ラブレターを書いてみた(3)

 ◆


キミとの新しい一年の始まりに、ラブレターを書いてみます。 キミの好きな空色の封筒に、ワタシの好きな猫の便せんと肉球のシールで。 ラブレターを書くのはとても難しくて、いまだにどうすればキミへの想いを正しく言葉にできるのか分かりません。 便せんの余白まで使って文字をしきつめるのばかりうまくなってしまいました。 こんなことならいっそ紙の表裏を全部『だいすき』の文字で埋めてしまったほうがいいのかもしれません。 それは少し怖すぎるかもしれませんが、でも、そうしてもやっぱり書き足りないくらいに大好きです。 冗談めかしてみても、素直に気持ちをつづってみても、洒落たたとえで表現しようとしてみても、どうしてもキミへの想いを書き尽くすには足りません。 もしかしたらワタシの才能では、キミへの想いを書き尽くすのに世界中の紙があっても足りないのかもしれませんね。 そうだとしてもワタシは書きます。 キミへ伝える思いを、ここに。


三百六十五日ずっと大好きなキミに。

三百六十六枚目のワタシより。


 ◆


 気が付けばラブレターを書き始めて一年が経っていた。私と彼女は三年生に上がって、だけど日々に変わりはない。


 教室で読書をしていると、廊下のほうからどたどたと足音が聞こえてくる。すぐにピンときて、読んでいた小説にタンポポのしおりを挟んだ。


 残念なことに、私は彼女とクラスが分かれてしまったのだ。そのうえ私は日直だったので、少し早出だった。


 待ち受けていると、突如として襲いかかってきた恐るべき襲撃者が銃口を向ける。


「うごくな! 手をあげろ!」

「ひぃい、おたすけをー」

「ばきゅーん」

「なぜに!?」


 私は新学期早々撃たれて死んだ。ぐわぁ。

 高三にもなってこんなことしてていいんだろうか。


 さておき、どうやら彼女はクライムアクション的な映画を見たらしい。なにせすぐに影響されてしまうから、こういうことは日常茶飯事だった。

 だけどなんとなくいつもよりテンションがちょっと高い……かも?


「なにかいいことあった?」

「んふふー」


 なんだその満ち満ちな笑いは。

 首をかしげていると、彼女はじゃじゃん、と、?


 なん、でそれ、それ……ッ!


「これ、なんだと思ぉ?」

「ら、ぶれた、ぁ?」

「やっぱりそーだよね!」


 彼女が持っているのは水色の封筒だった。

 水色の封筒。便せんはもちろんここからじゃ分からなくて、そして……あれ? ハートのシール……?

 これ、私のじゃない。

 あ、ああなんだ。びっくりした。

 ……いや待って。

 ということは彼女は誰かからラブレターをもらって。それで、こんなに喜んでる……?


「ま、まあ分かんないけどね? よ、読んでみたの? 呼び出しとか?」

「うんっ! えへへ。ほーかごまで待ちきれないかも!」

「ち、ちなみに誰からもらったの? 心当たりとかある、の?」

「ふふふ……さぁー。下駄箱入ってたからわかんなーい」

「へ、へぇー」


 今時そんな古典的なことする人が実在するという衝撃。そして話すたびに彼女が嬉しそうに見えてどうしようもなく動揺する。


「どっ、もし、もしもだけど、それがほんとにラブレターだったら……どうするつもり? いや参考までに」

「どーしよっかなぁー。うふふ、それはじっさいにお手紙の人と会わないとわかんないかなぁ」

「そ、だよ、ね」


 どうする?

 どうすればいい?

 どうするってなんだ、私になにができる? 私は違うんだ、渡さないために書いてる、だから、ああ、だからこういうことだってありえたはずなんだ。それなのに今更私がなにをするんだ。

 彼女がこんなにも喜んでるのに、私に、なにができるんだ……?


「……おめでと、シズク」

「? ユイ?」


 混乱する気持ちを、閉じ込める。

 いつもやっていることだった。

 私はラブレターを書いているから、彼女への想いなんて簡単に閉じ込められるのだ。


「ねえユイ、これ―――」


 そのときチャイムが鳴る。

 なにか言おうとした彼女を私は無理やり教室に帰した。シールなんてちぎれてしまいそうだったから。

 だからその日、私は徹底的に彼女を避けた。

 彼女は無理に話しかけようともしないまま、やがて放課後になって、私は振り返りもせずに帰った。


 ◆


 、 ―     、  ‘     

 …ぶ        .

        、

  .        が


かけない

かきたくない


 ◆


 なんどもなんども書いては消して、それでもなにも書けなかった。書きたくないんだ、なんにも。初めからこうあるべきだった。書くべきじゃなかった、ラブレターなんて。彼女に恋なんてするんじゃなかった。


 彼女と親友でいたいんだ。

 それなのに邪魔をしようとする気持ちをどうにかしたかった。あふれ出したら最後、きっとすべてを変えてしまうから。

 だってそうだろう。

 普通の友達だと思っていた人から、実は恋愛的にも、性愛的にも見られていると知ったら誰だってショックを受ける。彼女は優しくて、無邪気で、そして繊細だ。たったひとりの親友にそう見られていると知ったら柔らかく死んでしまう。きっとそうだ。だからダメなんだ。閉じ込めておかないといけなかった。


