第七章 毅然にリベンジ

『バトルシーンにおいてドSとして崇められる彼女の口から吐き出される言葉は、常に凍り付いている。氷点下で発されるリリカルな劇毒が、女王の前に立つもの全ての心を折り、尽くを屈服させてきた。しかし、彼女の確固たる芯だけは、どんな相手を前にしても、決して折れない。絶対零度の最恐妖怪!雪音娜!!!』


 第三回戦開幕、ZAKUROの因縁の相手は、そんな前口上と共にステージへと登場した。

 以前天鬼を探しに行ったCLUB ACE で見たのと同じ銀髪着物姿の妖艶な美人。MCネーム通り、雪女さながらの美貌をたたえた彼女は、しなやかにステージ中央へと歩を進める。

 そして先にステージへ立っていたZAKUROは、その一挙手一投足をギリギリと睨み付けていた。

 しかしそんなバチバチの闘志など一切意に介した風もなく、雪音娜はむしろそれを煽るかのようにゆっくりと優雅に歩む。

 受け流される敵意。

 それは彼女が青い少女の前に向き合う頃には、爆発寸前の様相を呈していた。

 やがて司会に促され、じゃんけんをする2人。

 ZAKUROがグー。雪音娜がチョキ。

「先攻」

 間髪入れずにZAKUROがそう言い放つ。

 有利を取れる状況にありながら敢えて不利な選択をする彼女の漢気に観客が沸く。

 復讐の蒼い炎を燃やすZAKURO。そうだ、敢えて先攻を自ら取りに行き勝ってこそ、完全なるリベンジになる。

 が、それを冷たい目で挑発的に見下ろす、白銀の雪音娜。その目付きは文字通り雪女のようでもあり、あるいは妖狐の様に底が読めなくもあった。

 相手をディスるというスタイルの方向性こそ似ているものの、その実全く質の異なる両者の闘い。

 まして、今日のZAKUROは1回戦から熱戦を繰り広げ初邂逅ながらも因縁のあるDummy-skyを下し、2回戦もギリギリのベストバウトで勝ち上がった。年齢も今勝ち上がっている出場者の中で恐らく1番若い。誰もが若きニューヒロインの誕生を願わずにはいられない。つまりは完全に主人公モード。

 対する雪音娜は常に冷徹。ヒールに徹している。1回戦も2回戦も対戦相手を完膚無きまでにこれでもかというくらいに叩き潰し、ここまで勝ち上がってきた。また、その容赦のないオリジナルなスタイルで数々のタイトルを獲得してきた王者でもある(らしい)。つまりは、映画やドラマなら倒されるべき悪の親玉。超えるべき障壁。

 ZAKUROが桃太郎なら雪音娜は退治されるべき鬼ヶ島の鬼なのだ。

 さあ、2枚のカードはテーブル上に出揃った。

 MCのバイブスも、会場の盛り上がりも最高潮。

 しかして、試合は始まろうとしていた。

 ビートは【レイシャス・クレイグ】の【Dynamite Mode】。アメリカ(US)の大人気ラッパーによる緊迫感溢れるトラック。この状況にはぴったりだ。ナイスDJ。

 ビートチェックでいつもの様に体を揺らすZAKUROと、不動の雪音娜。どこまでも2人は対照的だった。

 そして、試合を始める宣言が、マイクに乗る。


『それでは行きましょう!先攻ZAKURO、後攻雪音娜、レディファイト!!!!』


 瑞々しい唇は割れ、蒼き焔が着火する──!


 1

 ≪前回のリベンジしに来たよコスプレおばさん

 今日は私の凱旋記念日なるね事件に

 意見してきなよまた老害の戯言

 あれほど悔しい思いしたら普通思うもうやめとこ


 でもあたし諦めない誰かの真似事じゃないから

 たけのこばり伸び盛りまるで悪魔の苗床

 私のディスで腫れ物おばさんに風穴空けとこ

 おい雪音娜! 今日成敗してやるよ最低の化け物!!!≫


 熱い!ただひたすらに熱い!

