双子の旅6

「お嬢ちゃん、聖都がどれほど遠いか知ってもか?10以上の国を跨ぐ孤独の旅になるぞ。」


 レナスは、脅すような鋭い眼光をセーラに向けて問う。


「!!……分かっています。レナス様もダリューク様もとっても強くて優しいですから、頼ればこんな私を助けてくれるのでしょう、とても感謝しています。でも、私一人でたどり着かなくてはいけない。もう二度と、愛する人が傷つくところを目にしたくはないから……」


 セーラは、とてつもない遠回しなレナスの助け船を断った。


「……まあ俺とダリュークは五指の大陸フィブリスへ向かう途中だったからな、反対方向もいいところだ。だがむしろだ、そっちならガルグイユなんぞより強大な魔物の蔓延る地、お嬢ちゃんの力も使い放題だし弓も役立つし、竜の力を求める追っ手なんざ手が出ないだろうが……」


 レナスは斜め上を見ながらもセーラを心配そうに勧誘する。


「……碧い竜、つぶらな瞳、美しい翼、そして優しい、どこか寂しい竜だったの。多分、私はあの竜に会わなくてはならない。」


 セーラは頑固だが、何か確信した表情をしていた。


「振られてしまいましたね、レナス。」


 ダリュークは苦笑いしながらもうつむいて呟いた。


「なら、お嬢ちゃんにこれを」


 レナスは懐より、赤く塗られた金属に金と宝石がちりばめられた装飾品を取り出した、何かの紋章をかたどったアミュレットのようだ。


「おじょ……セーラが旅を最短で辿るならアドルアイゼンから北の大陸ノースデウスへ向かう事になる、アドルアイゼンは現在他国との情勢で船は限られた人しか乗れない。たどり着くまでに解消されるかは分からん。だからこれはその保険だ。」



「レナス様はアドルアイゼンに関わりのある……貴族様なのでしょうか?」


 手にしたアミュレットを見つめるなりレナスから一歩引いて驚いた。ダリュークはそれを渡したのを見て自分の鞄の中を漁り何かを探している。


「まあ……そんなところだ。ちょっと待ってろ。」


 レナスはダリュークから紙とペン、インク瓶を受け取り、テーブルに赤い布を敷いて何やら文章を書き始める。戦闘の時も、普段の会話も、全て見越したような余裕のある笑みが印象のレナスだが、文章を書いている時は至って真面目な顔をしていた。

 それほど長くない文章の末尾にレナスのサインが素早く描かれる。乾いたかどうかというところでレナスはさっさと紙を丸め丸筒に納め紐を結び、セーラに渡す。


「アミュレットだけでは盗品と疑われるかもしれん、何よりお前の状況を詮索させず協力を得る必要がある。アドルアイゼンの貴族街と歓楽街の間にトリスト伯の私兵の詰所がある。そこの門番に渡せ。そこなら平民でも尋ねる事が出来る。」


 レナスは早口で説明して少し左上を見ながら視線をそらした。俺に出来るのはこのくらいだと小声で言いながら。


「心配ならはっきりそう言えばいいじゃないですか。」


 ダリュークはにんまりしながらレナスをからかう。そして顔が真顔になり半目になって煌びやかな宝飾のついた杖と、分厚い羊皮紙に難解な文字列が書かれた何かを取り出してセーラの前に立つ。


「セーラ君、私からはラシエルハディアナの祝福を授けましょう。セーラ君の身は再生の権能によっていかに丈夫になっても苦しみがなくなることはない。そして捕らえられれば為す術はない。どうか祝福があなたを守るよう」


 ダリュークの杖はセーラの頭上、左半身、右半身の空を切って振られ、再びダリュークの正面にかかげられる。そして分厚い羊皮紙、呪文書がひとりでに広がり、ダリュークの口から聞き慣れない呪文が唱えられた。

 呪文の末尾の少し前、確かにダリュークはアリシャーデンと言った。セーラは呪文が読まれる間荘厳な雰囲気にうつむいていたがアリシャーデンという句に反応してダリュークを見る。


