ワンコイン少年と母娘(おやこ)パーティー

礼央かい(れおかい)

第一話 シーン一 【ワンコインの価値】

第一話 シーン一 【ワンコインの価値】





「おまえ、ここで買い手がつかなかったら……分かっているだろうな?」


 十一歳の少年レアンは屈強な男に怒鳴られて、お尻を蹴られてふらついた。


 ヨロヨロと二・三歩前に出て踏ん張って、振り返り怯えた目をする。


「は、はい……気に入っていただけるように頑張ります」


 精一杯声に出したはずなのに、声はボソボソと小さかった。


 昨日も一個のパンしか食べていないのもあるが、それよりも男が怖くて声がうまく出ない。


「なんだァ?聞こえねえぞ!もうすぐ出番だ、早く控室に入りな!」


 慌てて同じ境遇の子どもたちと一緒の部屋に入る。


 これから行われることを考えると当然だが、周りの子を見ても生気のない目をした子ばかりだった。


『お集まりの旦那様、お嬢様お待たせしました!ではこれから、特別な競り市を開催します!さあ、皆様のお気に召される一品は現れますでしょうか⁉』


 カタルスの街にある裏通りの特設会場では、売人の声とともにステージ脇から怪しげな音楽が流れ出して、客からの歓声が上がる。


 やがて子どもたちはひとりずつステージに出て客に品定めするように見られて、買い手がつかないときは戻ってきて売人の男たちに叱られる。


 そんな感じで二〇人ほどが出たあとにレアンの順番になる。


「お前は今日のトリだ。ヘマをするんじゃないぞ」


 いかつい男に声を掛けられて、脚をブルブルと震わせながらカーテンの前で待つ。


『さあ、今日の最後はこの少年!宮廷鑑定財団に価値わずかと判断され、お家取り潰しになったとある貴族の少年だ。かなりの上物だよ!』


 出番になった所でカーテンが開いて、背中を押されてステージに出た。


 歓声が上がってその場に居た五〇人ほどの目がレアンに集まって、身長一三〇の体を縮こめてしまう。


『さあ、まずは一〇〇〇エフから!旦那様、お嬢様!……スタートです‼』


 ステージの売人が声を上げると、さっそく声が上がった。


『一〇〇〇!』


『一五〇〇!』


『二〇〇〇!』


 客が手を挙げて値付けする光景と、商品を見る目にレアンは恐怖した。


 しかし、奴隷市場の光景はこの世界で珍しいものではない。


 貧困生活のせいで家族の食料ために子どもを売ったり、山賊にさらわれたものや戦争孤児になったり、最近だと『暴君』エリックによって家を失ったものなどがこうやって売りに出されるのだ。


