第二章 始まる関係 ライバル参戦
【school in the monster 振り向くな Don’t stop
普通人が閉じた未来こじ開けに来たボンクラ
なんか文句あんなら言え俺が学校のボスだ
6限はトンズラ、乗り込め放課後ジェットコースター
──あしな/school in the monster】
「よーし、じゃあ始めるぞ」
「おー」
放課後の屋上で、おっさんと美少女が2人きり。
校庭から飛んでくる運動部の血気盛んな声を聞きながら。
俺は生徒と2人仲良く運んだホワイトボードの前に立ち、ペンを取る。ついでに煙草をくわえつつ。
そんな感じで、俺たちの不思議な関係はスタートした。
あれから「小鳥遊小鳥遊教えろ教えろつよくなりたいつよくなりたい」と連呼する天鬼に根負けする形で、俺は本当に彼女へラップをレクチャーすることになったというわけだ。
といっても、ぶっちゃけ俺から天鬼に教えられることなんてそんなにない。
だってこいつ普通に上手いし。今更誰かに教わるまでもないだろう。後は実戦を繰り返してその都度反省点を改善するとか、色んな音楽や文章を摂取するとかそういうレベルのことをひたすらやってればいいんじゃね? って感じ。勉強と違って正攻法がないからなんとも言えないが。なにせこれはHIPHOPなので。むしろ俺の時代は練習してるだとか対策を練ってるっつーのはださいみたいな風潮すらあった。
ゆうておそらく今は違うんだろうが……。
そう、そもそも俺にはだいぶブランクがある。この数年でバトル界隈はもちろん、HIPHOPという文化だってどんどん進化しているはずだ。だからもう俺のテクニックや知識なんて、化石めいたレベルにいるかもしれない。
そんな俺にも仮に彼女へ教えられることがあるとするならば……。
「やっぱり根本的なもんくらいだよなぁ……」
なので、まあ、とりま基本から解説しとみるとしようかな。
「なにから説明したものかわからないし、マジの基礎からいくぞ」
「あーい」
ゆる~く手を挙げる天鬼。
あんだけ教えろと言ってきた割には全く畏まらない彼女にらしさを覚える。
「ゆるいなぁ……」
師匠と弟子だとか先生と生徒って感じは一切しないが、フリースタイルを学ぶにはこれくらいのテンション感がちょうどいいだろう。
そう思い問いかける。
「ではまず、フリースタイルバトルにおいて大事な要素はなんだ?」
「ディス!」
めずらしく元気いっぱいな答えが帰ってきた。どちらかと言えば普段はダウナーめっぽい彼女がそうするということは、余程ディスにご執心ということなのだろうか。
「なるほどな。まあそれも大事ではある。MCバトルは相手より自分の方がすごいことを認めさせる場だからな。相手をディスって下げれば、必然的に自分が上がったように見える。言い負かしたりなんかすれば尚更だ」
「ふふん」
得意気な顔でこちらをみやる天鬼。
しかし、俺はこれから、その表情を曇らせる言葉を言わなくてはならない。
「だが、不正解だ」
「…………は?」
「フリースタイルのMCバトルに置いて大事なのは、ライム、フロウ、バイブス、パンチライン、アンサー、アティテュード、主にこの6つだ。他にも色々あるかもしれないが、個人的にはそう思っている」
「うん? ディスは?」
「ディス、つまりディスリスペクト――相手への罵倒っていうのはその手段のひとつに過ぎない。ディスらなきゃ勝てないってわけじゃないからな」
俺がそう言うと、天鬼はこれまた珍しく感情的に。
「いや、ディスらなきゃ勝てないでしょ。口喧嘩なんだからさ」
「それは初心者が陥りがちな勘違いだ」
「ほう? それはずいぶん、大きくでたね、せんせい?」
別にそんなことは無いんだが……。どうやら彼女はディスになにかこだわりがあるのかもしれない。
けれど、それは出来れば捨てて欲しいわけで。
「わかりやすく例え話をしよう。兎と亀がかけっこをする時に、いちいち兎が亀に「お前は自分より足が遅いノロマ野郎だ」なんて言う必要は無い。なぜならそれは実際に走って見せれば分かるからだ」
「はあ(何言ってんだコイツ、みたいな顔)」
「それはMCバトルでも同じなんだ。相手の方が劣っているっていうのは、わざわざ言わなくてもラップすれば観客に伝わる。つまりディスは不要なんだよ」
むしろ相手のことを不必要にディスるやつは、自分に誇るべきところがないからそうしているのだとさえも言える。真の強者は相手のミスやスキル不足で勝つのではない、圧倒的な実力で勝利する。
「そうなんだ。でもウサギはカメにまけるじゃん?」
「まあそうだが……」
なんともはやあっさり言い負かされた。
我ながら例えがよくなかったな……。
そしてそれを見た天鬼がここぞとばかりに畳み掛ける。いつもどおり独特のリズム感で。
「勝ってたと思うんだよね、ウサギは。徹底的にカメの足の遅さとか見た目の悪さをディスって、戦意喪失させてればさ」
はあ、なるほどね。謎理論だが、一理ある。
とりあえず、褒めておこう。俺の教育方針は褒めて伸ばすだし。
「やるなお前……。そういう発想力はアンサーとしてかなり有用だから大事にしていこうな」
「話逸らして、言い負かされてなかったふうにしてない? なんか……」
怪訝そうにこっちを睨む天鬼。眼光とともに、耳元のピアスがキラリと光った。
「あー、あれだ。時にはあっさり認めて話題を変えるのも手だ。勉強になったか?」
「おすしだいすき。らぶ」
いやだからって、そんな大胆な話題転換ある? 話題ですらもうないが?
