港都2

 セテは肩を落としながら、日の暮れた海沿いの道を歩いていた。屋台が乱立した雑多な繁華街、早朝から午前とは打って変わって、漁や海の仕事が終わった今では椅子を出して酒飲みたちが飲んだくれている。


「……くそ、姉さんは先に行ってしまった。次は一週間後……。」


 セテは港で色々と聞き込みしたが、やはり姉は昨日の船に飛び乗ったようだ。


「とは言え、ハティマでは死んだことになってるんだよな……師匠を頼る訳にもいかない。」


 セテは人気の少なそうな宿屋に行こうと屋台の隙間を縫って歩く。


 複雑に入り組んだ道、進むたび、行き交う人も少なくなる。時折吹き込む風は、寒さを運んでいた。


「……」


「……つけられてる」


 セテは寒さとは別の違和感があった。狩人の獲物を狙う、それであった。


 ふいに路地裏に入る。


「……何者だ」


 セテは背中を見せたまま、つけているであろう者に声をかけた。


「……剣」


 セテはレナスに言われていた、豪華な剣は盗みや妬みの的になると、こういう事なのかと思ったが、声はか細く女性のものだった。


「……剣?」


 意図しない問いかけが気になり、セテは振り向く。


「その剣、どこで手に入れた」


 その女性はローブを目深に被ってはいるが華美な装備が見え隠れする。


「……答える必要はないが」


 セテは慎重に言葉を選んだはずだった。 


「……ならば、奪うまで」


 女性は何のためらいもなく腰の剣を抜いた。


「なっ!!」


 突然相手に抜剣され、一歩後ずさるセテ。思わずセテも抜剣して対峙した。


「辻斬りとか、何考えてんだ!お前……!」


 セテは相手に悟すが女性に聞くそぶりはなく、上段の構えを取った。


「間違いない、その剣、エンティリエの聖剣。」


 女性は勝手に納得してセテに一歩詰め寄る。


「は?これは形見だ!」


 聖剣などと仰々しい事を言われセテは真実を告げる。


 女性は一瞬で間合いを詰め、上段から剣を振り下ろす。か細い声とは異なった、鈍重な剣さばきをセテは必死に受け止めた。


「強いっ!」


「……呼気の隙を突いたのに、早いです。」


 淡々とセテの実力を測る女性、ローブがはだけて顔をのぞかせた。セテは驚く。


「おんなの…こ??」


 セテが見たのは重い剣筋とは相容れない可憐な顔立ちの少女であった。


「失礼です、成人しています。」


 淡々と否定して横切り、回り込んで逆袈裟切り、なんのためらいもなく切り込んでくる。


「分が悪い!水界エイスラウム!」


 セテは多少使える水の魔術で少女をけん制する。水粒子を一定空間に充満させて索敵や結界の触媒となる魔術。

 本来の使い方とは異なるが対人では水が相手にまとわりついて濡らし動きや戦意を鈍らせる効果がある。


「鈍らせたつもりでしょうが、残念です」


光よ……ヴェシュテクト


 少女が呟くと、その姿が影に隠されたように暗くなり剣身が見えなくなった。

 カンテラ程度の明かりしかない路地裏では、少女を視認できなかった。


「は?厄介な!」


 闇の魔術は非常に珍しい、セテは闇の魔術と対峙した経験がなかった。何度か打ち合う音だけが路地裏に響く。セテは不格好ながら何度か剣を凌いだが、態勢は崩されていた。咄嗟に風魔術で突風を繰り出し少女との間合いを稼ごうとする。


