第12話 混ざり合う者たち

 ──無数の声が聞こえる。雑踏の中にいるかのような、声の波濤が俺を包んでいた。

 怒鳴る声。憎む声。恨む声。妬む声。悲しむ声。祈る声。

 様々な感情の声が入り混じり、俺の中へと入っていく。

 その中には俺もいた。父に無能さを叱責されて泣く子供の俺がいた。

 景色が滲んで消える。女に去られる男がいた。男に殺される女がいた。飢えて死ぬ子供がいた。病気で孤独に死ぬ老人がいた。


 その誰も彼もが同じことを考えていた──何故、と。

 何故、自分はこうなってしまったのか。何故、自分以外の人間はこうならないのか。何故、誰も自分を助けてはくれないのか。


 何故、何故、何故、何故!!


 理由を問う声は憤怒を纏った巨大なうねりとなった。そしてその中に俺も飛び込んだ。

 俺の中の怒りも悲しみも彼らと一体となり、溶け合い、押し流されていく。全ての感情と記憶が混ざり合ってその境界線を失っていく。


 目の前で女が死んだ。これは藤原悠司の記憶ではない。だがその悲しみと絶望を感じる。

 飢餓の苦痛の中で自分が死ぬ。これも藤原悠司の記憶ではない。だがその虚しさと怒りを感じる。


 嫉妬の感情。これは誰のものだ?

 悲哀の感情。これは誰のものだ?

 絶望の感情。これは誰のものだ?


 そうだ、ここにいる人間はみな誰かに打ち捨てられたものたち。その瀑布の如き感情が荒れ狂って行き場を求めている。

 悲しいと叫んでいる。悔しいと叫んでいる。許せないと叫んでいる。


 ──ああ、それならば。俺は答えなくてはならない。


 憤怒の声に答える。それならば晴らせばいい。

 悲嘆の声に答える。それならば打ち壊せばいい。

 失望の声に答える。それならば代償を払わせればいい。


 ひとつとなった我らならば。我らを苦しめる、我ら以外の何もかもを飲み込んでしまえばいい。

 




「どうして、動かないんだ?」


 怜司の言葉がを浮上させる。


「あの杖は誰でも扱えるわけじゃない。何も起きないならいいが、もしかしたら精神に悪影響を与えているのかもしれない」

「ど、どうしよう」


 桜の返事に蒼麻が困惑の声で答えた。

 俺たちが静かに杖から手を離すと3人がこちらを見た。


「悠司、平気か?」


 桜の声に俺たちは頷いてみせた。彼女の安堵の吐息に重なる笑い声。


「ひっ、ひひひひひひひひっ」


 驚く3人の目の前で俺たちの意識が膨れ上がり──肉体を超えて破裂した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る