19 勇者、放浪する

*****




 エレルの旧宅が原因不明の崩壊をした後、メリヴィラとルメティは、ロージアン国内を彷徨っていた。

 国から出ようとしていた二人が何故ロージアン国内を彷徨っているかというと、単純な話である。

 二人には広大な荒野を歩くための知識というものが無かった。

 魔王討伐の旅で道案内をしていたのはエレルであり、他の三人はただ馬車に乗り、あるいはエレルについて歩いていたので、知識を身に着けなかったのだ。


 かろうじて森からの脱出はできた二人はその後、森を背に歩いていたつもりだった。

 しかし、数日も歩くとまた森が見えてくるのである。

「またあの森だ! 一体どうなってんだよ!」

「こっちが聞きたいわよ!」

 二人の忍耐と精神力は限界を迎えていた。


 荒野に道はなく、陽や夜空の星で方角を見たり、人や動物の足跡や馬車の轍といった痕跡を見つけるという知恵すら回らない。

 似たような景色が続いているため、二人は無意識のうちに円を描きながら歩いていた。

 結果、森へ戻ってくる。


「まさか、あの森のあの家が、俺たちに呪いを掛けてるんじゃ」

「呪いなんてあるわけ……ないわよね……」


 呪術は魔法の一種として存在している。

 エレルもやろうと思えば出来るが、例えば「相手を殺す」という成果を得るために、「呪い殺す」という回りくどいやり方よりも「攻撃魔法で殺す」の方が手っ取り早いため、選ばない。

 そして当然、森や家に呪いなど掛けていない。

 むしろ、森を出られたのはエレルが敷いた道のお陰である。


 二人の旅路は過酷を極めた。

 食料は主に道端の草や木の実。極稀にルメティが弓矢で仕留めた動物の肉は、二人で醜い取り合いを繰り広げた。

 茸を避ける賢明さは奇跡的に持ち合わせていたが、草や木の実にも毒のあるものはある。水は多少濁っていても口にしたし、動物を適切に処理する方法を知らないため、しょっちゅう腹を下した。


