夜空に駆ける星

Forest Eiju

夜空に駆ける星 Shooting Star

平穏無事な静かな世界。

何事もなく過ぎてゆく時間。


 青い星の遙か上空は、相変わらず静まりかえり、瞬かない星々が鮮やかに虚空に輝いてる。天体観測マニアなら泣いて喜ぶ光景なんだろうが、あいにく俺はそれほどの興味もない。きれいだとは思うけど……つまらん。


「はああっ、退屈ぅ……」

「そんな事、いちいち口に出さないの、ギャラハッドっ! こっちまで虚しくなるじゃないの」


俺がボヤくと、この女、ブランカは必ず突っ込みを入れてくる。



 こいつとこの仕事をするようになってまだ一ヶ月ほどだが、24時間この狭い空間で顔をつき合わせているので、細々した性格までわかるようになってきてしまった。


ツッコミが入っている内は、まだ大丈夫だ。突っ込みすら無くなってくると……まあ、この場で言うのはやめとこう(隣で怖い目ぇして睨んでるし)


「何考えてんの? 何か答えなさいってば! 退屈なのは、あたしも同じなんだかんね。こういう時くらい、気のきいた話題でも提供して、レディを楽しませるのが男ってもんじゃないの?」

「レディが、んな事口に出して要求するかよ!」


「はあっ……全く、無粋な男ねえ。もうちょっとマシな奴と組ませて欲しかった。宇宙情報局開局以来のダントツの変わり者、問題行動満載の勘違い自信過剰男で、下ネタ&セクハラ大王、数々の伝説的トラブルを産み出した、しょうもない馬鹿男と一緒なんて」


「性格ブスは、お前だ」

「『無粋』っ! 『ぶ、す、い』! ブスじゃないっ!! 誰が性格ブスだっ! 誰が『もうリーチがかかってヤバイ歳』だってええっ!!」


「う……そこまで言ってねえぞ、俺は。お、落ち着けっ、ブランカ、どうどう! お前は充分かわいいぞ(多分)。十代でもいけるって(それは犯罪モンだな)。宇宙飛行士やってる女の中じゃ、一番イケてる方だって(これは、ホントにそう思うが)」

「はあっ……わかってるって。ゴメン。最初の任務がこんなのだから、ちょっとイライラしてた。まだまだね、あたしも」


「何、あと一週間の辛抱だって……おっと、定時連絡の時間だ」

「了解! 今日の回線コードはf04A-P003ね。OK。ギャラハッド、よろしく」


「サンキュ。こちらブルーパルサー、定時連絡報告」

『OK、ブルーパルサー』

「特に異常無し。平穏無事だ。どれもおとなしく静まりかえってる。不審な動きは特に無い」

『了解。引き続き監視を頼む』


彼女が回線を切る。また静寂が訪れる。


「これだけだもんなあ。意味あんのかよ、この仕事って」

「ボヤかないの! まあ、あたしもそう思うけど」



俺達は今、宇宙にいる。


 小型の有人偵察衛星に乗り、地球を周回している。俺達二人の仕事は、各国の軍事衛星を監視する事。公式には発表されてない軌道にある軍事衛星や、気象観測用と称した、妙にゴテゴテと機能満載の人工衛星の動きを監視している。大抵は、精度の高い画像を映し出す偵察型の軍事衛星が多いが(地表で数十cm程度までの解像度を持つらしい。歩いている人の頭まで映る)、中には核兵器を積んだ物騒なヤツもゴロゴロしている。サテライトキャノンの試作型を搭載した某超大国の極秘衛星もある。こいつが火を噴くと、中くらいの都市なぞ一瞬で消し飛ぶ。そういう物騒なモンが、地球で平和に暮らしてるみんなの頭上に飛び交ってる(知ってた?)。



 俺達二人の仕事は、そういった人工衛星が不審な動きを見せないかどうか監視する事。こういう細々した作業は、機械じゃまだ無理なんだ。人の目が要る。機械の誤作動だってある。危険な兵器が人の意志に関係なく暴れ出して、どっかの都市でも吹き飛ばしたら、それこそ戦争の始まりになりかねない。それに、古くなった人工衛星が軌道を外れたりする事もある。地球の外側に向かってくれたらいいが、大気圏に向かって落ちる可能性もある。古いタイプのヤツは、なまじ頑丈にできてるばっかりに、大気圏でバラバラになって燃え尽きる事なく落っこちる危険性が高いのもある。それがもし人口密度の高い場所に落ちでもしたら、それこそ大惨事だ。また各国の衛星がどんどん宇宙に打ち上げられるものだから、今、かなりの衛星がひしめき合って飛んでいる。衛星同士が衝突する危険性が、年々増しているんだ。


