双子の旅5
ダリュークの言葉にレナスとペシュミントは凍り付いたが、セーラは相づちのように淡々と言葉を返した。
「わかっています……すべて」
「……かつて、竜の力を巡って、人々は殺し合い、力を求めるがあまり、人ならざるモノとなり果てました。その残滓はいまでも燻ぶっている。竜の力を彼方から観測しているものは必ず存在します」
ダリュークは、苦いものを飲んだような表情となり口を開いた。。
「竜の力は魔術とは異なる力、特殊な魔力の揺らぎがあり、それを知るものからは観測できる。4人を復活させご麗人の傷も立ちどころに癒したとなると、観測を続けているものからは場所すら捉えられたのではと私は考えます」
「お嬢ちゃんの、力が狙われると?というか、そんな力を観測し続けている時点で相当危険な連中だろうがな」
レナスはダリュークの提案に驚いてこそいたが、すぐに納得した。
「それは力の性質まではわからないって事だな?」
そして次の質問をすぐにぶつける。
「そう、力が再生の権能だという事はわからない、だが死者が復活したとか、そういう噂が知られれば、彼の竜の権能を得た者が出現したと、知識のあるものなら結びつけることは可能」
ダリュークは惜しみなく知っている事を語っているかに見えた。町への帰り道、様々な疑問を各人は抱えながらの足取りとなった。
「彼はまだ気が付いてないな?よし」
レナスはガルグイユの件で報告と、周辺の調査と、残務に明け暮れていた、夕暮れ時にようやくくたびれた顔で帰宿した。
「まだです、即死の衝撃を負ったのです。時間をかけて目覚めてくれたほうが色々説明もしやすいでしょう……って気が付いてたらどうするつもりです」
この部屋ではセテが眠っていた、叩けば飛び起きそうなほど自然に。
「お嬢ちゃんが出るまでは寝ててくれたほうが都合がいいからな。かるくなでて眠ってもらうさ。
あとは、やられたやつらはお前の回復魔術でギリ助かったって事で話は通してある。なあ高位神官様、みんなありがたがってたぞ、肩書きもたまには役立つもんだ。」
レナスは冗談を言ったが表情は明るくなかった。
「例のほうも、平気でしたか。」
ダリュークはかまわず次の首尾を催促する。
「……ああ、女だけはガルグイユの炎で焼け死んじまったってな、みんな、泣いてたわ、ギルマスのペシュミントも詳しい事情知りたいんだろうが何も聞いてこねぇ、自分は何もしてやれねぇって悟ってる顔だ。」
「ありがとう……ございます。」
寝ているセテのそばで座っていたセーラは目を伏せながら、何かをこらえながら気丈に言った。
「お前さん、いっぱい愛されてたんだな。」
レナスはセーラを見て思うまま述べた。愛されてると言ったが、変わらず寂しい表情は拭えなかった。
「私は貴方を死んだ事にすると言いました、向かう宛てはありますか?」
ダリュークはまったく躊躇う事なく尋ねた。
「宛ては……あります。セテのことは待ちません、ひとたび心を通わせてしまえば、私が揺らいでしまう。今すぐこの地を離れなければならないのに、心が折れてしまう、それが怖い、セテにも私は死んだと、伝えてください。」
セーラはぽつぽつと心情を語った。
「弟くん、セテ君でしたね、ペシュミントから父も母も早くに亡くしたと聞きました、大変なこともあったでしょう。」
ダリュークはにっこりと笑顔をつくり、優しくセーラに話を振った。
「……」
レナスはダリュークを見ながら黙って聞いていた。
「……セテは大切な弟です。ずっと一緒に育ちました。母は私たちを産んだ日に亡くなってしまって、絵や父の話でしか知らないんですが…」
セーラは何かを思い出したようで話続ける。
「……手紙、父から恋人が出来たら読むように、手紙を預かっていたのを思い出しました。今にして思えば、何か手がかりが…」
「……なるほど。あなたの今の状況の助けになるものかも知れません。読んでみては」
────
親愛なるあなたへ
あと一週であなたが産まれる、とても幸せで、とてもかなしい。
あなたがこの手紙を読む頃、私は星となって
遠い空から貴方を見守っているでしょう。
なぜ、こんなかなしい思いを受け入れなければいけないのか。
私の母方は代々、子供を一度しか成す事ができず
子を産んだ後は皆早くに死んでしまうのです。
私の母、貴方の祖母にあたるアルティナも私が5歳の頃に亡くなり、
この手紙と同じように手記を残しました。
その手記によれば、私たちの血は強大な力を宿していて、それを受け継ぐときに
生命の力のほとんどを消耗してしまうためだというのです。
だけどごめんなさい、夫と調べてもそれが何の力なのかは
分からなかった。
でもこれだけは知って欲しい。
私は何もせずあなたの元から去りたい訳じゃない。