 普段はマイペースで涼し気な顔をしている天鬼からは想像のつかない程の熱さ!これがマイクを持った天鬼の、ZAKUROの熱量!!!

 前半3小節はリベンジから踏み続け、その最中で出た戯言から、最後の化け物まで怒涛の押印連打!

 加えて前回の敗北の悔しさと、相手へのディスがしっかりと観客に響く!

 最後のバース、『最低の化け物』に込められた韻、バイブス、構成、意味、背景、全てが詰まった知的で情熱的でリアルなラップ!

 今日のZAKUROは誰にも止められない!その場にいた全てのヘッズがそう感じたに違いない。


 スクラッチが鳴り、攻守が入れ替わる。



 *****──ていうか、誰? ごめんなさいね覚えてない*****



 しかしその最初の1小節。燃えたぎる熱量を一瞬で氷塊へと変化させる温度差。心の底から興味の無さそうな声音。

 これにより、観客は一瞬でZAKUROの復讐劇が単なる一人相撲でしかないと錯覚する。烈火から氷雪へ、放たれた言葉の力が全てを覆す。

 この場を支配する力、まさしく氷の妖怪さながらだった。



 **********

 一々ファンの顔一人一人覚えてられる程暇じゃないの

 勝手に暑くなっているところ悪いけれど私雪音娜。熱いのは苦手

 聞かせてあげるわ。もっと肝の冷える言葉

 **********



 子供の目線に合わせてかがみこんで喋るかの様な優しさを持った声のトーン、ここで表現されるのは格の差。そもそも立つステージ、次元が違うという暗示。

 だからこそそれは、ZAKUROへの最大限の侮辱となり彼女の心に突き刺さる。



 **********

 用意してきたあなたの韻じゃ一切冷えないこの心臓

 緊張してるクソガキにきちんと引導渡す

 引率されないと何も出来ない小童が出てくる幕じゃない

 もっと心の奥深くまで浸透する様な言葉を吐きなさいな

 **********



 ZAKUROは今回、踏んでいる箇所を強調して観客に分かりやすくアピールしていた。

 それに対し、この雪音娜による後半4小節は、普通に聞いていたら聞き逃してしまうレベルでの自然な韻踏みが行われている。

 これは言外のアンサー。わかりやすければ多くの人に届きやすい。けれどその分人に感動を与えるには弱くなる。心の奥底まで浸透する様な感動というのは、難解で深遠な芸術にこそ宿る。例えるなら、ピカソのゲルニカや、ゴヤの黒い絵の様に。

 そんなメッセージが、彼女のバースを通じて伝わってくる。


 熱にあてられたた客が、彼女により冷やされる。そしてその上で寒気がする様な恐怖を覚える。その言葉の強さに。

 雪音娜の1ターン目が終わる。

 さぁ、この状況で若者の言葉はどう観客を沸かす?


 2

 ≪はあ? 誰がファン?むしろアンチ

 勘違いすんな更年期おばさん

 もう年季入って聴いてらんないおばさんラップ

 ボンテージ着てSM嬢にジョブチェンジしたら?w


 そしたらあんた見てみんなのソーセージも超元気

 アーイ?てか暑いのが苦手なら現場来ないで冷房効いた家にこもってなよ

 なんの為のバトル? なんの為のライブ?

 熱を持ってない人間になんの価値があんの?≫


 世間知らずのガキが大人に楯突く。

 数秒前まで雪音娜によって作られていたその構図を、実力でぶち破った──。

 意外性のある韻とその連打、そしてそれを成立させながら文脈の通ったユーモアなディス。

 ZAKUROにしか出来ない彼女の確固たるスタイル。それを貫く事で、スキルフルでオンリーワンなラップに皆が魅了された。

 そしてそれによって奪われた心にカマされる、ラスト3小節の熱いバイブス。まさに蒼い焔。

 音楽とは熱狂だと、問いかける。それは確かにひとつの真理だ。俺達もその問いかけに心打たれ声を上げる。

 さて、その熱狂を雪音娜はどう醒めさせる?


 **********

 だから分かってないのよおぼこちゃん

 熱くなったら理性を失う獣も同然

 それこそそんな人間になんの価値があるのかしら?