 でも、でもそれじゃ足りないんだ。

 彼女が幸せであることにこんなに動揺するようじゃ。

 全部なくせ。

 閉じ込めるなんて中途半端なことじゃ足りない。

 殺してしまえ、こんなもの。

 引きずり出して、びりびりに破って、二度と修復できないほどにまき散らして、全部まぜこぜに捨ててしまうんだ。


「ユイッ!」

「来ないでっ!」


 だから彼女が部屋の扉を開いたとき、ワタシは叫んだ。

 降り落ちる便せんの向こうにいるキミはまるであの雪の日みたいだった。そんなことを回想する脳が邪魔だと思った。


 ワタシは笑う。


「来ないで? 今ね、もう少しなの。もう少しで、全部なくなるから」


 そうしたらワタシはまたキミの親友になれる。

 キミの幸せを祝福して、からかったりできる。

 ワタシはキミを愛したい。

 そのために、ワタシはこの愛を捨てるのだ。


 そうとも。


 だからワタシはラブレターを書いた。

 こうすれば、ほらね? 簡単に破り捨てられるから。


「ユイやめて、おねがい、ユイ!」

「心配しないで。すぐだから。もうすぐ―――」

「ユイからだとおもったの! このおてがみ!」

「……ぇ」


 見下ろす。

 彼女は私を見上げている。

 その手には青い封筒があって。


「ユイたまにおてがみ見てて、カバンの中に、なんだろーって思ってて、だからっ、だから今日下駄箱に入っててびっくりして、でもうれしくて、わたしユイにこんな風に想われてるんだって思ったらうれしくて、だけどちがくて、わたし、」

「ま、って、待って。え。私、の?」


 いつから知ってた、っていうかうれしい?

 彼女が持っているのはラブレターのはずだ。

 それを私からもらったら彼女はうれしい、のか?


 困惑するしかない私に彼女は、ぐっ、と俯いて。


「ごめんなさい……わたし……ユイのこと、好きなの。お友達としてじゃなくて……」

「す」


 き?


 は、え、は?


「でもユイ……あのね……わたしが誰かにこういうのもらうの、ユイはイヤだって思ってくれたんだよ、ね?」


 彼女が顔を上げる。

 涙にきらりと光る瞳は、どことなく、嬉しそうでもあって。


「う、ん」

「それって……きたいして、いい、の?」

「き、きたい、?」

「うん……ユイも、おんなじ気持ちなのかな、って」


 おんなじ気持ち。

 彼女と。

 えっと、彼女は私のことが好きだから……え。

 は?

 私がラブレターとか書いて必死に閉じ込めてた言葉を、この状況下とはいえなんでそんな簡単に口にできちゃうんだ? え私が間違ってる? あれ、っていうかこれ、えっ、私告白されてる?


 え。

 え?


「ユイ……」


 彼女は目を閉じて、そっと顔を上向ける。

 私の閉じ込めていたものが徹底的にぶちまけられた部屋の中で、私が求めてやまなかったものが、想像さえできなかった形で目の前にあった。


 だとすれば私の答えは決まっていて。

 あとはただ、これからの未来を変えるための、ほんのささやかな勇気だけだった。


 そんなものがあれば私はこんなんじゃなかった。

 ああ、私はこんな状況でも恐れて、怯えて、一歩後ずさって。

 だけどその足が思い切り、散らばった紙で滑ってしまう。そのまま勢い余って彼女の方に思い切り掴みかかるみたいになると、彼女は真っ赤になって唇を突き出して、目の前に彼女の、彼女が、かの、かのじょ、が、


「す、好きだよ。大好き」


 積み重なった想いが強引に進ませた一歩だった。そう思ったら自然と私は彼女を受け入れていた。どうせもう変わることは避けられないんだ。だったら、今よりずっと、もっと、すてきな明日に進みたい。

 


 ◆


ちょくせつ言うのはハズかしいから、お手紙を書いてみました。


わたしはあなたがダイスキです!!!


ずっとずっと言いたくて、だけどあなたにイヤって言われちゃったらきっとわたしは生きていけないと思うから言えませんでした。

あなたは知らないかもしれないけど、わたしってほんとうにあなたがダイスキなんです。

でもね、今はとってもしあわせだよ。


ダイスキ♡


でぃああなた♡

ふろむわたし!


 ◆


「……なにこれ」


 翌日、彼女はやってくるなり手紙を渡してきた。

 猫ちゃんの封筒をハートマークのシールで留めて、便せんは柔らかな空の色だった。


「ラブレター! わたしも書いてみた!」

「いや分かるけど……」

「じゃあ今度はユイの番ね! 見せて?」

「そんなの聞いてないけど」

「え? でも、あるでしょ?」

「……あるけど」

「んふふー」


 ご満悦の様子で笑う彼女に。

 私も笑って、カバンからそれを取り出した。


 キミが好きな空色の封筒に、ワタシの好きな猫の便せんと肉球のシール。


 彼女はにまにまと受け取って私の想いを言開く。

 目を見開いて、食い入るように。笑って、真っ赤になって、目を潤ませる。


 そんな彼女を見ているのはとても飽きる気がしなかった。惜しむらくは三百六十五枚を台無しにしてしまったことだけど……まあいいや。

 次の三百六十五枚で、これまでとこれからの、全部の大好きを届ければいい。

 きっと内容には事欠かない。

 そのための練習もみっちりしてきたのだから。


 さあ、ラブレターを書いてみよう。


 今度はちゃんと、届けるために。

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