第37話 天使様のご機嫌は難しい

「今回も労働に対する報酬を授けましょう」

「そりゃどうも」


 羽根と羽毛を集めて仕分け終わった後、天使様ことシスターがご主人様面して申し出てきた。

 ちり取りと箒を片付けながら俺たちは耳を傾ける。


「それは、この神聖な翼による羽毛布団です」

「羽毛布団? そもそもお前の布団はその羽毛が入ってるって話だったが」


 資源の再利用だとかなんだとか言って、自分の羽毛を布団に詰めているとさっき言っていた。

 一緒のベッドで寝ているのだから、既にその羽毛布団は堪能ずみのはずだ。


「いえ。この翼でくるんで差し上げようかと思いまして」

「ほう」


 ──くるむ。翼でくるまれる。滅多にない経験、というか絶対に経験できないことだろう。

 報酬と言われてもどれぐらい良いことなのか想像つかない。おかげで反応に困って淡白な返事をしてしまった。それがまた天使様のご機嫌を悪くした。


「む。なんですかその反応は。もっと大喜びして飛び跳ねてもいいんですよ」

「俺たちが飛び跳ねたら不気味がるだろ、お前」

「当たり前です。逆に何か嫌なことでもあったのかと心配になります」

「じゃあなんで言い出したんだ……」

「話の流れです。揚げ足を取らないように」


 天使様はご不満なままだった。


「喜びたいのは山々だが、翼でくるまれる経験なんてないから、想像できなくて喜びにくいんだよ」

「確かにそれもそうですね。私としたことが、気が急いたようです」


 俺たちの言い分に流石に納得はしてくれたようだったが、なんで気が急いたのかはよく分からない。


「けど、もう少し驚くなり喜ぶなりはしてもいいと思います。だって本物の天使ですよ。ほらほら」


 ばさばさと翼を羽ばたかせる天使様。羽毛と羽根がまた散ってる。せっかく掃除したのに。


「いや、十分に驚きはした。この世界の知識は大体、頭の中に入ってるが天使を見るのは初めてだからな」

「そうでしょう。だからもっと喜んでください。ほらほら」


 ばさばさ。ばさばさ。

 羽ばたかせる度にちょっとずつ羽毛と羽根が落ちていく。また掃除させられるな、これは。

 それよりも気になる点があった。こいつはなんだかやたらと喜んでほしそうだが、何故だ。


「なんでそんなに喜んでほしがってるんだ」

「別にほしがっていません。喜ぶのが当然でしょう、と主張しているだけです」

「当然と言われてもな。希少種を見て喜ぶような価値観を持ち合わせていない」

「お黙り」


 翼の先端が振り下ろされ俺たちの頭を小突く、という器用な真似をしてきた。思ったより自由自在に動かせるようだ。

 翼が折りたたまれて一瞬の輝きと共に消失。そうやって消せるのか。


「ふん」と言ってシスターはそっぽを向いてしまった。こいつは妙に気難しいところがある。拗ねているようだが理由がいまいち分からない。まあそのうち分かるだろうから今は放っておこう。

 再び俺たちはしまいこんだちり取りと箒を取り出して散らばった羽根と羽毛を集め始めた。羽毛は羽毛の袋へ、羽根は羽根の袋へと仕分けしていく。


 それが今日の最後の仕事だった。



§§§§



「では報酬の授与です」


 寝室に入るなりそう言ってシスターが翼を広げる。手狭なこの部屋では翼を広げきるのが無理なほど、両翼は大きかった。

 背中をこちらに向けているおかげで、根本をじっくりと見ることができた。修道服に穴は空いていないが翼は出てきている。


「これ、なんで服を貫通しないんだ?」

「さぁ。私も知りません」


 平然と分からないと答えられて思わず脱力する。


「知らないのかよ」

「いけませんか。人間だって自分の身体のことを全て知っているわけではないでしょうに」

「それは、確かに」


 論破されてしまった。確かに俺たちでさえ、自分たちの全てを理解してるかと問われれば、してないだろう。


「見たいのなら根本をご覧になりますか? 自分では見えないので、案外、面白いことになっているかもしれません」

「いや、別にそこまで興味があるわけじゃない」


 面白いこととやらがどんなことなのか知らないが、学術的な興味だとかそういったものは俺たちに存在していない。本人が困ってないなら、それでいいだろう。

 シスターが顔だけこちらに向けてきていた。ジト目でこっちを見てきている。


「私の肉体には興味がない、と」

「そういう言い方はしてないだろ」

「いえ、言いました。興味がないとはっきり言いました」

「言ったのは、翼の根本に興味がないってことだけだ」

「なら、私の肉体には興味が?」


 そう問われてしまうと首を傾げてしまう。びゅん、と翼がうねって俺たちの頭をはたいてきた。意外と痛い。


「いてえな、何しやがる」

「女の扱いがなってないのね、


 ジト目がを射抜く。辛辣な言い草に、ぐ、と口ごもる。


「そ、その言い方は卑怯だろう。藤原悠司の経験は、リヴァイアサンとなった瞬間のまま止まってるんだ。女の扱いなんて慣れてるわけないだろ」

「でも知識はあるのでしょう? 口説き文句のひとつやふたつ、試しに言ってみたらどうですか?」

「だからなんでそんなことをお前に言わなきゃ」


 びゅん、とまた翼が俺たちの頭をはたいてきた。痛い。


「それ結構痛いからやめろって!」

「痛くしてるんだから当然です。躾のなってない男への、女からの愛の鞭です」

「まるで俺とお前が男女の仲みたいな言い方するなよな」


 三度目の“つばさでうつ”は腕を掲げて防いだ。


「意気地なし。鈍感。朴念仁。唐変木」

「ありったけの罵倒だな、おい」


 しかも全部、恋愛に疎すぎる男への定番の罵倒だ。なんのつもりなんだ、こいつは。


「まぁいいです。余興はこのあたりにしておきましょう」

「随分と長い余興だったな」


 びゅんびゅんと翼が軽く振るわれてる。素振りをするな素振りを。


「とりあえず、今日の報酬です。こちらへ」


 ベッドに寝転がったシスターが隣を手でぽんぽんと叩く。片翼がベッドに広げられていた。

 翼の上に横たわると、もう片方の翼が上から覆い被さってきて、先端が丸められて俺たちは両翼に包まれる。

 すぐ隣にはシスターの微笑。吐息が感じられるほどの距離で彼女は柔らかな笑みを浮かべていた。

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