第一話 シーン七 【行方不明の子ども】
第一話 シーン七 【行方不明の子ども】
レアンたち四人は翌朝、冒険者ギルドに向かった。
初仕事のレアンは緊張しながら入口から入ると、他の冒険者たちに声をかけられる。
「よっ!美人なお姉さんたち!今日は可愛い僧侶様を連れて冒険かい?」
大剣を壁に立て掛けた大男は、朝から酒をあおって陽気な声を上げた。
「そうだよっ☆イイでしょう?これでパーティーバランスが良くなったから☆」
サツキが自慢気に胸をそらすと男は「ちげえねえ!」と親指を立ててくれた。
他にも母娘の知り合いらしい人たちと挨拶しながら掲示板にたどり着くと、張り紙に仕事の依頼内容が書いてあった。
『商店街のドブ掃除三名ほど。根性ある人求む』
『荷物の配達を北東のイグスまで。期限はXX日まで』
『外壁の色塗りの手伝い二名。未経験可』
レアンは内容を見ながら想像していたモノと違うことに戸惑う。
「あの、質問していいですか?」
「ええ、いいわよ?どうしたの?」
レアンがキョーコに尋ねた。
「冒険者のお仕事って、こういった……その……一般的なお仕事が多いんですか?」
言葉を選びながらいうと、キョーコは笑う。
「まあ、冒険者というのは基本『便利屋』で『なんでも屋』だから♪私たちだってお金に困ったときは、屋敷のお掃除の仕事や子どもの面倒を一日見てみたいなこともやってるわよ」
「あう……そうなんですね」
回答に驚きと戸惑いが襲ってきた。
レアンにとって冒険者というものは、悪い魔物を退治するか難しい迷宮を抜けてお宝を探し当てるものと思っていたのだ。
「おう!いらっしゃい!どうした坊主?難しい顔をして」
肩透かし気味のレアンを見つけたのか、ギルドマスターが話しかけてきた。
「どうしたもこうしたもあんまり良さげな依頼無いじゃない!せっかくレアンのデビュー日だっていうのに!」
サツキが不満そうに口を尖らせると、マスターは大声で笑った。
「このカタルスくらいの街でそんなに大きな仕事はねえなぁ!毎日大きな仕事があるのは、相当大きな都市か治安が悪い街だけだろう……でも、そうだな。張り紙はしてねえけど、無いことはねえんだ」
「……マスター、活きのいい依頼を頼む、です」
急に声を潜めたマスターに何かを察したのか、ハヅキが芝居じみた口調で尋ねる。
すると彼は指で近寄れと合図したので、四人で顔を寄せた。
「……この話は一部の冒険者しか教えてないから他言無用でな。依頼の内容は領主の子どもの捜索だ。報酬は金貨一〇枚」
マスターはカウンターの下から似顔絵を取り出して、レアンは値段の高さに驚く。
「名前はケイン、年齢は五歳で領主の跡取りのひとりだ。行方不明になって今日で……四日目みたいだな。ギルドへの依頼が遅くなったのは冒険者に頼むのもメンツというか、まぁ世間体もあったみたいだな。もちろん領主も初日から使用人や私兵にも命じて街中を探させたが、見つからなかったようだ」
マスターが説明すると、レアンは当然の疑問が浮かんだ。
「領主さんの子どもとなると、やっぱり誘拐の可能性がありますか?」
「んー、いい推理だけど日数が経ちすぎているな。犯人からの連絡もなく、身代金目当てというわけではないようだ」
マスターの回答にサツキが首を傾げた。
「でもさ、なんで掲示板に張り出して派手に募集しないの?それだけ報酬が高いのに、探す人がたくさんいたら見つかりやすくなるんじゃない?」
「それなんだがな。俺自身が正直乗り気じゃないというか、その……きな臭くてな。人を選んで話をしてるんだ」
マスターはバツが悪そうに鼻の頭をかいていると、入り口から武装した兵士が入ってきた。
「ギルドの責任者はいるか⁉」
「おう、俺だよ。どうした?」
マスターが応えると、兵士は語気も荒く聞いてきた。
「領主様の依頼の件、何か進展はあったか⁉」
「いや、残念ながら何も無いねぇ。もし何か手がかりを掴んだら、すぐ連絡させますんで」
「む……そうか。わずかな手がかりでもいい、引き続き頼んだぞ!」
兵士はマスターの返答に少しいらついた感じで外に出て、入り口に待機させた馬車の女性に報告した。
