第一話 シーン五 【見習い僧侶の試練】

第一話 シーン五 【見習い僧侶の試練】





 翌日、教会に戻ったレアンは神父に挨拶に行った。


「戻りました。あらためてよろしくお願いします!」


「よく戻られた……よい顔をしている。大切な時間を過ごされたようだな」


 最初にレアンの顔を見た神父が微笑む。


 レアンは昨夜のことを思い出して「はい!」と元気に返事して、残りニ週間の熱心に修練に励んだ。


 出来れば、一日も早く終えてイマイ家の三人を安心させてあげたかったから。





「大変だ!古い建物が倒壊して怪我人が出た!助けてくれ!」


 だが、平穏な教会での日々は突如破られた。


 教会に戻ってきて一週間とちょっと過ぎたある日、町中での事故による怪我人が四人ほど担ぎ込まれる。


 あいにく神父様が所用で不在だったうえ、同行者に神の奇跡を使えるもの数人が同行していたため、癒やしの力を使えるものはレアンともうひとりのシスターだけだった。


 腹部を大怪我した男は治癒できるシスターが懸命に命をつなぎとめ、ふたりの軽傷者は消毒や塗り薬や包帯などで対処したが、残るレアンと同年代の少年は足が外壁の下敷きになったらしく大量の出血をしていた。


