第一話 シーン九 【少年の行方】
第一話 シーン九 【少年の行方】
「……おはようございます、キョーコさん」
「……おはよう♪レアンくん」
翌日起きると目の前にキョーコの綺麗な顔があって、思わず目をそらした。
レアンは自分の格好を確認すると服はきちんと整っていて、キョーコがしてくれたことに気づく。
「……えっと、昨日はありがとうございました」
「あら、お礼をいうならこっちよ♪ありがとう、無事新鮮な素材が手に入ったわ♪……あと、可愛かった♪」
「……っ⁉」
キョーコがいたずらっぽく微笑んで、レアンは顔から火が出るほど恥ずかしくなって反対を向いて顔を両手で覆って悶えた。
するとキョーコは後ろから体を寄せて耳元に囁いてくる。
「うふふ♪からかってごめんね。でも、採取の仕事なくても寂しくなったらたまには甘えていいからね?あなたはまだ小さいんだから」
優しくいわれてレアンはモゾモゾとキョーコの方を向いた。
レアンから大きな胸に顔を寄せると、キョーコが優しく抱きしめてきたのでレアンも強く抱き返す。
まるで本当の母に抱かれた記憶が蘇ってきて、半年以上前を思い出して知らないうちに涙がにじんだ。
「……母さま」
そのまま一〇分ほど何も言わずに心音を感じていると、落ち着いてきたのでレアンは体を離す。
「……ありがとうございます、キョーコさん」
「……ん。いいのよ」
ふたり起きて着替えて顔を洗い食堂に向かうと、サツキが眠そうな顔をしてテーブルに突っ伏していて、ハヅキが黙々と大皿料理を平らげていた。
「おはよー……」
「……おはよう、です」
「あはは……。眠れませんでした?」
レアンが聞くとサツキは「寝相悪いし、顔を食べられかけて唾だらけになった……」とげっそりしていた。
その後アンナが起きてきて一緒に食事を済ます。
「さて、どこから行きましょうか?」
いても立っても居られないのだろう、食べ終わるとアンナはすぐにでも探索を開始したいようだ。
「どうしようかしら?アンナさん次第だけど、ハーピーの依頼もあるから二手に分かれる?」
「うん!そうだねー!ケインくんの捜索はママとアンナさんで行ってもらって、その間にサツキとお姉ちゃん、レアンで依頼主に会ってこようかな」
「……そうね」
キョーコ、サツキ、ハヅキと言葉を続け、レアンとアンナは頷いて席を立った。
レアンと姉妹は依頼主の村長に会いに行った。
サツキが道行く村の人を呼び止めて家を教えてもらい、迷わずにたどり着く。
「おお、これほど早く冒険者の方が来られるとは!わざわざカタルスからお越しいただきありがとうございます」
村長は尋ねてきたレアンたちを居間に通すと、奥さんがお茶を出してきて歓迎してくれる。
「いえいえ。それでどういった状況でしょうか?」
レアンが尋ねると村長は答えてくれた。
「ハーピーが現れたのはここ一週間前くらいでして、人間の食料を盗んでいくのです。今の所大きな怪我人はなく、被害が大きくないので依頼するか迷った次第で」
「なるほど!でも依頼して正解だったと思うよ!いつか大怪我するかもしれないし。それじゃ、さっそくはじめましょうか!」
「……ええ。善は急げ、です」
姉妹が意気込むと村長は笑顔になり頭を下げたが、何か思いついたように指を一本立てた。
「ではお願いしたい所ですが、ひとつだけ気になることがありまして……」
村長が神妙な顔をしたので続きを待っていると、外から誰かの大声がした。
「出たぞー‼ハーピーだ‼誰か来てくれ‼」
声の感じからそう遠くない距離だ。
すぐにレアンたち三人が飛び出して、声のあった方に向かう。
「……あ!あれでしょうか⁉」
レアンは上半身が人間の女性、下半身が鳥の魔物を見つけて指差した。
村人の男が農耕具で追い払おうとしているが、すでにハーピーの鋭い鉤爪には燻製肉やらヤギの乳が入ってそうな容器が握られている。
「そうだね!行くよ‼みんな‼」
「……了解」
「はい!」
サツキが腰からショートソードを抜いて走った。
ハヅキが魔法杖(マジックワンド)を片手に追従する。
レアンは実戦の経験が無かったため、ハーピーの迫力にオドオドしながらふたりの間に位置を取る。
「おじさん、そこどいて!ていやっ‼」
空中に浮いたハーピーにサツキが上段で斬りかかったが、あっさりとかわされてしまった。
