第一話 シーン八 【奴隷と主人】
第一話 シーン八 【奴隷と主人】
レアンたち四人とアンナは古代文明の時計で一〇時頃、カタルスの街から東のキリイの村に徒歩で向かった。
旅慣れした母娘はともかくレアンとアンナはペースを合わせてもらい、どうにか二日目の二〇時頃に村へ着く。
「夜も遅いから今日は宿を取りましょう。食事と睡眠をしっかりとって、明日の朝から捜索開始よ♪」
キョーコの指示に従って一同は宿を探す。
キリイの村は小さな集落で宿屋は一つしか無く、入ると主人らしき人が迎えてくれる。
「はい、いらっしゃいませ。遅くまでお疲れさまです」
「こんばんは!今から五人泊まりたいんだけど、空いてるところある?」
サツキが代表で交渉していると、主人は少し困った顔になった。
「お客様、すみません。珍しく別の冒険者が大部屋に入っておりまして。現在の空きでひとり部屋がひとつ、ダブルサイズのベッドの部屋がふたつです。それでもよろしいですか?」
つまり二組はダブルベッドで寝ることになって、当然アンナさんはひとり部屋を使ってもらうことになると思っていると。
「……ご主人、分かったわ。私がレアンと寝る。……今夜のオモチャ、です」
ハヅキは突然意味不明な言葉でレアンをドキッとさせた。
するとサツキがブーッと口を尖らせて抗議しだす。
「お姉ちゃんズルーい‼こすかー‼サツキだってレアンと寝たかとよ!ギューってしてクンクンってして☆」
今度はサツキのいうことにレアンがオロオロとしていると、キョーコが後ろからやってきてレアンの腕を取った。
「はいはい♪レアンくんは今日私と一緒よ♪アンナさんがひとり部屋で、サツキちゃんとハヅキちゃんが一緒の部屋ね♪じゃあご主人、その部屋全部借りるから簡単な食事をお願い」
「……ぶーぶー、です。……仕方ないのでサツキの腹筋触ります」
「ちょっ⁉お姉ちゃん⁉せっかくレアンくんと合法的に一緒に眠れるとおもーたとにー!それにお姉ちゃん寝相悪かけん……」
「あはは……」
不満げな姉妹を置いて、強制的にレアンはキョーコと一緒の部屋になった。
「大人気ですねえ、レアンさん」
アンナは二日ほど同行してすっかり慣れたやりとりを微笑ましく見ている。
結局夜も遅かったので、五人は風呂に入って食事をしてすぐに部屋に入った。
レアンはお祈りを終えて、ベッドの前で戸惑っていた。
ベッドでレアンを待つキョーコは薄手の寝間着を着ていて、大人の色気や抜群のスタイルに目が吸い寄せられて慌てて目をそらす。
「あら、レアンくん寝ないの?……もしかして、私と一緒に寝るのはイヤ?」
当のキョーコは意に介した様子もなく、ベッドの隣をポンポンと叩いた。
「い、いえ!そんなことはないです!でも少し恥ずかしくて……」
レアンが顔を赤くしていると、キョーコはクスクスと笑った。
「娘たちとは一緒に寝たこと何回もあるのに、私だけ恥ずかしいなんて可笑しいわね♪それなら私は床で寝てもいいのよ?慣れてるし」
「い、いえ!お邪魔します!」
意を決してベッドに潜り込むと、キョーコが優しく布団をかけてくれた。
チラッと横目で見ると、じっと彼女がこちらを見つめていたので慌てて反対を向く。
キョーコは不思議な魅力を持った美人のお母さんで、娘たちを愛するよい母親だ。
レアンが奴隷市場で見たような値踏みをするような態度は今では見られず、親戚の子どもみたい、いや実の娘とほとんど変わらない態度で接してくれている。
しかし、この一言は忘れられなかった。
『あなたは私に買われたの、奴隷としてね。……使えなくまでは使うから、ね♪』
この言葉がどういう意味なのかわからない。
だけど、こうやって新しい生活ができるのも、あの時見つけてもらったからだ。
「……キョーコさんにはこれほどよくしてもらって、感謝しています」
レアンはベッドでキョーコの方に向き直って、彼女の瞳をじっと見つめた。
「……どうしたの?急に」
キョーコは驚いた様子だったが、目を細めて優しくレアンを見つめ返す。
「いえ、ボクは奴隷の身なのに美味しいご飯をいただき新しい服まで買ってもらって、本当に恵まれていると思っていますので」
「礼儀正しい子ね。……さすが西方の名家のご子息かしら」
「……えっ⁉どうしてそれを⁉」
レアンは予想もしなかった言葉に驚くと、キョーコは口の端を緩めた。
「ちょっとカマをかけてみたんだけど、本当だったのね♪……昔ね、縁があってそちらに足を運んだことがあるわ。ワイン用ぶどうの黄金の丘がある土地に、モンフォール家があったかなって」
「よくご存じですね……」
「でも、なんらかの理由があってあなたはここにいる。そうでしょ?」
キョーコの瞳に見透かされそうになって、思わず視線をそらした。
レアンにとっても突然の『お家騒動』で理解できないまま、このような状況になってしまったのでうまく説明できる自信がない。
「それは……」
「今は話さなくていいわよ?……あなたの過去に興味はないから」
レアンが口ごもっていると、キョーコは冷たくいい放った。
「え?」
突き放す言葉にレアンは悲しくなってキョーコを見ると、彼女は感情が読み取れない瞳でレアンを見た。
「……ただあるのは奴隷と主人、今はそれだけよ」
「……そんな」
「でも、レアンくんがもし、あなたにかかった金額を諸費用込みで『買い戻す』ことができたら、あなたの自由を約束していいわ」
キョーコの言葉に激しく感情が揺さぶられて、レアンは目を大きく見開いた。
「それはつまり、買われた金額の金貨一枚を支払えたらいいのですか?」
「そうね。でも今はもっとお金がかかってるから、倍以上になってるけど♪」
お金を渡せば自由になれることは、奴隷としてありえない破格の待遇といえるだろう。
だけど、キョーコがレアンを本来買った理由は錬金術の材料のためだったはず。
「キョーコさん、ボクから材料を採取してください。まだ一度もお役に立てていないと思うので」
「……どうしてそんなこといい出すの?」
レアンから意を決していわれてキョーコは少し驚く。
「ボクしかできないことで、お役に立てるなら頑張りますから!そのためにボクを買ったのでしょう?」
「……うん、そっか。自分からいってくれると正直助かるわ。そろそろ秘薬の使用期限切れそうだから、寝てる間に採取するか迷ってたの」
レアンの真剣な顔にキョーコは優しく微笑んで、レアンを抱き寄せた。
「あ……キョーコさん……」
「うふふっ♪……じゃあ、今からあなたのモノをほんの少し頂きます♪私に体を預けて?」
レアンは抱きしめられて大きな胸に顔をうずめる。
次第にむず痒くなって、体中がポカポカしてきて体が溶けていく。
「キョーコさん……ふわふわしてきてます。ボク、変です……」
「ふふ♪これは錬金術の材料採取だから♪あなたの役割……お仕事よ?だからそのまま、ね♪」
レアンは耳元で囁かれながら、いつのまにか眠るように意識を失っていた。
(続)
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