双子の旅3

水よフェアザーツ


 突如、神官の服を着た筋骨隆々な男がセーラ達の前に立つ。ガルグイユは炎を吐き出そうとするが、開いた口が発破し大量の水蒸気が立ちこめた。ガルグイユはもんどり打つ。咄嗟に飛んで距離を取ろうとするガルグイユ、しかし片翼をなくして、地面に這いつくばる。

 神官の隣に並び立った長身の男、繰り出した槍が翼を切り落としていた。

 もう一体のガルグイユも飛び立とうとする足を切り落とされ、体制崩したところを神官のメイスが直撃し、頭が変形する。


 長身の槍使いはさらに突進した、離れた場所でリクが肩を食われ絶叫していた。


「ちっ!間に合わん!」


食われて投げ捨てられたリクを受け止め地面に安置した長身の槍使いは、雷のごとき速度でガルグイユに迫ったかと思うと、3体目のガルグイユを串刺した。


 6人で苦戦した魔物たちを速攻でたたみかけた2人は、3体のガルグイユが完全に沈黙したのを確認しセーラの元に来る。


「俺はレナス、こっちはダリューク、スールから派遣された討伐隊だ。」


 長身の男は槍の血を払いながらセーラに言う。


「……お、弟が!アーガスが!みんなが!」


「落ち着け」


レナスと名乗った長身の槍使いは、周囲を見渡す。


「ダリューク、どうだ。なんとかなるか。」


すでにダリュークは意識を失ったアーガスとリク、デネリック、ペシュミントを一カ所に集めていた。


「こちらの御麗人は息がある、男3人、彼女の抱えた男も……すでに魔術は届かない、残念だが」


 ダリュークの回復魔術を受け、意識を取り戻したペシュミントは眼前の光景を見るなり戦慄した。宿敵のガルグイユの亡骸が三体と、焼け爛れた仲間だったもの、肩を食いちぎられたもの、胸を切り裂かれたもの、首をむしられたもの、仲間たちの変わり果てた姿がそこにはあったから。


「……セテ、アーガス、リク、デネリックすまない……セーラ……」


 かろうじて名前を呟いた、その先の言葉は聞こえなかった。そしてペシュミントは長身の槍使いを見るなり驚く。


「神槍様とは、逸るんじゃなかった……4人も死なせて……しまった、セーラ、すまない、みんな……」


 もう何年も泣くことなどなかっただろうペシュミントは涙した。


「俺を知っているのか、アドルアイゼンから 五指の大陸フィブリスに向かう道すがらスールのギルドで討伐任務を受けた、ガルグイユは狡猾なド畜生だからな……町に着いたら討伐隊が出向いたと聞いて追ってきたが」


 神槍と呼ばれたレナスは、顔に砂埃が張り付いていて、それも汗で泥水となって流れていた。


「おそらく手負いのガルグイユを囮に2体のガルグイユがあなた方を誘い込んだのです。やつらはそういう魔物。」


 ダリュークは先走ったペシュミントたちを責めるでもなくガルグイユの性質を語った。

「あたしが、私が先走って仕留めようと前に出なければ、冷静であれば、まだ、抵抗出来た、はずなのにっ……」


ペシュミントは自責の感情をそのまま口にする。


 一方でセーラは自失していた。いつも無駄口を叩いて姉を困らせていたセテ、夢見がちだけど弓の腕前は素晴らしく姉の自慢だったセテ、風魔術に愛されていつもそよ風のなかを心地よさそうに駆けていたセテ、弟のすべてはたった今終わって、思い出に形を変えていく。


「お嬢ちゃん、気を確かに」


 レナスは少し屈んでセーラの顔を覗き込み強めに肩を揺するが聞こえた様子はない。ぶつぶつとうわ言を口ずさんでいるようにも見えた。


 回復魔術は人の治癒能力を加速させるもの、大きく失った何かを取り戻す力はない、神官であるダリュークにも、水や光の魔術が使えるセーラにも、失った命を取り戻す術はなかった。


 伝承に伝わる運命の竜ラシエルハディアナは過去と未来を視る力があって改変できると言う、星辰の竜ダルグストカノンは大地を揺るがし地上を覆す力があると言う、混沌の竜アルドミナスガルトルは大地に豊穣をもたらす力があると言う、審判の竜ラニトブルテガンは悪しき者に審判を下す力があると言う、再生の竜クレストザンクは聖女アリシャーデンに権能を授け魔物を打ち払う力を与えたと言う。

 再生の竜はその権能によって自身ですら万年の時を生きながらえる実在の竜。一縷の望みは再生の竜による復活の力しかなかった。


 残酷な決着にあたりは静寂となり、誰も言葉を発しなかった。木々の葉のこすれる音が、虫が花を渡る羽音が、それが今しがた死んだ4人への手向けだった。

 そして青白い炎がたちこめる。それはセーラの身体から発せられていた。


「なっ……竜の力!」


 ダリュークは驚愕し叫んだ。


「おい……なんだってんだ、どうなってる?」


 レナスは、セーラの肩から手を離し後ずさる。


「……この力の感覚、私は知っている。運命の竜の化身が神託をもたらした時と同じ!」


 ダリュークも力の性質がわかっただけで、それ以上の説明は出来なかった。


 青白い炎は収束し、無表情のセーラが言葉のようなものを発する。それは一瞬で、青白い炎は光を急速に強め、硝子が粉々に砕かれるように飛び散った。あまりの眩しさにみな目を閉じる。

 徐々に光は収束し、薄ら目をあけて辺りを確認する者たち。


「なにが……なっ!食われた部分が治ってるぞ!!」


 レナスはすぐ変化に気付いた。リクの食いちぎられた部分が治っており、血色を取り戻していた。


「バカな……火傷が消え去って……息がある!」


 ダリュークは困惑した、頭から火の球を食らったアーガスも、何事もなかったかのように無傷で横たわっていた。


「そんな……デネリック、胸の傷がない……なにが」


 ペシュミントは自分の焼かれた身体が治った事も気付かず、デネリックに這い寄って胸の傷と息を確認した。


力を放った後もセーラは無表情だったが、みるみる目が、口が、緩んでいき涙が止めどなくこぼれ落ちる。そしてセテに覆い被さった。


「セテ!セテ!良かった!生きてる!!」


セーラの涙がセテの顔を、破れた服を、血の跡を洗い流す。セテは気を失っているのか、気が付く気配はないが首の傷は完全に消滅し、確かに呼吸を繰り返していた。


「これは、再生の竜の権能。その子は一体……」


 ダリュークは年長であろう這いつくばったままのペシュミントに疑問をぶつけた。


「……わ、わからないよ。普通の人間だよ」


 ペシュミントは辿々しくも知っている事を告げた。


「……ただ家系なのか魔術は得意だが」


「…………そうなのですね」


 ダリュークはペシュミントの言葉を聞いてしばらく考え込んでいたが、


「町に戻るぞ、この力の波動、他の魔物も感じたはず、集まると厄介だ」


 レナスは周囲の警戒に精神を研ぎ澄ます。危機は去ったと言えここは魔物の森。恐ろしい場所だ。


「セーラ君、でしたね、レナス、ご麗人も、戻る前にひとつお願いがあります。」


 ダリュークは告げる。


「セーラ君を、死んだ事にしてください──」


 誰も予想しなかった言葉。

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