第六章 如何せんビンビンでギンギン
【悪ノリなんていうけど
この世に良いノリなんてないの
あるのは祈りだけ
身を任せれば最後
最悪な結末
でもやめれないでしょ、ねぇ?
まるで発情期の犬みたいなアプローチ
彼氏待つお家 忘れたApple watch
初恋のキミとラプソディー 宅飲みで悪酔い
もうあとは悪ノリでイッっちゃう?
──悪音/悪ノリでイッちゃう?】
「小鳥遊クン、お疲れ~☆」
「はぁ?なんでここにいるんすかアンタ」
1回戦の全試合が終わり、2回戦が始まるという段階になって、何故かひょっこりと隣に斑鳩さんがやってきた。
「ダーリンとラブラブ観戦するため?」
「アホか。つかこんなとこいたら騒ぎなりますよ」
そう、ここは最後方とはいえ観客席。周りにはイルミナ(斑鳩さんのMCネーム)のファンだって大勢いるはずだ。こんなんだけどこの人普通に有名人だからね。
「それはね~、このサングラスでバッチリなワケ」
確かにおっしゃる通りパリピみたいなサングラスを付けてはいるが……。
「いや、それだけで隠せる程地味な見た目してねんだわ」
「ウチの溢れ出るカリスマ性にやられてたのかぁ~小鳥遊クン。ウケる」
「…………」
「ま、暗いし大丈夫よ。長居もする気ないしねー」
沈黙が嫌いなのでボケに対して黙っているとしっかり真面目なことを言い始めるということを、長い付き合いの中で最近ようやく気付いた。
「ほんと何しに来たんすか」
「え、愚痴だけど?」
「勘弁してくださいよ」
「この私が出場してんのに教え子より先に1回戦敗退とかマジつらい」
そう、なんと彼女もこの大会に出場していたのだった。さっき普通に舞台に出てきて2度見した。けどまあ、最強の女性MCを決める大会と銘打っているのであれば、納得の人選ではある。
だってこの人の例の紹介口上、
『うぇーい!MCバトル史上最も明るく、最も平和で、最もギャル!彼女のラップは全人類を陽気にさせ、彼女の中毒にさせる。その様はまさに歩くエクスタシー、聴く抗鬱剤。彼女の通った後には、一切の影はなく、ただ光だけが残る!ギャルこそ我らが太陽、天性の照明装置、イルミナーーー!!!』
↑だし。
いやまああんまり強さには触れてないけど。でも合ってるから問題は無い。彼女のラップはすげぇピースでポジティブ.......なのに、クソ強い。俺の思う理想のラップとさえ言えるかもしれない。
だから、そんな彼女が1回戦負けというのは中々に信じ難い出来事だった。愚痴りに来る気持ちも分からないでは無い。
「はーマジぴえんヶ丘どすこい之助」
「それは、まあ。お疲れ様でした」
「ありがと……」
割とガチで落ち込んでるっぽいので、さすがに可哀想になってきた。っていうかいつもはあれだけどこういう時にふとしょんぼりしてる顔見ると可愛いなとか思ってしまって良くない。
対戦相手の方に意識を逸らそう。
「……やっぱつえぇな、あいつ」
イルミナの対戦相手は、あのRequiemだった──。
「……ごめん。またカタキとれんかったわ」
「まだ言ってんすか、それ」
珍しく真面目な顔をして謝ってくる斑鳩さん。その顔を見ていると、自分の情けなさに歯噛みする。それを隠すのに、軽口をたたくことしかできない。いい歳した大人が。
天や天鬼だけじゃない。誰よりもこの人が俺にラップをさせようとしてくれていたんだ。あの日から、ずっと。
「そりゃぁそうでしょ~。かわいい後輩を再起不能されて黙ってるほど、ウチはヌルくないかんさ~」
「優しい先輩に恵まれて俺は果報者ですね」
「でしょ~? 今度なんかおごってもらってもいい?」
「どういう論理展開してんだよ」
「ま、とはいえね。ウチらの遺伝子を継いだ愛弟子たちがこの無念を晴らしてくれるでしょうから、ウチらは信じて待ちますかー」
「ですね」