人の話を聞いてるんだかわかんないというか、聞きすぎてるのか? ほんとなんなんだコイツ……。
「話題転換の強引さがエグイな……」
「強引なのはきらいなの?」
内容の割に透き通った声。ふざけてるんだか、甘えてるんだかよくわからない顔。マージで不思議ちゃんだな、この生徒は。
なんて思っていたら、ぽろりと本音がこぼれそうになった。
「どちらかといえば……っていやいや、そんなことはどうでもいいんだよ。せっかくだし、アンサーの話をしよう」
「また逸らしたね、話」
ふうん?みたいな目でこっちを見る天鬼。いやでもおじさんのそんな話興味無いだろ。やめやめ。
閑話休題。
「……こほん。アンサーっていうのは文字通り相手への返答のことだ。MCバトルっていうのは音楽にのせちゃあいるが結局は一体一の対話。相手の話をきちんと聞いて的確にアンサーする。これが出来てないやつは観客の共感を得られず負ける」
「うんうん、それな。ま、韻韻みたいにこっちが何言ってもずっと下ネタ言ってる変なのもいるけど笑」
韻韻。一回しか会ってないのにキャラ強すぎて覚えてるわ、あのおっぱいピンクツインテ下ネタラッパー。
俺の時代にも下ネタしか言わんやつはいたけど、まさかJKでそれをやるやつが出てくるとはね。すごい時代になったもんだ。草ネタJCとかもいずれ誕生するんだろうか……。
「あー、まあそういう独自の世界観とかネタでやってるやつもいるよな。特化してればそれはそれでアリだ。さっき言ったアティテュードにも関わってくる話だが」
「アティテュード?」
「日本語でいうと態度だな。ラップやバトル、HIPHOPに対する姿勢みたいなもんだ。リアルな言葉を吐けてるかとか、アンダーグラウンドでやってきたとか、ラップオタクだとか、まあ要するにそれぞれの生き様だな。そして何のために戦ってるか。これによって同じ言葉を使っても説得力が変わってくる」
「あー……。あたしが「たのしいよ、学校」って言っても、ないもんねー、説得力」
「そうだ! そういうことだ。そういうことなんだよなぁ……」
「なん回言うの?」
「いや、本当にそうなのが悲しくてな……」
俺の話の理解度や例えの秀逸さには歓喜したものの、その例えが事実なのが教師として切ない。
しかしそんな大人の心など、子供には伝わるよしもなく。
「???」
「はぁ……。気を取り直して、1つ目に言ったライムの解説をするよ……」
「はーい。ゆーて、されるまでもないけど」
「たしかにこないだのお前を見る限り釈迦に説法でしかないかもだが、一応な。ライムってのは端的に言えば韻のことだ。皆無、だいぶ、さいふ、空き巣、みたいな感じだな。これは全部母音が【あいう】で構成された言葉になっている。こうして母音を揃えた言葉を並べることを韻を踏む、あるいはライミングと呼ぶ」
「パキる、アリス、足りぬ、浴びる、アイス、マイク、飽きる、ラリる、ナイフ」
【あいう】で韻を踏める言葉を急に連呼し出す天鬼に軽く引く。
「なんだ急に……」
「あたしの方が言えたね。いーっぱい」
なぜか得意げに胸を張る貧乳娘。
「おお、すごいすごい」
「そうでしょ」
ドヤ顔がくどいな……。
その顔に向けて、「ラッパーはこういう日常のシーンで急に韻を披露し始めて彼氏彼女(いなければ友人親族)にうざがられることがあるので気をつけよう!」と忠告しようかと思ったが、今の時代そういうことを言うとセクハラとかなんとか言われそうだなと思ってやめた。
仕方がないので、次の話題へ。
「お、おう。じゃあ次はフロウだな」
「出来そう? 苦労せず解説。あたし以下の頭脳で。無能」
なぜかフロウで踏める【うおう】の韻、「苦労。頭脳、無能」を自然に織り交ぜながら罵倒してきた。どうやら先程の韻踏み連打にあんまり触れなかったのでおこらしい。
「勝手にお前以下にするな。有能だわボケ」
「えー。でもさっき負けたじゃん。韻の個数」
「大人だから譲っただけだわ!あいうの韻くらい誰だって無限に言えるんだよ!舐めんな!」
「ふーん?」
侮りと懐疑に塗れた、けれども純粋な少女の瞳がこの汚いおじさんの瞳孔を貫いていた。
いや、嘘じゃないからね? 三文字の韻くらい、無限に踏めるからね? 能ある鷹だから爪隠してるだけで。
「なんだその顔は……。ともかく、フロウはわかるな?」
俺がそう言うと、彼女はかなりリズミカルにいかにも若者というような乗り方で人間楽器になった。
「こ、いう感じで、リズミカルぅ~にDO―KUTOーKUにラァップしていくこと。あはん?」
アカペラながらに、音楽性を感じさせる見事なフロウ。本当に、これがJKだなんて末恐ろしい。
「おーけーおーけー。別に独特だったりリズミカルである必要は必ずしもないけどな。そういうフロウは魅力的なことが多いってだけで」
「ばーか。そんくらい承知してる。実力をみせたんだよ?」
「そうか、揚げ足を取ったみたいで悪かった」
「許そう。わかればいいからさ」
うーん、真顔でそんなこといってるけど、俺、年上だよ? あと弟子にしてくれってあんなに言っとおいて、態度これ???
