第一話 シーン十一 【ハーピーとの戦い】
第一話 シーン十一 【ハーピーとの戦い】
『キエエエエエエエッ‼』
ハーピーは急降下の勢いを載せてレアンに鋭い足爪を浴びせようとしてきた。
すかさずサツキがレアンの前に立って、盾を上に構えて反対の手を添える。
「させないっ!」
ガキインッ!
「ぐうっ!」
「うわあっ!」
鋭い音がして盾でどうにか攻撃を反らしたが、ハーピーの方が体格も大きい上に落下の勢いがあるため、サツキがレアンを巻き込んで倒れてしまった。
もう一度上空へ飛んだハーピーが、再び下りてこようとした時ハヅキの魔法は完成する。
『原初なる水の力をもって切り裂け……!アクア・カッター!』
杖の先から鎌の刃のような水がほとばしり、ハーピーの片翼にヒットした。
だが、羽を傷つけられてもハーピーは怯むこと無く飛んできて、今度はハヅキに狙いを変える。
「ボクたちはその子どもを……お母さんに頼まれてケインくんを迎えに来たんです!だから話を聞いてください!」
レアンは立ち上がるとハヅキの前に立って両手を横に広げた。
だが言葉が通じないのか、ためらいなくハーピーはレアンに突進してくる。
「危ない!」
そこにキョーコがレアンとハヅキを両脇に抱えて大きく避けた。
彼女のどこにこんな力があるのか、ふたり抱えても態勢を崩さずに着地する。
「……交渉の余地がないのなら難しいわね」
再び舞い上がろうとしたハーピーにサツキが斬りかかり、ハヅキが単体魔法で応戦するが魔物は一歩も引かなかった。
「ハーピーさんはケインくんのこときっと守ってくれていたんですよね?でも話しても聞いてくれないなんて……」
見上げると、ケインは鳥の巣から顔だけ出して心配そうに戦いを見ていた。
その視線の先は必死に戦うハーピー。
「このっ!だからっ!サツキたちはあなたをっ!くっ!退治しに来たわけじゃないのにっ!」
「……あまり抵抗しないで。はっ!……できれば大人しくして欲しい、です」
サツキのショートソードの一撃も、相手を殺すためではないから攻撃の手は鈍ってしまう。
ハヅキの魔法も同じで一撃必殺の威力の魔法は使えていない。
『キエッ!キエエッ!キアアアアアッ!』
対して敵は本気でこちらに殺意を向けていた。
まともに喰らえばサツキたちでもタダではすまない攻撃も、激しさを増していく。
「本来ならハーピー相手に飲むものじゃないけど……強化の秘薬、使うね?」
サツキはベルトにしまっていた小さなボトルの白い液体を喉奥に流し込む。
「ゴクッゴクッ……あれ?今日のいつものと違う……よし、いける!」
『キエッ⁉キッ……キエエエエヤアッ!』
ハーピーはサツキから湧き上がる『何か』を感じたのか、真っ先に飛んできた。
両足を揃えて体重を乗せた足爪がサツキを襲ったその時、十センチの距離でかわした彼女がすれ違いざまにハーピーを二度斬り刻む。
「えっ……?」
明らかにサツキの動きが変わっていた。
早すぎる攻防にあっけに取られると、サツキがハーピーの飛行速度より速く走って追いかけざまに上段から斬り下ろす。
『ギエッ⁉ギイアアアアアアアッ‼』
ハーピーが痛みに耐えきれず地面に転がった。
派手に血が飛び、ハーピーの美しい毛が魔物の黒色の血にまみれる。
「ごめんね☆今ね、秘薬のブースト状態で手加減してこれだから!よっと!」
サツキが飛ばないようにしたいのか羽を攻撃しようと振り上げた時、ハーピーはとっさに頭突きをして不意をついた。
『グエエエッ‼』
サツキは体を後ろに投げ出すようにギリギリでかわすと、後方に回転しながらハーピーの腹に蹴りを入れて上に吹き飛ばす。
「せいやあっ‼」
『グエッ‼ギエエエエエッ……‼』