「はぁ、でもねぇ……。あのバケモン女なぁ、その辺の大会なら大体優勝してるし、MMBでもフィメール初の優勝してさぁ、GOGに招待された初のフィメールもアイツ。しかもあの【stainless star】のボーカルが父親らしいけど、そいつのビーフ曲にしてたりとかで話題性にもリアルさにも事欠かないしぃ、闇があるのになんか華もあるしムカつくくらいかわいいし……。はぁ、こんなの誰が倒せんのよ……」
「話がなげぇ。てか急にネガんないでくださいよ」
あいつの話なんて一秒たりとも聞きたくねえってのにやめてくれマジで。
「ウチの話は黙って24時間喜んで聴きなー?」
「…………………………………」
「無言はやめて」
「えぇ」
「勝てるかなぁ、あの子たち」
「どうですかね」
「教え子の勝利を信じなよ~。師匠なんだから」
「……お前が言い出したんだろうが」
「小鳥遊君のためにがんばってきて負けてぴえんなってるのにぃ、なんでそんなひどいこと言うのぉ!」
「めんどくせぇ……。2回戦始まりますよ」
いい年した年上女子がこういうメンケア要求してくんのほんとやめてくんないかな……。まあ、いいけど。
「もっと励ましてよ~。きゃぱい」
「お、最初はZAKURO対韻韻らしいです」
構ってオーラバシバシに出してきてるが、ガン無視して舞台の方を見る。
「そんなの言われなくてもわかってるんですケド~。なんならここで勝ち上がった方とにがちゃんが準決であたることも知ってるし~」
「すげぇ。さすが斑鳩さん」
「でしょ?」
適当に相槌打っただけにのに得意げな斑鳩さん。この人ちょろ過ぎないか.......。
「斑鳩さんはどっちが勝つと思います?」
「うーん、どっちが勝ってもおかしくないかんなー」
「意外ですねてっきり仁ヶ竹の肩持つのかなと」
「そっちの話? それはむしろZAKUROちゃんの方が優勢だと思うけど」
「え」
「意外だった?ウチはぶっちゃけ韻韻かなり強いと思うよ?まあどっちかと言えばZAKUROちゃんに勝って欲しいけどね。稽古付けてあげたし」
「そういえば俺あんまりあいつが本気でやってるところ見たことないかもしれないです」
「じゃあ今日が姫始めだね」
「……なんかみんなあいつに少しずつ毒されてません?」
「ウケる笑 ゆーてウチは元々ビッチなんで」
「よく言うわ」
「あー? なんだそれナメてんのかー?」
「まあまあ。そろそろ試合始まりますんで」
さて、大人達がじゃれ合ってるうちに子供たちの真剣勝負がスタートしようといていた。
『LOVE&PENIS! LOVE&PUSSY! 彼女の韻は常に淫ら。下ネタを愛し、下ネタに愛されたびしょ濡れの美少女!淫乱ラッパー、今日も華麗に淫ダビルディング! 桃色エンターテイナー、韻韻!!』
最低な紹介口上と共に、韻韻がステージ上へ。そしてマイクチェック代わりなのか「いん! いん!」と自分の名前を叫び、観客にもコールさせている。
そしてそれがどうやら彼女のお決まりの登場作法だったらしく、観客達も沸きに沸きまくっていた。
それをぼけーっと先に入場していたZAKUROが見つめている。
しかして、舞台中央に立った韻韻とZAKUROニターにも2人がじっと見つめ合う様が映し出されている。
緊張の一コマ。激突へ刻一刻と、着実に時が進んでいく。
『では先攻後攻を決めるジャンケンをお願いします!』
司会に促され、ステージの上に立った2人が向かい合ってじゃんけんを始める。結果は韻韻がじゃんけんに勝利し後攻を選択。
『ありがとうございます。それではいきましょう!先攻ZAKURO、後攻韻韻、レディファイト!』
号令と共に流れ出すビートは【悪音(あくね】で【悪ノリでイッちゃう?】。若者らしい軽快さと無敵さもありながら超イルでユーモラスなトラップ楽曲だ。これはZAKUROにも韻韻にもどちらにも似合う素晴らしい選曲。一体どんなバトルが始まるのか、全観客が固唾を飲んでスクラッチ音を耳に取り込んでいた。
唇が、裂ける──。
1
≪じゃんけん勝って後攻て、吹かれてんの? 臆病風?