まあ別にいいけど。
……なんて、小心者らしく心のなかでだけ思いながら、
「えー、改めてまとめると、フロウとは、どんな風にラップするかってことだ。敢えて歌い方と言ってもいいかな。MCバトルにおいて音楽性をもっとも求められる要素でもある」
「うんうん。あたし、せんせいのフロウ結構すきだったわ」
「え、マジ? 俺そんなフロウ巧者じゃないけど……」
現役時代もお前はフロウがなってないとよくディスられた記憶がある。
だというのに、彼女はまるで、本当にまるで、恋する乙女みたいに。
「なんかさ、あたしの好きな人のに似てた」
そうぼそっとつぶやいた。あまりワーキャーしなさそうな印象を受けていたのに、それを丸ごと覆すみたいな、熱っぽい目で。
それを見て、俺はつい、尋ねてしまう。
「へぇ……。誰だ?」
「ひみつ」
「なんでだよ」
「……はずいじゃん」
「はぁ? なにが?」
単に好きなアーティストを聞いているだけなのに、何をそこまで恥じる必要があるのだろう。
そう思うものの、実際彼女はどうやら本気で照れているみたいだった。
「セクハラはやめてもろてー」
俺から顔を背けながら、NOを突きつけるように手のひらをこちらへ向ける。
なので。
「ふむ。じゃあ別にそんな興味がある訳でもないし次行くか」
あっさり引下がる。
すると。
「もと? 興味はさ。あたしに。かなしーわー」
それはそれで嫌なご様子。かまってちゃんかよ。
とはいえ、生徒に興味がない冷血教師と思われても困るので、
「あー、持ってなきゃわざわざ休みの日にクラブまで出向いてお前に学校来いとか言ってねえよ」
「わはははー。……なんかそういう決め台詞の芸人いたよね」
「え、茶化してる? 結構本気で言ってたんだけどな俺……」
思いが伝わらないって悲しいなあ。
「えへへへへへへへ。……まあまあ、バイブスは感じたし。ってことでバイブスの説明よろたの」
「ま、まかされた……?」
急に仕切り出したなコイツ。ほんと掴みどころなくてやりづらい……。
「あー、さて、バイブスってのは、ノリとかテンションみたいな意味だな。バイブス上がるって言い方が一時期世間でも流行ったりしたし、これが一番わかりやすい要素かもしれん」
「ぽんぽんぽーん!」
いかにもパリピっぽく声を張る天鬼。しかし見た目がどっちかというとバンギャとかメンヘラ寄りな上に声が無感情なので違和感がすごい。
「どした? 急に……?」
「せんせいの話つまんないからさ、面白くしようかなって」
「グサリと刺すなお前……。じゃあ俺もバイブス高めで説明してやろか?」
「ハイテンションのおじとか怖いだけじゃん。やめとき?」
おじ……。
まあもうおじさんではあるけども。自称はいいけど現役JKから言われるとちょいダメージ食らうよね……。
「泣いたわ。ほんじゃ、パンチラインの説明に移るか。ちょうどそれっぽいの投げられたし」
「ふふっ、ディスり過ぎた? ごめんね、おじ。だいじょぶそ?」
「とりあえずおじ呼びやめろ」
「はーい」
「いい返事だ」
「宣誓!せんせいのことを二度とおじと呼ばないと宣言します!厳然と牽制されたので!」
「日常会話でナチュラルに韻踏むのキモイからやめてくれ」
「ね、ナチュラル押印出来るあたし天才?」
「うん。天才」
「わーい」
めんどくさいから適当に肯定しただけのつもりが、それでも褒めると素直に喜んでいるようだった。声にこそ感情はあまりこもってない。でも、どうやら本当に喜んでいるらしい。なんというか、雰囲気が急にやわらかくなった。
もしかすると、感情表現が苦手でラップという文化に出会ったタイプなのかもしれない。それを見て、ふとそう思った。その手のハマり方をしたラッパーは、実際結構多い。
会話よりも、音に乗せた方が、上手く人の心に響く言葉を紡ぐことが出来る。
それはこれから話す要素についても、同様。
「では、フリースタイルバトルに置いて重要な6つの要素のラスト、パンチラインについて説明していく」
「うぃ」
「パンチラインっていうのは強烈な文章の事だな。ズバリと端的に相手をぶち抜く決め台詞的な。具体例を出すには対戦相手と発言する人間によって変動するからなんとも言えないが……、敢えて歴史上から引用するなら、【満足な豚であるより不満足なソクラテスである方がいい】、【少年よ大志を抱け】、【鳴かぬなら、殺してしまえ、ホトトギス】、とか、そういうやつだな」
「我思う故に我あり」
「そうそう、そういうの。意外と賢いんだな」
「まあ天才だからね、あたし。ふふ」
こいつなんでこんな自己肯定感高いのに不登校だったん?
