ラブレターを書いてみた(1)
新学期なのでラブレターを書いてみます。 キミの好きな空色の封筒に、ワタシの好きな猫の便せんと肉球のシールで。 きっとふうとうから溢れてしまうくらいめいっぱいになると思って書き始めてみましたが、どうやらワタシには文才がないようです。 ペンを持ってみるとどうにも言葉が思いつきません。 なんて言い訳を書いているうちにもう空白がなくなってしまいそうなので、やっぱりワタシには文章を書く才能はなさそうです。
大好きなキミに。
一枚目のワタシより。
◆
ラブレターを書いてみた。
初めて書いたそれはあまりにもへたくそで、とても読んでいられないようなものだった。
けどどのみち渡すつもりもない。
むしろ渡さないためにこうして形にしているのだ。顔を見るたびついついあふれてしまいそうな言葉でも、封筒に入れてシールで留めておけば勝手に外に出ることはないから。
そうすれば、彼女とは親友のままでいられる。
「へーいまいはにー」
「おーぅきゅーてぃーおういぇ」
いったいなにに影響されたのか、妙にバタ臭い表情でハグを求めてくる彼女に応えて腕を広げる。
……なぜこない。
これじゃクマの縄張り争いだ。
動いたほうがやられるのか。
「……ていや!」
と思ったら小さな彼女は胸に飛び込んできた。
ちょっとカールした茶髪が遅れてついてきて、ふわっと甘いにおいが広がる。にぃー、と、まるでいたずらに成功した女児のような満面の笑顔で見上げられると、抱き返さないではいられなかった。
「ぐっもーにん!」
「おはよ」
「ぐっ! もーにんっ!」
「はいはいぐっもにぐっもに」
おざなりな返事でも彼女はあっさり満足して離れていこうとするけど、私は許さなかった。彼女ははてなと首をかしげて、だけどすぐににこにこ笑って抱き返してくれる。
登校早々私をラッキーな気分にしてくれる彼女こそが私の手紙の届け先……届けない先?
どうやら海外の映画を字幕版で観たから『いんぐりっしゅぺらぺーら!』(原文ママ)の気分だったらしい。
彼女はすぐなにかに影響されてころころと気分が変わる。それに合わせて表情もころころ変わって、まったく見ていて飽きさせない。
すぐ面倒くさくなってあきらめてしまう私が思うのだから、それってすごいことだ。
そういうところも、好きだった。
朝の一幕だけでそう思わせてくれる彼女には、だからやっぱりラブレターを書くことにする。
◆
今日登校しているときに、ふと、散ってしまった桜の花をさみしく思っていたことを思い出しました。 今はもう名残もなくて、そんなことにも慣れてしまって、もとからそういう場所だったんだな、というくらいに自然な並木道です。 なんだか時の流れは残酷なんだなと思います。 でもきっとワタシはキミのことをずっと好きで、もしこれをなくしてしまったらとても慣れたりできないと思います。 それくらいに大好きで、これからもずっと大好きでいたいです。 どうかあなたもそうであってほしいと、そう思うのはわがままでしょうか。
桜より大好きなキミに。
七枚目のワタシより。
◆
一日一枚ラブレターを書く―――そんなことを続けて一週間が経った。ラブレターをまとめているクリアファイルは順調に育っていて、ひとまずGUの紙袋を保管場所にしておいた。
ラブレターを書くことは私にたくさんの素敵な変化をもたらした。私は彼女の好きな場所を自分から探すようになって、彼女のことをもっと好きになれて、日々のささやかなことにも幸せを感じるようになった。
それなのに、関係は変わらないでいられる。
最新のラブレターをカバンの底に入れてあるだけで、私は素直に大好きを想ってもそれを隠していられる。
望むままのいつもどおりの毎日が新しいルーティーンのおかげでより輝いてくれている。そんなことってないだろう。
最近はラブレターにも慣れてきて、季節感を意識してみようとか、そういうしゃれっ気を出そうと練習中。読み返すと気恥ずかしすぎるから、二度とやらないかもだけど。
「じゃんっ」
と言って彼女が見せつけてきたのは黄色く咲いたタンポポだった。
なんだこれ、と思って顔を見てみると、相変わらずにまーと楽しそうに笑っている。
「咲いてた!」
「ふぅん……?」
だからって持ってくる子がほかにいるだろうか。
受け取ってみると彼女はむふーと満足げに鼻息をはいて、私の机に顎を乗せてタンポポを見上げた。
「わたげ好きなんだぁ」
「千切っちゃったけど」
「そうなんだよね……どうしよ」
「どうしようもないんじゃないかな」
さすがに茎をテープで引っ付けてどうにかなったりはしないだろう。アロンアルファならいける……わけないよね。
「そっかぁ……」
どうやら彼女はタンポポの未来を奪ってしまったことがたいそう悲しいらしい、花がしおれるようにしょんぼりとしてしまう。おかげで私はあわててフォローを考えないとだった。
「あー、まあこれは押し花とかにしてさ。ほかにも咲いてるだろうから、そっちがわたげになるのを待てばいいんじゃない」
「咲いてたかなぁ」
「咲いてるよきっと。帰りに一緒に探そっか」
「そうする!」
タンポポの花を押し花にする役は彼女が率先して引き受けてくれた。適当に言ったけど、タンポポみたいに薄っぺらくない花って押し花にできるのかな?
◆
キミに会いたい。 ぎゅっと抱きしめて大好きと言いたい。 なにげないことを話して笑いたい。 キミの好きな音楽をきいてみたり、キミが行っているところの写真を見たりしてさみしさを紛らわせるのもなんだかむなしく思えてきました。 会いたいです。 会いたい。 もしもキミと二度とはなれなくてよくなるのなら、ワタシはきっとなんだってできると思います。 それくらいにキミとはなればなれでいることはさみしいです。 家族団らんで旅行を楽しむキミはスマホもあまり見ないから、キドクが付く付かないに一喜一憂してしまいます。 あんまり力をこめすぎたせいで画面われました。 少しはキミもワタシと会えないことを悲しんでくれていますか? 会いたいです。
さみしくって大好きなキミへ。
三十枚目のワタシより。
◆
「ただーいまー!」
「おかえり」
久々に会った彼女は、いつもよりふわふわで甘い香りがした。どうやら昨日はあまりにも疲れすぎていたから、お風呂は今朝に回して眠ってしまったらしい。
記念すべき一か月目のラブレターに恨み言を並べ立てたりして待ち遠しく思っていた私の一方で、彼女は優雅に朝風呂なんて満喫していたわけだ。
「なにして遊ぶ?」
「どうしよっかな。とりあえず旅行の話でも聞かせてよ」
彼女と会う(しかも彼女の家で!)ことにばかり急いていて何をするのか全く決めていなかった。
せっかく久々に会うんだから、どこかに遊びに行くとか、それとも盛大におもてなしをするとか、そういうことを考えておけばよかった。
だけどそんな後悔もすぐになくなってしまった。
「あのねあのね、それでママが―――」
彼女といつものような日を過ごす、それこそが一番素敵なことなんだ。
そうやって変わらず、特別な毎日がこれからも続いていくことが、一番素敵なことなんだ。
ああこの想いを、早くラブレターにしてみたい。
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