第5話 果物売りのおじさん
15年ほど前、中国、大連市のこじんまりとしたマンションの一室に親子3人で住んでいた。
すぐ前を大通りが走り、小さな市電も通っていた。
その大通りに出る角っこに、よく果物売りの夫婦がトラックを横付けして、朝とれたばかりの新鮮な果物を、廉価で販売していた。
妻と、小学3年生の息子と3人で、よくその果物を買いに出た。
1番鮮明に覚えているのは、夏場のパイナップルだ。
夫婦は、田舎で農業を営み、3人の小さな子供がいて、その朝とれた果物を、何時間もトラックを走らせてここへ売りに来るのだと言っていた。
奥さんは、見るからにとても働き者で、トラックの荷台の上を跳び回り、客の注文した果物をとっては夫に渡す。その夫のほうは、注文に応じて皮を剥いたり、切ったりして客に渡す。夫婦のコンビネーションの見せどころだ。
よく、そのトラックを見かけると、子供に、ほら、果物売りのおじさん来てるよ、と言って買いに行ったものだ。
で、どうしてパイナップルが印象深いかというと、私たちがパイナップルを注文すると、奥さんは荷台から特に大きいのを選んでくれ、おじさんにわたす。と、おじさんは実に器用な手捌きで、あの手ごわいパイナップルの皮をみるみる上手に剥き、キレイにすぐ食べられるようにしてくれるのである。
私はいつもその様子を、中国4千年の歴史の知恵の一端を見る思いで眺めていた。
私たちがパイナップルを受け取り、支払いを済ませると、おじさんはポケットからタバコを取り出して私に勧めてくれる。
私はありがたく一本頂戴すると、おじさんと一緒に紫煙をくゆらせながら世間話をする。
もちろん、妻が通訳する。
おじさんはいかにも日に焼けた顔をして、手もゴツゴツしていて、仕事の大変さが伝わってくる。
奥さんも日に焼けてはいるが、整った容姿をしたべっぴんさんである。
偉いなあ、と思う。
私と妻が、こうした仕事についたら、1日でネをあげることだろう。
おじさんは世間話に興じている暇もない。すぐに次のお客さんが来る。
おじさん、ありがとね。
そう言って私たちは見事なパイナップルを手に、帰途につく。
おじさんは大きく手を挙げ、じゃあね、と言う。
私も何となくそんな真似をして、じゃあね、と言ってみる。
おじさん、明日も買いに来るからね。
子供の手を引いて、妻とマンションの階段を昇るのだった。
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