ふとそんなことを思ったが、そういえば単純にラップバカだったからだった。
そして、そんなラップバカにつきあっていたら、早くももう夕暮れ時になっていた。
目の前の景色が、天鬼の青いインナーカラーまでもが、オレンジに染まっていく。
なので。
「なるほど? まあじゃ、基本の解説も終わったし、今日はお開きにするか」
しかし、彼女はそれを阻むように立ち塞がる。
「おい。こんなおもんなだけでおわりなの?」
「おもんなとか言われると傷付くんだが……」
「じゃあ、おもしろ話、してもろて」
「それはだるいからつまんな男でいいや」
なんか面白い話して~って言ってくる生徒ほどめんどくさいものはない。
なんて思っていたら、この場にもっとめんどくさい生徒がいた。
「……バトルするか」
「なぜそうなる」
「ヒマだし。ちょうだいよ、ごほうび。勉強したんだし」
「あー、なるほど。ま、実践は大事だよな。サイファーとか行ってきたら?」
サイファーというのは、円になって交互にフリースタイルのラップをする集会みたいなものだ。定期的に各地で行われているので、暇なラッパーはこぞってそこに集まる。
「あたしはさ、猛者とさ、戦いたい。ね?」
「この学校1番の猛者はお前だろ」
「そうだけど……。負けたんだよね。偶然とはいえ、せんせいに」
「あれはお前あれだよ、不意打ちだったからだよ」
「うん。でも負けは負けだから。取り返さないとでしょ?」
「そういうことならもっと強くなってもらわないとだな。そういう約束だったろ? 再戦は強くなったらって。だから、な? サイファーで練習してこい?」
「しなくてももう勝てるし」
「いやいや、今のお前じゃ無理だわ。なんだかんだ俺強いし」
「さっきこの学校1番はあたしって認めたじゃん。矛盾してるよ?」
「教師を含めるとは言ってないからな」
含めたらたぶんナンバー3くらいだな天鬼は。
「詭弁だね。それでも大人?」
「いつまでも心は子供だ!」
「うわきつ……」
「そんなキツい俺と放課後まで一緒にいることないだろ? というわけで早く帰れ」
「むしろそんなキモいおじを成敗してあげる。あたしが」
「キモくはないだろ」
「……わからん」
「えっ……」
本気で動揺してしまった。
流水のようにタンタンタン続いていた言葉の応酬がブツッと途切れる。
真顔な天鬼を、「そんな事ないよな……?」という目で見つめる事しか俺にはできない。
するとその瑞々しい唇が縦に裂けた。
「じゃ、あたしが負けたらキモくないってことにしてあげるから、バトルしよ」
どうにか話題をずらそうとしてるのに結局そうなるのね。どんだけバトルしたいんだよこいつ。
でも俺も彼女がしたいのと同じくらい、バトルしたくないわけで。
「ええ……。そんなことの証明のために高校生相手にガチる教師キモくね?」
「あー……。あるな、一理。うん」
「おい」
自分から諭しておいて、肯定されたらされたで傷付く。我ながら俺ってめんどくさいな……。
すると、美少女はインナーカラーの青をかきあげて言った。
「キモいやつでも勝てるのがバトルのいいとこ。バトルするしか?」
謎の名言感(つまりはパンチライン感)があるが……、
「いや、そうはならないだろ」
「え~。けち」
とうとう不貞腐れたらしく、頬を膨らませこちらを睨む。
そんなかわいい顔でこっち見られてもな。ロリコンだったら1発で許可してただろう愛い表情だけど。現実はそう甘くないわけで。
「先生にも色々あるんだよ……」
俺は口ごもることしか出来ない。
そんな時だった。
ガチャりと屋上の扉が開く音。
そして聞きなれた声が、夕暮れに染まる空間へ侵入する。
「うんうんわかるわかる。先生にも色々あるよね。てなわけでー、ウチが、」
「え、だれ?」
なんと、闖入者は俺の上司のギャル教師、斑鳩ルミナだった。
元不登校の天鬼は彼女のことを知らないらしく、ぽかーんとしている。
斑鳩さんは、そんな彼女へ自慢の乳と金髪を揺らしながら、年甲斐もない明るさで自己紹介。
「おーっとと、そうかはじめましてか。ウチは斑鳩ルミナ。この学校一の美人化学教師☆ よろ~」
「よろ……。む? あれ、でもなんか見たことあるかも」
「あ~ウチわりとバトル出てるし、そういう感じかも」
そう、この人はこう見えてラッパーなのだ。
そしてそれを聞いた途端にガラッと態度を変えるクソ現金な天鬼。
「なるほど。じゃあバトルしてくれるの?」
「いいよ~。ただ今日はあなたとヤりたいって子がベツにいてさー!」
「お~。いいね。強い?」
「ウチの弟子だからね。めっちゃ、」
え、そんなのいたの? 聞いてないんだけど……と思っていたら、少女が放つにしてはあまりにも野太い大声が聞こえてきた。
「強いに決まってんだろうが! ナメてるといわしちまうぞコラァ!!!」
「にがちゃん、今ウチがしゃべってるとこだから」
「あ、すいません」
斑鳩さんの話をさえぎって入ってきたのは、返り血でも浴びたんか?みたいに強烈な赤髪の、荒々しさのある美少女だった。
外見のパンチで言ったら、天鬼も相当なものがあるが、天鬼がどちらかといえばクールというかサブカルチックなのに反し、赤髪の少女は圧倒的なパッションとスケバン感がある。
ワンサイドを刈り上げ、反対側をロングヘアにしているアシンメトリーなスタイルや、耳や顔に着いた沢山のピアス、そして腕からちらりと覗くタトゥー。これは見る人が見たら怯えるレベルかもしれない。
さらには生まれながらのものであろう、見たものを切り裂きそうな程に鋭い目つき。それはキラリと光る美しい日本刀の様でも、髪色とあいまって血に塗れたジャックナイフのようにも思えた。これには魅入られるか恐れをなすか、人によってまったく180度異なる感想を抱きそうな、そんな瞳をしていた。
そして、そんな彼女を指さして、斑鳩さんはあっけらかんと。
「まーこれくらい血気盛んだから、とりまバイブスはヤバいワケよ」