「奥様、残念ながら冒険者ギルドには何の情報も入っていない模様です」
「そうですか。……所詮は冒険者、期待はしていないわ。さあ行きなさい」
奥様と呼ばれた三〇くらいの女は冷たい目でギルドの中を見ると、馬車はすぐに走り出した。
「……冒険者嫌いなのかも、です」
ハヅキが素直な感想を口にすると、マスターが苦笑いする。
「お偉いさんがたにとっては、冒険者は職業として必ずしも信用されてるわけじゃないってことだ。……っと、またあんたか」
馬車が去った後、次にひとりの女性が入ってきてマスターは渋い顔をした。
年齢は二〇代半ばでボロボロの衣服をまとった女性は、まっすぐマスターのところに来て頭を下げる。
「あの、お願いします。今日はどうにか銀貨二〇枚……二〇〇〇エフ用意しました。これで依頼をお願いできませんか?」
女性はマスターにお金の袋を押し付けて何度も頭を下げた。
マスターは袋を開けて銀貨を確認すると、困ったようにレアンたちを見てくる。
「どうしたのですか?何かお力になれることはありますか?」
レアンはすぐに前に出て話を聞こうとすると、いきなり女性はレアンの手を両手で握って懇願してくる。
「ああ、僧侶様!どうか私の子をお探しください!子どもの名前は、ケインというんです!」
聞いたことのある名前に、一同顔を見合わせた。
結局、ギルドマスターの立ち会いのもと、奥の小部屋でレアンたちはその女性、アンナという人の話を聞くことになった。
「探してほしいのはケインという今年五歳の男の子です。私は以前まで領主様の二人目の妻として暮らしていました。でも一年半前、男女間のトラブルという濡れ衣を着せられて、私はひとり屋敷を追われました」
アンナによると、ギルドに依頼があった探し人のケインこそが自分の産んだ子であり、行方不明の噂を聞いていても立ってもいられず、冒険者ギルドに駆け込んだようだ。
「でもさ、これだけ領主様直々に探してるんだから、アンナさんが別に依頼するのって意味があるの?ちょっと冷たいいい方でゴメンだけど」
サツキがさっそく質問すると、アンナは神妙に頷く。
「ごもっともな意見です。ですが、これは自分の気持ちだけで動いたわけでは無いのです。他言無用でお願いしたいのですが、領主様にはふたりの子がおりまして、ひとりが私のケイン、そしてもうひとりが現在残っている妻カーミラ……さきほどギルドの前まで来られていましたね。その女性のお子さんなのです」
アンナはひとしきりいい終えて、大きく息をついた。
レアンは一瞬しか見えなかったが、冷ややかな目をした印象の女性だと記憶している。
「……もしかして、後継者争い?」
そこまで黙っていたハヅキが指摘すると、アンナは苦しそうに頷いて話を続けた。
「おそらくはそうです。私を追い出しただけではなく、旦那様……領主様の留守の時を狙って、ケインを馬車で連れ出して……」
アンナがこらえきれず泣き出したのを見て、キョーコがハンカチを差し出した。
彼女は頭を下げて受け取り、涙を拭きつつ続きを話す。
「たまたま七日ほど前、馬車に乗せられ早朝から出発するケインの姿を見たのです。そしてその横にはカーミラの姿も。私はその時単なる遠出かと思いましたが、その日は領主様が他の領主との定例会議で四日ほど家を空ける時期。そして、その辺りを境にケインの姿が見えなくなり、行方不明の噂を聞いたのです。領主様はケインのことは可愛がっておりましたので、捜索に力を注がれたのでしょう」
レアンは元貴族としてこういう後継者争いは珍しくないので、理解できた。
「それだとまずいんじゃない?仮にカーミラさんにケインくんが生きてるって情報が入った場合……あ、ごめんなさい」
サツキが別に捜索を進める理由がわかって、その後を口にしそうになって謝った。
しかしアンナは首を横に振って弱々しく笑うのが逆に肯定している。
つまり、先にこちらが見つけないとケインは最悪殺されてしまう可能性があるという事実。
「そうですか、お辛かったでしょう。それでケインくんはどちらの方向に向かったのですか?」