「……え──」


少女はあまりの衝撃に一言だけ漏らした。セテも予想していなかった威力の突風が少女を直撃。

 少女は背後の壁に身体を打ち付け身悶える。


「しまった……平気か!」


 唐突に襲い掛かってきてほとんど暴漢のようであったが、華美な装備を見るなり貴族を彷彿とさせる。セテは穏便に退けたいと考えていたが結果は昏倒させてしまった。


「……」


 少女は気を失っている。先ほどの水魔術でぐつしょり濡れたまま。


 そして、突然背後から声をかけられる。


「お前たち!何をしている!」


 彫刻のような美しい顔立ちの女性が立ちはだかっていた。


「……フランメル!」


 セテは見知った顔だった事に驚きその名を口にした。


「セテ??どういうことだ??」


 フランメルと呼ばれた女性は少女が気絶しているのを見るなり駆け寄る。


「息はあるな、……頭を打ったか」


 フランメルは少女の身体を確認し担ぎ上げる。顔立ちからは想像も出来ないほど軽々しく。


「……お前が意味もなく人と争うとは思えんが、この女、どこかの貴族様か?」


「……尾行されて、いきなり襲いかかられたんだ、俺の剣がなんとかって」


 セテは少ない情報をフランメルに伝える。


「とにかくソシアのもとに連れていって介抱しよう、仮に貴族でもソシアならなんとかして下さる。」


 フランメルはソシア、狩人の師の名を口にし歩き始める。


「……いや、俺はちょっと」


 セテとセーラはハティマでは死んだ事になっている、いずれ偽の情報がソシアたちの元に届いたらどうなってしまうかと危惧していた。


「は?ちょっととは何だ?お前当事者だろうが」


 ボコッと頭を叩かれたセテは小さく萎縮し怖ず怖ずフランメルに着いていく。


「……姉弟子、顔と違って圧が強すぎる……」


 セテは悪態をついてボソリと呟く。


「聞こえてるんだが??」


 セテのたんこぶは二つの山となった。



「セテ、久しぶりだね。」


 双子の狩りの師であり、父の仲間でもあったソシアが応接間の対面に鎮座していた。優しげな顔立ちでセテを見つめている。


「師匠、お久しぶりです、その、えっと…」


「そうだ、ガルグイユの件、神槍レナス殿が私を訪ねてきてね、私と手合わせしたいって言うものだから、受ける代わりにガルグイユ討伐に向かわせた、丁度よかったよ。首尾はどうだ?」


「ガルグイユ……!そうか、師匠が……」


 神槍と神官がガルグイユ討伐に来たのは、師匠であるソシアの計らいだった。確かに討伐は果たしたが、セテは言葉を紡ぐ事が出来なかった。


「何かあったのか?」


 ソシアはセテの困惑にも優しく尋ねる。


「師匠……師匠、話していいのか」


 セテは話して他人を巻き込んでしまう可能性に苛まれていた。


「私はセテの師だ、セテの秘密さえ私が導いてやろうじゃないか、私の強さを知っているなら安心して話してごらん。」


 それからセテは堰を切ったように話した。




「……そうか、セーラが……念のため船主組合に確認はしておこう、すでにサンドラへ発ってしまっただろうか。セテが乗れる船も手配しようか。あの子を、追いかけるんだね?」


 ソシアは双子の事を、ただただ心配していた。


「俺は姉さんだけを行かせるなんてしない。そんな訳の分からない力から姉さんを助けたいんだ……」


 セテはソシアに答えた。固く握りしめた手は震えていた。


「竜の力、おとぎ話と思っていたが……」


「あいにく、私も伝承以上の事は知らない。セテとセーラの血筋がそんな遠い国から来たなんて初耳だ。でもね、確かにあなた達の母さん、セルマは不思議な人だった、セーラも素敵な子だけど、時折不思議ちゃんな面もあったね、思えば母の面影がある。」


 ソシアは思い出に浸るように言葉を紡いでいた。


「セルマがあなた達を生んで、すぐに亡くなった、それはもう悲しかった。でもオーリット、あなた達の父さんは何か覚悟していたようだったね。確かに、早死の血筋だと言ってた、そういう事だったんだね……」


 ソシアは悲しそうな表情でうつむく。


「……それで、セテが連れ込んできた女の子の事なんだけれど。」


「人聞き悪い言い方だな!一方的に襲われたんだって!」


 ソシアはセテの反論を聞いてほうと息をつき胸をなでおろす。


「元気なようで何より、セーラは強い子だ、一人とは言え並みの魔物や悪漢と鉢合わせてもうまくかわせるだろう。」


 セテの不安を見透かしたかのようにソシアは話題を替えてセテの調子を取り戻す。


「……ふん」


 ソシアに気遣われた事に釈然としなかったが、目下ある問題に立ち返った。


「父の形見なんだ、この剣をエンティリエ?の聖剣とか言ってた。」


 セテは少女の少ない言葉を思い出しソシアに持っている剣を見せた。


「ふうむ、エンティリエは鍛冶が盛んで剣技に長けた国。アリシャーデンの伝説でも聖剣の逸話はある、その剣が本物だとして、セーラの話を聞いたあとなら納得できるね。」


「……はてオーリットがこの剣を持っていたかな?聖銀の美しい剣だ、ただの狩りで持ち出す代物でもないか。しかし……なるほど。」


 ソシアは鞘と剣身を見て何か納得した。


「その女の子はどうしてる?」


「フランメルが奥の部屋で介抱してくれている。この剣を見るなり切りかかってきてさ、何度か打ち合ったけどすごい強かった……思わず風魔術で距離稼ごうと思ったら威力が強すぎて吹き飛んで壁に。」


 セテはようやく事情を説明した。


「セテは色々あったんだ、前より風の精霊に愛されるようになったんだろうね。」


「精霊に、愛される?」


「そう、人は精霊に愛されると魔術がより強くなる。でもね、愛されるっていうのは人間が思うような、優しさ、愛らしさ、誠実さ、人間が良しと思う感情を備えてるから愛される訳じゃない。時にずるさ、乱暴さ、憎しみ、悲しみもまた、精霊は愛しているんだ。」


 この数日でセテの身には色々あった。それは図らずとも成長につながっていた。


 扉を叩く音がして、フランメルが顔を出す。


「あの子、目覚めたよ」


「わかった、セテはここで待っていなさい。私が話をしてこよう。」


 ソシアはセテを残し、少女のいる部屋に向かった。


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