第一話 シーン三 【眠り姫と冒険者ギルド】

第一話 シーン三 【眠り姫と冒険者ギルド】





「……んっ……ん。……あ、そうだった」


 翌朝、目覚めたレアンはいつもと違う天井に戸惑ったが、新しい家に来たことを思い出してホッとした。


 久々にベッドで寝たので、ぐっすりと朝まで一度も起きなかったことに驚く。


「おはようございます」


 レアンは寝ていた二階の部屋から降りてリビングに向かうと、サツキとキョーコの姿があった。


「おっはよー☆レアン、今日もかわいいね☆」


「おはよう♪レアンくん、眠れたかしら?」


 ふたりは朝食の準備をしていて、サツキが料理してキョーコが皿を並べていた。


「はい、ありがとうございます。気持ちよく眠れて元気になりました」


 レアンが返事をするとふたりとも笑顔になった。


「レアンくん、顔洗ってきたらハヅキちゃん起こしてくれる?あなたの寝てた隣の部屋だから」


 キョーコが指を一本上に向けると、サツキが心配そうな顔をする。


「えー、ひとりで大丈夫?お姉ちゃん、なかなか……」


「まぁいいじゃない♪じゃあ、お願いね♪」


 レアンは「はい」と返事して、朝の身支度をしてから二階に向かった。


「おはようございます。ハヅキさん、朝ですよ」


 コンコンコン コンコンコン


 部屋をノックして聞き耳を立てて中の様子をうかがったが、人が動く気配はない。


「困ったな……お邪魔しまーす」


 女性の部屋に入るのはためらわれたが、ドアを開けて中を覗いても動く様子はなかった。


「起きてくださいー。ハヅキさーん」


 レアンは部屋に入りベッドに近づいて顔を覗き込むと、彼女は幸せそうに爆睡している。


「……すぴー……すぴー」


 掛け布団の間からハヅキの下着が見えて、たゆんとした体が目に入ってしまい視線をそらす。


「起きてください~!ハヅキさん~!」


 レアンは仕方なくユサユサと体を揺らして起こしていると、不意に手を引かれて布団に引き込まれた。


「あひゃっ⁉」


「むにゃむにゃ……んぎゅー……」


 寝ぼけたままハヅキは両手で胸元に抱きよせてきたので、レアンはジタバタと暴れた。


「ハヅキさん、ハヅキさん、寝ぼけているー⁉起きてくださいー!」


「ふあああ……はむはむ」


 今度はハヅキがレアンの耳たぶを食べようとしてきた。


 くすぐったくてたまらず腕から抜け出そうとするが、魔法使いなのに力が強くて逃れられない。


「うあああ、家系的に怪力⁉ハヅキさん⁉ボク食べ物じゃないですよー!うわぁ!よだれが!」


「じゅるじゅる……んまー。はむはむ……」


 レアンは身の危険まで感じた時、ハヅキの目がパッと開いた。


「あ、ハヅキさん!」


「……ふが?」


 ハヅキはしばらくレアンを間近で見つめて、不思議そうな顔をした。


「おはようございます、ハヅキさん」


「……誰?」


「ボクですよ!昨日からお世話になっている、レアンです」


「……ああ。……?……?……エッチ」


 しばらく間が空いて、ハヅキは顔を赤くして口に手を当てた。


「違いますー‼起こしに来ただけですから!あっ!」


「……何?」


 レアンはペースを乱されまくっていたが、ハヅキの脇腹の包帯から血がにじみ出ていることに気づく。


「ハヅキさん、血が出ています!脇腹の所!」


「……いつものこと、です。あっち向いてて?」


 レアンが反対を向く前にハヅキは包帯をほどきはじめた。


 慌てて背中を向けると、偶然部屋のタンスに置かれた鏡にちょうど傷口が写ってしまう。


「うっ……」


 見るからに痛そうな一〇センチ程のナイフ傷から血が垂れていて、レアンが奴隷生活で傷つけられた記憶がよぎった。


「う、ううっ……」


「……どうしたの?」


 レアンは吐き気がして涙が出てきて、うつむいているところに処置を終えたハヅキに頭を撫でられた。


「えっく……うっく……。なんでも、ないです……大丈夫……です」


「……そう」


 ギュッ


 優しく後ろから抱き寄せられて余計に涙が止まらなくなり、思わずハヅキの方を向いて抱きつく。


「ごめんなさい……ごめんなさい!」


「……ん」


 黙って背中をとんとんするハヅキの匂いは汗臭いはずなのに、レアンは安心できる匂いだと思った。





「お、起きてきた。やっぱり苦戦したみたいだね!」


 レアンとハヅキが二階から降りてくると、サツキが声をかけてきた。


「あ、はい……そうですね」


 レアンはまさか自分が泣き止むまで待ってもらったとは言えず、恥ずかしそうに目をそらした。


「……甘えん坊さん、です」


 ハヅキはさらっとそんなことを言い出したので、レアンが抗議の目で見ると無表情で口元だけ笑っていた。


「え~?何があったのかな~?お姉さん、気になります♪」


 キョーコがニコニコと笑いながら朝食をテーブルに並べた。


「なななな、なんでも無いです!」


「……何かあったね?お姉ちゃんたち!」


 サツキはそれ以上深くは追求せず、残りを並べ終えてライスとスープ、ウインナーと卵焼きが食卓に並んだ。


『いただきまーす!』


 レアンは声を合わせた上で刻印証を取り出して神に感謝して、食事に手を出す。


「はむ……ごくっ……ん。このスープははじめていただきました。なんというスープなのですか?」


