第一話 シーン四 【見習い僧侶への道】

第一話 シーン四 【見習い僧侶への道】





「あなた達との出会いを我が主(あるじ)イウリファスに感謝いたします。さあ、どうぞ奥へ」


 法の教会に紹介状を持っていくと、すぐに教会の奥まで通された。


 ギルドマスターがいろいろと書いてくれたらしく、レアンが男であることや母娘と一緒に暮らしていることも理解いるようだ。


「もちろん今回のご縁私どもは歓迎いたしますが、レアン様とは最低ひと月ほど離れて暮らすことになります。それでもよろしいですか?」


 教会の神父によると、神の奇跡を身につけるためには修練として泊まり込みで一ヶ月以上必要らしい。


「えー!そんなに大変なの?レアンと長く離れるなんて思ってなかったよ」


 真っ先に不満を漏らしたのはサツキだった。


 レアンは後ろからギューと抱きしめられて金属鎧が食い込んで痛かったが、自分のことを思っていてくれて内心くすぐったい。


「……ん。仕方ない、です。私も魔法学校は結構かかったかも、です」


 ハヅキはボソボソと実体験を話す。


「えっと、一週間に一度くらい半日ほど家に帰ることは可能ですか?」


「そうですね。最初の二週間は出来れば詰めてお教えしたいこともございますし、その後でしたら一日くらいは帰っても構いません。やはりまだ家族が恋しい年頃でしょうし」


 キョーコの質問に神父が答えると、彼女はレアンの目線に合わせるため腰をかがめる。


「レアンくん、大丈夫だったらお願いしようと思うけど、どうかしら?」


 奴隷の条件で迎えられたはずなのに、大事なところでは意見を尊重してくれるキョーコに感謝した。


「大丈夫です。こちらこそ、お待たせしてしまうことになりますが、よろしいでしょうか?」


 レアンが三人を見ていうと、何故かサツキが泣きそうになっていた。


「レアンー!大丈夫だよー!うぐ……さ、寂しいけど、二週間後待ってるからね……ううううっ‼」


「……よしよしサツキ。行ってらっしゃい、です。レアン」


「それではお願いします、神父様」


「はい。よい出会いとならんことを」


 こうして、レアンはしばらくの間教会でお世話になることになった。





 レアンの教会での生活は清貧だが有意義な時間だった。


 毎日早起きをして教会の掃除から始まり、自給自足の作物の手入れや、食事の準備の手伝い、朝食後には一般信徒を招いて祈りを捧げる。


 午後からは語学や歴史の勉強をして、医療の基礎知識や怪我人の手当など学ぶことも多かった。


 レアンは修道士や修道女と同じように扱われたが、違うのは早い段階で神の奇跡を実践させてもらえたことだ。


 そもそも傷の治療などに代表される神の奇跡は誰にでも使えるものではなく、実際に教会で暮らす人でも使えるのは二割程度という。


 レアンは最初から才能を見せはじめ、三日もすぎる頃には一日に一度の奇跡が確実に起こせるようになった。


「レアンよ、イウリファス様への熱心な思いが奇跡を起こすことができたのです。これからも神に感謝するのですよ」


「はい、ありがとうございます!神父様」


 その日もレアンは一日の修練を終えて、食事を済ませてから四人部屋で就寝の準備をする。


 この教会は神父以外女性なので、レアンは年上の女性と同室になった。


 奴隷生活で男女一緒に過ごすことには慣れているとはいえ、年上の女性と同じ部屋で寝るのは多少抵抗がある。


「あ、レアンさん。よろしければ背中をお拭きましょうか?」


「いえ!だ、大丈夫です!あの、もう十一才なので自分で、できますので!」


 優しい修道女(シスター)たちが声をかけてくれた。


 レアンのことを実の弟みたいに世話をしてくれたが、レアンは丁重に断って反対を向いて身体をタオルで拭く。


「まぁ、感心ですわ♪さすが未来の僧侶様です」


「失礼しました。困った時は遠慮しないでいってくださいね」


 年上のお姉さんたちに微笑ましく見られて、顔が赤くなるのを意識しないようにした。


 やがてシスターたちはレアンがいるのに、無造作に服を脱いで体を拭きはじめる。


 見ないよう早々に寝間着に着替えて、神に祈りを捧げて二一時前なのにベッドに横になった。


 教会の朝は早いのだ。





 二週間後、一四日目の夕方に母娘三人が迎えに来た。


「あああ、レアンーっ!!元気だった⁉寂しくなかった⁉」


 教会前に現れたレアンにガバッと抱きついてきたのはサツキだった。


 痛いくらいの抱擁に戸惑ったが、じっとしているとほんのりいい香りがしてドキドキした。


「……元気みたい。顔色もいい、です」


「そうね。出会った時より健康になったみたいね♪どうだった?いろいろなことを学べたかしら?」


 ハヅキ、キョーコと声をかけられて、レアンはようやく解放されて力強く頷く。


「はい。いろんなことを勉強させていただきました」