鈍い音がしてハーピーは息ができなくなったのか、苦しげにヒョロヒョロと飛ぼうとすると待ち構えていたハヅキの魔法が完成した。
『……原初なる闇の力をもって、夜に巡る束縛の糸とならん……!スパイダー・ネット!』
二メートル四方の粘着質の網がハーピーに覆いかぶさった。
本来移動スピードがある標的には使えないものだが、ダメージを受けたハーピーは見事に引っかかる。
『ギエッ⁉ギアアッ⁉ウグギギギ……⁉』
うまく飛べずに落下して地面でもがくハーピーは、逃げようとして余計に糸が絡んで全身が蜘蛛の糸まみれになる。
「もう抵抗はやめなさい!大人しくしてたらこれ以上傷つけないから!」
そこにサツキが近づいてハーピーに剣先を突きつけた。
「もうやめませんか?ハーピーさん。話を聞いてください!」
レアンは魔物に顔を近づけたが、ものすごい顔で睨まれて思わず後ずさる。
「……ちょっと行ってくる、です」
サツキとレアンがハーピーの方を見張っている間、ハヅキが『浮遊』の魔法でゆっくりと上昇して木の上の巣に向かった。
しかし、ケインは慌てて引っ込んでしまいハヅキが辛抱強く呼んでも、巣の中にこもってしまう。
「……困りました、です。無理に抱き寄せても暴れると危ないから」
ハヅキが困っていると、下からキョーコが大声で呼びかけた。
「おーい!ケインくーん‼私たちね、アンナさんに探してくれって頼まれて来たの。覚えてる?ケインくんまだちっちゃかったかもしれないけど、ケインくんの本当のお母さんよ。あなたに白い毛糸の帽子を編んでくれた人よ」
すると、ケインはひょっこり顔を出して何度もキョーコとハヅキを交互に見て、それからハヅキの腕につかまった。
ゆっくりした速度で下りてくると、地面に降りたケインはひょろひょろとした足取りでハーピーの元に近寄ろうとする。
「あ、危なっかしい……。ちょっとお姉ちゃん、ケインくん支えてあげて……」
「ケインくん、走ると危ないよ……?」
サツキとレアンがケインに気を取られて、魔物への注意が逸れた一瞬だった。
『ギッ……ギエエエエエエエエッ‼!』
大人しくしていたと思っていたハーピーが急に暴れて魔法の糸を振り払い、近くに居たレアンを後ろから羽交い締めにした。
「うわああああっ⁉」
「あっ⁉レアンっ⁉」
慌てふためくレアンとサツキの声が響く。
ヒュッ
だが次の瞬間、レアンの顔の数センチ横を鋭い風が凪いでハーピーの動きが止まった。
『ギ……?ギイイ……?』
「え……?」
何が起きたのか把握できなくてレアンが首だけ後ろを向くと、ハーピーの喉元に一〇センチの刃物が突き刺さっていた。
傷口から出た返り血が、レアンの顔を赤黒く染める。
『グエ……グエ……エ……』
力を無くしたハーピーがレアンの後ろから崩れ落ち、地面に血が広がった。
それを見たケインが走り出して、途中で転びながらも這ってハーピーにすがりつく。
「うわあああああっ‼うわあああん‼まものさん‼」
虫の息であるハーピーの血で汚れるのも気にせず、ケインは何度も揺さぶった。
そんな少年をハーピーは愛おしむように羽で包み抱きしめる。
「人間だったら即死だったのにさすがね。でも残念だけどもう助からないわ」
刃物を投げたキョーコは感情を感じさせない声色で、それを聞いたレアンは寒気がした。
「な……何も殺さなくてもいいじゃないですか……!」
レアンは怒りとも悲しみともいえない感情がない混ぜになって、声を震わせる。
魔物に効くかわからないが、神に祈りを捧げて癒やしの力を注ぐ。
『神よ……この者に癒やしの力を与え給え……ライト・ヒール!』
レアンも助からないのは分かっていたが、使わずにはいられなかった。
少しずつ傷はよくなっているが、深い傷に対しては気休めにしかならない。
そしてあらためて、レアンの顔横数センチの難しい投てきにためらいがないキョーコに戦慄した。
