第一話 シーン二 【冒険者の母娘(おやこ)】

第一話 シーン二 【冒険者の母娘(おやこ)】





「ただいま~♪」


 キョーコに連れてこられたのは、奴隷市場とだいぶ離れた下町の広いボロ家だった。


「……お邪魔します」


 レアンはボソボソと挨拶をして家に入ると、部屋の奥からふたりの少女が顔を出した。


「あ、お帰りー☆ってあれ、どうしたのその子?」


「……お帰りなさい。……誘拐事案?」


 少女たちにいわれてキョーコは不満げな顔をした。


「人聞きが悪いわね。……実はね、ちょうど奴隷オークションやっていてね。そこで買ってきちゃった♪……えへへ♪」


 お茶目に笑って舌を出したキョーコに、少女たちは口をポカーンと開けた。


「は、はあああああっ⁉えへへ♪じゃ無か!な、何ば考えとーと⁉」


「……まるで市場の特売品みたい、です。らっしゃーい、らっしゃーい」


 少女のひとりは大声とリアクションで、もうひとりはテンションの低い棒読みだった。


「えっと、これから世界各地のダンジョン探索で活動地域を増やすにあたって男手は必要だし、これから少しの間一緒に行動しようかなって。道中の材料調達も大変だしね。とくにお年寄りと子どもしか居ない村ね。どう?サツキちゃん、ハヅキちゃん」


 キョーコは少し真面目な顔になって、レアンの背中を押した。


 前に出されたレアンは、見た目五歳以上年上の少女たちに見られて恥ずかしくなって下を向いた。


「あー、なるほど!でもこんなに小さい子から採取できるのかな?うーん……ま、いっか!サツキはいいと思うよ☆」


「サツキちゃ~ん!ありがとう!」


 ショートカット元気っ子にキョーコは抱きついて、次にもうひとりの少女を見た。


「……私は別におーるおっけー、です。錬金術には必要不可欠なので」


「ハヅキちゃ~ん!好き!」


 今度は黒髪ロングの少女にキョーコが抱きついた。


 レアンはあっけに取られてオドオドしていると、キョーコが尋ねてきた。


「そういえば何も知らなかったわね。お名前聞いてもいいかしら?」


「レアン……レアンドル・ド・モンフォールです。……十一歳です」


 目を合わせられずに、下を向きながら小さな声で挨拶した。


 それはきれいなお姉さんばかりなのが原因ではなく、奴隷生活で人と接するのが怖くなったからだ。


「レアンくんね♪じゃあ、あらためてこっちも自己紹介をしようかしら」


 だが、そんな感傷もお構いなしに女性三人はレアンに向き直る。


「じゃあ、アタシからね!」


 最初に前に立ったのは栗毛のショートカットの細身でへそ出しの少女だった。


 健康的な日焼け肌で、腹筋が割れていてムチッとした太ももをしている。


「アタシはサツキ!十六歳!双子の妹で、職業は冒険者!メインは軽戦士でサブは盗賊。元気なのが取り柄!よろしくね☆」


 レアンは握手を求められて、握り返すとブンブン腕を振られた。


「……次は、私」

 次は黒髪ロングの眠そうな目で長袖のぽっちゃり体型の少女だった。


 感情表現が薄いマイペースな喋りで、よく見ると髪の毛にサツキとおそろいの髪飾りをしている。


「……私はハヅキ。十六歳、です。双子の姉で、魔法使いで薬師(くすし)……惰眠をむさぼるのが取り柄。……よろしく」


 本気なのかわからない自己紹介に戸惑ったが、手を差し出したので握り返すと手がポロンと取れて床に落ちた。


「わあああああっ⁉」


 レアンがびっくりして尻餅をつくと、ハヅキが本来の手を袖の奥から出して、落ちたオモチャの手を回収した。


「……ごめんなさい。三本目の手が驚かせたみたいで」


 無表情だが明らかに楽しんでいるみたいで、レアンははじめてからかわれたと気づく。


「うう、なんで双子でこんなに性格が……双子?」


 もう一度口にしてふたりを見比べると、正直全然似ていなかった。


「目元はそっくりでしょ☆」


「……瓜ふたつ、です」


 するとふたりは即反応して横に並んで肩を組んだが、身長と目元以外は体型を含めて似ていない。


「はいはい、最後は私ね♪」


 最後に出てきたのは茶髪のセミロングのキョーコだった。


「私はキョーコ、イマイ家のあるじよ。サツキちゃんとハヅキちゃんの母親で年齢はヒ・ミ・ツ♪職業は……一応薬師で、これを使って錬金術みたいなこともやってるわ。よろしくね♪」


 彼女は手のひらサイズの小さなツボを取り出して、レアンは話に聞いたことのある錬金釜かなと思う。


 レアンは握手してあらためて見ると、泣きぼくろが特徴的な美人でスタイル抜群の二〇歳前後にしか見えない。


「……え?お母さんですか?お姉さんじゃなくて?」


「あらやだこの子ったら♪」


 バシィィィン!


