第17話 誕生の時

 街の明かりは消失し、夜の帳が舞い降りる。

 家が、人が、ありとあらゆる構造物が汚泥となった暗闇に飲み込まれていく。

 あるものは抵抗し、あるものは絶叫した。汚泥は街中へと広がり何もかもを沈めていった。

 そこに区別はない。そこに差別はない。あるのは平等。真なる意味での平等だけだった。

 圧倒的な理不尽さでもってあらゆる実在物に対して完全なる終焉を与える。その暗闇は人々が目を逸らし続ける恐怖そのもの。

 そう、それこそが死。音もなく忍び寄り、抵抗さえも許さず、何人たりとも逃れること能わぬ絶対の法。


 死が街を覆い尽くしていた。逃げ場などどこにもない。この街の存在全てが暗黒の内へと沈んでいく。店も家屋も大聖堂も鐘楼も、何もかもが。

 苦痛の声が響き渡る。汚泥へと溶かされていく人々の叫び声が闇に飲まれた街に響き渡っていた。

 その声を誰かが聞くことはない。その苦痛を誰かが知ることはない。その宿命を誰かが変えることはない。


 そう、何故ならばこれこそが地獄。彼らの足元に初めから存在していて彼らの無知によってその存在を否定され続けていたもの。それがたった今、顕在化して彼らに牙を向いたに過ぎないのだから。


 暗黒の中にあってただ独り、人の形を保った影があった。人々の悲痛な叫びを聞きその影は嗤っていた。


「見るがいい。そして知るがいい世界よ! これこそが我らが地獄。我らが存在!」


 高らかに謳い上げるその者を月光さえも映し出しはしなかった。


「我らの名を知らせよう! たった1つでは何ら名を与えられず認識さえされなかった矮小な存在であった我らに。寄り集うことで初めて存在意義を持ち得た我らに!」


 街中に響く苦痛の絶叫には応える。


「地獄という言葉に実在を与えよう。我らが堕ちた場所が地獄であるならば、我らこそが地獄そのもの。その姿をお前達に示そう」


 暗闇の天蓋を影が仰ぎ見る。人々の声は1つ、また1つと消えていく。あらゆる生命、あらゆる物質が汚泥の中へと沈んでいき、消えていく。

 天高く聳えていた鐘楼が飲み込まれたとき、エルジオと呼ばれた街はこの世界から姿を消した。残ったのは全てを飲み込んだ汚泥と、たった1つの存在。

 彼らは歓喜の声をあげる。この世界に対する産声を初めてあげる。


 ──我らはリヴァイアサン。世界を飲み込む、大地の下の地獄そのものなり。

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