 そういう訳なんだ。俺達みたいな仕事が必要なのは。一日に(って言っても、朝も夜もないけど)4回、先程のような定時連絡をする。非常事態が起きた時は、緊急回線を開く。今のところ、幸いにもこの緊急回線を使った事はない。宇宙はいたって、平穏無事だ。だから、さっきみたいにボヤいてたって事。仕事の意義はわかるんだが、とにかく退屈なんだよ。今はこうしてブランカの奴と話せるからまだいい。二人で交替で、24時間ひっきりなしの監視体制なんだ。俺は今、目を覚ましたばかりで不機嫌なあいつと交替するところ。奴は寝覚めは少し低血圧気味らしい。女にはよくあるそうだ。まあ一応、あんなヤツでも女という事のようだ。(「どーゆー意味だっ!」)まあ、俺が起き出して交替する時も、あいつは不機嫌なんだけど。



「疲れてる時間なんだから、しょうがないじゃないのっ! あんたがツヤツヤした顔して、しょうもない下ネタばっかり言うから、ムカツクのっ!!」


へいへい、すいやせん。




その時は、いつも通りの退屈な時間が過ぎていったが……

次の交替の時、それは起きた。



「おい、ブランカ。アレって……なんか、ヤバくないか?」

「え!?」


例の某超大国の試作型サテライトキャノンを搭載した軍事衛星に、旧S連邦の老朽化した人工衛星がどんどん近づいてくる。偶然、軌道を逸れたのか?



俺達が見守る中、衛星同士が衝突した!



「ブランカ、緊急回線を開けっ!」

「わかった! つないだわ」

『ブルーパルサー、何が起こった?』

「××××合衆×のサテライトキャノン砲を搭載した衛星に、R国の旧型衛星が衝突した。R国の衛星が、その衛星にめり込んでる」

(伏せ字の意味ねえよっ!)


『了解した。関係国に手を打つ。引き続き現状を報告し続けてくれ』

「了解! ……軌道が逸れた。墜落し始めてる。今、落下予測地点を算出してみる」

『了解。こちらも解析する』


ブランカに、直ぐさま落下地点の計算をさせる。


「出た! 南インド洋のど真ん中。これなら大丈夫」

『こちらの計算も同様だ。すぐ、関係国に連絡する。引き続き、報告を続けてくれ』



ひとまずは、ホッとする。

しかし。


「ああ? な、なんじゃ、ありゃあっ!?」

「う、うそ……」



衝突を受けた例の衛星から、サテライトキャノン砲がグ~ンと突き出され始めている! さっきの衝撃で、誤作動したのかっ!?

あの方向は……ヤバいぞ! 真っ直ぐ地球を向いてるぞおっ!!



 確か、高性能の衛星だけに、多少機体が軌道からズレたり、機体の向きが変わっても自動的に補正して、セットした照準を外さないようになってるって事だった。

んな余計なモンつけるなっつーのっ! 男なら、ここに来てその手で狙え!

(そーゆー問題じゃないだろう)


あの国が仮想敵国と見なしてるのは……

うわ、ヤバいって、これはよっ!


あの独裁国家だ。とすると宗教的な事から言ったら、あの辺一帯立ち上がるぞ。某超大国に反感持ってるあの大国も黙ってないし、似たような独裁やってるあの問題国も便乗して暴れるぞ……おいおいっ! でっかい戦争になりかねないぞっ!!



それを直ぐさま報告する。どうすべきか、頭をフル回転させる。

言葉を交わさずとも、ブランカにもその事がわかってる。必死で考えてる様子だ。




ある妙案が浮かんだ。

もう、迷ってる時間はないっ!


「ブランカっ! 自動操縦に切り替えて、この衛星をアレにぶつける! 砲台が狙いを補正できないくらいの衝撃は与えられるハズだ。俺達は脱出ポッドで逃げる。お前はこいつをぶつける軌道を算出しろ。海上に落とすんだ。俺はポッドの射出軌道を計算する。聞こえてるな、管理指令部」


『その案を検討してみる』


「んな時間ねえよっ! こっちで全部やる。大丈夫だ、俺達に任せろ。だてに訓練を積んじゃいねえんだ」


そう答える間にも、俺はポッドの射出軌道を弾き出している……さすがだな、俺。

ブランカの奴にゃ、馬鹿馬鹿と言われるが、俺も選ばれた宇宙飛行士。

やるときゃ、やる!