 言葉と言葉の応酬、そこに熱さはいらない


 冷えきった私の言の葉だけがあなたたちの心を溶かす

 知ってる? 低温でも行き過ぎれば火傷する

 正論でも聴き過ぎれば耳が痛む

 熱に浮かせるだけのアジテーター、それじゃ真面目な話は出来ないわ

 **********


 あくまでも子供扱い。ラスト8小節、最後まで徹底された彼女の立ち振る舞い。

 自分を貫いたZAKUROへの礼儀として、自分も最後まで自分のスタイルを貫き返すということなのかもしれない。

 冷静でこそ人が人足り得るのだと説く。更にはそれをリリカルに表現し、客に対戦相手ではなく自分が言う真理こそが絶対だと信じ込ませる。

 そして最後は呆れたような身振りと共に言葉の上でも突き放す。それにより、ZAKUROの言葉全てがただの虚ろなその場しのぎだったかのような、そんな気分さえ観客に抱かせてしまう。

 ヤバい。なんつーバトル巧者……。


『終了!』


 司会から終了の宣言がなされ、試合は決着を迎えようとしていた。これは──。

 天鬼がこの場で敗退する可能性もかなり高い……。どうなる……。

『では、決めましょう。どちらが良かった方に声をあげてください』

 バトルを終えて尚、視線を雪音娜から外さないバチバチのZAKURO。対してさっきまでの殺気が嘘のようにのほほんと観客席を眺める雪音娜。

 果たしてどちらが勝つのか。それが、今から俺達による投票で決定する。

 ZAKURO、雪音娜、両者への歓声による評価が下された。

 司会がそれを聞いて決を下す──。


『延長!!』


 ワッ──!

 観客席が沸き立つ。

 もう一度この2人の戦いが、今の続きが観れる喜びに震える。雪音娜の今大会初の延長に、会場がどよめく。

 そう、両者の実力は拮抗していた。少なくとも今日この場においては。後になってみたらやや雪音娜の方が優勢だったと思えるような内容かもしれない。

 けれど、今日の主役はZAKURO。その雰囲気が、1回戦と2回戦からの流れが、観客を少しだけ、ほんの少しだけZAKUROに肩入れさせていた──。

 気の所為かもしれないが、そんな気がしなくもなかった。

 ただそれさえも実力なのだ。バトルにおいては。何を言うかではなく、誰が何を言うか。それが大事なのだ。どこまでリアルな、自分だからこそ吐ける言葉を吐くのか。

 それこそ、HIPHOPだから。

『では立ち位置入れ替わって、先攻雪音娜、後攻ZAKUROで行きましょう。延長のビートお願いします!DJ阿賀良瀬!』

 阿賀良瀬がまたも最高のビートをかける。【蘭the8】で【真剣勝負】。まさにスタイルウォーズの延長戦に相応しいバッチバチの戦闘曲。

 観客のボルテージが、またも高まる。

 クソ明るい照明の下、黒光りするマイクを握る雪音娜。その冷たい目線の先には、蒼い闘志をメラメラと燃やす若き少女。

 バトル開始のゴングが鳴る──。


『それでは延長戦行きましょう!レディファイト!』

 

 女妖怪の氷雪の息吹が、少女に襲い掛かる──!



 1

 **********

 まったく延長なんて……わかってないわねあなたたちも

 若手に沸かされて騙されてクソしょーもない

 しかたないからわからせてあげる感謝しなさい

 その湿った汚い口、絶望で乾かせてあげる


 ベッドの上での言葉を日が昇っても本気にしてる男みたい、アホらしい

 ここは夢の舞台? 違うでしょう?

 はみ出し者が殺しあって1番決める蠱毒。シンデレラはお呼びじゃない

 とっとと死んでけば? 子供は

 **********


 圧倒的上から目線。

 終始一貫した強者の理論。

 彼女のすごみは、普通なら観客に同意を求め共感させて沸かせるところを、その真逆を行くところだ。

 自分が客に合わせるのではなく、客を自分に合わせさせる。

 客に媚びず、客を洗脳する。

 大妖怪は一切の容赦なく、神の領域から子供を殺しにかかる──!