村人は冒険者姿の乱入に慌てて横に飛び退くと、レアンが近寄って無事を確認する。
「大丈夫ですか?お怪我は?」
「ああ、大丈夫だ。ちょっと転んで擦りむいたくらいだ!あなた達は?」
「……ハーピー討伐の依頼を受けた冒険者、です」
「そうか、助かるよ!」
男は驚いたが、ハヅキが説明すると納得してくれた。
『キエーッ‼!』
ハーピーは奇声を上げながらサツキを追い返そうとする。
ただ、向こう側は食料を守るのが大事なのか、基本的に防戦一方でヒラリとかわしていた。
「こんのーっ!返せ!このっ!えいやっ!」
サツキはムキになって斬りかかるが、すばしっこいハーピーにはかすりもしない。
やがて騒ぎを聞きつけた他の村人やキョーコが視認できたところで、ハーピーは大きく空に羽ばたく。
「あ、逃げちゃう!」
レアンが叫んだところで、ハヅキが杖を振りかざして詠唱をはじめた。
『原初なる火の力をもって焼き尽くせ!ファイア・アロー‼』
杖の先端から炎の矢が飛んでハーピーを襲った。
『ピエエエエエエッ‼』
だが、ハーピーが振り返りざま声とともに羽を大きく振るうと、風が巻き起こって大きく軌道がそれて地面に落ちた。
そのまま離れていく魔物にサツキが拾った石をセットして投石機(スリング)を回して投げたが、距離的に届かない。
「あーっ‼ダメだったぁ……」
「……なかなか知性のあるハーピーでした。風の術で逸らされました、です」
サツキとハヅキが悔しがっていると、レアンが空から落ちてくるものを見つけて取りに行く。
「あれ?これなんだろう?毛糸の帽子?かなり小さい……」
レアンは白い毛で編まれた小さな帽子を持ってキョーコたちと合流すると、アンナが驚きの声を上げた。
「ああっ……!それはもしかして、もしかして……ケインにあげた毛糸の帽子……!」
レアンが手渡すと、アンナは何度も裏表を確かめてハーピーの毛だらけの子ども用帽子を胸に抱きしめる。
「この帽子は、私がケインの三歳の誕生日に合わせて編んだものなんです!この葉っぱのデザインは当時編み物慣れてなくて苦労しましたから。当時は大きく作りすぎてブカブカで笑われましたが、きっと五歳の今ならちょうど良く……。ううっ!ううううっ!ケイン……‼」
涙を流すアンナにレアンたちはうまく声をかけてあげられなかった。
一旦ハーピーを退けて、村長の家にみんな集まった。
状況を確認するため、二手に分かれた互いの報告をする。
「えっと、まずケインくんの件なんだけど。結論から言えばケインくんが乗った馬車はこの村には来なかったらしいわ。つまりこの村じゃないところに、直接連れていかれた可能性が高いわね」
キョーコが報告すると、アンナがまた涙をこらえてハンカチを目に当てた。
「となると、それ以外の場所?村長、何か近くに洞窟などはありますか?」
サツキが聞くと、村長は少し考えて口を開いた。
「この辺りだと三時間ほど北に歩いたところにアウルの山があります。昔は薬草など取りに行っていたみたいですが、今は魔物が住み着いているらしく誰も近づいておりません」
「……もしかして、ハーピーもそこから?」
ハヅキが尋ねると村長は「恐らくは」と肯定した。
「村長。少し気になったんですけど、ハーピーは今回のような加工肉などを主に盗っていくんですか?」
レアンの問いかけに村長は「そうそう」と手を打った。
「さきほど言いかけていたことですが、ハーピーは人間が食べるものばかり取っていくのです。しかし、私の知りうる限りハーピーは生肉などを食べるはずで、本来なら家畜そのものを奪うはず。ですから、村人の間でも不思議がっておったのです」
「それは……!」
レアンの知識には無かった食糧事情を知って、点と点がつながった。
人間の食料を奪う人間並みに知恵のあるハーピー、ケインが身につけていたはずの帽子を所持していたこと。
つまりそれは。
「もしかすると、ケインくんはハーピーの所にいるのかもしれません。あくまで、想像でしかないのですけど……」
レアンは最後の方は尻すぼみにいうと、他の全員がその可能性を思いついたのか表情を明るくした。
(続)
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