「おー」
「バイブスだけじゃないっすよ!」
「うんうん。まーそれははよ戦って証明してちょーだいな?」
「望むところっすよ」
そんな近寄り難い不良少女に、天鬼は一切臆することなく。キラキラと、瞳を輝かせていた。
「いいね。たのしそう。……名前は?」
「仁ヶ竹水恋。MCネームは仁王」
「仁王か。なんかつよそう。あたしは、」
「知ってる。ZAKUROだろ。名乗りはいらねえよ。お前、ムカつくけどこのへんじゃ有名だから」
やっぱりそうだったのか。そりゃあこの歳であんだけやれれば有名にもなるわな。
ただ、本人はあんまそういうの気にしてなさそうな雰囲気。
「そっか。有名なんだ、あたしって」
「自覚ねえのかよ。うぜえな……」
「おー、にがちゃん、早速あったまってるぅ? じゃ、ビートはウチが流すね」
そう言って携帯型のスピーカーを掲げる斑鳩さん。ブルートゥースなんて、昔はなかったのにと、ふと懐古。
そして俺はといえば、あまりに突発的な展開に、何をするでもなく。ただただ、やんややんやしている彼女らをぼうと眺めていたのだが……。
「頼みます! ルミ姉!」
「まかせたわ」
「おけー☆」
「……(なんか楽しそうだなこいつら)。」
いつの間にやら蚊帳の外になってしまっていた。
というわけで。
「じゃ、俺は帰りますね」
「なんでだよ!!」「は?」「いや、いろし」
するとどういうわけか、三者三様の否定が返ってきた。
「え、なんで全員許してくれないの? 明らかにこの場に俺不要だよな?」
「審査員がいるだろうが? 頭沸いてんのか? お前、なんでその頭で教師出来んだよ?」
「ありえないでしょ。せんせいが弟子の活躍見ないとかさ」
「人はいっぱいいたほうが楽しーからねー☆」
ええ……。
「信じられんくらい自分勝手な奴らだな……」
「まあまあ、自分もこのくらいの歳の時はそうだったでしょ? 多めに見てやりな~??」
「それ知ってるんならなおさら俺とラップを近づけようとするのやめてくださいよ」
ラップやめたがってるアラサー間近のおじさんをことあるごとに界隈へ復帰させようとしてくるからなこの人。ほんとタチ悪いわ。これまでに彼女がしてきたことを思うと、天鬼もこの人がけしかけたんじゃないかって思うレベル。今してきてる乱入も割とそれ目的なんだろうし。
けれども当の本人はまるで聖母の如き清らかフェイスで説くのだった。
「知ってるからこそだよ。それにあんま昔の湿っぽい話子供の前でするのよくなくなくない?」
「斑鳩さんから言い出したんでしょうが……。まあごもっともですが」
子供の前で昔話しだす大人ってマジでウザいからな……。
ほら、早速子供様たちが喚き出す。
「またおじがおもんな話しるわー。わら」
「こんな奴ほっといて早くやんぞZAKURO!」
「あーい」
「よーし! ふっふっふー、そんじゃ、ビートはこれデース☆」
彼女はそう言うと指先で液晶をワンタッチ。鳴り響いたのは、【あしな】で【school in the monster】。小話をすると、これまたこないだ無理やり斑鳩さんに聞かされた曲であり、最近若者の間で流行っているアップテンポなのにエモい曲調の、要するに俺の時代には無かったタイプの楽曲だ。普通にいい曲だとは思うが、俺達の歳で嬉々として聞くのはやめた方がいいと思うよ斑鳩さん。まあ全然そんなの何でも自由なんですけども。
「はい、じゃあこのビートでぇ、先攻はどする~?」
「もちろんうちが先攻!!!」
赤髪の少女――MCネームは【仁王】だったか?――は、見た目通りのバチバチ系らしい。
本来不利な先攻を自分から望んでやるというのは、そのまたとない証左。
だからほら、このバトルジャンキーが心底嬉しそうに笑っている。
「へぇ? まんまんじゃん。やる気。あはっ」
「たりめえだろ!! ぶっ潰すかんな!」
「……やれるもんなら」
真っ直ぐな感情が、両者の間に熱風を錯覚させるほどに熱く、思い切り迸る。
もう二人の世界は、この場に展開されきっているみたいだった。
「はいはい~、しゃべるなら~、ビートの上でね~。てなわけで、早速やっちゃいますかぁー!」
「はい!!」
「いえ~」
「うんじゃあ、8の3でぇいぇ、先攻【仁王】、後攻【ZAKURO】でえぇ、れでぃ~、ファイトぉ―!!!」
そんなゆるるんとした声をきっかけに、今世紀の全未成年をぶちあげさせるビートがスピーカーから流れ始め、仁王は大きく口を開いた。
1
「yoyo はじめましてだなZAKURO
うちはもう決めてきたぜ覚悟
お前をぶっ殺すっつー覚悟
握りしめているぜこのハンド
ライムっていう拳銃をちゃんと
絶対にさせねえぜお前には安堵
全部出しきって肺の中の酸素
yoyo たとえ乱暴にでもやるぜ お前をハントォ!!」
なるほど……。
仁王がしたのは、お手本みたいな先攻のラップだった。
やんちゃな見た目の割には、性格は真面目なのかもしれない。
はじめましての挨拶から入り、相手の名前であるざくろ(あうお)の韻を、主に小節の最後に持ってきて立て続けに踏んでいく。これはいはゆる脚韻と呼ばれる踏み方。どこで踏んだかかがわかりやすい為に、ラッパーの間で多用される。そして彼女はそれをさらに分かりやすくするために、末尾の単語だけ語尾を上げて強調していた。これも、俺の時代からよく使われていた手法だ。たぶんもっともスタンダードなラップの仕方とさえ言えるかもしれない。
つまりは、だ。端的に言って、彼女のスタイルは割とシンプルで型にはまっている。
また、フロウにもあまり癖はない。逆に言えば、奇を衒ったり変調しない分、とにかく聞きやすい。発声もいいしな、うん。
ふむ、これは……。
まあいい、ここで敢えてこれ以上言うまい。
俺が思ったことは、きっと対戦相手が言ってくれるだろう。
8小節が終わり、攻守が入れ替わる。
さてどうでる、ZAKURO?