 レアンは帰る道すがら教会で過ごしたことを話した。


 神の教えや歴史に関する勉強から、食事の内容や共同生活での出来事。


 そして、神の奇跡を使えるようになったことを報告する。


「え⁉すごかー!そげん短期間でどうにかなるもんなんね⁉サツキ、盗賊スキルだって基本を習得するのって月単位で時間かかったばい……」


「い、いえ。ボクはいわれたとおりにやっただけで、それほど猛特訓はしていないです……」


 サツキが大きな声を上げたので、レアンは慌てて手を横にブンブン振った。


「……魔法や神の奇跡の行使はほぼ資質、つまり才能、です。私は魔法に多少資質があった。サツキも勉強すれば魔法覚えられるかも、です。フフフ」


 ハヅキが横から説明を加えると、サツキは「げえっ!勉強ムリムリ!」と嫌そうな顔をする。


「そうね。お母さんは魔法の才能はないのに、ハヅキちゃんは奇跡なのかも♪レアンくんはね、きっと毎日お祈りしてたからだと思うわ。神様が見ていてくれたのよ」


 キョーコが隣を歩いていたが、ふとレアンをニッコリ見て頭を撫でた。


 レアンはくすぐったくなって首をすくめて目を細める。


「到着~!」


 やがてイマイ家に着いてサツキが大きな声を上げた。


 お風呂にするか迷ったが、レアンの希望で早めの夕食にしてもらう。


 今日のメニューは、牛肉とじゃがいも人参などを甘辛く煮た『にくじゃが』というものや、味噌汁、だし入り卵焼きなどの東方料理だった。


 レアンには馴染みが無いメニューなのに、何故か懐かしい味がする。


「美味しいです!にくじゃが?がお肉の旨味が他の材料にも染み込んでいて、卵焼きも東方のアレンジでしょうゆ?甘くて……」


「ふふっ♪そんなに褒めてくれて嬉しいわ♪お代わりもあるから、遠慮せずに食べてね♪」


 キョーコがニコニコしてレアンのご飯をよそってくれた。


 レアンはフォークとスプーンで食べるが、他の三人は『はし』というもので食べる。


 文化の違いはあったが、いずれレアンも箸で食べる練習をしようと思った。


「さーて、こっちは片付けておくから、三人でお風呂入ってらっしゃい」


 食事を終えて少しまったりしていると、キョーコがそんなことをいい出してレアンは慌てる。


「いえ!もう十一才なのでひとりで入れますから!お気遣いなく!」


 すぐに二階の自分の部屋に着替えを取りに行って戻ってくると、すでにサツキが待ち構えていた。


「そんなつれないこといわないで、一緒に入ろうよー!ね?お姉ちゃんも一緒に!着替え持ってきたから!」


 教会のようには納得してくれずに、レアンはサツキに強引に引き寄せられた。


 ハヅキは手を引っ張られて、クンクンと自分の腕の匂いを嗅いで首を左右に振る。


「……いい。だいたい綺麗」


「ダメだよ、お姉ちゃん!もう一週間くらい入ってないでしょ?ほら、レアンと一緒に入るよ?傷に秘薬の保護シート貼ってあげるから」


「まだ五日。……レアンと?なぜ?エッチなのに?」


「別々だとお湯沸かすのも面倒だし、レアンだって家族の一員でしょ?エッチなのは知らないけど!……レアンはエッチなの?」


 双子のやり取りに巻き込まれたレアンは顔を赤くして抗議する。


「ボ、ボクはエッチじゃないです!それにひとりで入れます!」


 そんなレアンをニマーッと意味深な笑みで見たあと、サツキが両脇にふたりを抱えてお風呂場に連れて行った。


「いいからいいから!入ろ!お姉ちゃん、貼るね。これでいいかな?」


 サツキはハヅキの傷口にスライム状の白いシートを貼って、傷口が見えなくなった。


 そして強引に脱がされて、お風呂場に入って木の椅子に座らされる。


 ザバーン!


 ハヅキと一緒に頭からお湯をかけられ、石鹸でモコモコと泡を立てて全身に塗りたくられた。


「ううっ……そんな、自分でできますよ……っ!」


 レアンはなるべく見ないようにしていたが、姉妹は身長以外まるで体型が全然違うことに気づく。


 タオルを巻いているとはいえ体のラインははっきりしていて、サツキはスレンダーでハヅキはふくよかな体型だった。


 その後三人並んで背中を洗いあい、レアンは真ん中で両方から背中を擦ってもらう。


 前と違って大事な部分は自分で洗い、途中で場所を代わってサツキはハヅキを念入り洗っていた。


 風呂から上がって、その夜はサツキのたっての希望で姉妹に挟まれて寝ることになる。


「ううーん、レアンすき……むにゃむにゃ」


「……あん。えっち」


「な、何もしていないです!……って寝ている?」


 三人寝るには狭いベッドでレアンは挟まれてしばらく眠れなかったが、本当の姉弟みたいに接してくれる温もりを、家族のありがたさを感じられる夜になった。





(続)

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