第一話 シーン十二 【依頼の達成とロスト・イデアル】
第一話 シーン十二 【依頼の達成とロスト・イデアル】
ケインと人間になったハーピーを連れて村に戻ったレアンたち一行は、まずはアンナへ報告に向かった。
アンナはケインの元気な姿を見ると駆け寄って、膝をついて抱き寄せボロボロ涙をこぼす。
「ありがとうございます!本当にありがとうございます!感謝してもしきれません!」
「ママ……?」
「そうよ、ケイン。家を出ていってしまってゴメンね。もう寂しい思いをさせないから!」
ケインは一年半ぶりのやつれた母の姿に戸惑っていたが、腕の中の感触を思い出したのか抱きついて泣きじゃくる。
ふたりが落ち着いた頃、アウルの山近くに住んでいたハピルがケインを保護していたと報告した。
結局ハーピーが人間になったという話は信じてもらえないからという判断のようだ。
「あなた様も、ケインのことをかくまっていただきありがとうございました!せめてお名前だけでもお聞かせ願えませんか?」
人間の言葉を理解し発音できる元ハーピーは、名前を聞かれて首を傾げた。
ちなみに今はキョーコの予備の服を着て、それなりの格好をしている。
「な、なまえ?なまえ?知ってる?」
「名前は……ハー……ハーピ……ハピルさんです♪」
まさか名前を聞かれると思わなかったキョーコは、その場で思いついた名前をつけるとハーピー娘は喜んでくれた。
「私、はぴる?うん、はぴる!ハピル!です!ゾ!」
「そうですか!ハピルさん、ありがとうございました!」
アンナから涙ながらに握手されて頭を下げられると、ハピルはニカッと歯を見せた。
「まものさん?ありがとうございました!」
ケインがお礼をいってハピルに抱きつくと、彼女は人間の手で彼の頭を優しくなでた。
心なしか少し寂しそうな顔をしているのを、レアンは複雑な気持ちで見守る。
「あはっ☆まものさんから守ってくれてありがとう、だよね?ケインくん☆」
サツキがすかさずフォローを入れて、戸惑っていたアンナも微笑んだ。
「……では、これで依頼は解決でよろしいでしょうか?アンナさん」
キョーコは話がややこしくなりそうな前に、一度話を締めることにしたようだ。
アンナは「もちろんです」と了承して、ケイン救出の件は一旦終了する。
「……では、私たちはこれで」
「あ、ちょっと!もう行くの?あ、またねー!ケインくん!」
「ばいばーい!」
「ありがとうございました!」
ハヅキはサツキを引っ張り、親子をふたりきりにしてあげたようだ。
他の三人も部屋を出て宿を後にして、村長の家まで行くことにする。
「……あとはハーピーの報酬の件、です」
ハヅキは人間になった時に彼女から抜け落ちた羽と足の鉤爪に目をやって、少し難しい顔になった。
「もしダメだったとしても、報告はしないといけませんね」
レアンの手持ちの袋にもハーピーの名残が入っていた。
定番の証拠品である首を持ち帰ることはできなかったので、ダメ元で報告することになっている。
だが、あっさりと報告は無事に済むことになる。
「これは……!ありがとうございます!冒険者の方とはいえ、女性の方や小さい方だけで山から首を持って変えるのは大変ですよね?羽と鉤爪あれば証拠としては十分でございます!」
村長はニコニコと依頼完了の手続き用紙にサインをしてくれた。
「……ありがとうございます」
ハヅキが受け取って一度宿屋に戻ると、以前埋まっていた大部屋を借りて今後のことを話すことにする。
宿の主人に部屋に持ってきてもらった食事をハピルの前に出すと、彼女は予想通り手づかみで食べはじめた。
レアンが隣でフォークを使って食べはじめると、真似をしてフォークを使い出す。
「うまい!うまい!ニンゲン、こんなうまいの食べる?うまい!」
「美味しいなら何よりです」
ハピルの見た目は二〇代なかばの成人女性だが、中身が子どもみたいで不思議な感覚だった。
「さて、何から話そうかしら?」
すべて食べ終わって食事を片付けると、キョーコが話をスタートさせて一同テーブルで向かい合う。
「うーん、そうだなー。まずハーピー……今はハピルだっけ?ケインを拾ったときのこと覚えてる?」
サツキが質問すると、ハピルは怒った顔になる。
「馬車で来たニンゲン、コドモを置いていった!空から見ていた、戻ってこなかった!」
「ああ、なるほど。どんな顔だったか覚えてる?っていっても難しいか」
「オーガのような顔したオンナのニンゲンだった。他に何人もいた!」
「オーガ……」
オーガとは魔物の一種で凶悪な人間を食べる角の生えた怪物だ。
きっと領主の妻カーミラの形相が怖かったのだろう。