(「あんたの性格が、救いようのない馬鹿だっての!」)


……できた!

お、あいつもできたようだ。

初めての宇宙で、こんな非常事態に直面して、なかなかやりやがる!


「自動操縦プログラム、セット完了。手動でこの角度に5秒だけ全開で飛ばして。その1分後に自動操縦に切り替えて。その3分後に衝突する。これなら、なんとか大西洋に落とせるハズだから」

「よし、上出来だ! こっちも入力完了。先にポッドに乗ってろ」

「了解っ。早く済ませて」

「おうっ」


まずは指定の所へ手動操縦で向かう。

……OKだ。これでもう、後戻りはできない。

彼女がセットしたタイマーで時間を確認する。自動操縦に切り替える時を待つ。



5、4、3、2、……よし、今だっ。おらっ!

(シ~ン)

って、はい!? おいっ、もしもーし。



「おいおいっ! なんで切り替わらないんだよっ!? くそっ、故障かっ? いざって時に限って……これだから最新マシンはダメだ。人力にしろ、人力に! それが無理なら、ゼンマイ仕掛けだ! くそったれがっ!!」

(どっちも無理だぞ……)



迷ってる時間はなかった。

方法は、もう一つしかない。軌道計算する時間もない。一か八かだ。


不思議と、俺はその決断を一瞬もためらう事がなかった。


 瞬時に脱出用ポッドの所に辿り着く。そこには、ブランカがハッチを開けてポッド内で待っていた。さっきまでは、宇宙服の顔の所を開けていたが、もう閉めているので表面を金で薄くコートした強化ガラスで表情はわからない。まあ、あいつの緊迫した顔は大体想像できるが。んでも、今のんびり想像してる時間はない!



俺は、そのハッチを外側から閉めた。

ロックして、ポッドの中にいる彼女からは開けられないようにする。


『ちょ、ちょっと、何やってんの!?』


近距離で有効な無線で、あいつの声が俺の宇宙服内部のスピーカーから聞こえる。


「自動操縦が効かなくなった。アレを止めるには、手動でやるしかねえ。俺がやる。お前は脱出しろ」

『う、うそっ!? そんな、そんな事って……だったら、あたしがやる。出してっ! あたしはまだ駆け出しの新人。替わりなんて幾らでもいる。経験を積んだあんたが死ぬ事なんてない!』


「初めての宇宙で、こんな事態に直面して、お前ほど冷静にやれる奴はそうそういねえ。お前の替わりになれる奴なんて、なかなか出てこねえぞ。お前はこれから、宇宙飛行士としてどんどん伸びる。俺が保証する。自信を持て。もっと自分を大事にしろ。それに……前に一回、言ったよな? 俺には親兄弟はいない。親戚とかもない。天涯孤独ってやつだ。お前は違う。悲しむ人間は、一人でも少ないほうがいい」


『な、何かっこつけてんのよっ! あんたがやっても、全然……全然似合ってないんだからっ! そんなのダメっ、絶対ダメえっ!!』


「じゃあなっ、ブランカ! いい男、捕まえろよっ!! リーチかかってんだろ?」


『だっ、誰が「リーチかかってる」ですってえっ!? 誰が「小ジワが増えてきたから、アイロンで伸ばせ」ですってえええっ!! ……って、ちが~うっ! もうっ、こんな時に何言わせんのよっ! こんな事されても、あたし、ちっともうれしくないんだからっ。ダメよ、そんなのって……』



 俺も宇宙服の顔のガラスを閉め、大急ぎでコクピットに取って返す。中でまだ騒いでいるブランカの脱出ポッドを強制的に放出してやるんだ。軌道のズレ分の補正をかけた射出プログラムを上書きする。



「(……って、おい。ちょっと待て)」


頭のどっかから、自分の声がする。

なんだよ!? 今、忙しいのっ!