『さあ、現在五〇〇〇。まだまだお得な値段でございます!さあさあ……』


『一万!』


『いや、一万と五〇〇〇!』


『二万だ!』


『ほら!三万だ‼』


『さあ、すでに今日イチの価格となりました。他にいらっしゃいますか?』


『五万』


 老紳士といった出で立ちの男が静かに声を上げて、会場が静まり返った。


『っと!お客さん五万⁉さあ、今日イチの素晴らしい値が付きました!まだいらっしゃいますか⁉』


 徐々にヒートアップしたオークションはスタートの五〇倍の値段がついて、静寂のあとざわつきはじめた。


 ここ最近では見なかった金額がついたため、周りの出方を伺っているのがわかる。


 その時、客のひとりが大声を上げ視線が集まった。


「あれ?よく見るとそいつ他の街で見たことが……あ、そうだ!リグルス!アウレー商会のリグルスの所にいたガキじゃないか!」


『な⁉お、お客様困ります!そんな根も葉もない噂を……!』


 売人が慌てた様子で引きつった笑みを浮かべたが、明らかに動揺した様子にザワザワと喧騒(けんそう)が大きくなる。


『なんだ、リグルスって少年趣味の悪名高いあいつか?』


『そうみたいだな、ほら見ろ。あんなに怯えた目をしている』


『もう使い物にならないかもしれないな……』


 騒ぎは収まらなくなっていき、さきほど入札した客が辞退を申し出る。


『そ、そうですか。それではまたの機会をよろしくお願いします。……くそっ!どうなってやがるっ!』


 売人と裏方の男が話しをして、すぐにレアンは引っ込むようにいわれた。


 慌ててステージ裏に引っ込んで、屈強な男に連れていかれる。


『で、では本日の競り市は終了です!旦那様、お嬢様、本日はお越しいただきありがとうございました‼』


 ステージの方から売人の声が聞こえ、客のブーイングともヤジともいえない声でかき消された。


 レアンはこれからどんなお仕置きが待っているのか、震えながら男の後を追う。


「ねえ、そこのお兄さん?少しその子に興味があるんだけど?」


 だが、お仕置き部屋に行く曲がり角で、全身ローブ姿の人影がふたりを呼び止めた。


「あん?誰だてめえ?どっから入りやがった⁉」


 屈強な男がローブ姿の人物に近寄り睨みつけたが、身長にして四〇センチ以上の差があるのに怯むことなくフードを下ろして見返す。


「ちゃんとお邪魔しますって入って来たわよ?それでね、マーキ支配人と直接交渉したいわ」


 フードの下から現れたのは二十歳前後の女性だった。


「なんだ、女か。……ってなんで支配人のことを知ってやがる⁉怪しいなお前!」


 屈強な男が女に手を振り上げようとしたのを見て、レアンはとっさに腕にしがみついた。


「やめて……ください……!」


 こんな丸太のような腕の男に殴られたら、あの細い女の人がひどいことになると思ったから。


「おい何しやがる⁉離せよ!」


 男が腕を何度も振ると、レアンは女の方に吹き飛ばされた。


 まずいと思った瞬間、女はレアンを軽々と抱きとめて受け身をとる。


「あら、意外と軽いのね♪大丈夫?」


 レアンがローブの女にお姫様抱っこされて顔を覗き込まれると、かなりの美人で思わずドキッとしてしまう。


「何を騒がしい……。どうしたんですか?」


 すると騒動を聞きつけた別の男が部下を連れて現れた。


「マ、マーキさん!すみません、怪しい女が紛れ込んでいたので……。今すぐ黙らせますんで!」


 屈強な男が小さくなって謝っていると、マーキという浅黒い肌の男はローブの女を見て顎に手を当てる。


「ふむ……やめておきなさい。あなたでは逆に黙らされるのが関の山だ。それで、何のようですか?」


 落ち着いた対応と声に、女はニコッと笑った。


「賢明な判断ね♪さすが元風神傭兵団団長で現奴隷商マーキさん。私はキョーコ、しがない冒険者のひとりよ。マーキさん、この子を買いたいんだけど!いいでしょ?」





 その後、レアンとキョーコという女は別室に通された。


「それで、冒険者のあなたが欲しいというのは本当なのですか?」


「ええ、そのつもりよ♪私が錬金術師だから、といったらわかるかしら?」


 マーキの質問にキョーコが答える。


「ふむ、なるほど。薬の材料ですか……。それならば理解もできますが、奴隷を従えた女冒険者なんて珍しくてね」


 マーキが考えを巡らせて顎髭に手を当てると、キョーコはお金の入った袋を机の上に置いた。


「お金ならあるわ♪一応確認したいのだけど、この子はあちら方面でも『使える』状態なんでしょうね?」


「とくに問題ないと思いますけど、使用感まではわかりかねますが」


「服の中を確認させてもらっても?」