「ワタシ、ゴブリンに襲われそうになったケイン助けた!巣を作って生肉食べさせたらお腹壊した!」
「……それで村まで食料を取りに?」
「そう!ニンゲンの食べるもの、わからない!だから取ってきた!仕方ない!」
この一週間位、ハピルなりに苦労してやってきたのだろう。
彼女は興奮して唾を飛ばしながら更にまくしたてる。
「ニンゲンは悪いやつ!だって子ども捨てるの魔物でもしない!ワタシ、最後まであきらめなかった!ニンゲンひどい生き物!」
「……そうね」
ハヅキはハピルの言葉を否定しなかった。
レアンは悲しくなったが、ケインを山に捨てたカーミラの行為は許されないものだし、きっと魔物は野生の動物に近く命がけで子を守るのだろう。
「でもお前たちは別だぞ!オーガじゃないホントの親連れてきた!えらい!こっちのおっぱいニンゲンは痛かったから嫌い!」
「おっぱいニンゲン……♪」
変なあだ名をつけられてキョーコは不自然なほど笑顔になって、レアンは内心ハラハラした。
「……そうだ。この映像を見てわかる?『闇の中から真の姿を写せ……クリエイト・ビジョン』」
その時、不意にハヅキは何か思いついたのか杖を振って空中に映像を浮かび上がらせると、ギルドで見たカーミラの映像が映った。
「そう!このひと!オーガみたいな怖い顔!このオンナ!見て!オーガ!どう見てもオーガ!」
「オーガ……あはははっ!あははっ!」
ハピルがあんまりオーガオーガと連発するものだから、レアンは可笑しくなって笑ってしまう。
「オーガ……うふふっ♪真犯人は確定ね♪んー、となるとケインくんは元の街には戻らないほうが賢明ね」
キョーコは少し考え事をしながら地図を取り出して、現在のキリイの村とカタルスの街、近辺の街を指でなぞる。
たしかに元の街に戻るのはカーミラがいる限り危険だし、領主には気の毒だが行方不明のままがいいのかもしれない。
「ねえ?北のイグスの街に移動してみない?アンナさんたちも誘って。どちらにしろ、イマイ家としてもそろそろ各地のダンジョンや神殿の探索に出ないとっていってたじゃない?丁度いい機会だと思うんだけど、どうかな?」
キョーコの提案は驚いたが、娘たちを見ると歓迎ムードのようで、レアンも力強く頷いた。
「ボクはもちろん構いません。できる限り力になります!」
「サツキはもちろんいいよ!久しぶりに雑用係からお宝探し冒険者になるんだね☆」
「……私は別にオッケー、です。お宝見つけてバンザーイ」
ハヅキが両手を何度も上に上げているとサツキもやりはじめて、東方の風習だろうかと戸惑う。
最後に全員でハピルを見ると、彼女は歯を見せて笑った。
「うまいもの食べれるならついていく!ハピル、ニンゲンの体うまく使えない!狩りできない!メシ食わせろ!」
全員が同意したところで、キョーコが続けてこれからの段取りをはじめる。
「まずはカタルスのギルドに報酬を受け取りに行って、それから借りていた家の片付けと掃除かな?ケインくんはその間にハピルと村で待機してもらって、アンナさんも一度戻らないとだし……あ、馬車がないと移動が大変ね。それから……」
ひとりごとをブツブツいうキョーコに、ハヅキがちょんちょんと指で突っつく。
「ん?どうしたの?今考え中で忙しいんだけど」
「……どうやって魔物を人間にしたか話ししてない、です」
「あ~。……忘れてなかったのね♪」
キョーコは舌を出して「てへ♪」と茶目っ気を出した後、真剣な顔になった。
「普段は秘薬を作ってる錬金釜など代表とする古代遺産なんだけど、それらは『ロスト・イデアル』と呼んでいるわ。この釜はパスコード……えっと合言葉で目的に応じて変化させられる物なの」
説明によるとロスト・イデアルは誰でも使える汎用タイプと専用タイプがあるらしく、現在手に入るものはほとんど汎用らしい。
「私も変形させられるのを知ったのはわりと最近だったわ。今回の場合、いうこと聞かなかったハーピーちゃんにお灸をすえて『転生』してもらったというわけ。分かってると思うけど、秘薬の補助あっての成功だし簡単ではないと覚えておいてね」
キョーコに皮肉たっぷりにいわれてハピルは「ぷくーっ」と口を膨らませた。
「汎用でもあれだけすごいのでしたら、専用はさらに素晴らしいものなのでしょうか?」
レアンが質問すると、キョーコは複雑な表情をした。
「……そうね。もし、そういう物があるとしたら、きっと強大な力なんじゃないかしら?」
キョーコは視線をそらして、わずかに瞳を曇らせる。
レアンは触れてはいけない部分を垣間見た気がして、それ以上は聞けなかった。
(続)
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