第6話 スペインの田舎の子供たちへ
19歳の時、セビリヤ大学の夏期講習受講生向けの遠足で、アルコス・デ・ラ・フロンテーラという町に行った。それはスペイン南部の都市・セビリヤよりさらに南に位置する小さな町で、バスに揺られる、のどかな、ちょっとした遠出だった。
100人か、200人位いるスペイン語科の受講生の中で、日本人は私を含め2人だけだ。あとはドイツ、ベルギー、オランダ、アメリカ、カナダなどからの留学生だった。
現地に着いてお昼を食べた後の自由時間、私は皆から離れ、1人で街中を散策した。スペイン南部の家屋は皆白壁のこじんまりとしたもので、その日は天気も良く、青い空とのコントラストが実に美しかった。
私は吸い込まれるように家々の間を歩いていた。と、突然子供たちの一団と出くわした。上は10歳位から、下は4、5歳位までの可愛らしい子供たちだった。
私が写真を撮ってあげるよ、と合図してカメラを構えると、1番大きい10歳位の女の子が素早く皆を集め、すぐに7、8人の塊ができた。私は白い背景に少しだけ青空が入るよう工夫しながら2、3枚の写真を撮った。
「写真を送ってあげよう。自分の住所分かる?」
現代の感覚では全く不審者の振る舞いだが、その頃はまだ彼女らにとってカメラ自体が珍しかったし、少しも不自然ではなかった。子供たちも、ひどく喜んでいた。
暫く日にちが経って、現像した写真を見ると、なかなかいい写真だった。控えめながら生き生きとした子供たちの表情もよく写っていたし、背景の白と青も良かった。
私は簡単な手紙を書き、その少女が教えてくれた住所に写真を送った。
読者諸兄姉は、子供たちからお礼の手紙でも来たか、と期待されるだろうか。
実は私はその頃、セビリヤでの講習が終わったらバルセロナに住まなければならず、まだバルセロナの住所も決まっていなかった。たとえ決まったところで、私はペンションを転々としていたから、自分がいつ、どこに移るか分からないのだった。
「日本人の旅行者より」
それが手紙の差出人の住所氏名となった。
あの写真は、子供たちの手に無事届いただろうか。
今思うと、スナップ写真のような、懐かしい人生の一場面である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます