~幕間~ いもうとはしろうと
【思い切っちゃえばいいじゃん
なんて軽く言って
それで笑って責任なんてなくて
どうするかなんて全部一過性
そう言い聞かせて
モウイイキカセテ?
女の子は一瞬一瞬
こんなのは思春期で実習
放課後は一途なリップ
教科書はキックしてトリップ
kururun a.k.a にゃんにゃん / girlish GAL】
「ふーんふーふふーん☆」
閑静な住宅街には不釣り合いな派手髪のギャルが、鼻歌交じりに夕闇を闊歩する。
斑鳩ルミナは、とある人物に呼び出され、その住処であるアパートを目指していた。
何度か来たことのある目的地にたどり着くと、彼女はBluetoothイヤホンを耳から外し、インターホンを鳴らした。
ピンポーンという、誰しもが聞いたことのあるあの音。
その直後に、日常生活ではあまり聞くことのない、だだだだ! どん! ずてっ! どが!! というような怪音が聞こえ、ややあってがっちゃんと勢いよく玄関の扉があいた。
「こここ、この度はお日柄もよく……」
ルミナを出迎えたのは、小鳥遊天。妖精の様な白髪と雪肌に、なぜか男物の服を着た、アンバランスな美少女。
「あはは、相変わらずだね天ちゃん」
下を向き、頭頂部しか見えない姿勢の悪い天。そこに少し懐かしさを覚えながら、彼女は微笑んだ。
「え、げへへ……。はひ」
それに対して天は、愛想笑いなのかなんなのか、薄気味の悪い笑いを美しい顔に張り付けていた。角度的にルミナからは見えないが。
「あっ、てかまたケガだらけだね。だいじょぶそ?」
顔の美しさと反比例するように、彼女の腕や脚には無数の痣や擦り傷があった。それを見て、ルミナは心配そうに彼女の顔を覗き込む。
「こ、これは転んだりぶつけたり、落ちたり……。お、おおお見苦しいですよね。なな、治します! いたっ!!!」
「いや、叩いたら治るって昭和のテレビじゃないんだから。やめな~?」
「そ、そうですよね。こここんなクソ虫人間がテレビ様と同等の性能なんかもっているわけないのに……。思い上がり過ぎたので死にます」
「死ぬな死ぬな。なんかお願いがあってウチ呼んだんじゃないの~? 死体の第一発見者にするためじゃないっしょ?」
「そ! そうでしたっ!! 死体はまずあにぃに見つけてほしいし……」
ぶつぶつとぶっ飛んだことをつぶやく天。
こりゃぁ本題入るまでだいぶ時間かかりそーだな~……。ルミナはそう思いつつ、久方ぶりに見た後輩の妹の姿に、少しうらやましさを感じていた。
「んで、ハナシってなにさ? 天ちゃん? いつぞやの配信の話?」
リビングのちゃぶ台を挟み、向き合う二人。今日は家主である空は夕飯の買い物に向かっており、いないらしい。
わざわざそんなタイミングを選んだということは、だいたいの話の流れは読めている。この兄妹の事情を誰よりも深く知っているから。
けれどそれを自分から言ってしまっては意味がない。気弱な彼女が兄を想い、なんとか重い重い一歩を踏み出そうとしているのだから。
以前も家にいながら社会と繋がれる方法として、配信の手伝いをしてあげたことがある。兄には内緒にして欲しいという、自分にはかなり困難なオプション付きで。
ルミナは今日もなんとかこらえる。軽い口が開かないように。
対する天は、そんな彼女の思考になど一切気付くことなく、知己とはいえ、兄以外の人間と二人きりの状況に胃をキリキリさせていた。
それでも、兄のためにどうにかこうにか頑張って、声を絞り出す。
「あ、あにぃは、やっぱりこのままじゃだめだと思うんです」
「へえ~、その心は?」
「あにぃは、ラップしてないと、だだだめなんでしゅ! ……あ!!! いや!! 天ちゃんが!!! あにぃじゃなく!! 天ちゃんがだめになる!!! ……もうだめだけど……。」
「うん、同感」
「ででですよねっ!!!!!」
くわっと目を見開いてちゃぶ台に身を乗り出し、異様な急接近をする天。
「うーん、でもウチがいくら言ってもやろーとしないかんな~、お兄ちゃんてば」
「そんな?! ルミナちゃんが言ってダメなら無理無理の無量大数、不可能のふかふかベッドだ……。寝よう。天ちゃん永眠。死だけが救いなのだもの……みっづをっ、ぐへっ……!」
そう言ってその場で苦しそうに倒れる天。バタンキューという擬音がこんなに似合う状態はなかなかないだろう。
「はいはい死なない死なない。まだ可能性はあるよ~」
泡を吹き始めた友人の妹の口元をハンカチで拭いながら、ルミナは彼女の背中をさすった。
「……にゃ、にゃんぱーしぇんとでしゅか……?」
「ひゃくぱーせんと!」
バーンと胸を張りだして自信満々そうなルミナ。
対する天は、その明るさに干からびそうになっていた。
「そそそそそ、そんなに!? あああ明るい未来が、ここここの世に実在していたなんて……。あわわわわわわわわ……。まぶしい!!! しぬっ……」
またもその場でびたーんと倒れる天。
「いきろ~? つーかさぁ、ぶっちゃけぜーんぶ割と天ちゃん次第だと思うんだよね~。ウチに声かけてきたってことは、自分でも薄々気付いてんでしょ?」
「ははは、はい……。そそそんなわけはないとおもってはいますが、もしかしたらあにぃは偉大過ぎるのでそういうこともあるのではないかと。天ちゃんなんかのことを気にしてくれているのではないかと、思うのです……」
「うん」
「こないだ、あにぃはすごくご無沙汰だったラップをしたみたいなのでした。そして、その日から、あにぃがなんとなく、いきいきしている気がするのです」
「さすが天ちゃん。小鳥遊クンのことよく見てるね」
「きょきょきょっ、恐縮です。そ、それしか能がないもので。えっへっへ……」
「それで?」
「ひゃっ、ひゃひ! だから、やっぱり、またたくさんラップをしてほしいなと思いました」
いつになく真剣な表情を浮かべる天のことを、ルミナはいつも通りリラックスした様子で優しく見つめている。
「うんうん」
けれどその目の奥だけは、まったく笑っていない。まるで獲物を狙う狩人の様に……。
そのことに人と目を合わせて話すことのできない天が気づくわけもなく。いつも以上に小動物の様に震えながらも、少女はなんとか言葉を紡ぐ。
「でも、あにぃはまだ気にしているみたいなのです。天ちゃんが引きこもってるから。でもそんなのただ天ちゃんが無能で社不でゲロカスなだけなのに。なのに気にしてるみたいだから……。そそそれをなんとかしたいなって……。ううん無理かも……」
話しながら、首がもげるのではないかというくらいグングングインと下を向く角度を下げていく天だったが……。そう言い終えた刹那、ルミナの眼がキラリと光った。
「無理じゃない。できるよ! じゃあ、はじめよっか!」
そう言って天の両手をがっしと握る。
「……え?」
おびえたように、視線を泳がせる天。
そんな彼女に、ルミナはにこっと笑いかけた。
「ラップ。天ちゃんが。……そういう相談でしょ?」
「あ、あわわわわわわわわ……」
どうやら図星の様だった。あたふたと暴れ、目を加速度的に泳がせる。
自分でそうなる様に動いたくせに、それによって苦しむ。今日も彼女は平常運転で狂気を発露させていた。
「その言葉をずっとまってたワケ。ず~っとね」
「ややややっぱり、嘘でしゅ! てててててて天ちゃんにはそんなたいそれたことわぁ~……」
「まぁまぁまぁ、たいそれてないから大丈夫っしょ~。はじめて数ヶ月の高校生が十年以上やってる大人に勝つことだって全然あるしね~」
「え、いや、あのえと」
戸惑う天に、いつになく鋭い視線をルミナは向けた。
「……この機会逃したら、もう二度とお兄ちゃんはラップやらないよ。いいの?」
「……………………」
「ま、それでもいいならいいケド。ウチだっていーかげん潮時かなって思ってたしぃ? もう、アラサーよ? いろいろ限界なんよ」
そう言うと、彼女は立ち上がり、天に背を向けた。
「……………ぁ………」
「じゃ、ま、兄妹仲良く逃げて終わりってコトで。ウチもこんなこといーたくないケドさー。イルミナもたまには電源切れちゃうトキもあるのよ」
片手をあげながら、玄関に向かって歩き出す。
1歩ずつ、希望が小さく遠ざかる。
その背にむかって、天はなんとか声を絞り出した。
「あ、あの!」
「ゴメンね、天ちゃん。これ以上ヤなこともいーたくないし、ドロンするわ」
彼女の人差し指が、玄関のドアノブに触れる。
その瞬間だった。
「──やります!」
大きくて、人を引き付ける芯のある声。思わず誰もが振り返ってしまうような。画面越しだとしても、聞くもの全てを魅了してしまう華のある声。
たった一言で、人生を変える力のある、声。
「…………おけ☆」
斑鳩ルミナは、満面の笑みでうなずいた。
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