「(よく考えろ、ギャラハッド。宇宙飛行士の厳しい選抜を耐え抜いた、頭脳明晰、品行方正、運動神経抜群、容姿端麗なナイスガイのお前なら、よく考えればわかる事だぞ)」


いや~、それほどでも……あるけど。


「(いいか、お前がこんな事する必要なんてあるのか? あんなの、お前のせいじゃない。この衛星をぶつけたって、あの兵器は止められないかもしれない。それに、うまくぶつけられたって、もうさっきのブランカの軌道計算通りにはいかないんだ。下手をすると、大都市に落っこちる可能性だってある。お前が余計な事をするせいで、被害が増える危険性だってある。もしかしたら、あのサテライトキャノンは途中で動作が止まるかもしれない。試作型だし、威力だってそんなに心配する程のものでもないかもしれないんだ)」


そ、そう言われると、そうかもしんない……


「(今なら、まだ間に合う。脱出ポッドで逃げるんだ!)」


う~ん、う~ん。

でもなあ、ホントにアレが火を噴いたら、シャレになんないぞお。


「(そんなの、お前の知った事か! 生きるんだ! 下で戦争が起こっても、今お前がやろうとしている事よりも、生き残れる確率は高い)」



思わず、俺は我慢できずに叫んだ。



「言いたい事は、それだけか? こんの腐れ外道があっ! 失せろっ!! このギャラハッド様はなあ、女にゃ振られっぱなしでヘコんじゃあいるが、そこまで落ちぶれちゃいねえんだっ!!」



頭の中でのこの会話も、一瞬の出来事だった。


脱出ポッドを強制発射した。

計算通り、うまく発射できた。南太平洋上に落ちてくれるはずだ。

あとは、下であいつを回収してくれるだろう。



「(さてと。今度は俺の番だ。ここで失敗したら、あいつの言うとおり、ホントの馬鹿になっちまう。やっってやるぜっ!!)」


緊急回線から、急を告げる事にする。


「こちら、ブルーパルサー。至急応答せよ。緊急事態発生」

『どうした、ブルーパルサー。さっきの脱出ポッドに乗らなかったのか!?』


「トラブル発生。自動操縦装置の故障だ。手動にて体当たりを試みる。先程のポッドに一名乗っている。回収を頼む」

『ポッド回収の件は了解した。しかし、救出用シャトルが到着するまで待て。君が独断でそのような事をする権限はない。また、君がそのような事をする義務などない』

「シャトルは必要ない。回線を切る」


この衛星を、手動モードに切り替える。

外部からのリモートコントロール回線を遮断する。


「(余計な手出しは、すんじゃねえぞっと。俺一人の命で、もっと大勢の人間の命が救えるかもしれないんだ。あんたらにとっても、悪い取引じゃねえだろ? 圧力かけられてる、あの某超大国に貸しができるんだからな)」


操縦桿に、手をかける。

大きく一つ、深呼吸する。


「推進エンジン全開っ! 補助ブースターも全開だっ! ……行けっ!!」



誤作動を続ける衛星目がけて、彼の小さな偵察衛星が突進してゆく。



「うおおおおおおっ! 俺の命、くれてやるっ!! それじゃあ、不服かあっ!!!!」



そして……見事に体当たりが命中した!

恐ろしい衝撃がギャラハッドの身を包む。


「(じゃあな、みんな。はあっ、俺の人生、こんなモンだったのかあ。んでも、結構楽しかったし、夢だった宇宙飛行士にもなれたし……ま、いいか)」


その衛星達は、軌道を逸れて大気圏に突入してゆく。




「あ!? お母さんっ、おっきな流れ星っ!」


母親が息子の声に夜空を見上げると、その時間差にも負けない程の見事な流星が一筋、夜空に大きく煌めく美しい軌跡を残して消えていった。


「ホントね。あんなおっきいの、珍しい」

「あ~あ、あれだったら、三回お願い事できたかなあ」

「そうねえ……ふふっ。でも、この前の願い事は叶ったかもよ。今日は、ハンバーグ!」

「ホントっ!? やったあ」



人知れぬ所で、命をかけてこの親子を守った一人の男が、今、夜空に駆ける星として目の前に通り過ぎていったのだった。いや、この親子だけではないだろう。その一人の男に救われた命は……



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『……ったく、ホントに馬鹿なんだから。ギャラハッドの馬鹿あ』


「(んあ!? 誰だ? 人の事、バカバカ言いやがって)」



『信じられない、大馬鹿。何が、「悲しむ人間は少ない方がいい」よっ! 少なくたってね、その人には、その人にとってはね……』


「(ああ、こいつだったか。納得)あのなあ、ブランカ。俺だってなあ、そんだけバカバカ言われりゃ、繊細なハートが傷つくってもんだぞ。起こす時くらい、爽やかに『あなたぁ、起、き、て♪』って言ってくれよ。んでないと、交替してやんないぞ」


俺が目を開けて身体を起こそうとすると、なぜか動かない。

それに、身体中が重い! 下に押しつけられる。……重力、か?

