ラブレターを書いてみた(2)
◆
キミとトモダチになってからちょうど十年というこの記念すべき日に、キミに想いを伝えさせてください。
大好きです。
はじめて出会ったときにかわいい子だなって思って、気が付いたら好きになっていました。 好きになったきっかけを思い出そうとしたらいつも違う理由が浮かびます。 にこりと笑うときにほっぺがふっくらと目立つから、面白いことを見つけてワタシに教えてくれるから、お手洗いでハンカチを貸してくれたから、そのハンカチからキミのにおいがしたから・・・きっとキミといるすべての時間が大好きで、キミといればいつもキミのことを好きになるんだと思います。 そんなキミを、これからもっと好きにさせてください。
大好きで大好きなキミに。
百枚目のワタシより。
◆
ちりも積もればなんとやらというもので、百通も手紙を入れていればGUの紙袋にも重みを感じ始める。
彼女を部屋に迎え入れるために袋をしまおうと思って驚いた。改めてのぞき込んでみると、あんがいしょぼい見た目ではあったけど。
ふたりで家で遊ぼうと思ったときは、基本的には彼女の部屋になる。単純に広いし、ウチは両親があまり家にいなくておもてなしができないから、と小学生のころ母さんに難色を示されたせいで、なんとなく。
とはいえもう私だって高校生だし、彼女をおもてなしすることにかけては彼女の親にだって引けを取らないという自負があった。
それに今日は彼女の誕生日だ。
家では今まさにサプライズパーティを準備中らしいから、その間は私が彼女を独り占めというわけ。
「今年はパパとママお休みとれたから張り切っちゃってるの。たのしみだなー、サプライズ!」
「サプライズとは」
私が普段眠っているベッドに腰かけて、足をプラプラ笑う彼女。ノースリーブのブラウスにショートパンツとかいう布面積の狭さが目に悪い。
ううむ……
座布団に座ってたら、むにっとつぶれた太ももとパンツの隙間をチラ見しそうになったので、彼女のとなりに移動することにする。
にこりと笑った彼女は意味もなく私の膝に頭をのっけてじゃれるように私の手をもてあそぶ。
その指先と絡んでみたり、ほっぺをもちもちしてみたりすると彼女はきゃっきゃと無邪気に笑った。
一生こうしていたいくらいの気分だったけど、せっかくの記念すべき日までいつも通りにするのはもったいない。
「あ、ごめんちょっとお手洗い行くね」
「んぉー、いてら」
「こなきじじいか」
「おんぎゃおう」
独特な泣きまねをして抱き着いてくる彼女をひどく名残惜しいけど引っぺがす。
そのまま部屋を出ようとして、扉を閉じる前に振り向いた。
「ああ、一応言っとくけど押し入れ開けないでね」
「? うん」
はてなマークを浮かべながらもうなずく彼女。
絶対だよ、と念押しして部屋を出てから、軽い足取りでトイレに行く。
そして戻ると、彼女は床に座って紙袋を前にしていた。
押入れが開いていて、そこにしまってあったはずの紙袋を前にした彼女が、まん丸に見開いた目で私を見上げていた。
「あーあ、見ちゃったんだ」
「こ、これっ、ああああのあのえとえとあのえと」
「取り出してよく見てみたら?」
「う、うん」
彼女はそして―――紙袋からデカい水色のクマを取り出した。
抱きしめるくらいのサイズがあるそれは、首から『HappyBirthday!!』というプラカードを下げていた。昨日徹夜でレタリングしただけあってかなり見事な出来栄えだ。
彼女の最高にかわいい間抜け面と一緒にパシャリと撮っておく。
「ハッピーバースデー」
「わぱぁあああ!」
どういう鳴き声なの?
