双子の旅2

 宵から夜になり、松明で争いの跡を照らす。

 ハティマの腕利き魔術師であるデネリックは、ガルグイユの流した血を地面からこそげ取り織布の上に置いて、周囲に石灰と花びらを蒔く。


「・・・・・・土の精霊よクリヒンダーボーデン


 こそげ取った地面の血、足跡、様々な魔物の痕跡と思われる個所が淡く光る。


「追跡できそうです、セテ君、お手柄ですよ!」


 ガルグイユは非常に強力な魔物、町として都スールの冒険者ギルドに討伐依頼を出していた。

 しかし魔物が町の近くまで馬車を追いかけてきたのは珍しく、結果を見ればうまくおびき寄せる事が出来たとも言えた。それを手負いにして居場所まで特定できたのは渡りに船、一気に討伐の機運は高まる。


「しかし、これも長くは持ちません。そろそろ依頼した手練れの冒険者が来ても良い頃ですが」


 喜びもつかの間、デネリックは不安そうに都の方角を見る。


「師匠が来てくれれば百人力なんだけどな」


 セテはぼやいた。


「ソシア様はスール冒険者指南の要、そう簡単には動けないでしょう」


 セーラは残念な表情を浮かべた。

 ソシアとは、二人にとって師匠にあたる。都で魔物狩りの指南をしており、これまでに数多の魔物を屠ってきた強者だ。


「師匠も来れないならいっそ私たちで……」


 セテは姉のつぶやきを聞き逃さなかった。


「それだ!明け方になったら隊を組んで討伐しよう!手負いのうちに決着をつけよう!早いほうがいい!」


「私たちだけで、あの魔物を?」


 困惑するセーラだった。


「セテ君、セーラちゃん、逸るのは良くない・・・・・・スールにはⅤ《ルビー》級以上の冒険者を指名しているんだ。その者なら遅れはとらないだろう、しかし居場所が特定できるのは大きいのも確か、索敵が得意な者が来るとも限らないし、逆に用心深くなられて出てこない可能性も…いやどうしたら」


 デネリックはセテを静止するような口ぶりだったが、転じて考え込む。


「デネリックさんやオーガスさんもいるんだ、ペシュミントにも相談してさ!」


 セテは矢を命中させた自信があったからか、強気だ。


「ここにいたか、もう閉門するよ」


 妙齢はとうにすぎたが筋肉を蓄えた女性が3人に声をかけた。


「ペシュミント!」


 セーラはペシュミントと呼ばれた女性の元にかけより腕に捕まる。


「何にせよ被害がなかったのは幸いさ、楽しそうな話をしてるようだしギルドで話し合うかい」


 ペシュミントはセーラの捕まった腕を上げ力こぶを作ってみせた。

 

、頼もしすぎるだろ……」


 セテはペシュミントのお茶目な行動に苦言を述べたが


、だと言わなかったかい」


 ペシュミントは頭の血管を浮き上がらせながらセテの言い間違いを注意した。

 デネリックはまた始まったかと我関せず終始無言だった。


 


 明朝、ペシュミントを指南役として町の強者が招集された。


 町での魔術指南を務めるデネリック。

 門番のアーガスと、もう一人の門番のリク。

 ハティマの冒険者ギルドマスター、ペシュミント。

 双子の姉セーラ。

 双子の弟セテ。

 6人の編成。

 

「アーガスとリクは壁役。デネリックは防御魔術、セテは飛翔をけん制、セーラは機を見て氷矢を食らわせてやれ。あたしは壁役の後ろから支援と攻撃、指示を出す。」


 ペシュミントは淡々と各人に言い伝える。彼女は二人の父とも魔物討伐で共闘した熟練者であった。妙齢はとうに過ぎて衰えたが引き締まった肉体、白髪交じりの長髪を一本に束ね一種の圧力を醸し出している。


「正直、若い二人を出したくはなかったが、狩人ではこの町一番だ、しかし、あたしが逃げろと言ったら躊躇なく逃げるんだよ、いいね」


 ペシュミントはセテとセーラの肩を掴んで真面目に言う。


「…わかってる!」


 昨日の茶化しあいは嘘のように真剣な表情でセテは答えた。セテもセーラも狩人として危険な場面に遭遇してきた、命を落とす同士もいた。実力よりも、準備、知識、諦観が足りなくて死んでいく。


「自分の火魔術では火と水に長けたガルグイユの耐性を突破できない、申し訳ないが防御支援に徹するよ」


 デネリックはやれやれといった感じでガルグイユとの相性悪さを嘆く。


「そうさね、強大な魔術ぶっ放して先制するのが簡単なんだが……あいにく町の連中もあたしもガルグイユを短期で仕留められる手札がない。セテ、セーラ、お前たちが作戦の要だよ、超速の矢、氷の矢、どちらも奴を殺せる。」