「呪いだ……俺たちは呪われたんだ……」

 腹を下すたび、水が見つからない時、森に戻ってきてしまった時などに、メリヴィラはこう呟くようになった。

 ルメティはメリヴィラの言動を一々気にかける余裕もなかった。


 そんなルメティに、天啓が舞い降りる。


「ねえ、いっそ森に戻らない? あそこ、道があったわ」


 たっぷり二十日ほど荒野を彷徨ってようやく、その考えにたどり着いたのだった。




 森を目にしたメリヴィラは、急に元気を取り戻した。

 ルメティもどうにかメリヴィラについていく。

 二人はエレルが敷いた道を間違いなくまっすぐ進み、彷徨っていた荒野とは反対側の土地、つまり町のある方へ出た。


「やった、町だっ」

 およそひと月前、町でどんな目に遭ったのかをすっかり忘れていた二人であった。




 ひと月前に宿で使って以降、殆ど減っていない路銀で、二人は町外れの小さな宿に泊まった。

 宿の主人は、二人があまりに薄汚れ、やつれていたため勇者と聖弓だと気づかず、部屋に入る前に湯浴みをさせてくれた。

 湯浴みの後の姿を見て勇者と聖弓に似ていると気づくも、莫大な報奨を受け取った二人がこんなちいさな宿に泊まるはずがないと思い込み、二人を他の客と同じように扱った。


 二人は久しぶりにまともな食事を取り、ベッドで眠った。


 ここで二人が心を入れ替え、宿の主人に礼を言うだとか、魔物討伐の道でも選んでいれば、まだ救いはあった。

 平穏は五日と続かなかった。


 メリヴィラは剣士として優秀なだけあり、回復が早かった。ルメティも魔王討伐の旅路を踏破するほどには体力がある。二人は二日で元の見た目を取り戻した。

 宿の主人は流石に「こいつら本物だ」と察したが、やってきたときの姿に同情していたため、はじめは特に何も言わなかった。


 まずメリヴィラが食事の内容に文句をつけはじめた。

 安宿にしては上等な部類だが、メリヴィラは満足しなかった。なにせ城では毎食のように分厚い肉を食べていた大食漢である。

 ひもじい旅を乗り越え、温かい食事と寝床を得て調子を取り戻したことで本性が現れたのだ。

 ルメティの方は部屋の設備の細かい部分をちくちくと指摘し、宿代を安くしようと交渉を持ちかけてきた。

 交渉は宿の主人の「でしたら他の宿へどうぞ」という一言ですぐに終わった。

 二人は金を稼ぐことを一切しなかったため、他の宿へ移る余裕もなかったのだ。


 度重なるクレームや傍若無人な振る舞いに、温厚な宿の主人もとうとう堪忍袋の緒が切れた。


「出て行け!」


 どんな相手でも快よく泊める、町の良心と言われていた宿から叩き出された男女を、往来の人々ははっきりと見た。

「げ、穀潰しじゃん」

「親父さん、あんな奴まで泊めてやってたのか」

「あの親父さんが追い出すって相当だぞ」

 メリヴィラとルメティは思い出すのがいつも遅い。

 二人はここへきてようやく、以前町でどんな目に遭ったのかを思い出した。

「一旦町を出よう」

「ええ」

 二人は再び、町の外へ出た。



 行くあてのない二人は、藁にもすがる思いで城を目指した。

 一度は断ったが、城で剣や弓の指南役を打診されていたのである。

 こちらから「やってやる」と言えば、雇ってもらえるのではないかと考えたのだ。

 それに、城ならば道は知っているし、大きな建物だから見失う心配もない。


「貴賓室は流石に無理だろうが、あのエレルだって城に住んでたんだ。どこかしら部屋はあるだろう」

「そうね」

 どこまでも楽観的な二人であった。





*****




 転移魔法を使って城の出入り口まで行くと、兵士が男女二人組と何やら揉めていた。

「指南役ならば間に合っております」

「じゃあ別の仕事! 何かないのか? 俺は勇者だぞ!」

「ですから、いまは取り込み中でして、お返事に時間が……」

「時間かかってもいいから、とにかく入れろ!」

「許可がないことには」

「どうしてよ! この前まで勇者だ聖弓だって持て囃してたじゃない!」


 聞き覚えのある耳障りな声だ。

「エレル様、あれは」

「メリヴィラとルメティだな。カンクスの姿が見えない。ま、いい。もう僕には関係のない人たちだ。でも兵士は気の毒だな」

 魔王を作り出したこの国のことはどうかと思うが、一兵士に罪はない。真実など一片も知らされていないだろう。

 僕は隠蔽魔法を使って姿を隠し、メリヴィラとルメティを魔力のみで小突いた。

「うわっぷ!?」

「きゃ!」

 二人は仰向けに倒れ、目を回した。

 魔力と魔法は自在に扱えるようになったと思っていたのだが、細かい威力調整にはまだ難があるな。

「なんだ?」

「今のうちに外へつまみ出せ」

 突然ぶっ倒れた二人を見て呆気にとられていた兵士たちが動き出し、二人は無事、城門から離れた場所へ投げ捨てられた。


 さて家に戻ろうかと歩き出した時、城門から階級の高そうな兵士が出てきた。

「すぐに城門を閉鎖しろ! 賢者と第三王女殿下がいなくなった!」

「なっ!? は、はいっ!」

 もう身代わりがバレてしまったか。

「早かったっすね」

「ああ。チュアとキュウは先に家へ……」

「嫌です」

「嫌っす!」

「あのな、僕はこれからこの城の秘密を探りに」

 危険なことをするのは僕一人でいいというのに。

「私はこの国の王女です」

「勘当してくれと手紙を置いてきたんじゃなかったか」

「陛下の話しぶりから、手紙は無視されていると判断しました。私はまだこの国の王女です。見届ける義務があります」

「チュアはわかった。キュウは?」

「おいらは妖魔っす! 魔王が妖魔なら、おいらも無関係じゃないっす!」

「……わかった。但し、僕から離れるなよ。どうしても危なくなったら、強制的に転移魔法で家まで飛ばす」

「はい!」

「はいっす!」


 僕は城中を探索魔法で探った。

 魔法と言ったが、魔力をほぼそのまま使う。

 魔力を流し込んで物体の位置を調べ上げ、頭の中で組み立てていくのだ。

「チュア、この城は何階構造だ?」

「一番高い塔で地上七階、厨房に半地下の倉庫と、武器庫に地下室があります」

「地下は一階分と聞いているわけだな?」

「そのとおりです」

「じゃあ、地下七階があるというのはおかしいな」

「そんな地下があるなど聞いたことがありません」

「怪しいな。行くぞ」



 地下への入り口は、玉座の真下にあった。

 玉座の間では国王が「チュアを探せ!」と大声で叫び、宰相が宥め、他の重臣たちが右往左往している。

「今日中に見つからねば、そなたらは全員打首じゃ!」

「それはやりすぎです、陛下。国が回らなくなります」

「チュアが見つからねば同じことじゃ!」

 隠蔽魔法で僕とキュウ以外には姿の見えないチュアを見ると、チュアは渋面を作って国王を見ていた。

「あれが父だなんて……」

「大事にされてるじゃないか」

 僕が冗談を言うと、チュアがはた、と何かに気づいたように顔を上げた。

「いえ、私はどちらかといえば、放任されていました」

「詳しく聞いてもいいか」

「エレル様でしたら構いません。掻い摘んでお話しますね」


 チュアの王位継承権は第一位。国王と正妃の間にできた唯一の子だからだ。

 チュアが生まれる前までは側室の子らにも継承権があったが、チュアの誕生によって継承順位は大幅に変動した。

 当然、側室の子たちは面白くない。彼らはチュアに冷たく当たった。


 元継承権第一位だった第一王子は既に成人していたため、城の人事に口を出し、チュアには一人も侍女がつかないことになった。

 食事は別々ならまだマシな方で、時には用意されないことすらあった。

 そのため、チュアは自分のことを自分ですることができ、料理も得意になったのだ。


「その王子とやらは何処だ。一回殴る」

「既に隣国へ婿入りしていてこの国にはおりません」

「隣国ならすぐだ」

「エレル様の手を煩わせるほどのことではありませんよ。それに、お陰で私はエレル様に料理を食べていただけるのですから」

「それは結果論というものだ。チュアを虐げたやつは一人残らず許さん」

「……ありがとうございます」

「?」

 チュアに礼を言われる理由がわからず首を傾げると、チュアは口元に手を当てて笑いを押し殺した。

「私のために怒ってくださって、嬉しいのです」

「なるほど。僕の時は礼を言っていなかったな。ありがとう、チュア」

「い、いえ……」

 改めて礼を言うと、チュアは今度は顔全体を手で覆った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る