 ≪いやシンデレラもわりとはみ出し者だけどねw

 あんたみたいなしみったれたおばさんに虐められてたし

 もうたくさん。ガキガキ言われるの聞き飽きた

 それしか言えないならやめろよキチガイが


 音楽に理性なんかいらないし

 それでもおこるんだよね奇跡は

 あたしも孤独だったし、ラップに出逢うまでは悲劇だったよ、人生

 あたしのガラスの靴はHIPHOP──≫


 怒涛のアンサー。

 前半4小節でシンデレラや子供といったディスに対し完全即興で韻を踏みながら筋の通ったことを言ってのけつつディス返し。

 その上で後半4小節には延長前最後のバースで言われた理性についてのアンサーを返す。そこに自分の生い立ちまで乗せて。そこには込められた心の底からの想いが確かに感じられた。心のこもった言葉には言霊が宿る。観客にもそれが伝染していく。

 そしてそれだけでなく別のアンサーをしながらもさっきの『蠱毒(孤独)』という単語も拾い、『舞台』と文脈の通る『悲劇』という単語を『理性』で踏みながら持ってくる。

 加えてラストに【あたしのガラスの靴はHIPHOP】というパンチラインをぶちかましてきた。

 半端じゃない。しかもこれはきっと偶然の中で生まれた奇跡。彼女の感性がもたらした完全即興だからこその詩の軌跡。

 えげつない程の対話能力と処理能力。雪音娜から撃たれた弾を全て受け止めて跳ね返し、その上で更に斬りかかっていく行く様なヤバさ。

 神に与えられた試練を次々にこなす英雄ヘラクレス──そう評しても問題ないレベルの傑物。

 お前、強過ぎるよ、天鬼……。

 妖怪によるしごきが、怪物を呼び覚ましてしまった。そう、思う他なかった。

 しかしそれでもまだ、雪音娜の冷笑は1ミリも崩れない。

 真っ白な肌の真っ赤な唇が開く。


 2

 **********──じゃあその靴、サイズ合ってないから脱いだ方がいいわよ?**********


 全否定。たった1小節で敵の8小節を粉微塵にする。

 雪音娜の強さはここにある。

 何を言われても揺るがない自分の強さ。

 どんな状況でも自分が絶対的に強く正しくクールだと思い込み続け、実際にそうだと周りに認識させ続けられる、意思の強さ。

 夢、魔法、勢い、雰囲気、そういった不確かなものを尽く打ち消してしまうような強烈な自信。


 **********

 つまらないのよ。ただガキがあることないこと喚くだけ

 ガキって言われたくない? なら迷い戸惑いを顔に出すなガキが

 **********


 迷い戸惑いがZAKUROの顔に出ているのか、そんなことはわからない。

 だが、確かに一つ言えるとしたら──。

 【余裕】、それに関してだけは確実に、雪音娜の方がそれで満ち溢れているように見えた。


 **********

 あなたはここに何をしに来てるの?


 ただ勝つために煽るだけ? それじゃ私には勝てない

 だって私はあなたと違って相手を「煽り」に来てるんじゃない──

 「倒し」に来てるの

 覚悟の差がわかるかしら? 髪もケツも青いお嬢さん?

 **********


 マズい──。

 決まった──。

 完全に。

 さっきのZAKUROのパンチラインが霞むくらいの強烈なパンチライン。煽りにではなく倒しに来ているという痛烈なディス。


 ──何度も言ってるが、いい加減ディスるのやめろ──


 天鬼……。少し前に自分が言ってしまった一言が不意にフラッシュバックして胸が苦しくなる。

 あの時は一切の対話を拒まれた。でも今はそうもいかないだろう。ここでしっかり反論出来なければ、彼女は確実に負ける。

 頑張れ……。

 俺にはそう祈ることしか出来ない。彼女の小さな両肩を遥か後ろから眺めることしか。

 あぁ、ZAKUROがマイクを口元に寄せた。


 ≪なるほど煽りに来てる?そうだね

 確かに私はディスる為にこの場に立ってる

 でも一つ言えるよ雪音娜さん、あたしは「倒し」に来てるんじゃない

 大切な人との約束「守り」に来てる


 この大会優勝するっていう大事な約束

 だから負けられない退治だ悪霊

 態度の割に大した迫力もない愛知らぬ女王

 あたしもう迷わない! そう、だってこのマイクで愛知った悪童!!≫


『終了!!!』


 ウォォォォ──!!!!