≪あー? なんていうかつまんないねあんたのラップ
なんだっけ? 覚悟? そんなもんいちいち無いよ
なんていうか、時代~錯誤? 今にあんの?
そういう態度? 毎度毎度そんな覚悟とかせんでも~
いいんじゃない? って思っちゃったごめんねぇ
ていうかその髪型ヤバ笑 それで学校来てんの?
ウケる。たぶんとなりの席の子ビビってるよ。キャハ
だいじょぶそ? エイ、だいじょぶそ? Ah?≫
ふはははは!
思わず笑ってしまう。
開幕から全否定。つまらないと。
これは単純故に深く刺さる。大振りの言葉の刃が仁王の胸元をパックリと切り開く。
そして、その傷が癒えぬ間に、立て続けに罵倒。まるで延々と塩を塗りたくるみたいに。
スラスラと出てくる言葉は、口語のような自然さ。思ったことをそのまま言っているようなナチュラルなスタイルが、天鬼の気怠げな声質にマッチしている。
が、それでいて仁王よりも音に言葉を乗せられている。聴き心地のいい声でされるこのフロウは、なかなかにアガる。更に言うと、子気味よく韻も踏んでいる。素晴らしい。
仁王……。これはだいぶキツそうだが……。はたして。
2
「だいじょぶそ? ああ?? だいじょぶそう???
舐めてんのかてめえ?! おいコラ!!
何がだいじょぶそう? うちがなってやるよ大統領
愛も苦悩も知らなそうな馬鹿面がよォ!
ほんとにむかつくぜお前マジ殺そう
そう思うくらい最高潮うちが最高峰
最後方からでも撃ち抜いてやるよお前のタマ
このアマ、生言うなバカがたかが小娘ここが墓場!」
これは!
ひっくり返したんじゃないか?!
相変わらずスタンダードなフロウでこそあるものの、内容はつまらなくなくなった!
煽られてオラオラ感のあるスタイルが強調されたのも迫力が増してハラハラさせてくれる。
そして対戦相手が最後に言った言葉、「だいじょぶそ?」その韻である「あいおうお」それを連続で踏んでみせる即興性と実力。しかも仁王はだいじょぶそうと解釈して更に1文字多い「あいおうおう」で踏んでいた。6文字をこうも立て続けにというのは、ある程度のスキルが無いと出来ない。
大統領、愛も苦悩、マジ殺そう、最高潮、最高峰、最後方と来た! まさしく最高潮だ!
ラストも短い韻ながら「ああ」と「あああ」の韻を1小節の中に散りばめることで子気味のいい響となっている。なんという押韻。
思わず右手を上げてしまった。
そんな俺をちらと見て、不敵に笑う仁王。
そして、ZAKUROは……。
≪墓場~? んん~? ここは屋上、残念だねおばかさん
あたし”はかな”げな美少女~ 死ぬにはまだまだだ~
ふふ、そんな感じ生き急ぐ わがままな主張だって通してく
わかるでしょ? ていうかなに、大統領?
そんなタトゥー入れてたらなれないでしょw
だいじょぶそ? 頭も悪そう言葉も軽そう何を隠そう
あんたを狩るぞなんて思うまでもなくあたし勝つぞ
マグロおいしー! こんなこと言っててもかっちゃいそ笑≫
これは……。
全く、なんという自由なスタイル……!
口語調で、的確というよりはユーモラスにアンサーしていく独特さが面白い。
それでいて、文字上は喋っている様でいてフロウとしては巧妙にビートの上で跳ね回っている。
その分聞き取りづらくはあるが、逆に聴き応えがある。
赤髪オールドスタイルの仁王と、青髪ニューエイジなZAKUROがなんとも対照的で面白い。
まったくのスタイルウォーズだなこれは。
そしてそんな2人の雌雄を決するラストの16小節が、やってくる。
3
「何だ急に、マグロ? お前がマグロ女なだけだろ
どうせ男としたことないだろハグも
だいたいお前のどこがはかなげ?