寝かされているようだ。身体を見下ろすと、包帯でぐるぐる巻きにされている!


「んなっ、なんじゃあ、こりゃあ~っ!?」

「ギャ、ギャラハッドっ!? よ、よかったあ。全然目を覚まさなかったんだからあ……ううううっ……わあああああっ」


突然泣き出したブランカが、俺の胸に飛び込んできた。

なんじゃ、なんじゃあ? 

コレは一体……って、痛い! 痛いぞっ!!


「いててててっ! お、おいっ、身体中痛いぞ、ブランカっ!」

「あ、ゴメン」


慌てて彼女は俺の胸から離れた。

ヤツの鼻水が、胸の包帯にくっついて汚い。消毒したい。


っていうか、それよりも痛い!

ヤツがその重すぎる体でのしかかったものだから、あちこち痛い!!

(「誰が重い体だっ、コラっ!」)


「おい、ブランカ。コレはどういう事なんだよ!?」


「こっちが聞きたいわよっ! あんな状況で、なんでピンピン生きて戻って来られるのっ!? ホンっトに悪運の強いヤツ。死神でも、あんたのひどい顔見て逃げ出してるみたい」

「誰がひどい顔だっ! 映画スターにも劣るとも勝らない、この美顔を……」

「『勝るとも劣らない』ならわかるんだけど……『劣るとも勝らない』って、あんた。それって自分の負けを認めてるんじゃないの?」


 おお、ツッコミは相変わらず健在だ。よくぞ気づいた。ヤツのこういう所を俺は認めてる。さりげないボケを放っておかれる事ほど、悲しいものはない。って、そんな事はいい!


「おい、それより、俺にはどうも、あんまりピンピンしてるようには思えんのだが……」

「生きてるだけでも奇跡なんだから、文句言わないのっ! 普通、跡形もなく燃え尽きてるハズなんだかんねっ」


「う……んでも、マジで教えてくんねえか? 俺、あの衛星に突っ込んだ所までしか覚えてねえんだ」


一つ大きく溜息をつくと、ブランカは腕組みをしながら語り出した。


「旧型の衛星が、あの軍事衛星にめり込んでたよね? あなたが墜落する時、その旧型の頑丈な衛星がちょうど盾になったみたいなの。その次の盾が、あの軍事衛星。大気圏に突入した時、その衛星達が衝撃であなたの衛星を包むようにねじ曲がって開いたらしいの。それがシェルターの役割になって、あなたが燃えずに済んだの」


「うおおっ!? それってなんか、すごくないか?」


「それだけじゃないんだってば。それに、落下地点もすごく回収が早くできる海洋上だった。軍の基地のすぐ近くだったの。あんたの衛星の行動は、他の監視衛星からの情報で地上では把握してたの。衝突後の初動から計算をして、大体のあなたの落下位置を割り出して、直ぐさま回収できる準備をしてた。それで海面との衝突で機体の外に弾き出されて気を失ったあなたを、海の底に沈み切ってしまう前に、なんとか救出したって訳」


「ふうん、そっか……にしても、気を失ってて、よく溺れなかったもんだなあ」


ブランカは、また一つ大きく溜息をつくと、あきれた感じで言葉を重ねる。


「宇宙服着てたから、あんたの身体に直接水は触れなかった。それでも沈んでいくけど、気を失ってて暴れたりしなかったから、酸素の消耗も少なくて窒息しなくて済んだの。あんだけの衝撃で、よくもまあ、宇宙服が破れなかったもんねえ。その宇宙服から出てた緊急用パルス波で、海中に漂う残骸に引っかかってたあなたをすぐに見つけられたって言うし……ホンっトに信じられない。馬鹿馬鹿しいくらい、奇跡が続いてる」


そう言って、つくづくとあいつは俺をジロジロ見る。



そうだったのかあ……

なんかよくわかんねえけど、すごそうな事が起きたらしい。

というか、それよりも、だ。


「奇跡ついでに、この身体中の痛みもなんとかしてくれねえのかよう……」

「贅沢言うなっ! あんだけあちこちに衝撃受けてて、それだけで済んだだけでも、ありがたく思いなさい。ちょっとの内臓の損傷と、肋骨と両足、両腕の骨折だけで済んだんだから」

