第一話 シーン六 【冒険者の第一歩】

第一話 シーン六 【冒険者の第一歩】





「すみません。お金を出していただいて」


 教会を出てしばらく歩いたところで、法衣を身につけたレアンはキョーコに頭を下げた。


「いいのよ♪あなたに対する投資だし、いずれ返してもらうから♪」


 するとキョーコの返事がレアンは理解が追いつかずにポカンとした。


「あはっ☆ま、これから冒険者ギルドで登録して、そこから稼いでいこう☆」


「……焦らずゆっくり現金払い、です」


 どうやらゆっくり返していけばいいらしくレアンはホッとする。


「ごめんなさい。ボク少し世間に疎くて、あまりお金の価値がわからないんです。良ければ大まかでいいので教えてくれませんか?」


 レアンが尋ねると、冒険者ギルドに行く道すがらサツキが教えてくれた。


 このフェルナ王国のある中央大陸での貨幣はエフという単位であること。


 貨幣の種類は三種類あり、金貨、銀貨、銅貨の順に価値が変わる。


 一エフは銅貨で一枚、一〇〇エフは銀貨一枚、一万エフは金貨一枚で貨幣価値が上がるのは一〇〇枚単位だ。


 イマイ家の場合家賃を除いて三〇〇〇エフ、つまり銀貨三〇枚あれば質素に一ヶ月は暮らせる額らしい。


「教会でうちが三ヶ月以上暮らせる金額を請求されたのは、それだけ私たちがお金を持っていると判断されたわけね。中々商売上手な人たちだったわ♪」


 キョーコに説明されて金額の大きさが分かった。


 同時に自分が奴隷商に買い取られた金額も同じで、なんとも言えない気持ちになる。


「わかりました。説明ありがとうございました……うう」


 レアンが落ち込んでいることに気づいたのか、サツキが後ろから抱きしめた。


「いいじゃん!こんなに似合ってるんだから、サツキは嬉しいよっ☆くんくん」


 レアンは髪の毛の匂いを嗅がれて恥ずかしくなって、首をすくめる。


「……神の奇跡を短期間で覚えられたのは一生の財産。それだけでも価値はある、です」


 ハヅキはじゃれるふたりに興味なさそうにボソボソと喋った。


「そこよね♪同じように一ヶ月修練を受けてもまったく才能が開花しない人もいるのよ?レアンくんは早い段階で習得して、しかも怪我人の手当や実地の経験、自分の限界まで知れたことで私は十分価値があったと思うわ♪」


 最後にキョーコにそう言われてレアンは心が軽くなった。


 借金の件は引っかかるけど、ひとまずイマイ家のお役に立とうと心に誓う。


 やがて冒険者ギルドについてカウンターに声をかけると、すぐにギルドマスターの親父が現れた。


「お、いらっしゃい!……ん?いつぞやの坊主じゃねえか。ほう、その格好は……奥に入りな!」


 最初に話した小部屋に通されると、マスターは大きい手でレアンの肩をバンバンと叩く。


「男子、三日会わざれば刮目して見よってな。東方か台国に近い所の言葉だったかな?まさに坊主のためにある言葉だ、一ヶ月位みないうちに顔つきも立派になってやがる」


「ありがとうございます。無事僧侶の修練を終えて戻りました」


 レアンは意味が分からなかったけど、素直にお礼を言って報告した。


「男の子に限らず人間は成長が早いから、三日ぶりでも色眼鏡をかけずに見なさい、みたいな意味だったかしら?とにかくマスター、レアンに見習い登録をしてくれる?」


 キョーコが意味を説明して手続きをお願いすると、マスターはすぐに用紙を出して質問してきた。


「職業は僧侶か?サブクラス……副業はあるか?」


「いえ、今の所僧侶のみです」


「僧侶……と。登録をすると、世界各地の冒険者ギルドである程度情報が共有される。つまり冒険者としては活動しやすくなるが、悪いことをするとそのことも共有されて出入り禁止になる。理解できるか?」


 レアンはここでマスターの言葉を少し考えた。


「冒険者として自分の行動には責任をもつように、ということですね。わかりました」


 やがて出した答えにマスターは満足して笑顔で頷いた。

「よろしい。では最後に名前を書いて終了だ」


「はい」


 レアンは『レアンドル・ド・モンフォール』と記入して渡すと、マスターは名前を見てキョーコに聞いてくる。


「ん……名前の登録はこれでいいのか?キョーコさん。ファミリーネームをイマイで登録するのも、ネームバリューもあって便利だと思うぜ?」


 マスターの言葉に、キョーコは書かれた名前を見てレアンの横顔を見た。


「彼は別に家族ではないし、今の所居候だからそれでいいんじゃないかしら?」


 冷たいとさえ思える言葉にレアンは少しショックを受け、サツキが怒って何か言おうとした所をハヅキが制する。


 そんな空気が悪くなったところで、キョーコが付け加えた。


「彼はレアンという少年。たまたま出会った、自分の名前を大事にするひとりの人間よ。だから、本名で登録しないとね」


「キョーコさん……ありがとうございます……!」


 奴隷ではなくレアンという個人として認めてくれたようで、胸が熱くなった。


 マスターは少しニヤケ顔でサインを確認して、大げさに芝居がかった声を上げる。


「レアンドル・ド・モンフォールよ!これから君には出会いや別れがあって、喜びも苦難もあるだろう。どんな時でも冒険者として誇りを持って行動して、自分にとっての宝を見つけられるよう祈る!これからもよろしく、冒険者レアン。ギルドは君を歓迎するよ!」