クマもろとも飛びついてくる彼女を気合で抱き留めて、私は笑う。
さて、ここから怒涛のサプライズ祭りだ。
ご両親には悪いけど、彼女を一番喜ばせられるのは私っていうところを見せてやる。
◆
キミが祝ってくれるこの誕生日なら、きっと勇気が出ると思います。 だけど直接口にするのは恥ずかしいから、こうしてラブレターを書いています。
大好きです。
この気持ちは、キミが向けてくれる親愛よりも、きっと自己中心的なものです。 だってワタシは、キミにもっと触りたいと思っています。 一緒に過ごす以上のことを、求めてしまう自分がいます。 無邪気にワタシに身体をあずけてきたりするキミのせいで、たまにどうしようもなく途方に暮れることがあります。 もっともっと触れたい、近づきたいのに、それはどうしてもできないから。
P.S
実はキミの仮装に少し心当たりがあります。 もし予想通りのものを今着ているのなら、なるべくなにか羽織ってくれると心が休まります。 おねがいなので。
でもちょっとそういうのも大好きなキミへ。
二百九枚目のワタシより。
◆
誕生日がクリスマスと重なって祝われない、というパターンはよく聞くけど、誕生日がハロウィンと重なって毎年仮装パーティとブッキングするのはレアだと思う。
だとしたら私はウルトラレアだろう。
というのも、毎年彼女と一緒にふたりだけの誕生日仮装パーティが開催されるからだ。いや、まあ二人だけになったのは中学生に上がったころからなんだけど。
「……」
そして今私は、とても落ち着かない気分で待っている。
彼女の部屋の中でドラキュラ伯爵の仮装をしている、というのもまあ理由のひとつなんだけど、もしかすると今まさにお着換え中の彼女の仮装がマズいかもしれないのだ。
彼女はたぶん―――ミイラだ。
なにせ謎の大胆不敵さとこだわりを持つ彼女なので、こう、全裸に包帯とか巻いてきてもおかしくはないというか容易に想像できてしまうというか……うぐぅ。
だって昨日机の上に包帯だけおいてあるの見たし。
もはやミイラ。むしろミイラ。ミイラでしょもう。
私がどういう思いでほんとにもうほんと、はぁあーあ、ラブレターがはかどるよもう。
ああそわそわするー!
!
足音だ。
足音……? いやこれなんだ、なんか変な音する。
「おーまたせー!」
果たして飛び込んできた彼女は、足に包帯を巻いて松葉杖を突いて病衣を着た―――ようするに、まるで病院から抜け出してきたかのような風体だった。
なるほど包帯はそういう……あと変な足音の正体は松葉杖だったのか……
「じゃじゃん! どぉだー!」
「ああうんいいんじゃない」
「うっすー! はんのーうっすー!」
ぶぅぶぅ文句垂れて、いかに仮装にこだわっているのかを教えてくれるけど、こっちは拍子抜けというかなんというかでそれどころじゃなかった。
なんでこんなにがっかりしてるんだ私……
「もぉー、じゃあ次ね! 次は絶対びっくりさせるから!」
「え、次? 待って次ってなに?」
次?
今度こそミイラ……? いや期待しすぎか? いやいや期待じゃなくてこれはあくまでも危惧であってもうほんとほんともうああああああ!!!
◆
今日という日を一緒に過ごすこと、キミはもしかしたら少しだけ期待してくれているのかもしれません。 それともいつもどおりのことだと意識さえしていないのでしょうか。 だけどワタシはずっと、キミと過ごすことのできるこの特別な日を待ち望んでいました。
大大大大好きです。
キミはきっと、ワタシがどんなに喜んでいるのか想像さえできないでしょう。 キミがこの日にワタシのそばにいてくれることを、ほかの誰でもないワタシだけを選んでくれることを、ワタシがどれだけ幸福に思っていることか。 これを表現するための言葉を探すのはとても難しいことです。 合格発表の日よりも、席替えでとなりの席になったときよりも、ずっとずっと嬉しいんですから。 キミにとっては特別な普通の日でも、ワタシはきっと永遠に忘れない。 いつか、いつかキミにとってもそうなってほしいと、そうお願いをしたら、星はかなえてくれるのでしょうか。 なんて、それはプレゼントにしてももらいすぎですね。
特別で大好きなキミへ。
二百六十一枚目のワタシより。
◆
「あ、」
彼女が足を止めた。
繋いでいた手に引かれるように振り向くと、彼女はなぜか寄り目で自分の鼻を見ていた。
「どうしたの―――ああ」
「えへへ、ふってきたね」
「うん。どおりで寒いと思った」
ちらほらと、白が揺れては、落ちていく。
雪だ。
はじめは意識しないと気が付かないようなそれは、立ち止まって眺めている間に、みるみると世界を白く染めていく。
月が降り落ちるような白を、コートの上から彼女はまとう。吐き出す息がきらきらと光って見える。ほんの一瞬前までロマンティックに感じていたはずのイルミネーションの明かりが目障りなくらい、彼女はただ、きれいだった。