レアンが泣きそうな顔になって尋ねると、アンナは東を指差した。
「東方面、キリイの村の方です。カーミラは二日後くらいにはこの街に戻ってきたと聞きました。馬車の行ける範囲は急ぎの一日で村の近辺までが限界です。僧侶様、ケインを探してください!きっとキリイの村周辺で捨てられお腹をすかせています!どうかお願いします!」
アンナはレアンの手を握って真剣な眼差しで見つめてきた。
気持ちが伝わってきてその場で頷いてしまいそうになった所を、そこまで黙って聞いていたキョーコが制する。
「いくつか質問があるわ。第一にあなたがケインの実母である保証はある?」
キョーコの質問にアンナは手元のカバンから似顔絵を取り出して見せてくれる。
「これは一年半、いえ二年ほど前、画家の方に描いていただいたふたりの絵です。これで証拠になるでしょうか?」
そこにはアンナと捜索願に描かれた現在の姿より小さいケインの姿が描かれていた。
キョーコは受け取って似ていることを確認してから、次の質問を投げかける。
「それで報酬は銀貨二〇枚、二〇〇〇エフ?移動を含めた相場で考えたらかなり安い金額といわざるを得ないけど、成功報酬は別にあるの?」
キョーコから冷静に見られて、アンナはいいよどんだ。
「そ、それは。私も屋敷を追い出された身で、住み込みで働かせていただいていますので手持ちが全然無くて……。もちろん、これからお金が入りましたら返します!ですから……!」
アンナがどうにか食い下がろうとするのを見ていられなくて、レアンが思わず助け舟を出した。
「あのキョーコさん。アンナさんは困っていらっしゃるのですから助けてあげられないでしょうか?」
しかし、優しい母親の印象が強いキョーコは、レアンを見てから首を横に振った。
「レアンくん。冒険者はね、正義の味方じゃないのよ?報酬をもらって生活をしていて、時と場合によっては命をかけることもあるわ」
「そんな……。でもお子さんの命だって危ないかもしれないのに」
レアンは冷たい対応のキョーコにショックを受け、唇を噛み締めた。
納得できなくてキョーコを真剣な眼差しで見つめていると、ふっと彼女が観念したように両手を上げて口元を緩める。
「……分かったわ。今回はレアンくんの意思を汲んで、報酬が少ないけど受けることにするわ。マスターも金額含めて受けられないって悩んでいたのよね?」
キョーコが聞くとマスターは首を縦に振った。
「ああ。ギルドにとって……いや冒険者にとって利益にならない依頼は受けるのが難しいんだ。きっと掲示板に張り出したとしても、誰もやるっていわなかっただろうからな。おっと、そうだ!」
マスターはそこまでいって一枚のメモ紙を取り出す。
「ちょうど今朝方、そのキリイの村から金貨一枚でハーピー討伐の依頼が来ている。これと並行してやれば、赤字にはならないんじゃないか?」
マスターが出した依頼の紙をサツキが受け取ると、彼女はホッとした笑顔を浮かべた。
「はーっ!良かったぁ!☆私もレアンの味方したかったけど、ママがいってるのも一理あったから!よし、それならキリイの村まで出発だね☆」
「……了解、です」
姉妹も返事をしてレアンはホッと胸をなでおろす。
キョーコも加わって即日出発の話をしていると、アンナがこんなことをいいはじめた。
「あの、私の方があの子を探すのは捗るでしょうし、ぜひご一緒させてください!報酬が少ないのもありますし、きっとなにかのお役に立ってみせます!」
「えっと、キョーコさん。アンナさんもこういわれていますし……」
レアンは不安そうにお伺いを立てると、キョーコは少し考えてこう返した。
「ええ、分かったわ。ただし、危険が伴う場所への同行はお断りするけどいい?」
「はい……!」
キョーコの提案にアンナは納得して出発の準備を開始した。
レアンにとっては最初の依頼を受けられて嬉しくて、手早く身支度をしてわずか一時間後にこのカタルスの街をあとにした。
(続)
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