港都1
ヴィシニャを愛でる旅人よ
太陽が眠る地平の果て
隠された真実は忘れて
散る花を両手に集めよう
セテは、日の出とともに、森の細道を歩いていた。
セテが住んでいた狩人の町ハティマから、
セテは復活してからというもの、魔術が今までより滑らかに、勢いよく、行使できていた。
「すこぶる調子がいい、死にかけて底力が解放されたか?クククッ」
一人旅なのを良い事に、他人の耳に入れば恥ずかしいだろう台詞をつぶやきながら、颯爽と歩いていた。彼はそんな年頃の男性でもあった。
「今日は船が出る日かどうか、出るなら昼頃には出航するはず……間に合ってくれよ。」
魔物や獣を躱して、森を抜けて、広大な草原に出る。その先の波打った丘陵を越えれば海と都が見える頃。北に面した陸地へと吹き込む涼やかな風は、ほのかに潮の匂いがした。そしてセテのローブはひるがえり、草花を撫で、通り過ぎていく。
「
採取した物、肉の燻製、それらを港都に納めては自分の町に帰る、セテの行動範囲の限界は、その港都スールまでだった。しかしその先を目指す。穏やかではない旅だが、セテは知らない土地に踏み込むという期待を隠せずにいた。セテの口はきゅっと閉じ、口角を吊り上げる。
やがて、遠くに街並みと小高い城が見える。なだらかな下り坂の草原で羊の群れが草をむしゃむしゃと食べている。犬は羊を囲い込むよう走り回り、羊飼いは様子を俯瞰していた。
「すごいな、風の魔術かい!昨日見た女も早かったが……?」
駆け抜けようとするセテに羊飼いは声をかけた。
「ご苦労さま、急いでるんだ!」
「……昨日見た女って、髪の毛が長くって俺と同じ色だったか??」
セテは立ち止まり、前のめりになりながらも羊飼いに問いかけた。
「お、おお!そうだな、言われてみりゃあそんなような……丘の向こうから走ってきてな、魔物に追われてるんかと思って羊を追い込んでトンズラしようとしたら、特に何も追ってこねえ……」
「尋ねたらよ、急ぐ旅なのでって、まあ、急ぐ旅だとしても走って移動したら身体なんて保たんよなあ……」
羊飼いは身振り手振り昨日の様子を語ってくれた。
「走ってって……そ、それは何刻頃だった!?」
「ちょうど今くらいの太陽だったなぁ。それで、話した後も走って街に向かっていったんだ、あれにはびっくりした、思えば何かの魔術かあ?」
「あ、ありがとう。羊飼いのおじさん。」
セテは呆気にとられた様子で羊飼いの話を聞いていた。
「……神官様は姉さんに再生の力が宿ってるって言ってたけど、体力も無尽蔵なのか?やばいことになった……」
セテは冷や汗をかいた、風の魔術が使えるセテは姉より移動速度に恩恵があると考えていた。
「どうした少年、昨日の女と知り合いか?」
「う、うんまあそんなと────」
それは突然現れた。
草原の向こう、ゴブリンたちがはぐれた羊を攫おうとしていた。
「ゴブリンども、何しやがんだ!!」
羊飼いは杖を振り上げゴブリンに威嚇するが距離がある。
「おじさん、俺に任せて!」
セテはローブを羊飼いに投げ渡し、風の魔術で疾風のごとく草原を駆けた。あっという間に5体のゴブリン近くに到達、携えた剣を抜く。
「森で食い物にありつけないからってこんなとこまで降りてくんな!」
ゴブリンは魔物のなかでは弱い、森や洞窟の狭い地の利で狡猾に立ち回る事もあるが、この開けた草原では、セテの敵ではなかった。
「
セテは剣が得意ではないが、それでも迅速にゴブリンを攻撃していく。
「なんだこの感覚……このくらい動ければガルグイユだって……」
独り言する余裕すらあった。
2体を殺し、深手を負った3体は丘の向こうへ逃げていった。
「少年やるなぁ!助かった!たまにこういう事はあるんだが、まあ羊の一頭二頭はしかたないと諦めてたんだ。」
「今回で懲りるだろう、わざわざ平野まで来て報復なんてしないよゴブリンは、怪我させて逃がしたから。」
セテはすっかり狩人の目線で語っていた。
「なるほどな!少年名前は?俺からギルドに報告しておくぞ!」
羊飼いは危機が去って意気揚々とセテの肩を叩いた。
「…セテ・ブランデル、Ⅲ級冒険者だよ。あ、いや、いいよついでだし。」
咄嗟に名乗ってしまった。
「その若さでⅢ級か!たいしたもんだ!」
羊飼いはさらに強く肩を叩いてセテを労った。
「そうだ!おじさん、船は、次の
セテは羊飼いに尋ねた。
「イースト…ああ、サンドラ行きなら昨日見た気がするぞ。一足遅かったな。」
セテは羊飼いから見ても分かるほどガックリと肩を落とした。
「ああ~、どうか昨日の船に乗っていませんように……」
「まあなんだ、事情は知らねえが都はいいところだ!楽しんだってバチは当たらねえ!あと、ちゃんとギルドに討伐報告するんだぞ!」
セテは相づちも半ばに港の都に向かって歩きだした。今はただ、姉が船に間に合って居ないことを願いながら。
なだらかな下り坂の草原で、セテと羊飼いのやりとりを観察する者の姿があった。それはすらりとした肢体、華美な金属の胸当て、華やかな腰巻き、長くて多い髪の毛を一つに束ねた女性だった。
「──間違いない、あれは……」
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