 レアンが思ったとおりいうと、キョーコは嬉しそうに背中を叩いてきた。


「……いたァッ!」


 部屋に響くくらいの音がして、背中がじんじんするほど痛みが走る怪力だ。


「うう……サツキさん、ハヅキさん、キョーコさん。よろしくお願いします」


 最後にレアンが背中をさすりながら頭を下げると、三人の母娘はにこやかに笑ってくれた。





「ほら、入るよ!レアン」


 その後奴隷市場の格好のままだったレアンは、サツキにお風呂場につれてこられた。


「ひ、ひとりで入れますよー!」


 脱衣場でモゾモゾと麻の服を脱ごうとすると、サツキはスパーンと脱いでタオル一枚巻きつけて服を奪い取る。


「気にせんでよかよ!まだレアン小さいんやから、お姉ちゃんに任せとき!」


 ガラッと風呂場に入ると、古いながらも綺麗に掃除されていた。


 レアンは前と体中の傷を隠すようにしていたが、サツキは気にせずレアンを椅子に座らせて、背中のポジションを取った。


「ううう……恥ずかしいです」


「何恥ずかしがってるの?それにしても本当に臭かね!どれくらいお風呂入ってなかったの?」


 時折聞き慣れない地方言語が入るが、なんとなく察してレアンは答えた。


「多分お風呂はもう一ヶ月位……。二週間前位にタオルで体を拭いたくらいで」


「うええ……サツキだったら耐えられないよ。ほら、髪から洗うよ!目をつぶって」


 目を閉じると、サツキが石鹸を泡立ててワシャワシャとレアンの髪の毛を洗った。


「ん……んんっ……」


「ほら、かゆいとこはない?」


 サツキの指が髪の毛を丁寧に洗って、頭皮を指先でマッサージしていくのはとても気持ちよかった。


「う、うん。もっと全体をゴシゴシしてもらえると……」


「オッケー☆普段からお姉ちゃん洗ってるからね、慣れてるんだ☆」


 次に泡まみれの残りを使ってサツキが背中を洗ってくれる間に、顔を自分で洗った。


「はぁ……気持ちいい」


「よかったね!……ほら一回泡を流すよ!いい?」


 ざばーっ!


 返事する前にぬるま湯で流されて綺麗になると、次はサツキが肩をポンポンと叩いた。


「はい?」


「ほら、今度は反対向いて?洗ってあげるから!」


「いいい⁉い、いいですよ!」


「ほら恥ずかしがらんと!まだレアン小さいんやからお姉ちゃんのいうこと聞くとよ!」


 レアンは無理やり反対を向かされてしまい、股間と傷跡を手で隠す。


 出会って間もないお姉さんに裸を見られるのも恥ずかしかったが、それ以上に傷跡を見られるのが嫌だった。


「うう……」


「レアン、傷のこと気にしてるの?」


 サツキに気にしていることをいわれて、うつむいた。


「この傷は、あんまり見られたくなくて。だって、醜いでしょ?」


 首元や胸板を洗い流すと、いくつもの刃物傷がサツキの前に鮮明になった。


「そう?私はあんまり気にしないよ?だって、私も冒険の中でついた傷たくさんあるもん」


 サツキは巻いていたタオルを胸元に抱えて、レアンに見せてくれる。


 鎖骨の下や脇腹や腕回りや太ももなど、レアンと同じように切り傷がたくさんついていた。


「こ、こんなにいっぱい……。痛くなかったですか?」


 レアンが自分の痛みのように泣きそうな顔をすると、サツキはカラカラと明るく笑う。


「痛かったー!☆ばり痛かったばい‼……でも、私は冒険者やから。傷つかずに依頼をこなすことは出来んからね☆冒険者の証やけん!」


 レアンには八重歯を見せ誇らしげに笑うサツキが眩しかった。


「そ、そうなんですね」


「うん☆やから、レアンも何ばあったか知らんけど、あんまり気にせんとよ!」


 サツキは股下まで洗おうとしたので、レアンは思わずのけぞる。


「そこは自分でやりますから……!」


「いいからいいから☆ほら、観念しなさーい!」


「や、やめてください……ひっ!ひああああああああっ♡」


 レアンの悲鳴が風呂場に響き渡った。





 結局頭の天辺から足の指先まで余す所無く丁寧に洗われて、ピカピカになってお風呂から出た。


 サツキにタオルで拭かれて用意された下着と服を着てリビングに戻ると、ハヅキとキョーコが声を上げる。


「……サツキのお下がりぴったり、です」


「まぁ♪女の子みたい♪」


 レアンはワンピースを着せられて、モジモジと太ももを押さえていた。


 身長一三〇センチ位で金髪くせっ毛、青い瞳で線が細いせいか少女にしか見えない。


「ねー☆可愛いよね!」


 サツキがレアンの後ろに立って髪の毛を整えている時、頭をクンクンと嗅いできた。


「や、やめてください……サツキさん。下着もなんか変な感じで……」


「あー、付いてるから締め付けられる?女性用だから仕方ないよ☆うん、匂いもばっちり取れたかな」


 レアンが困り顔でいると、サツキは後ろからギュッと抱きついてきて離さない。


 筋肉質な中にあるやわらかい感触に顔を赤くしてしまう。


「じゃあ、今日からレアンくんは二階の奥の部屋で寝てもらおうかしら。その前に……」


 そんなふたりを微笑ましく見ていたキョーコが、手を打って提案した。


「そうだ♪今日は軽く歓迎パーティーをしましょう♪レアンくんもあんまり食べてないようだから、胃がびっくりしない料理にしましょうか」


「おー!いいじゃん!さすがママ!☆」


「……いいと思う。じゅる……」


 娘ふたりも賛成して、その晩はおいしい食事をいただいた。


 東方の料理らしい『ぞうすい』というリゾットや鳥と野菜の煮物など、久々にお腹いっぱい食べた。





「我が神イウリファスよ……心から感謝します」


 夜になってレアンはひとり部屋の寝室で、法の神に祈りを捧げていた。


 奴隷生活でも決して手放さなかった刻印証を胸に、今日の感謝を告げる。


 今も不安だらけだが、すがるように祈っていた生活から抜け出せたと思った。


 じっと耐えていたから、神様が助けてくれたのだろう。


「明日からも、ボクを見守ってください」


 最後に願うように言葉を捧げ、半年ぶりのやわらかいベッドで眠りに落ちた。





(続)

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