双子の旅7

 セテが目覚めたのはセーラが町を出てから次の夜明けだった。


「……ここは」


 少しずつ意識を取り戻したセテは部屋を見渡す。


「目覚めたか……俺はレナス、お前はガルグイユにやられて今まで眠ってたのさ」


 レナスは椅子から立ち上がって首を回しながら身体の凝りをほぐし、セテに答える。


「……そうか、炎が……あれ、傷がない?」


 セテは自身の身体に手を当て傷を負った場所を確認して不思議そうにしていたが、


「……そうだ、ほかの、ほかの皆は!ペシュミントは!デネリックも爪にやられたはず!姉さんは!」


 セテはベッドから飛び起きてレナスに向き直る。


「落ち着け」


 レナスはセテの肩を強く掴み抑え付けながら言った。


「無事だ。俺の相方が高位の神官だからな、秘術を使って回復させた。だがな……」


 レナスは言葉尻歯切れ悪く言いよどむ。


「そこから先は私が」


 ダリュークが会話を聞いて部屋にはいってくる。


「……レナスに誤魔化す役は無理ですね、セテ君、私は聖竜教の神官、ダリュークです。このレナスとは旅の友、ガルグイユ討伐の依頼を受けてきたⅤ(ルビー)級冒険者」


 セテはダリュークに挨拶され頭を下げる。


「あなたの姉さんはとある事情により旅立ちました」


「な?ダリュークどういうことだ!死んだ事にするって話だろ!」


 セーラは死んだ事にする、それは弟に対してもそう説明するものと思ったレナスがダリュークに怒鳴りつける。


「はい、死んだことにして旅立ったのです。」


 ダリュークはセテを見つめて淡々と言った。


「え??死んだ?旅立った??な、なんだ?言ってる意味が…」


 セテは、ただ混乱していた。


「質問させてください、セテ君」


 ダリュークは詳細の説明もなく、セテにさらに問うた。


「セーラ君は、セテ君の事を弟、と言っていました。どういう関係ですか?」


「どういうって……言葉通りだ、俺と姉さんは双子だよ。」


 セテは質問の意図が分からないまま返事をした。


「……それは、比喩ではなく、本当の双子ということですね?」


 ダリュークは執拗に質問する。


「そ、そうだよ!向かいのおばさんが産婆でとってくれたんだ!産まれるまで大きい子が産まれるねなんて言ってたら男女の双子が出てきてびっくりしたって!何度も聞かされたさ!!」


 セテは意図のわからない質問にもどかしさをあらわにして答えた。


「…………本当に、そんな事が、これが運命だというのか」


 ダリュークは周囲を置き去りに一人得心した。


「おい、ダリュークは考え出すと長いからな、まず説明してくれ」


 レナスに釘をさされ頷くと、ベッドから立ち上がっていたセテを再び座るよう促して、自身も椅子に座り一呼吸した。


「まずは、昨日あなたがガルグイユとの戦いで殺された後の話から」


「こ、殺された!?俺は死んだのか?……いや生きてるけど…」


 セテは自分が殺された事に驚き、今生きてる事にも驚く。


「言ったとおり、セテ君は昨日一度死にました、思い出せないかも知れませんが、あなたが昨日ガルグイユから受けた傷は、間違いなく死に至る」


 セテは自分の首を咄嗟に触る。


「正直、やられた瞬間は思い出せない。モヤがかかってるみたいなんだ、姉さんが光の魔術を使って、矢が奴の脇腹を削って、それから……わからない。」


「そうです。記憶を求めすぎると苦しみを呼び寄せるかも知れません。無理に思い出そうとしなくて大丈夫。」


 そう言ってダリュークは昨日の事を順に説明していった。


 アーガスが死んだ事、デネリックが死んだ事、セテが死んだ事、リクが死んだ事、セーラが特殊な力に目覚めて4人を復活させた事、それは竜の力によるものだという事、起こった事のすべて。

 レナスは目を閉じながら黙って聞いていた。


「…………」


 セテはダリュークの語る話の衝撃に、黙り込むしかなかった。


「それを話した理由、あるんだろ」


 レナスはダリュークに問う。レナスのなかでは何かが引っかかる燻りがあった。


「これは竜の呪いとも言うべき重大な三つの事実。竜の権能を持つ者からは、女しか産まれないということ、そして、子を産んだ女性は子を成す力を奪われるということ。伝承や研究において女性しか竜の権能を得られていないということ。」


 レナスはぽかんと口を開けしばらく意味が分からないといった顔でいたが、徐々に真剣な顔になり指を顎にあてる。


「双子が事実なら男…こいつにも力が眠ってるかも知れないって事かよ……」


 セテはただ話を聞くしかなかった。人が死んだと思ったら生き返ったと言われ、姉は竜に会いに旅立ったと言われ、まだ、傍観者でいるしかなかった。


「そう、それが何をもたらすか、誰にも分からない。セテ君、恋人は?」


 ダリュークは至って真面目にセテに尋ねた。


「いない……けど」


 素で答えた。


「その、女性と関係を持った事は?」


 ダリュークはさらに真面目にセテの眼前に迫って尋ねた。おでこがぶつかりそうなほど。


「な、ない……です……ないです!」


 ダリュークは近づけた顔を戻し小さく咳払いする。


「まあ、女遊びが得意なタイプには見えねーな。ふはっ。」


 レナスはダリュークが突然個人的な話で迫ったのを見て笑いを漏らす。セテは顔を赤らめ肩を力ませて恥ずかしいしかないといった表情で固まった。


「すみません、焦りました。しかし何がどうなるか本当に分からない」


 ダリュークは一息ついて考えはじめる。


「あの!」


 セテはようやく言葉を発した。勢いあまって口調が強まったが、何かを自分で為したいという意思が表れたかのようだった。


「正直、混乱してる。でも俺は、姉さんを追いかけなきゃ!姉さんと同じ力が俺にもあるかも知れないんだろ!なら俺だってそのクレストなんとかって竜に会わなくちゃならない!」