 キョーコの提案にマーキは一瞬眉をひそめたが、手で部屋の奥に行けと促す。


「さあ、行くわよ」


「あ、はい……」


 キョーコに手を引かれてレアンは小部屋に入った。


 レアンはさっきまでの会話の意味はほとんどわからなかったが、この綺麗な女性が自分を買おうとしているのは理解できる。


「服を脱いでもらえるかしら?」


 後ろ手にドアを閉めたキョーコに突然そんなことをいわれて、レアンは戸惑った。


「えっと、服、ここでですか?」


 レアンは小さい声でいうと、キョーコは頷く。


「私のいうこと聞かないとまた連れ戻されて、あの男の人達に何かされちゃうかもよ?」


「……わかりました」


 レアンは麻でできた長めのガウンを脱ぐと、他に何も着けていないので裸になった。


 見られたくなくて思わず腕で胸と股間を隠す。


「……手をどけてくれる?ちゃんと見せて」


「は、はい……」


 レアンが手を後ろに回すと、細い体をキョーコの眼前にさらした。


 全身に刃物の傷が残っていて、傍から見たら醜い体だっただろう。


「……うん、なるほど」


 だが、キョーコは眉一つ動かさず冷静に前後から傷跡を見て、時折指でなぞった。


「ひうっ……!」


 レアンは胸の深い傷をなぞられて、変な声を上げてしまう。


「もう、変な声出さないの♪……この傷は比較的新しいのね」


 キョーコは一周してしゃがみこんで正面からレアンを見上げる。


「あう……み、見ないでください」


 間近で見られて恥ずかしくなって、股間を手で隠す。


「あら♪恥ずかしがり屋さんね♪もしかしたら家族同然になるかもしれないのに」


「……え?」


 レアンがキョーコの言葉を理解できずに戸惑っていると、マーキの声がする。


「そろそろよろしいですかな?」


「分かったわ、すぐ出ます!……ねえ?うちの子になる?」


 キョーコが大きく返事をして、後半はレアンに服を着せながら囁く。


「えっと、それってどういう?」


 意味がわからず質問したがはぐらかされて、手を引いて元の部屋に戻った。


「うふふ♪……随分趣味のいい御仁に買われたみたいね!」


 キョーコは戻るなりマーキに強めの口調でいうと、マーキは首をすくめて悪びれもなく笑う。


「はっはっは!奴隷は現状渡しが鉄則でしてね。持ち帰った後にクレームが出ても、返品はしないと書面にサインをしてもらうんですよ。確かその子は、反応がつまらなくて三ヶ月で前所有者のリグルスが飽きたみたいですけど」


 マーキが契約書を取り出すと、キョーコが受け取った。


 レアンは聞きたくない名前が出てきて、唇を噛み締める。


「いいわ、この子を買うわ。五〇〇〇エフでいい?」


「……またまた御冗談を。金貨一枚にもならない奴隷なんて……。この子は仕入れが高かったんだ。五万エフでどうです?」


 マーキがいい返すとキョーコは自信ありげに声を上げる。


「六〇〇〇。現状に鑑みて、適正価格で値段を設定しないとね♪」


「だからそれでは釣り合わないので……四万で」


「七〇〇〇で!」


「本当にからかわないでいただきたい……。わかりました、仕入れ値で売りましょう。三万で」

 

 マーキが今度は自信ありげに指を三つ出した。


「八〇〇〇。売れ残ってもご飯は食べさせないといけない。それにさっきの様子だとこの場所での売買は難しいんじゃないかしら?」


 キョーコが不敵な笑みで指を横に振る。


「ぐ……!赤字で売るのはシャクですが、背に腹は代えられないですね……二万で!」


「九〇〇〇!」


「一万と五〇〇〇!」


「じゃあ、間を取って一万で!もってけドロボー♪」


「ああああ!全然間でもないし、何がもってけだ!いいでしょう!金貨一枚でいいから連れていきない‼」


 最後にキョーコがノリよくいったのにキレて、マーキが一万エフと金額を記入してキョーコが売買契約書にサインをした。


「はい♪一万エフ♪じゃあ、もらっていくわね♪」


 キョーコはお金の入った袋から金貨を一枚机の上に置いて、レアンの手を引く。


「行くわよ、少年」


「わわっ!えっと……ボク、一体?」


 ものすごい駆け引きにレアンが理解できないでいると、キョーコが競り市の会場を抜けて表通りに出たあたりで腰をかがめて視線を合わせる。


「あなたは私に買われたの、奴隷としてね。……使えなくまでは使うから、ね♪」


 レアンは心の奥が見えないキョーコの言葉にビクッとして、何もいえずに頷く。


 ただ、キョーコは見た目の可愛らしさと違って握った手はたくましく、何故か安心できる手に思えた。





(続)

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