「うげえっ!! そんなにかあ!? ううっ、くそう……」


ブランカは、やれやれと軽い溜息をつく。


「ま、仕方ないじゃない。かっこつけ過ぎたせいね。あんたにゃ、あんな事似合わないっての! 身を捨ててみんなを救おうなんて……ホンっトに、馬鹿」

「おお、そうだ、そうだ! 俺って今やヒーローじゃねえか? こりゃあ、どうするかねえ。こんな格好じゃあ、インタビューも様にならねえぞ」


「そういう事には、ならないの。今回の事件は極秘扱い。あんな危険な軍事衛星の存在を、一般人に知らせる訳にはいかないじゃない。公式発表では、『老朽化した衛星が、軌道を外れて落下した』って事になってる。それも『予測済みで、きちんとした対策を施した上での最も安全な処理』ってな発表。だから、あんたの事は普通の人達は誰も知らないっていう訳。残念だったわねえ」


意地悪くニヤニヤしながら、そんな事を言う性格の悪い女が目の前にいる。


「うううっ、くそう。自分じゃ、結構頑張ったんだけどよお。これを足がかりに、CMで荒稼ぎ、芸能界デビューして、末はホントの映画スターって筋書きはナシか。ちぇっ」

「あなた、そういう事が目当てで、あんな事したの? 例えば、こんな風に死んだら、高潔な英雄として歴史に名を残す、だとか」


あいつは、いきなり真面目な顔をして、俺の目をずいっと覗き込んでくる。


「う……なんだよ、ブランカ。急にシリアスな顔してよ。似合わねえぞ。お前はいつも、目をつり上げて怒ってるもんだぞ。小ジワたっぷりで」

「真剣なの。答えて。正直に。冗談は一切ナシで」


俺の挑発にも、奴はなぜか乗ってこない。いつもなら必ず反撃してくるハズなのに。

なんだか変だぞ、こいつ。


「ンな事、考えてる余裕なんてなかったよ。そんな事なんて、欠片も思いつかなかった」

「だったら、なぜ、あんな事しようと思ったの?」

「わかんねえよ。ただ……」

「『ただ』?」



そうだな……あえて言うとしたら、だ。



「ただ……なんとなく、だ」



うん。

正直言って、そうとしか俺には言いようがない。



「はあ? な、なんとなくぅ~!?」

「うん。なんとなく。冗談抜きで。真面目に。ホントにホント。死神さんに誓って」


みるみるうちにブランカの両目が、これでもかと丸くなる。

う~ん、シャレで指をそのでっかい皿のような目に突っ込んでやりたい。

でも、指が動かん。くそう。

そうだ! 息をフーッと目にかけてやれば……


俺がそのお茶目な計画を実行に移す前に、かがんだブランカは身を離して、片手を額に当てる。なんだか知らんが、うれしそうな顔をしてるぞ。


「そう……なんとなく、か。フフッ。『なんとなく』で、命投げ出して、私達を丸ごと救ったっての!? 戦争が起きるのを防いだっての!? ……あはははははっ! 馬鹿丸出しで、あんたにぴったりの答えだわ、こりゃ。あははははははっ!」


腹の底から、思いっきり笑ってやがるぞ、この女……


手足さえ自由になってたら……くそう。口しか出せるモノがない。

下半身にもう一つだけ、出せる立派なモノはあるんだが(やめいっ!)


「バカバカ言うなっ! お前、俺が身動きできないからってなあ」

「ふうっ……フフッ。あんたはね、馬鹿も馬鹿。世界一の大馬鹿者。でも、すごい人。誰もあなたの事を知らなくても、あたしがあなたのした事を知ってる。あなたの勇気を知ってる。あなたの優しさを知ってる。とっても素敵よ、あなたって」


そう囁くと、ブランカはさっと身をかがめて、俺の頬にそっとキスをした。


「おわっ!?」

「これは、あたしを助けてくれたお礼。今は、これだけにしとく」

「う゛……い、『今は』って?」


その問いに答えず、ブランカは立ち上がる。


「じゃあねっ! 明日、また来るからね~」

「お、おいっ、ブランカ! 『今は』って、どういう意味なんだよっ!?」


そそくさと小走りにあいつが病室を出てゆく。扉が閉まる。


「(何だか、ものすご~く嫌な予感がするが……まさかな)」



その後、見事に回復したギャラハッドは、宇宙飛行士としてカムバックする。


そして、ブランカとは息の合ったお笑い芸人……もとい、パートナーとして、次々と任務をこなしてゆく事になる。二人は、宇宙飛行士として数々の伝説的な偉業を成し遂げてゆくのだった。


やがて……まあ、その後の展開は、皆さんのご想像にお任せしよう。

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