このままじゃ酷評だね。まるでチンケな虫、ショウジョウバエ
速攻だせぇ、あんた倒していくわ頂上まで
いえ~あたし今日も絶好調だぜ東京生まれ
どーせあんたはまたいつもの下ネタなんでしょ?
聞こえたって仕方ない勝手に言っとけば?
マジ聞くに絶えないから耳塞いどくわ
あたしこー見えてちょー乙女だからね≫
耳触りのいいフロウでスイスイとディスるZAKURO。それは相手が友人だろうと関係はない。それがバトルというものだから。
さて、後攻の方が相手に言い返せる回数が先攻よりも一回多い分、一般的に後攻の方が有利とされている。だからジャンケンに勝ち後攻を選ぶのは当然と言えば当然なのだが.......、まあぶっちゃけなんかダサい。
なのでこういう風にディスられることが多々ある。だがその分その返答もみんなある程度用意していて、そこに即興を足してアンサーすることが多い。実力のあるラッパーなら、それは皆当然の履修科目だろう。故に韻韻にはあまり刺さらないと思われる。
とはいえこのディスりながらの韻7連打は効く。ショウジョウバエという単語のチョイスも最高だ(東京生まれだけはやや取ってつけた感あるが.......)
そして後半4小節で次の相手の発言に牽制をかけていく。
これはだいぶやりづらいんじゃないか?どう出る韻韻?
♀
ごめんね後攻とったのは遅漏だからなんだ
いこうとしてもいけなかったんだすまんこ
人の鬼頭いじって聞こう。「ねえいきそう?」
素人も玄人もそれだけで私の虜
お利口さんには出来ない外でオシッコ
*oh sit!! *思わずつぶやくみんな私のラップ聞いて
なら耳を塞ぐ? そっか~ "ぴえん"
(°∀° )あっ、どうせ穴を塞ぐなら――ペニスで塞ぎなよ!
♀
おいおい、なんてやつだ.......!
これは.......、正直、ヤバい。
ふざけている、ふざけているが、シンプルにこいつ、ラップが上手い。そしてアンサーも上手い。
でしょ? みたいな顔で隣の斑鳩さんが自慢気に俺を見てきた。ムカつくが認めざるを得ない。こいつのラップをちゃんと聞いたのは初めてだが、ここまでやるとは.......!
後攻選択へのツッコミを軽い下ネタでユーモラスにアンサーし、そこからしっかり韻も踏む。
さらにはセリフ調のパートを何ヶ所か入れることで緩急が生まれて聞き飽きない。
そして最後は彼女なりのパンチラインでシメ。
これは観客も沸きに沸いた。
それもそのはずだ。セリフの度に甘えるような表情をしたり、観客が沸いたらその声を聞いて1拍開けてからラップを再開するという場馴れもしている。こいつ、観客という存在へのアプローチの仕方が、かなり上手い.......!
ただ奇を衒っているわけではない。確かな実力の上で、韻韻は下ネタというアイデンティティ貫いている。だからこその強さ。紛うことなきリアルなラップ。
これはなんとも、ややZAKUROが劣勢か.......。
2
≪いやそもあんたちんこついてないじゃん
ついてたら塞いでたのになー。残念
遅漏とか言ってたけど先にイカしてあげるよ韻韻
聞かしてあげる平井堅ばりに最高の愛の言葉
見ないで.......とか恥ずかしそうに言ってあげよっか?
一回であたしにいっぱいでちゃうかもね?
あっ、もしかしたらあたし未体験だから血塗れ?
ねぇ、叱ってくる大人もいないし――いけるとこまでいこ?≫
やってくれた!!!!!!!
韻韻の良さを吸収し、それをそのまま相手に返している!さすが天性のセンスを持ちあせていると俺が感じただけの事はある。なんて天才なんだこいつは!
聞くに絶えないから耳を塞ぐというディスへの、穴を塞ぐならペニスでというユーモラスかつ自然な論点のすり替え、そしてそれに対しお前にちんこついてないだろと言い返す。
つまりは、これまたまったく同じユーモラスな論点のすり替え。
そしてそこからifの話だが、相手のお家芸である下ネタに乗り、自分がイかせてやるよと主導権を握りに行く。そして相手以上に踏み続けていく韻!韻!韻!