 ギルドに所属した時に言われる冒険者の口上。


 地方によって違いこそはあるが、冒険者になって最初に聞く洗礼にレアンは胸が高鳴る。


「ただし、お前は『見習い』冒険者だ。一二才からしか正式な冒険者になることはできない。また一つ年をとった時に、あらためてギルドを訪問してくれ」


 マスターはレアンの帽子を取って、髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でた。


 びっくりして目をパチパチさせたレアンに、サツキが「髪クシャクシャになるけん、やめんね!」と怒って抱き寄せた。


「さあ、冒険者レアンくん。今日は帰って食事をしながら、今後をどうするか話し合いましょう。じゃあマスター、ありがとう。お世話になったわね♪」


 キョーコがギルドマスターに頭を下げたのを見て、他の三人も習った。


 マスターは親指を立てて応えて、去る四人の背中にこんな言葉を投げかけた。


「居候少年と母娘(おやこ)パーティーに幸あれ!」





 イマイ家に戻ってまずお風呂を済ますと、冒険者になったお祝いで豪華な食事を出してもらった。


 みんなでお腹いっぱい食べ片付けを済ませると、今後のことについて話し合うことになる。


「レアンくんが冒険者になったことで、そろそろギルドの依頼をこなしていこうと思います」


 家の大黒柱のキョーコが説明をはじめた。


「最近は小休止していたけど、そろそろ小銭稼ぎじゃなくて割のいい依頼もこなしていかないとね。秘薬も錬成品も知らない人は買ってくれないし」


 イマイ家の主な収入源は薬師として常備薬などを売ること、錬金術で作った商品などを売ること、そして冒険者として依頼をこなすことみたいだ。


 ちなみにキョーコのもつ錬金釜で作られる秘薬は厳密には薬ではなく、マジックアイテムにあたるらしい。


 道理で魔法のポーションのように即効性があるのも納得できる。


「だけどうまい話って全然なくて高い報酬の仕事は結構危ないんだよね……。前に痛い目を見たことがあるし!」


「……冒険者らしくお宝の噂がある地下迷宮(ダンジョン)に行って、一攫千金を狙う人だっている、です。……っ!痛っ。ごめん、ちょっと調子が悪いみたい」


 サツキとハヅキも加わって話が盛り上がったところで、ハヅキが急に脇腹を押さえて小さい声を上げた。


「お姉ちゃん大丈夫?えっと消毒液と替えの包帯と……う、結構出血が激しい。秘薬使う?」


 サツキがハヅキの服をめくって包帯を取ると、傷跡から結構な量の血がにじんでいた。


 綿に消毒液をかけて拭っているのを見て、レアンが立ち上がって手をかざす。


「サツキさん、ボクがやります!失礼します……『我が神イウリファス様、かの者の傷を癒やし給え!ライト・ヒール!』」


 レアンが神の奇跡を使うと、部屋に優しい水色の光が満ちてハヅキの傷口に吸い込まれていった。


 ハヅキは一瞬うめいたが、みるみる開いていた傷が小さくなって出血も止まると、一同歓声を上げる。


「レアン‼すごいよ‼傷口閉じてる‼良かったね!お姉ちゃん!」


「……ありがとう、レアン。今日はこれで安心して寝られる」


「思った以上に強い力ね、感心したわ♪そうだ、レアンくんに娘たちのことも話しておかないとね」


 キョーコさんの説明によると、ハヅキの脇腹の傷は不治の病らしく、症状が重いときは秘薬が必要らしい。


 そしてサツキも最近は表に出ていないが同様の病を抱えているらしい。


「自分からいうことじゃないからね☆サツキの場合はちょっとお腹が痛くなるんだ……あはっ☆」


「そ、そうなんですか。本当に大丈夫なんです?サツキさん?」


 笑うサツキにレアンは不安げな顔を見せると、彼女から頭を撫でられる。


「大丈夫だよ☆匂いがきつい場所へ行ったとき不調になる感じかな?腹筋鍛えたからマシになったけどね☆」


「そ、そうですか……」


 レアンは笑うサツキに不安を拭えなかったが、ハヅキとキョーコが意味深に笑って言った。


「……下水道のジャイアントラットの討伐依頼、です」


「トイレとお友達♪懐かしいわね」


 ふたりのキーワードに笑っていたサツキがピキッと固まる。


「ちょっとおおおおおっっ‼やめて‼その話しないでよおぉっ‼」


 次の瞬間、サツキが慌ててハヅキとキョーコの口を塞ごうと迫ってきた。


「あはは……」


 事情を知らないレアンとしては笑うしかなかったが、騒がしく逃げてきたキョーコはレアンの椅子の後ろにしゃがみこみ耳元で囁いた。


「……レアンくんは秘薬の材料を当てにしてるんだから、しっかり栄養をとって元気になってね♪」


「はひっ……!」


 ほんのり甘い香りと温かい吐息が耳にかかって、レアンは少し身震いする。


 真っ赤になったレアンをキョーコは至近距離で艶っぽく見つめ、サツキがやってくると元の明るい母に戻り部屋の中を騒がしく駆けた。





(続)

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