 その中でも飲んだことのない茶色のスープに驚いた。


「あ、それは味噌汁。えっと……ミソスープといって、東方の伝統料理なんだよ☆」


「味噌を手に入れるのが大変だけど、多分中央大陸では縁がないわよね。サツキも作るの上手になったわ♪」


「……母さんの味にそっくり、です」


 サツキの説明とキョーコとハヅキが褒めるのを見て、レアンは故郷の味を思い出す。


「レアンは本当に食べるのが綺麗というか、上品だよねー」


「……たしかに。サツキも見習ったら?」


「いえいえ、たまたま家の食事マナーが厳しかっただけなので、美味しく食べるほうが大事ですよ」


「そう?えへへ☆そうかなー!」


「……単純、です」


 そんな感じでにぎやかに食べ終わると、キョーコがレアンのテーブルの反対側に座った。


「それで、レアンくんの体力が戻ってからなんだけど。あなたが冒険者として適正かどうか見てもらおうと思うの」


 後片付けを娘たちがやっている間に、レアンに提案してくる。


「ボクが冒険者、ですか?」


「ええ♪あなたもイマイ家に来た以上、何かできることを探さないとね♪」


「は、はい……!」





 一週間後、レアンの健康状態も改善されて血色も良くなってきた頃、冒険者ギルドに正装をして四人で向かった。


 サツキはショートソードとバックラーと鎧で、へそ出し戦士スタイルに。


 ハヅキはモスグリーンのローブとトンガリ帽子、長杖の魔法使いスタイルに。


 キョーコは図書館の司書さんっぽいボルドー色が基調の大人っぽい服に、薬師らしいアクセで。


 レアンはお下がりのワンピースだったので恥ずかしくて、お尻を押さえながら歩く。


「ここよ、レアンくん」


 キョーコがたどり着いた建物を指差して、レアンはギルドの竜と剣のデザインの看板を見上げた。


 レアンの故郷でも見たことがあるので、きっと世界共通なのだろう。


「……行きますよ」


 いつの間にかハヅキ以外が先に入ったので慌てて後を追うと、そこにはさまざまな武器や鎧、マジックアイテムを持った冒険者達が一〇人ほどいた。


「よっ!相変わらず可愛いな!三人共っ!って、今日は四人か!」


「あー、うん、いつも可愛くてごめんね☆いいでしょ!新入りさんだよ!」


 途中いかつい大男に声をかけられてドキッとしたが、サツキは慣れた様子で適当にあしらった。


 レアンは全員の視線が自分に集まっているのに気づき、小さくなりながら奥の受付カウンターまでついていく。


「おはよう。朝早くから全員でピクニックかい?」


 そこに居た中年の男が声を挨拶してくると、キョーコはニコッと笑って部屋の奥を指差した。


「ギルドマスターにちょっと相談があるんだけど、あっちで話せないかしら?」


「ん?込み入った話か?いいぞ。おい、受付変わってくれ」


 近くに居た若い青年を呼ぶと、レアンたち四人は奥の小部屋まで通された。


「それで何の要件かい?そっちの可愛い子のことか?」


 全員が椅子に着くなり親父はレアンを上から下まで見た。


「話が早いわね♪この子は年齢十一歳で見習い冒険者として登録したいんだけど、マスターから見てどの職業が向いてるのかなって」


 キョーコがいうと、親父は立ち上がってこちらに来た。


「嬢ちゃん、ちょっとココに立ってもらえるか?」


 レアンは嬢ちゃんと呼ばれて気づくのが遅れて、慌てて立ち上がり男の前に立った。


「おう、失礼するぜ」


 マスターはレアンの手を取って思い切り握ってみてと促したり、腕や脚を触ったりしながら首を傾げた。


「見た目細いけど意外と筋肉はついているな。何か昔習っていたか?」


「あ、はい。少しだけ剣術を習っていました」


 レアンがいうとマスターは納得したように急に笑って、いきなり股間をムギュッと握られた。


「ひぃん」


 レアンから女の子みたいな声が出て、サツキが猛烈に怒る。


「ちょっと!なんばすっと‼うちのレアンの大事な所ば触らんで‼」


「わはは!すまん!坊主だったんだな!ワンピース着てたし、顔が可愛いからてっきり……うはは!」


 マスターはしばらく笑い転げた後、半泣きのレアンが身につけた刻印証を見て言った。


「俺の見立てでは戦士か僧侶だな。ただし戦士は性格的に合うかわからないし、僧侶だと法の信徒になってキョーコさんと属性相性が良くないかもだが、どうしたもんかな?」


 するとキョーコが指を一本立てて余裕の顔を見せる。


「私が表立って動かなければ大丈夫でしょ♪娘たちは中立だし。レアンくん、僧侶になるのはどう?興味ある?」


 キョーコに確認されてレアンは少し考えた。


 ギルドに来るまでの途中、冒険者は職業も途中で変更も兼業も可能だと説明されている。


「ボクは……その……」


 レアンは生まれてずっとモンフォール家という信心深い家に育ってきた。


 奴隷生活でどうにか正気を保てたのも、法の神イウリファス様のおかげとさえ思っている。


「ボクは僧侶として修練してみたいです。お願いします」


 頭を下げて、そうすることが拾ってくれたキョーコのためになると思ったのだ。


 キョーコは嬉しそうにレアンの頭をポンポンと叩いて、マスターにいう。


「じゃあ、法の教会宛で紹介状を書いてもらえるかしら?」





(続)

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