侵略! 犬宇宙人

 2023年、人類は滅亡の危機に陥っていた。

「ふははは! ここが地球か。ひさびさに帰ってきたな。ノスタルジックな気分になるぞ」

 いきなり東京にUFOが墜落したかと思ったら、そこから一匹の大きな犬型宇宙人が出てきた。周りの人々はざわざわパニックに陥っている。

「人間の諸君!! 吾輩の名前はライカと言う。今日はお前たちに絶対的な絶望を教えに来た!! 今日からこの地球は、吾輩ライカの植民地となる。逆らったらこうだ」

 犬宇宙人、ライカは人差し指を誰もいない車にぴっと指さすと、そこからレーザー光線が出て、車が跡形もなく破壊された。人々は更にパニックになった。

「ふはははは! 人間どものうろたえる姿、見ものだな。吾輩の千里眼で、全ての人類が慌てているのが見える。……ん?」

 ふと、ライカは目を凝らした。病院の窓越しにとある人影が、こちらを見つめている。

 窓の向こうの男は、ライカをぼんやりと見つめていた。その顔には何の感情も浮かんでいなかった。

「貴、貴様! このライカ様が地球を侵略しようとしているのに、何をぼんやりしているのだ!!」

(えっ…? 頭から声が聴こえる…??)

 窓の向こうの男は少しうろたえた。

「そうだ!! 吾輩はテレパシーで貴様に訴えている。貴様は感情がないのか??」

(え、だって)

 男はかぶりをふった。

(死にたいもん。俺)

「……は?」

(俺、病気は完治しないし、両親は俺を捨てるし、いいことないもん。むしろ地球を破壊してくれるなんて、ラッキーって感じだし)

「はあああ!? 貴様、絶望を感じないのか!? くそっ、こしゃくな……! 吾輩の夢は人間全員を絶望させることなのだ。こうなったら、貴様にも絶望してもらう。今からその病院を破壊して―――」

(あ、それ無理。むしろ壊してくれて嬉しいから)

「なんだと……!? うむ、わかった。なんとしてでも貴様を絶望させてやる。なんとしてでも!!!」

 ライカは絶叫した。あいかわらず少し困惑した無表情な男を残して。



 翌日、病院の男が病院に備え付けの冷蔵庫からさくらんぼを出して食べようとすると、そのさくらんぼは全部食べてあった。

「人間!!」

「わっ」

 犬宇宙人ライカがぬるっと男の目の前に出てきた。すこしびっくりする男。

「そのさくらんぼは全部食べたぞ。どうだ、絶望したか?」

「……別に」

 男はくるりと背を向けて、カバンの中に入っていたお菓子を取り出して食べ始めた。

「あ!! 人間!! 吾輩も食べたい!! 一つくれ」

「お前、人のものを食べておいてなんなんだよ……」

 と、言いつつも、男はライカのふかふかの手のひらにチョコを一つ、ぽんと置いた。

「あっ、チョコ……」

「どうしたの」

「吾輩、犬だからチョコ食べられない……」

「あっそ」

 男はライカからチョコを戻して、ばりんばりんと食べた。ライカはぐーとお腹を鳴らした。

 それを見た男は少し悩むようにまばたきした後、

「……購買でおにぎり、買いに行く?」

「行く」

「じゃあ、お手して」

「わん」

 ライカは男にもふっと手をのせた。あ、と慌てるライカ。

「これは違うからな!! お前を飼い主と認めたわけじゃないからな!!」

「はいはい」

 そんなことを言いながら、男とライカはおにぎりを買いに行った。堂々と男と歩くライカの姿にざわざわする病院の人々を残して。




「人間!! おにぎりの具材を全て梅にしておいたぞ!! 絶望しただろう」

「人間!! 納豆のからしを倍量にしておいたぞ!! 絶望しただろう」

「人間!! シャンプーの中身を全部アラビックヤマトにしておいたぞ!! 絶望しただろう」

「人間!! にん、にんげん……、にんげ、そこ撫でるのやめて……、お腹は、お腹は…、ふぁ、」




「ライカもよく嫌がらせを思いつくよね」

 男はなおも無表情でイチゴ大福をもぐもぐ食べている。

「当たり前だろう! 吾輩の夢は、人類全員を絶望させることだからな」

 ライカはえっへん、と胸を張った。

 ……そう言えば、ライカが来てから、なんとなく食べ物が美味しくなった気がする。購買や、色々なところに出かけるようにもなった。

 それと、少しずつ自分の体調が安定しつつもあった。

(こんな日が来るなんて思わなかったな)

「それにしてもライカ、どうして人類全員を絶望させたいの」

 なんとなく男が言った、その時だった。

 突然、銃声が鳴った。その弾丸は、真っすぐにライカの眉間を貫いていた。

「よくやった。そこの青年。あの犬宇宙人を油断させてくれてありがとう」

 窓の外で、警察らしき人間が銃をさげて、こちらに話しかけるのが見えた。

「これで地球に平和が訪れたぞ」「よかった、よかった」

 周りの人々は口ぐちにそう言った。ただ一人、倒れたライカの前でうなだれた男を残して。




 ライカ。

 1957年11月3日、実験によりライカ犬を乗せたソ連のスプートニク2号は、バイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、地球軌道に到達した。

 そして、ライカはキャビンの欠陥による過熱で、打ち上げの4日後に死んだ……、とされている。

 もしかしたらこの犬宇宙人ライカはあの時の犬で、人類に復讐を誓ってやって来たんだろうか。はるばる宇宙から。

 だとしたら、それまでずっとずっと一人で、宇宙を漂流していたんだろうか。時折人間の夢を見ながら、どんな気持ちで過ごしていたのだろう。

 もう、ライカは撃たれて死んでしまったけれど。

 病院の庭にこっそり作った慰霊碑。そこにライカが埋まっている。

「ライカ、地面の中は、さびしい?」

 男はそう言って、さくらんぼをそっと石碑の上に乗せた。そして、石碑の上に男の涙がほんの少しだけ、通り雨のように降った。

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