 レナスは先ほどまでのにやついた表情をやめ、真剣な眼差しでセテに向いた。


「セテ、と言ったな。お前の姉、セーラは竜にあって力を終わらせると言った。それがどういう意味か考えたか。」


「……ダリューク、さんの話を聞いて、力を終わらせるってのが命を奪う事なのかもって、そんなの分かってる!でも、姉さん一人ぼっちで行かせるなんて、絶対認めない!俺が姉さんに助けられたっていうなら、俺だって姉さんを助けたい!」


 セテは大量の情報に混乱しながらも、確かな事が根っこにはあった。


「よく言った、セテのセーラを思う気持ち、俺には動かせねえ。ダリューク、すぐ準備だ。」


 レナスはセテに気圧された。まだ子供だと思っていたが誰かを大事にする一人の大人なのだと認めた。


 それからは、すぐに準備が進められた。セーラの時と同様に荷物が用意されていく。狩人としての装備は一通り揃えているが野営に必要な物を含め、さらに魔術に必要な供物も揃えていった。


「気になったが、セテの剣、それは聖銀だな。」


 レナスはセテの剣を見るなり剣の見事さに見入っていた。


「これは父さんの形見なんだ、でも、ペシュミントの話では祖母さんもこの剣を携えて狩りに出かけていたから、ずっと前から家に伝わるものなのかも。」


 セテも、この剣の出自は知らなかった。ただ装飾なども繊細にされていて、鞘も含め相当高価な物だという事は分かっていた。


「旅に煌びやかな物は妬みや盗みの的になる、隠しておけ。」


 レナスはセテに様々な旅での注意をした。狩人としては一人前であるセテだが、レナスの言う事を素直に、おとなしく聞いていた。そして姉と同じようにレナスは紋章と手紙を、ダリュークは祝福を施した。

 セテにとってはじめての事ばかりだったが、今はただ、早く追いかけねばという気持ちが全てだった。




「セテ!」


 ペシュミントが家の扉を開け入ってくるなり名前を叫んだ。


「神官様からお前も出て行くと聞いて……あの子を追うんだろう?」


 セテはペシュミントがどれだけ事情を知っているか分からなかったため戸惑うが、ひとつはっきりと答えた。


「そうだ、姉さんを助けたい。だからオバサン、まってい……」


 言い終わるが早いかペシュミントはセテに抱きついた。


「ぐふっ!」


「あたしの抱擁くらいで音をあげるんじゃない!それとだ……まったく」


 可愛い双子の孫に、何か良からぬ事態が起きて出て行ってしまう。ペシュミントは自身が無力だと痛感するほかなかった。


「なんて……あたしは無力なんだ、可愛い孫のようなお前たち、いつか二人で帰ってきておくれ、二人一緒、絶対だよ!」


 ペシュミントはギリギリと悲鳴があがりそうなほどセテを抱きしめた。セテは我慢をするようだったが、悪態つくことはもうなかった。



「じゃあ、もう出るよ」


 姉が旅立ってから丸1日が経過していた。


「セテ君、セーラ君はおそらく最短の道筋を辿る筈、東の大陸イーストメリスに入ったらサンドラからリカリオ、エンティリエ、プロシオン、アドルアイゼンと一直線に進みなさい。女性の一人旅は門番の印象にも残るし、路銀稼ぎを考えれば立ち止まる事もあるでしょう。確認を怠らないように。」


 ダリュークは最後の助言をセテに伝えた。


「セテ、傍観者でいるかどうかは、お前の意思次第だ、忘れんな」


 レナスは槍を向けてセテの旅路の覚悟を鼓舞した。


「……レナス、さん、いや、神槍様!神官様!行ってきます!」


 セテは風の魔術を使った。草花が、ローブが風にはためく。セテは追風のなか常人ならざる速度で徒歩をはじめた。すべては姉に追いつくために。




 そして死んだものたちは目覚め、町はもとの日常に戻る。すべては手筈どおり、セーラ、そしてセテも病床で息絶えガルグイユに殺された。という嘘を除いて。わずかな事情を知るペシュミントだけは、双子の身を案じて祈るほかなかった。



 町の宿屋ではレナスとダリュークが一連の顛末が決着したことに息をついていた。


「なんでだ、なんで双子を一緒に行かせなかった?お前なら最初の時点で気づいていたはずだ。」


 レナスは酌み交わした杯を置いて、ダリュークに問うた。それは怒りともとれるトゲを含んでいるようだった。


「……お見通しですか、二人を別つ事が運命の竜の導き、だとしたらどうしましょうか?」


 ダリュークはなみなみ注がれた酒を一口であおりレナスに答える。レナスはそれ以上ダリュークに食ってかかる事はしなかった。


「運命の竜とやら、それすら俺は葬ってみせる、なあダリュークよ」


 東の大陸イーストメリスで神槍と呼ばれた槍使いは、再び握った杯を一気にあおって床に叩きつけた。

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