央にある食事スペースで食べる。
「うわー!これめっちゃ美味しー☆お肉と玉ねぎと汁がパンの中からじゅわーって☆」
「……もぐもぐ。これはまた、もぐもぐ。濃厚なソースと歯ごたえが、もぐもぐ、混ざり合ってしゃっきりぽん……もぐもぐ」
「あ、これ何でしょう?食べたこと無い香辛料ですね。少しピリッとして、でも後には引かなくて」
「はむはむ!うめー!こんなうめーでごぜーますかー!ニンゲンさいこー!」
「ふむ……ふむ。これは下味に塩こしょうをすり込んで、寝かせてからソースをかけて弱火で焼いたのかしら?ふむふむ……」
五人それぞれ食事を楽しみながら感想を口にしていると、露天広場の噴水のところに吟遊詩人がやってきてリュートという弦楽器を鳴らしながら一曲披露しはじめる。
二〇年前にフェルナ王国と周辺諸国を救ったといわれる、八英雄の歌のようだ。
かの英雄は風の騎士 槍を振り上げ嵐を呼び起こす
かの英雄は氷の剣士 凍てつく刃で敵を切り裂く
かの英雄は光の聖女 みなを照らして仲間を癒やす
かの英雄は土のドワーフ 大地の如く敵を受け止める
かの英雄は水のエルフ 水を操り勝機を引き寄せる
かの英雄は雷(いかずち)の竜巫女 巨大な姿となり雷鳴を轟かす
かの英雄は闇の賢者 闇の波動ですべてを喰らう
かの英雄は火の小さきもの 熱き刃で敵を燃やす
大地よりいでし『地竜神ヌヴァタグ』を封じた英雄たちの物語
ああ 彼らこそが世界を救いし希望の八つ星
……
…………
………………
楽器を鳴らしながら、歌う吟遊詩人に誰もが静かに聞いた。
物語は神竜との戦いに勝てないと悟った国王たちが、ふたりの若き騎士エリックとジョルジュに希望を託して旅立たせる。
エリックたちは大陸各地で仲間を見つけて伝説の武器を手に入れ、犠牲を払いながらも最後は竜を槍の力で封印したという話だ。
「へえ、ここではこういうふうに伝わっているのね」
最初に口を開いたのはキョーコだった。
そもそも大元の実話はあれど詩人の脚色があり、ドラマティックにするために事実を曲げられていることもあるが、伝承とはそのようなものだ。
たとえばこの詩人によると、氷の剣士は氷の竜を作り出して乗って飛んでいって、槍の騎士は三階建ての家くらいジャンプしてとどめを刺したことになっている。
レアンは英雄だって人間なのにと思ったが、美化したり誇張したりするのは娯楽なので仕方ない。
演奏を終えた吟遊詩人にみんな拍手をして、最初にキョーコがチップを投げると他の人も投げはじめて小箱に小銭が溜まっていく。
吟遊詩人は「ありがとうございます!」と何度も深く頭を下げ、また新しい曲を奏ではじめる。
「久々に聞いたかも!ところで火の小さきものって結局なんだろ?妖精さんかな?」
「……闇の波動格好いい、です……!いずれ使えるようになりたい」
「はじめてすべて聞きました……こういう話だったんですね」
姉妹は何だか嬉しそうに曲の内容について話を膨らませていて、レアンは父親がこの英雄譚のことが嫌いだったせいか、通しで聞く機会が無かったので楽しめた。
「よくわからんけどすごいニンゲンもいるんだな!カーチャンから、ドラゴンは強いから喧嘩するなってよくいわれたゾ!ハグフグッ!」
ハピルは口の中に食べ物を頬張りながら、大声でしゃべる。
「こんなご時世だからね。久々に聞いたら懐かしいって思っちゃったわ♪」
キョーコは楽しそうにぶどう酒を少し口にしていたが、レアンは八英雄の話を聞く人たちが複雑な顔をしていたのがどこか心に引っかかるのだった。
(続)
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