「レアンくん……優しすぎるのはきっと不幸を招くことになるわ。今は私を恨んでもいいから、そのことを忘れないようにね」
キョーコは無表情にレアンを見下ろしたあと、次はハーピーに近づいて薬を取り出した。
「ハーピー、よく聞いて。あなたがまだ生きたいと思うのなら、方法はあるわ。魔物としての生き方を捨てる覚悟があるならこの薬を飲みなさい」
『ギッ……?』
ハーピーはキョーコを見て、次に泣きじゃくるケインを見た。
目を閉じて浅くなった呼吸を整えて、再びしっかり目を開けると意を決したように頷く。
「よし、ケインくん。まものさんを助けるためにお薬を飲ませてあげて?」
「……うん」
ケインは涙を拭いて受け取ると、ハーピーの口に白い薬を流し込んだ。
キョーコはその後サツキにいってケインを離れさせると、ハーピーに手持ちの秘薬を体にばら撒いてカバンから普段使っている錬金釜という小さなツボを取り出す。
「今から錬成を行います『ロスト・イデアル・コモンタイプ・インヴォーク!』」
するとツボが分離して、空中に散らばって浮いた。
何もない空間から感情のない声が聞こえてくる。
『適合者の名前を確認します』
『エーケーエーエヌイー』
謎の声にキョーコが答えていくと、新たな質問が続いていく。
『種別コードを教えてください』
『ヒュー・フォージ コモンタイプ』
『変換タイプを教えてください』
『デミ・ヒュー トゥ ヒュー』
『最後にパスワードを入力してください』
そこで空中に三〇個くらいのオレンジ色のタイルが広がり、キョーコが選びながら数回押した時点で緑色に変わってすぐに消えて、代わりに空中に文字が浮かび上がった。
『con_person:akane
type:hu_forge common
change:demi_hu to hu
pass:**********』
『確認完了。個体錬成プログラムを起動します』
ツボの破片は変形してハーピーの周りを回りながら光を放ち、体を包みこんで空中に浮かせた。
『錬成開始!』
『了解しました。プログラム開始します』
パアアアアアアアアアッ!
ハーピーを包む光が強くなり、辺りが真っ白になるほど眩しくなった。
「う……見えないです……何が……?」
「うわっ!何っ⁉」
「……まぶしい、です」
全員が目を開けられない光に目を覆う。
やがて五分くらいだろうか、収まるのを待って目を開けると大人の女性が全裸で地面に横たわっていた。
上にハーピーの羽や足の鉤爪が被さっていて、レアンは裸を見ずに済む。
「無事錬成完了したみたいね。ハーピー、あなたは生まれ変わったのよ」
キョーコは大きな毛布を取り出して女性の体を覆うと、当のハーピーは状況を理解できないのか何度も自分の体を見た。
「あれ?私、へん。体、へん。へん、へん、へん……?」
ハーピーが人間の体に変わるという奇跡を目の当たりにして、レアンをはじめ姉妹たちも驚いて口をぽかーんと開けてしまった。
「……へ?え……?え……?えええええっ⁉ハーピーが人に⁉」
「は……?はああああああっ⁉ママ……何(なん)ばしたと?魔法?」
「……驚きました。話に聞いたことはありますが、魔物からの転生ですか?母さん」
レアン、サツキ、ハヅキ三人の反応は驚きと疑問で埋め尽くされた。
キョーコは曖昧(あいまい)な笑みを浮かべながら、指を一本立てる。
「ひとまず、話すと長くなるから村に戻ってからにしない?ケインくんのこともあるから♪」
キョーコが視線を向けると、嬉しそうにハーピーだった女性に抱きつくケインの姿があった。
(続)
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