夫は狩りの名人で各地を飛び回るすごい人だから、きっとあなたにとって
手がかりとなる情報をもたらしてくれる事でしょう。
そしてあなたに恋人が出来た時、この話を知りながらも、子を成そうとするなら
よく考えて欲しい。
私はあなたに死んで欲しくないのです。
愛しい愛しい我が子、どうか幸せな人生があらんことを。
セルマ
追伸
夫が私の母方を調べて、たどり着いた名があります。
アリシャーデン、町の古い記録に名がありました。東の大陸よりもっと遠い地より来たそれは美しい女性だったそうで、子を産んだ後、若くして亡くなったそうです。どうかこの名があなたの道を照らす言葉となりますように。
────
「アリ……シャーデン、吟遊詩人の歌にもある有名な名前なのに、知らないような書き方、どうして」
セーラは手紙を読み終えた。ぼろぼろと涙を流していたが、しかし追伸に書かれた事がうまく飲み込めず疑問を呈した。
「……スールは大陸と離れた島国、
ダリュークは答えた。
「アリシャーデンは竜と共に、好きな……歌。でもなぜハティマに……」
セーラは自分の出自について知ることを渇望した。
それからダリュークは書物をなぞるように淡々と紡ぐ。
「聖竜教のクレスト派は200年前にあった魔物との大戦を経て成立しました。アリシャーデンの伝説は派閥の宣教のために広められたと言っても良い。当時の状況は様々な国の年代作家によって記録が残されているし、ほとんどは真実でもある、元々ある本流の聖竜教や傍流ラシエル派からクレスト派に改める人は大勢いました。」
「さて、聖女アリシャーデンはクレストザンクより祝福を受け、再生の権能を宿し審判の竜ラニトブルテガンと共に魔を打ち払ったとされます。」
「……わかんねーな、魔を倒したのがラニト何たらなら、そっちを崇めるとはならないのか?」
レナスはダリュークの淡々とした語りを切るように質問で飛び込んた。
「……陳腐な話ですがね、戦いはこれだけで終わらなかった。再生の権能を欲した権力者たちはアリシャーデンを我が物にしようと動き出した。元々アリシャーデンは聖銀鉱の村、今で言う聖都クレストザンクの出自だからエルムート帝国の人間ですが、
ダリュークは何度も読みこんだ話を説くように流暢だった。
「……それで、どうなったのでしょう」
セーラは核心を欲した。
「そう、どうにもなりませんでした。アリシャーデンは自らの権能と命をラニトブルテガンの権能で終わらせて欲しいと懇願したのです、審判の竜はアリシャーデンを審判の雷で殺し、いずこかに飛び去って二度と人々の前に姿を現しませんでした。伝説の末尾は天より我々の行いを見張っている、なんて綴られ方もされています。強大な力は誰の手に渡ることもなく旅立ったのだから、過ぎた力など求めず謙虚に暮らしなさい、審判の竜は見ているぞ、と、そんなありふれた教訓がこの物語の結末。あっけないものです。そしてそれこそがレナスの疑問の答え、聖女を殺した竜を崇めるなんて受け入れられなかった。アリシャーデンに力を与えたクレストザンクこそ崇めようと。」
「ですが、アリシャーデンは逃げ延びて、ラニトブルテガンは竜の姿を捨て、人の姿となってアリシャーデンと共に暮らしたのだと、情話に仕立てられた伝承もいくつか存在するのです。そしてそれが……真実だったのでしょう。」
一通り話し終えてダリュークは満足したように息をついた。
「再生の竜に審判の竜…戦いの相手をしてもらいたいもんだね」
レナスは立てかけてあった長い槍を撫でて、何か想像する顔になっていた。
「その上で言う、セーラ君。君は間違いなくアリシャーデンに連なる者、そしてそれを知る者は私とレナス、目撃してしまったペシュミントには何らかの説明が必要だろう。そして、君は、竜の力を使う時、竜の神託を受けた、そうですね?」
「……はい。」
セーラは確かにうなずく。
「私は運命の竜ラシエルハディアナの使徒にして聖竜教の神官、クレスト派とは相容れぬ仲ですが……しかしこれはラシエルが巡り合わせた運命、君が成す事の手助けをしたい。」
ダリュークは両手を己の胸にあてがい頭を垂れた。聖竜教の祈りの姿勢であった。
「クレストザンク…様は、力を使えば力を奪おうとする者に必ず見つけられると言いました。私の力を終わらせるためには竜の住む場所に行くしかないと、クレストザンク……竜と同じ名の都があるのでしょうか、その地で聖女に会うようにと。私がここに居続ければ必ず力を欲する者が訪れる、それによって私の愛する人たちが傷つくかも知れない、ならば今すぐ旅立ちます。彼の地へ。」
セーラの碧瞳が、瞬きもなくダリュークとレナスを見つめていた。
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