 鳴り止まぬ歓声の中、両者はステージ中央に立つ。

 笑顔のZAKURO。無表情の雪音娜。

 勝利の女神はどちらに微笑む?


『ではいきます。先攻雪音娜!』


 司会の声に合わせ、雪音娜こそが勝者だと思った者が皆大きな声を上げる。


『続いて後攻ZAKURO!』


 先程と同様に大歓声が会場に響く。


『なるほど。もう1回聞きます!雪音娜!』


 歓声。


『ZAKURO!』


 歓声。


 司会が目をつぶり、開く。


『決まりました。勝者──ZAKURO!!!!』


 ワァーーーーー!!!!

 割れんばかりの、人々の狂喜の声が轟いた。

 若きチャレンジャーが、絶大な強敵を倒す。大きな大きなプロップスをひっくり返して。たまらない。目の前で繰り広げられた最高の試合。そしてジャイアントキリング。止まらないアドレナリン。観客は総立ちで覚醒し、喉枯れるまで叫ぶ。

 そんな中、舞台中央では、お互いの健闘をたたえ、笑顔で2人が拳を突き合せていた。そのピースさに、さらに熱くなる胸。

『負けてしまった雪音娜にも大きな拍手をお願いします!! 雪音娜なにか言いたいことはありますか?』

『あなたの顔覚えたわ。頑張ってねZAKURO。じゃあみんな、最後までお楽しみ遊ばせ。またね』

 彼女はそう言うと、さっきまでの冷酷さが嘘のような眩しい笑顔で微笑み、ステージを去った。その意外なキラメキを見てびっくりしたのか、ZAKUROがその場でのけぞっている。

『ありがとうございます!ZAKUROは準決勝進出です! ヤバい!!! 本当に超ベストバウトでした!!!』

『いえーい』

 そう言い残し、ZAKUROはステージ袖へとスキップではけていく。

 紛うことなき完全なる勝利を胸に抱いて。

 奈落に消えていく2人。

 1つの物語が終幕し、それがまた新たな物語の開幕を告げる。

 果たして。その裏では早くも次の光が、若き少女を照らし出そうとしていた。


『はい!興奮冷めやらぬ中ではありますが、次のバトルに行きたいと思います。では次のバトルは……LFD対仁王!出てきてください……』


 そして俺はその声が遠く聞こえるほどまだ、天鬼の放ったラストの嘘の無い言葉から来る等身大の覚悟、気持ちにあてられてしまっていた。

 この腐り切ったつまらない大人の心さえ、再び息を吹き返させる様な純粋さ。

 いてもたってもいられなくなるこの情動。

 人の心を突き動かさせるこの熱量。

 長らく忘れていた感動。人と人がくだらないプライドなど捨て本心を剥き出しにしてぶつかりあった時にだけキラリと光るなにか。

 これこそ、MCバトルだけが見せられる魂と魂のせめぎ合い。

 その一瞬の尊い光に、俺はまた手を伸ばしてもいいのだろうか。そんなはず、ないのに。それでも。

 ああ、でもこんなこと。答えなんて出せるわけが無い。

 正解は全て、今宵の少女達の行方に託そう。そうする他、ない。

 無責任極まりないけれども、HIPHOPによるマイナスよりも可能性を信じるのであれば、それが最適解だ。

 俺の背負い込んだものよりも彼女が抱えられたものの方が正しいと、そう証明してくれるだろうか。約束を、果たしてくれるだろうか。

 重い重い役目。それを軽々しく無自覚に。

 絶望と希望。

 今回の勝者は、果たして──。


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