「…………アリシャーデンとは、いにしえの言葉で祝福された人、と言う意味」


 ダリュークは呪文を唱え終わると、セーラが何に反応したか推察して解を出した。


「……アリシャーデンが生まれたのは聖銀鉱の小さな村、そんな地に古代の言葉を収める者が居たとは考えにくい。その名前すら、竜が名付けたのではないだろうか」


「さて、セーラ君、目を閉じなさい」


 ダリュークは杖に魔力を込める、室内にもかかわらずセーラの頭上から雲間から差し込む天使の梯子かのごとく光が降り注ぐ。


「我は認める、其許が進む道は竜と共にある、運命の紐を一重にたぐる竜の望みの一柱たる信心を証明する。ラシエルハディアナよ、全てに存在する力の片鱗でこの者の行く先を導き給え」


 光は収束しセーラの胸のうちに集まって消えいった。残ったのは静寂だけだった。


「運命の竜は全てを見通す化身、過去も現在も未来も、すべてに存在して影響する事ができる。高位神官となった私も、教皇さえも、ラシエルハディアナの権能の本質ははかることが出来ない。非力な人間では想像することすら敵わない。しかし竜の権能を宿したセーラ君なら、より強く、その祝福が力を貸してくれることでしょう。」


 ダリュークはセーラの後ろを見つめ満足した表情で祝福を終えた。額には汗がしたたり、杖を持つ手が小刻みに震えている。持っていた呪文書はいつの間にか消滅していた。


「ダリューク様、こんな取り柄のない私のために……ありがとうございます」


 セーラはダリュークに跪いて両手を合わせ祈るように、ぎこちないお辞儀をした。


 それからは早かった。レナスとダリュークがセーラの代わりに旅の道具をかき集めセーラの身支度を調える。旅慣れた二人はセーラのために、軽量で丈夫な道具を選んだようで、高価な物ばかりだったが、セーラは何度も何度も感謝のたびに首を振っていた。


「……行ってしまうのかい」


 ペシュミントが暗い表情で部屋に入室した。


「ペシュミント……ここに居れば必ず皆を巻き込んでしまう。だから誰か探す者が来ても、死んだとだけ伝えて……」


 セーラが言い終わるのが早いかペシュミントはセーラに抱きついた。回した腕は少し震えていた。


「あたしは、オーリットとセルマからお前たち二人を見守って欲しいって頼まれてたんだ、けれどお前たちは立派な狩人だったさ、あたしなんかよりずっと優秀で、自慢の孫みたいなもんさ、なのに肝心な時に守れなかった、何がギルドマスターだよ……オーリット、セルマ、すまない、すまない」


 ペシュミントはセテとセーラの父と母の名前を口にして涙を流していた。


「ペシュミント、ありがとう。いつだって貴方には助けられた。私に料理を教えてくれたのはペシュミントよ、無骨な振りして料理はうまいんだから、また貴方の作ったブランダートが食べたいわ、それから……それ、から」


 セーラも堪えてきた河川が決壊するように涙した。


「……安心をし、いつでも帰ってきていいんだ。あたしが詳しい事情を知れば危ない事に巻き込まれると神官様は心配してくださった。だから何も聞かない。セーラは死んだ。それでも、それでもお前は確かにここにいるんだ……」


 きつく抱きしめられて苦しそうだが、セーラも負けじと抱きしめ返しているようだった。


「ペシュミントでこれだもの、セテが起きたら私は動けなくなってしまうわ……セテのことを、頼みます……お願い」


「ああ、もちろんさ、セテは強い子だ、きっと乗り越えられる、弱音を吐いたらケツを叩いてやるさね」


 ペシュミントはセーラの願いを受け止めた。


「そろそろだ」


 レナスはあたりが完全に暗くなったのを見るなりセーラに促す。


「セテ君がいつ目覚めるとも分かりませんし、今なら静かに町を出れるよう手配してあります。出てしばらくしたところの砦跡で休んで、日の出を待ってから旅を進めなさい。」


 レナスとダリュークは首尾を整え町から出る算段をセーラに伝える。セーラは住み慣れたこの町を出る。本当にたどり着けるかわからない、旅路のために。

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