「傘、持ってくればよかったかな」
「でもきれいだよ? ちべたいけど」
「そうだね」
雪に甘えて彼女に寄り添う。
彼女も当たり前のようにそうしてくれる。
赤くなった鼻先に、白い雪がつんと乗っかった。
「つもるかなー」
「ぼんやりしてたら埋まっちゃうかもね」
今度は溶けてしまわなかったそれを吹いて飛ばす。
驚いた彼女がびくっと震えて、その拍子に、ほんの少しだけ唇が鼻先にかすめた、気がした。
彼女に気にした様子はない。
私は彼女の手を引く。
「行こうか」
「うんっ」
今日のためにふたりで予約してあるクリスマスディナーはもうすぐそこだ。さすがに屋根のあるところに入りたい、
雪を一番楽しめるのはやっぱり暖かい室内だと思う。
眺めているだけならこれは冷たくもなければ溶けたり汚れたりもしない。ただ、きれいなだけのものなのだから。
◆
ひとりでいるとき、なにげない瞬間にふとキミの面影を見つけると、胸がチクリとうずきます。 キミとの思い出はワタシの心臓の奥にあって、取り出すときにはいつも少し、心臓をかすめてしまうから。 そして吹き出した熱が胸を満たして、口からあふれ出しそうになってしまう。 まっかっかな、ワタシの熱でドロドロに溶けた大好きをあなたにぶちまけてしまいたくなる。 だけど同時に指先から冷えて震えが止まらなくなるような、そんなさみしさも感じるのです。 大好きなキミがそばにいないことが、たまらなくさみしくなって。 凍りついた指先を、やがて冷えて固まってしまう心臓を、キミの熱で溶かしてほしいと願ってしまう。 会いたい。 会いたい。 会いたい。 それとも本当にこの想いを伝えれば、こんなさみしさとはさようならできるのでしょうか。 会いたいと思ったときには、キミに会いに行ける、そういう権利を手に入れられるのでしょうか。
心臓が鳴りやまないほど大好きなキミに。
三百十四枚目のワタシより。
◆
ここ二週間くらいポエミーに挑戦して、やっぱり自分の才能のなさを実感するラブレター。
そんなこんなしている間にバレンタインデーがやってきた。
毎年バレンタインデーは彼女とチョコレートのお菓子を作っていたんだけど、今年はなんと独り立ち宣言をされてしまった。
「いつまでもおんぶにだっこのわたしじゃないよ!」
むむんと胸を張って言うその姿にはそこはかとない不安感があったけれど、ともかくその勢いで押し切られてしまって、結果私はひとりでチョコレートと向き合っていた。
別々で作るとはいえ、食べるのは一緒だというのだからもちろん手を抜くつもりはない。むしろ普段気を取られる彼女のフォローがない分より本気で挑めるというもの。
飽き性な私は、だからこそむしろ思い立ったときの集中力は我ながらあきれてしまうほどだ。
いっちょ集中してやってみようかな。
―――なんて思ったのがほんの四時間前。
私の前には生チョコ、トリュフチョコ、チョコムース、あとは焼くだけのフォンダンショコラにチョコレートブラウニーなどなど……バカなのかなっていうくらいのチョコレート菓子が立ち並んでいた。
それもすでにバカなんだけど、それらに囲まれてひときわ存在感を放ってるのが特大ハート形チョコレートだ。
ご丁寧にチョコペンで『ダイスキ』とまで書いてある。しかもハートマークまで添えてだ。いつぞや磨いたレタリングスキルはこういうときにも役立ったらしい。
いや、他人事みたいにしてるけどこれ私が作ったんだよな……さすがに渡せない。こんなもん渡そうものならラブレター書いてる意味がないし。
「ひゅう、お熱いねぇ。初夜かい?」
「うるさい」
からかってくるお母さんをしっしと追い払って、さてどうしようかなこれ……
「―――おいしー!」
「それはよかった。まあ食べきれなかったらまた持って帰ってもいいから」
「うんっ!」
にこにこと笑った彼女はホットチョコレートをごくごく飲んで口にひげをつける。まあ見ようによってはそれもハートマークみたいなものだろう。なんてね。
口元を拭いてあげると元気にお礼を言う女児な彼女はチョコレート菓子をもぐもぐ食べて、私はそんな心地いい食べっぷりを眺めながら小さな箱を手慰む。
彼女が作ったチョコレート。
どうやら失敗に失敗を重ねてようやく作り上げられたらしいそれは、ほんの二粒のシンプルなものだった。
涙目で渡してきたときはびっくりしたけどとても丁寧に仕上がっていて、あまりにももったいないからまだあと一粒は取ってある。
さてこれはいつ食べようかななんて、そう考えるだけでもラブレターが埋まりそうだった。
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