第25話 生贄となる蒼麻

「……なに、僕から? やっぱり本命の桜は大事?」

「そういうことだ。お前の方が汚しやすい」


 蒼麻の額から冷や汗が流れ落ち、心に恐怖が忍び寄る。凄惨な一夜の再現となることは蒼麻にとって当然耐え難いことだった。恐れのせいで汗に濡れた肌を服に入り込んだ触手が這い回る。不愉快さと恐怖の入り混じった感覚が蒼麻に襲いかかる。


「やめろ悠司!! お前が憎んでるのは俺なんだろ!!」

「おー、いいねその台詞。実に素晴らしい。そういう台詞をもっと言ってくれ」


 怜司の静止の言葉も今は悠司の気分を良くする材料としかならず逆効果だった。


「大丈夫だよ怜司。ほら、僕エロ漫画とかよく読んでたから触手プレイとか好きだし」


 蒼麻が怜司を安心させようと無理に笑顔を作る。それさえ怜司にとっても悠司にとっても逆効果だった。


「あー、それもいいな。健気だなお前。ヒロインはそうでなくっちゃな」

「た、頼む……頼むからやめてくれ……」

「うるさいなお前。お前は見てるだけでいいから喋るな」


 触手が怜司の首に巻きつき、頭を持ち上げて視線を蒼麻へと固定させる。口にも巻き付いて喋れないようにもした。

 触手を動かそうとしたところで悠司はふと考える。触手ばかりでは些か退屈だ、と。


「どれ。俺たちも少しは楽しませてもらおうか」


 そう言った悠司の手が無遠慮に蒼麻の胸を鷲掴みにする。手の動きに合わせて蒼麻の胸が形を変える度に蒼麻が顔を歪める。


「でかいでかいとは思っていたが本当にでかいな。よくこんな身体で旅なんてできてたもんだ」

「優秀な前衛が2人もいたからね……どう、初めて触る本物の胸の感触は」

「思ったより退屈だ。でかい脂肪ってのは確かにそのとおりだな」


 強がる蒼麻を悠司は気にも留めていなかった。悠司が掴む力を強くすると「っ!」と蒼麻が苦しげな声をあげる。そのままぎりぎりと締め上げていく。


「脂肪の塊と言っても中心みたいなものはあるんだな、面白い。痛いか、おい?」

「いっ……たいに決まってる、でしょ……!」

「よしよし、悪くねえ反応だ」


 痛みに涙を浮かべる蒼麻。悠司は満足げにしながら蒼麻の服を掴んで引きちぎる。色白の胸が露わとなり、スカートも破かれて水色の下着が露出した。

 陵辱され続ける蒼麻はただ耐えるしかなかった。怜司は怒りのあまり口を塞がれた状態でも唸り声をあげるが動くことができない。桜もまた両腕ごと触手に拘束されていて行動不可能な状態。

 全ては悠司の──リヴァイアサンの思いのままだった。


「さて諸君、メインディッシュというほどのものじゃないが欲望を満たそうじゃないか」


 悠司の号令に合わせていくつもの触手が地面から這い上がってくる。その全てが蒼麻に向けられていた。あまりの恐怖に「ひっ」とついに蒼麻が怯えた声をあげた。


「品のない肉体だが欲望を満たすには適してる。存分に使っていいぞ」


 触手の群れが一斉に蒼麻に襲いかかった。身体中のあちこちに巻きつき、肌のそこら中を這い回り、女の肉体の部分を容赦無く貪り始めた。

 口の中にも触手を突っ込まれた蒼麻が苦鳴をあげて涙を流す。それを見せつけられた怜司が怒りのあまり暴れだすが悠司に踏みつけられているのと触手が巻き付いているのとで殆ど動けていない。


「そうそう。そうやって憤ってくれないとこっちも面白くねえんだよな」


 対する悠司は言葉ほど愉快な表情はしていなかった。ここまでで仕事は終わりだ、と言わんばかりのどちらかといえば退屈そうな顔となっていた。

 悠司の視線が桜へと動く。桜の双眸は凄惨な目に遭っている蒼麻でも怒りに狂う怜司にでもなく悠司に向けられていた。特に暴れる様子もない桜に悠司は違和感を覚えた。


「どうした。大事なお仲間が酷い目にあってるってのに静かだな」


 怜司の拘束を触手に任せ、悠司は桜の目の前へと行く。触手による猿轡も外してやる。息苦しさが多少は緩和されて桜は小さな吐息を漏らした。


「私が暴れたところで無駄だろう。文句を垂れても同じことだ」


 悠司は桜の返答を訝しんだ。自分の元に辿り着くまでにそれなりの日数を共にしたはずの仲間に対して、あまりにも冷淡ではないだろうか。蒼麻は百歩譲っていいかもしれないが、怜司が苦しむ様は桜にとっても耐え難いものだろう、と悠司は考えていた。何か、反応がおかしい。


 以前の藤原悠司であれば桜が異世界人であることを理由に納得していたかもしれないが、この世界の無数の意識と同化した今、悠司は怜司や蒼麻とは違い最早この世界の住人といっていいほどにこの世界に慣れていた。その常識から考えても桜の反応は異様に見えた。


「お前、冷たい人間なのか?」

「よく言われる」

「……怜司が苦しんでるのを見ても、か?」


 悠司の声音には恐れが含まれていた。この質問は藤原悠司にとって重要なものだからだ。リヴァイアサンと化した今はどうでもいい。だが藤原悠司がこうなった最大の原因は桜と怜司の関係性にあったのだから。

 桜は少しだけ目を伏せて答えた。


「……リスクは承知の上でここにきた。怜司と蒼麻には悪いがこれぐらい乗り越えねばお前には辿り着けない」


 悠司の質問は、大切な人間が苦しむのをどう思うか、という問いだった。それに対する桜の答えは単純に仲間が困難に見舞われていることへの答えだった。

 悠司の表情には明らかな驚愕があった。


「俺は……お前はてっきり怜司が好きなのかと」

「別に嫌いじゃない。だが普通程度のものだ。恋人ではないしそうなる予定もない」

「……そうか」


 悠司は黙り込んだ。桜の答えがなんであろうと悠司がこれからすることは変わらない。既に変えられないところまで来ている。ただ、ほんの微かにリヴァイアサンの内に残っている藤原悠司の意識が驚いた、というだけのことだった。

 だが次の桜の発言には、さらに驚愕することとなった。


「なあ悠司。もしも私がお前のものになれば、こういった破壊活動を止めてくれるのか?」

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