第53話 問答

 俺たちは国境防衛部隊を壊滅させて荒野を進んでいた。俺たちだけではない。隣には共に歩く女がいた。

 頭以外の全身を合金製の防具で包む女騎士。防衛部隊の指揮をしていた女だ。藍色の長い髪が背外套と共に風になびく。手入れされた艶やかな髪からはそれなりの出自だということがうかがえる。


 二十歳過ぎかそこらと若く見えるが、指揮官だったのは家柄に関係がありそうだ。騎士だというのに白い肌をしているのは露出のない装備のせいだろうか。こちらを見る青い瞳には憤怒の炎。


「私の身体に何をしたのですか」


 女騎士がこっちを睨みつけている。文句も言っている。だができることはそれだけだ。

 彼女は従者のように俺たちの隣を一緒になって歩いている。目線こそこっちを殺しそうなほど激情が込もっているが、身体の動きには全く反映されていない。


「言うことを自由に聞かせられるようにした。この国の攻略に役立ってもらう」

「この外道」


 蔑みきった目が向けられるが無視。

 俺たちは女騎士──ミレニアの身体を腕で貫いた際に、精神汚染を引き起こして絶対服従の状態にしておいた。この国の防備は硬い。国境での戦いは殆どすぐに片がついたように思えて、実はそうではない。俺たちにしては手こずった方だった。いつもなら肉体ひとつで済むところを、群体を召喚しなければ手間取りそうだった、というのは珍しい。


 国境沿いでさえそうなのだから、王都ともなれば話は全く違ってくるだろう。首都攻略のために、情報を手に入れておきたかった。

 そして早速、重要な情報を女騎士の頭から引き出すことができた。


「まさかリガルド神聖魔法の術師、聖魔使いがいるとはな」


 自分で呟いた内容に対してさえ俺たちは眉根を寄せる。世界の半数を取り込んでも詳細が分からない魔法。リガルド教国の秘術中の秘術。それがリガルド神聖魔法だった。

 藤原悠司が元いた世界と比較して現代的とは言えないこの世界にとってさえ、周辺諸国から馬鹿げていると言われるほどの秘匿主義を掲げているリガルド教国だったが、その異常なまでの閉鎖的な国策が俺たちに対しては有効に働いていた。

 何せ、エルピダ王国軍に使用されていた防護魔法は、そのリガルド神聖魔法から与えられていたものだったらしい。あまりの強固さに驚かされたが、神聖魔法が原因なのだろう。


「聖魔使いは国から出るのさえ難しいと聞いていたが?」


 女騎士は沈黙したまま。協力的でないのは当然だろう。


「会話から敵の情報を獲得する、というのは武器を振り回すだけの蛮族には難しいか?」

「なっ……簒奪者さんだつしゃ如きが、我らを侮辱するかっ!」

「では騎士の聡明さとやらを見せてみろ」


 俺たちの挑発にミレニアの歯噛みする音が聞こえる。騎士というのは誇りと傲慢さを食べているような生き物だ。挑発に乗せるのは簡単。御し易いのは助かる。

 もちろん同化してしまえばこいつの口から情報など聞く必要はない。だがそれではこいつの存在そのものを利用するのが難しいし、半同化の場合、情報はいちいち脳内から探らなくてはならない。自白してもらった方が楽だ。


「……詳しいことは私たちにも知らされていないのです。かなり以前からいたと、噂に聞く程度です」

「亡命者、とでも言ったところか。閉鎖的な環境に嫌気でも差したのか、全く迷惑な話だ」


 声色に不機嫌さが充満していたが女騎士は会話する気になったらしく、答える。

 俺たちの愚痴まじりの評価には鼻で笑ってきた。


「あなたほど迷惑な存在はいないでしょう。この世界を滅ぼそうとするあなたが、一体どの口で言うのですか?」

「お前たちにとってはそうかもしれないが、俺たちは別に世界を滅ぼしたいわけじゃない」

「何を馬鹿げたことを。世界を滅ぼさないというのなら、なんだと?」


 糾弾の言葉が放たれる。答えなどいつも同じだ。


「救いだ。俺たちは救うために存在している」


 沈黙。すぐに嘲笑が聞こえてきた。


「ふふふ、あはははは。まさかこんなにも愚かな人間を相手にしていたとは思っていませんでしたよ。破壊活動を救いなどと誤認しているとは」


 俺たちは黙っていた。すぐにミレニアの声音が変わる。


「こんな……こんな愚かで、狂った存在に……私の仲間たちは……!」


 女騎士の声には仲間を失った悲しみと無力さへの悔しさ、俺たちへの怒りが乗っているように聞こえた。

 哀れだな、と。他人事のように思う。いや、実際に他人事だ。心から同情するはずがない。我らにとってこいつらは死んで当然の存在なのだから。

 我らも同じように扱われてきた。死んで当然。地獄に落ちて当たり前だと。同じことを返しているだけだ。

 ただ哀れに思うのは、こいつらに罪の自覚がないこと。原因の認識がないこと。その愚かさだ。


「言って理解できるとは思えんが……お前たちが生きるために、お前たちに踏みつけられている者たちがいる。俺たちは彼らを救いにきた」

「私たちが一体、誰を踏みつけになどしているというのですか……!」

「……物乞い、いないのか?」

「は?」


 俺たちの問いかけに女騎士が理解不能という表情をする。


「お前たちの国に物乞いはいないのか、と聞いている」

「それは……多少はいますが」

「いるだろう。つまりはだ」


 荒野を静かに歩きながらも、俺たちと女騎士の間で舌戦が交わされていた。


「私たちが物乞いを助けていないから、あなたは私たちを虐殺すると?」

「結論から言えばそうなる」

「確かに彼らは可哀想ではありますが……しかし、だからといって虐殺される謂れなどありません!」

「それはお前たちの理屈だ。我らにとっては十分すぎる」


 荒野を抜けて草原へと足を踏み入れる。女騎士が困惑を含んだ声を発した。


「……“我ら”とは、一体なんなのですか」


 立ち止まり、俺たちはミレニアへと振り向く。


「リヴァイアサン──我らは群体なんだよ」

「群体……群れ?」

「そうだ。物乞いや孤児に限らず、人々に見捨てられた想いの集合体。それが我らなのだ」


 ミレニアは目を見開き、絶句していた。エヴァや、俺たちと戦い生き残った怜司たちを除けば、リヴァイアサンの正体は誰にも知られていなかった。出会う者の全てを飲み込んできたからだ。

 世界の脅威たる存在の正体を、女騎士は初めて知ったのだ。一個人でなければ、人間でさえもない。驚くのも当然のことだろう。


「怨念の集まり、ということですか」

「分かりやすい言葉で言えばそうなるな」


 女騎士の理解に首肯で返してやる。

 再び俺たちとミレニアは歩き出した。草原の先に巨大な壁。外壁に覆われた街が見えてきた。


「あそこにいる人々を、どうするつもりですか」


 下らない問いだった。俺たちはただ静かに答える。


「──真実を、突きつけるだけだ」

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