「痛いっ!痛いよー‼」


 レアンは泣きわめく少年を目の前にして、震えが止まらなかった。


 それでも必死に清潔なガーゼで血を拭い、止血点を縛って当て布の上に包帯を巻いたが、奥から奥から血がにじみ出てきた。


「大丈夫です……大丈夫ですからっ……っ!」


 痛み止めの薬をシスターが飲まそうとしたが、暴れて手に負えなかったのを複数人で抑え込み口に薬を無理矢理押し込んだ。


 だが、教会の薬はあくまでも薬草の類で即効性はない。


 レアンは居ても立っても居られず、神の奇跡が使えるシスターを呼びにいった。


「あのっ、お願いです!あちらにも重傷の人がっ!お願いです!助けてください‼」


 だが言ってからレアンは、目の前で必死に治癒を行使するシスターが精一杯だと分かった。


 例え神様の力を借りるとしても、人間を通して行使するには精神力が消耗する。


 それに目の前の男は少年より重傷で、レアンは内蔵まで達した傷の深さに吐きそうになってどうにかこらえた。


「すみません、私はこの人を癒やすので精一杯です。……レアンさん、あなたにも使えるはずです。ここで学んだことを今使う時ではないでしょうか?」


 シスターの真剣な眼差しは、やがて人を安心させるような慈愛の笑みに変わった。


 同室でお世話になっている最年長の彼女は、溢れ出る優しさでレアンの心を打つ。


「……はい!出来るかわかりませんが、やってみます!お姉さんも頑張って!」


 レアンはにじみ出た涙を拭って、足を怪我した少年の元に戻る。


「みなさん……今から奇跡の力を使います。少しだけ彼を押さえてもらえませんか?」


 周りのシスターにお願いすると驚いたようだったが、すぐに少年を複数のシスターたちが手足を押さえた。


『我が偉大なる神イウリファス様、どうかボクに癒やしの力をお与えください。ライト・ヒール!』


 レアンは奴隷の時も肌身離さなかった刻印証を握りしめ、怪我をした少年の傷口に反対の手をかざして祈った。


『神様、どうか……この子を癒やしてください……!』


 するとレアンの身体が水色の光りに包まれ、手のひらから少年の傷口に入り込んでいく。


 みるみる傷が変化していくと同時に、少年が苦しそうにもがいた。


「うわあああっ‼熱いっ!熱いよおお‼」


 少年は急速に回復しようとする身体の熱に耐えきれず、泣きながら暴れるのを必死にシスターたちが抑え込む。


「大丈夫……!今、神様の力を借りて怪我と必死に戦っているんだ!キミもボクと一緒に戦って!」


 レアンは刻印証の手を離して少年の手を握ると、彼はレアンの顔を見てから頷いて歯を食いしばった。


『我が神イウリファス様、どうかこの者に癒やしの御慈悲を!ライト・ヒール!』


 レアンは今日二度目の神の奇跡を祈った。


 神父様からはレアンの実力的に一日ニ回が限度だろうと言われたのを思い出す。


 例えそれが事実だとしても、今はやり遂げなければいけないと必死に癒やしの力に集中した。


「あぐっ……!うぐっ……!」


 ギュウッ


 少年がレアンの手を痛いほど握ってきた。


 それが彼の感じる怪我の痛みだとわかり、優しく力を込めて握り返す。


「もう少しです!だんだん傷が塞がっていますから!」


 癒やしの力は視認できるスピードで作用し、元の体に戻そうと傷口がふさがっていく。


 少年はうめいていたが、大声を上げたり暴れたりせずにじっとレアンの手を握って耐えた。


『神よ……この者の傷を癒やし給え……!』


 レアンは神聖語でさらなる祈りを込めて、少年の大きな傷が塞がるのをしっかりと確認した。


「あ、あれ……?」


 しかし、無意識のうちに三回目の奇跡を行使してしまい、視界が回って意識が暗転する。


 近くに居たシスターの悲鳴が聞こえて名前を呼ぶ声がしたが、すぐに何も聞こえなくなった。





「……くん。レアンくん。目は開けないでいいから、そのまま聞いて」


 次にぼんやり意識が戻った時、誰かがまぶたを押さえて優しく頭を撫でた。


「あなたは無理をして神の奇跡を使って、体が耐えられなくなって気を失ったの。でも安心して。あなたが診ていた男の子は足が元通りになったわ。だから、もう少しおやすみなさい」


 心配していた事が解決していて、レアンはホッとした。


 同時にまた強い睡魔が襲ってきた所を、声の主はトントンと子どもを寝かしつけるように何度も胸の所を優しく叩く。


「よかった……」


 レアンはそれだけ口にすると、再び意識を手放した。





 無事に合計四週間の修練を終えたレアンは、神父と母娘三人と対面していた。


「レアンよ、よく日々の教えを守り過ごすことができました。とくに少年の傷を癒やしたことは本当に素晴らしかった。これからは僧侶の心得を忘れず、見習いとしてご家族や大勢の人々の助けになれるよう祈っていますよ」


「はい!神父様、いろいろとお世話になりました。ここで学んだことはずっと忘れません!」


 別れを告げる神父に、レアンは深く頭を下げて精一杯の感謝を伝えた。


 すると満足そうに神父は微笑んで、次にキョーコたちの方を見る。


「保護者の方々にも先日の負傷者の件で大変お世話になりました。貴重な魔法薬まで使っていただいたおかげで、あの怪我で後遺症が出たものはおりません。重ねてお礼を申しあげます」


 神父は深々と頭を下げて感謝を伝えた。


 結局あの日、レアンの家族として緊急で呼ばれたイマイ家の三人が負傷者の救護にもあたって、秘薬を使って怪我人を助けた話は聞いている。


 レアンは意識が戻ったときには直接少年からも何度もお礼を言われて『僧侶様』とさえ呼んでもらった。


「いえいえ♪困ったときはお互い様ですよ♪」


 キョーコが静かに微笑むと、サツキとハヅキもウンウンと頷いた。


「そう言っていただけるとありがたいです。……それで、今回は頑張ったレアンくんにこういうものをご用意したのですが」


 そこで神父は用意していた近くの箱を開けて、青と白が基調のローブを取り出した。


 綺麗な衣装にサツキとハヅキが声を上げる。


「わー!きれか!すごかね!」


「……これは中々、です」


 レアンの方は驚いてポカーンと見てしまい、神父はみんなの反応に満足気に続けた。


「これは本来、正式な修練を終えた僧侶に与えられる法衣。ですが、私がこのひと月のレアンくんを見て、彼ならふさわしいと思ったのでご用意した次第です」


 神父の粋な計らいと思ったが、キョーコは平静な表情のまま尋ねた。


「神父様、レアンくんへの過大なる評価大変ありがたく思います。きっと他に帽子やマント、ブーツなどもご用意いただいているのでしょう」


「ええ、さすがキョーコさんはよく分かってらっしゃる。加えて冒険者装備のメイスとチェインメイルまで用意しております」


 指摘に少し驚いた神父が残りの装備一式を取り出してみせ、レアンと双子姉妹は「おー!」と驚いたが、キョーコはあくまで冷静だった。


「なにぶん立派なお召し物で、レアンくんには少々荷が重くも感じます。用意するにもそれ相応の対価が必要だったと思いますが?」


 キョーコがいうと、神父はニッコリと今日一番の笑顔になる。


「さすが、お話が早い。もちろん無理にとは申しませんが、よろしければレアンくんの門出に金貨一枚、一万エフを寄付いただけると神もお喜びになることでしょう」


 レアンは金額を言われてピンとこなかったが、奴隷商から自分が金貨一枚で買われたことを思い出した。


「はあっ⁉高っ‼いくら正式な僧侶装備だって、さすがに高すぎるんじゃない?」


「……ぼったくり」


 サツキ、ハヅキの順で姉妹が声を上げ、失礼な反応なのに神父はニコニコと受け流して中々に大物だった。


「うちの家族だと三ヶ月以上暮らせるわね。教会とはいえ、冒険者研修なのに生活費や研修費用を要求されかったし、そんなことだとは思っていたわ」


 キョーコは人生経験の豊富さで最初からなにかあると踏んでいたらしい。


「一万、アップルパイが大体一〇エフだから……」


「……千個食べれる。食べ放題……じゅる」


「よだれ垂れとーばい!お姉ちゃん」


「……あ」


 そんな中、のんきな姉妹に少し険悪なムードはほぐれたが、レアンは金額の高さにあらためてオロオロとしていると、奥の部屋からレアンの同室だったお姉さんシスターが来て法衣を彼に差し出す。


「きっとお似合いになりますよ♪試着されてはいかがでしょう?」


 レアンはこの母性あふれるお姉さんに弱かった。


 修練中でも何度も提案されて結局身体を拭いてもらったり、他にもいろいろとお世話をしてもらったりしたからだ。


 別の意味で戸惑ってキョーコを見ると、仕方ないといった顔で彼女は頷く。


「では、試着させてください。お願いします」


 レアンの口からお願いすると、お姉さんが法衣を慣れた様子で着付けてくれる。


 帽子とブーツまで身につけると、着心地の良さやサイズのぴったり感などレアンのために用意したのが分かった。


「ど、どうでしょうか?」


 レアンが背筋を伸ばして一回転してみんなに見せると『おー』と声が上がった。


「サイズぴったり。似合ってるわね♪」


「あああっ‼きゃわいい‼☆」


「……馬子にも衣装、です」


「やっぱりお似合いですね。仕立てた甲斐がありました」


「うむ、よきよき。どう見ても正式な僧侶にしか見えぬな」


 それぞれの反応があった後に、サツキが鼻息荒くいう。


「可愛いは正義だよ!買おう!」


 その言い分も金額が金額だけにキョーコは渋るかと思ったが、あっさりと財布を取り出した。


「神父様、お心遣い感謝いたします。これはレアンくんに僧侶への道を示してくれたお礼も込めて、寄付させてもらいますわ♪シスターさんもお世話になりました」


 キョーコは嫌味なく、柔和な笑顔でお姉さんシスターに金貨一枚を手渡す。


 神父とシスターもニコニコ顔で受け取って、和やかなムードのまま教会を後にした。





(続)

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