「先輩、卒業おめでとうございます。全てのボタンをください」

「先輩! 卒業おめでとうございます!」

 3月。卒業式のシーズン。大学の卒業式でスーツを着た俺は、大勢の後輩……、というか、俺を慕う女子に囲まれていた。やれやれ、人気者は困っちゃうね。ま、俺イケメンだし。

「先輩、卒業したら勤務先はどこなんですか?」

「俺~? ま、とりあえず、港区の大企業でオフィスワークかな」

「先輩! 素敵です!」

 キャー、と黄色い歓声が飛ぶ。 と、その時、俺のスーツのボタンがふいに、ぷつん、と外れた。

 突然のアクシデント。だが俺は動じない。

「そうだ、そこの君。このボタンをあげよう」

「えっ…? わたしにですか…?」

「そうそう。卒業式の第二ボタン、なんちゃってね」

「えー! ずるい! 先輩、わたしにもください!」

「わたしも!」

 ワイワイと歓声が大きくなる一方で、ふとバイクをふかすエンジンの音が響いた。卒業式に、バイクの音……?

 大勢の人々をすり抜けるように派手な装飾をつけたバイクが走り抜けると、そのバイクは俺の目の前に止まった。運転手がヘルメットを脱いだ。

「お、お前は……、虎太郎(こたろう)……」

「先輩。お久です」

 俺のことを先輩、と呼んだその暴走族男は虎太郎といった。俺を真っすぐに見ると、

「先輩、ぜんぶのボタンください」

 と、堂々と言い放った。

「ええ……」

「あと先輩もください」

「ヒエッ……」

 虎太郎は小学生の時の俺の一個下の幼馴染なのだが、俺に執着するのはわけがある。

 小さい頃、いじめられっこだった虎太郎に、俺は「いじめられたくないなら強くなれ」と言ったことがある。「もし強くなれたら、兄ちゃんが一つ言うことを聞いてやってもいい」とも約束した。それから虎太郎は強くなったみたいだが、まさか俺のことを手に入れようとするなんて……。

「先輩、好きっす」

 虎太郎はいつの間にか、ずずずい、と俺の背後に回って、俺をぎゅっと抱きしめた。愛情表現が直球。

「そ、そそそそそんな…」

 目をそらしてガクブル動揺する俺に、周りを囲っていた女子がひそひそと噂する。

「先輩、もしかして恋愛経験がないウブなんじゃ…」

「ちちちちちがうわい! 恋愛経験豊富だし!」

「先輩、俺のこと好きっすよね」

 虎太郎がじっと俺を見る。

「えっ、えっと……」

「おい。お前俺のこと好きだよな」

「不良の顔で言うと怖い!! ちょっとストップ!!」

 俺は虎太郎の腕をすり抜けた。悲しそうな顔をする虎太郎。

「先輩……、約束、忘れちゃったんすか」

「忘れてないよ。でもさ、虎太郎。お前は好きな相手にいきなりグイグイ行きすぎなんだって。相手もびっくりしちゃうだろ。そういうのはさ、相手を思いやって、ゆっくり段階を踏んでいくものなんじゃねえの?」

「だんかい……」

 初めて聞く言葉のように虎太郎が繰り返す。

「だんかいって、例えば…」

「例えば初めは、手を繋ぐとか」

「じゃあ、こうっすか」

 虎太郎は俺の手と繋いだ。ごつい手のひらが重ね合わさる。

「な。それだけでも幸せだろ?」

「先輩。俺、幸せっす」

「そうだろ」

「もう二度と離したくない……」

「あ、また暴走してる」

「このままデートでもどうすか」

「わかった、行こう。じゃあ俺は虎太郎とデートに行くから。さらばだ諸君」

 俺はスーツを着たまま、虎太郎と手を繋いで軽やかに卒業式を抜け出した。唖然とした周りを置いてけぼりにして。

「……これ何?」

 女子のぼやきがうっすらと聴こえた気がした。




「デート、どこ行く?」

「俺、近所の公園に行きたいっす」

「(不良なのにメンタルがまだ小学生……)」

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