悪女の間違いじゃねぇ? たぶんそうなるぜ末路
反応悪いマグロ 頑張ってみがいてろ感度
じょうずなのはそれだけだろマンコ
それでされてろやおっさんから堪能
満足だろそれでぇ? なあどうだZAKURO?!」
≪ごめんごめんごめんほんとにごめんね残念だけどあたし感度はいい方
つってまあ実際したことないけどハグも
ふふ、そんなあたしがなんで悪女?
むしろ聖女でしょ笑 考えような? 正常な頭で
けどあんたの遠慮ないものいい気持ちよくてすきかも♡
なんてほらね? 感度いいから反応しちゃった
感想はどう? しちゃおっかピロートーク
床上手は程遠くても妄想する~アハ≫
「終了~!いいねーあんたたち~!チョー楽しかった卍」
八小節3ターンの勝負が終わり、スピーカーは口を閉じる。
斑鳩さんは満面の笑みで二人に語りかけた。
けれど少女たちはどうやらまだし足りないようで――。
「やるじゃん」
「あ? 判定はまだだろ。もう負けを認めたか?」
「? 勝ったのはあたしだけど?」
「ああ?? なわねねーだろマグロ女ァ!」
冷ややかながら闘志を秘めた目つきの天鬼に、声を荒げ掴みかかる仁ヶ竹(仁王)。
野良試合でここまで盛り上がれるたあ、若いっていいねえと思っていると、斑鳩さんが仲裁に。
「あーはいはい、そこまで~。終わった後しゃべんないでくださーい」
「さーせん! ルミ姉!」
「んじゃ、小鳥遊センセ、判定よろー」
思ったより聞き分けのいい二人に拍子抜けしつつ、大役を任されていたことを思い出す。
「はあ。……うーん、あのー、これって2人ともよく頑張りましたとかじゃだめなんですかね……」
「ダメでしょ」
「舐めてんのかコラ!!!」
「……とーのことみたいだよー? わら」
「ですよねー……。まあ、じゃあ言いますけど、」
そう言って判決を告げようとすると、
「「…………!」」
美少女二人が熱く俺を見つめている。
そう言えば聞こえはいいが、こんな場面では何も嬉しくない。
言うしかなさそうだなー。やだなあ。はあ……。
「――勝者、ZAKURO」
「いえーい」
「クソッ!!!」
言葉の軽さの割に相当喜んでいるらしく満面の笑みな天鬼。
荒々しい言動の割には意外としっかり負けを受け入れているのか鎮痛な面持ちの仁ヵ竹。
そんな2人をみていたら、なんだか苦しくなった。青春とはまさにこれなんだと、そんなそよ風が傷口に吹き付けているみたいで。
どこまでも対照的な、けれどどちらもきっと同じくらい真剣にラップに向き合っているのであろう二人を、なんとなく愛おしく感じる。その表現があっているのかは定かではない。けれど。とにかく、胸が熱くなったのだった。
なんて若者の純真さにおじさんがくらっていると、おばs……お姉さまから追い打ちが。
「理由を聞きたいな~、小鳥遊センセー?」
「だね。あたしが勝った理由。たっぷりしりたい」
「納得できねえ理由だったらシメんぞクソ教師!」
年上のおねだりに、若者のドヤ顔と怒号。
おじさんには荷が重いんですけど。
なんて思っていると、ギャルながらにきちんと教師な斑鳩さんが注意してくれる。
「にがちゃん、口悪い。それにいちおーウチも教師だかんね?」
「はい。すいません! 気をつけます! で、クソ男、弁解を早く言えや!」
「え、全然反省してないじゃんお前。てか俺、なんか嫌われてる?」
「あたりめえだろ!! ナメてんのか?!」
「ええ……。俺の授業つまんなかった?」
「聞いたことねーから知らねーよバカ」
「まあお前のクラス担当したことないからな」
「ならなんで聞いたんだよ!」
血管ブチブチで詰め寄ってくる仁ヶ竹に、俺は人差し指を突きつける。
「はい、お前の敗因はそういう真面目な所。教科書通り過ぎる。反応が読めちまうんだよ」
「……ちっ。さすがディスがえぐいな……」
逆上されたらめんどくさいなぁとか思ってたけど、そこは斑鳩さんが教育してくれてるのかな。
あるいは本人も思うところがあるのかもしれない。彼女は虚をつかれたように大人しく1歩引いた。
真実っていうのはそのまま告げられると辛いもの。それを素直に受け入れたコイツはこの先も伸びる素質がありそうだ。これ以上嫌われても困るし、とりあえず褒めておこう。
「ディスったつもりは無いんだが……。純粋な批評だ。ま、フォローするならお前の方が韻は踏めてたし迫力もあった。しかも真面目な割にはいきなり言われたマグロとかいう意味わからんワードにもちゃんと対応して最後の小節までそれで踏み切ったりしててすごかったよ。臨機応変さはあるみたいだし、そこを磨けばもっと強くなれるだろ」
「…………お、おう」
普段あんまり話さない父親からお年玉もらっちやった……、みたいな反応をする仁ヶ竹。
……俺ももうそんな歳なんだよなと絶望していると、マイペースな声がした。
「ねぇ、あたしは? ぷりーず、褒め言葉。勝者を賞賛してよ」
「小3男子並に欲しがりだな……。あ」
釣られて無意識でしょうもない韻踏みをしてしまった……。勝者→称賛→小3。しょうもな。
すると横の斑鳩さんがポンと肩を叩き真顔で。