平井堅と見ないで.......で意味の通る韻を踏んでいくのもたまらない。
加えてセリフパートへも意趣返し!
最高のカウンターが決まった。
韻韻はどう応じるのか、最後の8小節その場にいた全ての男女が彼女の口元に全血液を巡らせて集中していた.......。
♀
あん♡ もう韻韻迫られ過ぎて期待でびっしょびしょ♡
もうしないでとか言われても全然我慢効かないかんな
未来ではきっと私達同性婚してるわ意外性満点
うへぇ~マジ今日勝負下着でくりゃよかった。着替えてぇ
……まあ当然君たちにはパンツの色はナイショだけどね
じゃ今夜は全員盛り上がリーヨ like a イナイレ
左手で竿磨いて、イカみてぇな匂いのアレ撒き散らせ
神が与えたもうた悦楽で皆イけ あーい?
♀
「いやー、やっぱ友達同士のバトルってマージで熱いわね!」
2回戦が終わり、会場の熱に浮かされた斑鳩さんが興奮気味に俺の肩を叩く。
「ですね」
かと思うと少し残念そうに。
「にしても韻韻負けか~」
「韻韻もかなり良かったですけどね」
そう、結果はZAKUROの勝利だった。本当に僅差だったが、気持ちZAKUROの方に上がっている声の方が大きかった。韻の硬さでもユーモラスさでもZAKUROは先行ながら健闘していたのに対し、韻韻のラストバースは決め手にかけた。そこが勝敗の分かれ目だろうか。後はフロウも個人的にはZAKUROの方が聞き心地よかったかな。ゆうてもそこは好みの問題でもあるが。
そして強いて言えば、これは韻韻の様なラッパーの宿命なのだが……。いわゆるイロモノ扱いをされているラッパーは純粋な内容での評価がされずらく勝ちづらいというのもある。下ネタ縛りでラップをするというのはキャッチーでとてもいいと個人的には思うのだが、その分リスキーなのだ。
「まあでも納得だわ。さすがは小鳥遊くんの弟子って感じ?」
弟子という表現が正しいのかは色んな意味でなんとも言えないところだが、あいつが褒められるのは悪い気がしない。
「はぁ、どうも」
「てなわけで、褒めてあげに行こ?」
「はぁ?」
脈絡の無い提案に困惑。
だというに彼女はそのまま俺の手を引き、歩き出そうとする。
「控え室いくよー!」
「いやいかねぇし」
「それが師匠のすること?」
「黙って見守る事も時には重要ですよ。それにそれももう解消されてるっぽいし」
「ウチは小鳥遊クンがMMB出た時横にいてあげたのに?」
「あれはあんたが勝手に付いてきただけでしょ」
いちいち過去のことを持ち出してあれこれ言ってくんの本当やめて欲しい。
「じゃあ小鳥遊クンも勝手について行かなきゃ」
「だいたい斑鳩さんそんなこと言ってますけど俺が決勝に勝ち上がるまで寝てたらしいじゃないっすか」
「ちゃけ、絶対勝つと思ってたからねー」
「なら俺もそれでいいじゃないですか」
まったく、と思いながら俺がそう言うと、彼女は急にずいと身を乗り出して、
「じゃあ……決勝まで行ったら、ちゃんと声掛けてあげなよ?ウチとの約束ね?」
不意に真剣な目でそう言った。
「はあ?なんでそうなる……」
俺が言い返そうとすると、それを最後まで聞かずに斑鳩さんは俺から背を向け、
「らびゅ~」
そんなようなわけのわからないことを言って、観客席から去っていく。
あっという間に人混みの中に消えるお節介ギャル。
「言い逃げかよ。あの人はほんと……。ったく」
誰にも聞こえない声で愚痴る。
みんなに聞こえる大声で対戦相手の文句を言える少女がいると言うに俺と来たら。
つくづく嫌になる。
だが、まだここを離れる訳にはいかない。最後の1週間彼女と口を利くことはなかったとはいえ、俺には最後まで見届ける義務がある。約束をしてしまったのだから。優勝したらバトルする。そんなどうしようも無い約束を。
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