 ペシュミントは手斧や弓矢など満遍なく扱う戦士だがセテとセーラの弓矢練度、魔術素養の高さは認めており、ガルグイユの防御を突破できると考えていた。


「いっそ暢気に空でも飛んで的になってくれないかな・・・」


 アーガスは詰まる空気のなか冗談を言う。リクも苦笑いしていた。


 

 デネリックの魔術でガルグイユの痕跡をたどる。血痕、足跡、触れた場所、あらゆる行動が暴かれていく。


「新しいものほど反応は強い……あの岩場に続く木々にも反応が、近いですね、静かに」


 一同息を呑む。手順通りに。


 アーガスとリクはガルグイユを視認したが、ガルグイユの首が素早くこちらを向く。


「気づかれたか!突っ込んで動きを止めるぞ!」


 アーガスとリクは盾を構えガルグイユに突進。


 デネリックは触媒の鉱石をかかげて詠唱した。


重層なる盾シェイヒットシールド


 アーガスとリクの装備が淡い緑色に発光する。


 ガルグイユは炎の球を吐き出し、二人を攻撃するが魔力を帯びた盾を前に炎は霧散した。


「なんとか耐えてくださいよ……!」


 続けて巨体のかぎ爪が振り回される。軋む盾と身体、二人は代わる代わる攻撃を受け流し役割に徹した。足の矢傷が動きを鈍くさせているようだった。が、次は水塊を上空に吐き出す、それは盾の頭上を抜け放物線を描いてデネリックを狙った。

 ペシュミントはハチェットで水塊を叩き、軌道を逸らせた。


「あたしゃ水のブレスって聞いてたんだが気持ちいいもんじゃないね……」


 水塊が落ちた場所の草木は腐食していた。


 アーガスとリクの防御に加えペシュミントの攻撃がガルグイユを追い詰める。斧による裂傷も複数負わせ、木々を抜け開けた場所まで後退させていた。

 ガルグイユが距離を取ろうと飛翔した瞬間、セテの矢がガルグイユの肩を貫通する。


「今!」


 作戦は当てはまりセテの矢がガルグイユを捕らえて地面に這いつくばらせた。セーラからは3人が壁になって今は矢を放てない。ペシュミントは自ら決着をつけようとハチェットを振りかぶって吼えた。


 ガルグイユは一刀両断、にはならなかった。


 炎は横から来た。


 ペシュミントの無防備な側面に炎が直撃、衝撃で横並びになっていたアーガスとリクを巻き込み吹き飛ばされる。陣形は崩された。

 ペシュミントに炎を放った何者かは、デネリックに突進した。デネリックは咄嗟に石と炭を投げて炎の魔術を行使する、相手は頭を振りかぶって炎の玉を吐き出し相殺される炎に飲み込まれながら、尚もデネリックの元にたどり着いた。

 鋭い爪で切りつける。


「かはぁっ!!」


 デネリックの胸は切り裂かれ血しぶきが空を舞った。


 アーガスとリクは呆然とした。ガルグイユはもう一体いたのだ。


「こっちだ!!」


 アーガスは咄嗟にリクに目配せし、新たなガルグイユに立ちはだかった。リクは手負いのガルグイユの前で盾と斧を構えけん制する。しかし目論見は看破された。新たなガルグイユはアーガスを無視し、さらに離れたセテに突進した。


「くっ!」


 セテはけん制の矢を放つが、視認されている状態では素早く躱される。弓を捨て剣を持ち応戦の構えとった。後ろに控えているセーラを庇う姿勢だ。


光よ!!リヒトシュターレン


 セーラはセテの後方から目くらましの魔術を放ち、矢を撃った。セテの影から伸びる矢はガルグイユの脇腹をえぐる、しかしガルグイユはなりふり構わず炎の球を吐き出してきた。

 セテは避けなかった、避ければ姉に当たる。風の魔術で炎を押し返すが間に合わず、片腕が焼けただれた。


「ぐあああ!!」


「セテ!!」


 駆けつけたアーガスがガルグイユを斧で切りつけた、はずだった。上空からの炎に押しつぶされるアーガスがそこにはあった。

 3体目のガルグイユが降り立つ、そして剣での応戦むなしくセテはガルグイユたちに首をかき切られる。


 絶命。


 セーラは崩れる弟の身体を受け止め、その他に出来る事がない。ひとつ出来る事があるとすれば、それは後悔だ。


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