「だいじょぶ?硝酸飲む?」
「えぐい事言いますね斑鳩さん……」
天鬼が言うぶんにはまだしも俺達が言うのはキツイ。
ラップ知らないやつが聞いたら(知ってても)ただのオヤジギャグ集団だぞ……。
「はやくー」
ご不満そうな天鬼にせかされ、ふと我に返る。
「はいはい。なんつーか、お前っぽくてよかったよ。マグロおいしーとかむしろ聖女とか、返しが超面白かった。クソパンチラインだったわ笑」
フリースタイルバトルにおいて重要視されるオリジナリティ、その点を天鬼はワードセンスによってしっかり確保出来ているといえる。
会話も出来ていないようできちんと出来ているという絶妙さ。
これは本人のパーソナルな部分だから、鍛えてどうこうというのはかなり難しい。故にそれを元からこのレベルで持ってるのは大きな強みだ。
「ふふん」
「ただ、余計なお世話かもだが、無理にディスらなくていんじゃないか?」
「……うん?」
「たぶん思ったことをそのまま言った方がいいタイプだよお前は」
「うん。言ってる」
即答。彼女は真っ直ぐな目で俺を見て即答した。
無自覚なのか……。
「そうか……。ならこれ以上は俺の口からは言わんどくわ」
「え、これでおわ? 褒めてよ、もっと」
「俺はお前のお母さんか。むしろお前、教師の前であんだけ下ネタ言いまくって怒られないだけ良かったと思えよ?」
「セクハラはやめてもろて~」
「自分で言ってたんだけどなぁ……」
「マグロおいしーって言っただけだし。下ネタ持ち込んだのは仁王じゃん」
「ああ??? なに急に因縁つけてきてんだてめぇコラ?! そもそもなんなんだったんだよあれ! バトル中にいきなりマグロおいしーって何考えてんだテメェ?? 舐めてんのかクソが!!」
流れ弾が飛んで来ただけで宣戦布告レベルにキレる赤髪少女。
けれど青髪少女はそんな彼女の短気を嫌がるでもなくカラカラと笑った。
「お? する? もう1回?」
「望むところだ! この電波女!!」
「いいね。血祭りちゃん、やろ」
「誰が血祭りちゃんだコラ! 仁王だっつーの!」
「そっちが先に言ったのに……。忘れちゃた? ZAKUROっていうお名前です。あたし」
「うっせーな! やんぞZAKURO!!!」
「うぃー」
そう言うと2人は俺たちのことなどほっぽいて勝手に音源を流し、自分達だけでバトルを始めたーー。
少女達は大人のことなど完全に置いてきぼりで、自分達の世界で音を奏で言の葉で殴り合っている。
その様子を嬉しそうに眺めながら、斑鳩さんが微笑みかけてきた。
「なんだかんだ仲良くなりそうでしょ、あの2人?」
「はぁ、そうっすね」
「オイ、もっとよろこべ?」
「……なんで?」
「お互いの教え子がライバルになるとかさー、激アツじゃん?」
「少年漫画の読みすぎですよ。ちゃんと教科書とか読んでます?」
「走れメロスってアツいよね」
「……。」
化学教師がなんで国語の教科書に載ってるもんのハナシしてくんだよ……。
呆れた目を向けると、彼女はそんなことお構い無しにお世辞を言い始めた。
「にしてもさァー、小鳥遊クン、さっきの分析的確だっねぇ~。ウチ、シビれちゃった」
「あんたでもあれくらい出来るでしょ」
さっきのあいつらへの講評のことを言っているのなら、もはや皮肉にさえとれる。だってこの人バトルの審査員とかやってたこともあるからね。
「ムリムリ~。ウチ文系だから。」
「どの口が言うんですか。てかその理論で言ったら現国担当の俺じゃ出来ないことになるんですが。しかもあんた化学教師じゃん」
「そーゆー喋り方が理系なんよ。教科は置いとき?」
まるで生徒に向けるみたいな声音で俺を諭す斑鳩さん。未だに子供扱いするのはやめて欲しい。
「はあ」
「まーよーするに、割とウチら弟子逆の方が相性良さそうだなとか思っちゃったワケ」
「どこが???アイツに俺の悪口とか吹き込んだでしょアンタ。なぜか異様に嫌われてたんですけど」
「そういう陰湿なことするのはむしろ小鳥遊クンでしょ笑」
なんて言いながら、目線を下に向けおどけ、ケタケタ笑ってみせる。
「おい」
「冗談冗談~。顔こわーいぞ?」
「元からですよ……」
「それな」
いいこと言うねー!みたいな顔で肯定する斑鳩さん。年上じゃなかったらシバいてんぞコイツ……。
「……。からかいたいだけなら俺そんな暇じゃないんで若い男子生徒とかでやってもらえます?」
「ダメダメ~。そんなことしたらみんな本気になっちゃうもん」
「じゃ、お疲れ様です」
胸を寄せてウィンクという謎のセックスアピールをされたが、鬱陶しいので背を向けて歩き出す。
「もぉ~。小鳥遊くぅん」
背後からそんな声が聞こえたが、強く引き止めてこないということはもうお開きでOKということだろう。
今日は稽古つけたぶん本来の教師としてのお仕事が進められていないので帰りがいつもより遅くなるなこりゃと絶望しながら、俺は屋上を後にした。
希望にあふれる、二人の少女の声を鼓膜に焼き付けながら――。
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