双子の旅1
数百年の時は過ぎた。
ここは「
魔物蔓延る新天地、
そして港の都スールから内陸の森を抜けた山の麓にハティマという狩人の町がある。
二人の姉弟はそこにいた。もう年頃なのだが村の営みである動物や魔物の狩りに勤しみ、干し肉や素材を作っては港へ納めていた。近頃は開拓で品々の取引も盛んだ。
弟のセテはスールから出た事がなかったので、取引での雑談で一攫千金を夢見る噂話や冒険譚を楽しみにしていた。──そんな時代の変化に好奇心を踊らせていた。
姉のセーラがセテを呼ぶ声がする。
「姉さん!新大陸で家の大きさはある亀の魔物が出たって!冒険者たち大勢で倒したらしいけどなんとその甲羅は鉄より丈夫ってすっごい高値で」
セテは町に訪れた商人と金物の取引をしていたが、いつの間にか噂話で盛り上がっていた。
「セテ、そんな亀がいたらあなたの矢は弾かれて頭から食べられてしまうわね、残念、かわいそうに……」
姉は噂に一喜一憂する弟を目の当たりにするなり言葉の冷や水を浴びせる。
「甲羅が固いなら目を狙う、3射で脳天貫通さ!今に見てろ!」
セーラはセテを煽ったつもりはないが言葉尻を食いついかれて、つい笑う。
「ふふっ、むきにならないで、それより目当てのものは仕入れたの?」
セテは姉のからかう笑みを不服そうに肩をすくめるが、砥石や鉄の製品が積まれた木箱を掲げて姉に見せた。
「あら、ありがとう、商人さんも鉄器をたくさん運んできてくれて助かるわ」
中年小太りの陽気な商人はセーラの労いに気を良くし、セーラの笑顔にだらしなく口角を下げた。
「なあに、
うわずった声の商人をすかさずセテは小突く。
「おじさん、
スールは魔物の大陸に最も近い大きな島、熟練の狩人を育む逞しい国だ。
警鐘が鳴る。
宵の町外れ、外壁のさらに向こうから、二頭曳き馬車と武装した者たちが雪崩のように町の門へと向かってきた。
炎の玉が、その者たちを狙って背後から飛来する。
炎の玉は、逃げ惑う者たちを掠めて地面に落ち爆散した。削れた地面の石つぶてと炎の欠片が飛び散る、その衝撃で一人の女が転倒。
見張り番である町の戦士アーガスは固唾を飲んで見守っていた。鳴らした警鐘で援軍を待つ、すると外壁の際まで駆けつけた双子の姉弟がアーガスの傍に立って壁の切れ目から状況を目の当たりにした。
「またあいつが出やがった!女がまずい、けん制頼めるか!」
アーガスは開門の準備をしながら二人を見るなり叫ぶ。
「私が正面、セテの
セーラが手短に弟に指示を出す。
セテは、近くのやぐらに駆け上り身を隠しながら女の方向に向けて弓矢を構える。セーラとアーガスは鈍重な門を解放してそれぞれ弓矢と斧を手に外に出る。
「こっちだ!今のうちに!」
馬車にむかってアーガスが吠える。
転倒した女の上空から灰色の物体が降下した。セーラは小声で詠唱、構えた矢が水に覆われ凍り付く、瞬間、矢は射られた。女を上空から襲おうとする──蛇のような頭、人間のような体、コウモリのような翼の魔物に向かって。
その魔物はガルグイユと言った。
ガルグイユは頭を振りかぶって口を大きく開き炎の球を吐き出す。炎の塊がセーラの矢を迎え撃って衝突するが、矢は切り裂くように貫通してガルグイユに迫る。身をよじりながら翼で矢を絡め落とし上空へ逃げるガルグイユだが、翼の一部に氷が貼りついて滞空するのがやっとだった。
次の瞬間、滞空するガルグイユと身を伏せた女の頭上を掠める突風。
鮮血が地面にまき散らされた、ガルグイユの脛には矢が突き刺さっていた。
機を見てセテが射た矢は、セテが得意とする風の魔術に乗って加速、弧を描く事もなく一直線に突進してガルグイユに命中した。彼の魔物が矢に気づいたのは生暖かい液体の感触を脛に感じた後だった。
馬車と武装した者たちが門の内側に引き込まれる、セテとセーラは続けて二射目を放った、ガルグイユに当たりこそしないが女から遠ざかっていく。アーガスはその隙をみて女のもとに駆けつけた。
「うおおお!逃げるぞ!」
セテとセーラの矢が上空飛ぶ中、アーガスは女を担ぎ上げ一目散に逃げ戻った。
門の内側に入るなりアーガスは女を敷布の上にごろんと寝かしつける。
「炎にやられてる!セーラ!」
周囲の者が門を閉める隙間を縫ってセーラは最後の矢を放つ。牽制を終えたセーラは女の元に駆け寄った。
「ひどい、火傷と裂傷!水と清布をもってきて!」
馬車の者たちは慌てながらもセーラの指示で処置がなされていった。癒着がない事を確認して女の衣服が剥がされていく。固く絞った布で身体についた小石など異物が除かれていった。セーラは携えた小瓶から液体を女に振りかけ小さく詠唱、青白く優しい光で出血が和らぎ、火傷の部分が本来の肌色を取り戻していく。
「良かった、深くはないわ・・・・・・」
セーラは安堵して胸をなで下ろす。
「これは洞窟で採取した湧き水に神殿で祈りを捧げたもの、効果は高いはず」
この世界で魔術は、精霊、竜、神的な存在の超常なる力を借りて行使される物であり、その力を持つ存在から対価を要求される。先ほど矢の周囲に投げた石と塩、海砂利と海水の塩、そして泉の清水。力を持つ精霊が好む供物を捧げ、借りたい力を要求し応じてもらう。
「君は水の魔術師か!娘を助けてくれてありがとう!礼を言う」
馬車の隊のリーダーとおぼしき中年がセーラに頭を下げる。
「しかしスールからハティマの道中あんな魔物に出くわすなんて、何なんだ」
リーダーが滴る汗をぬぐいながら落胆して愚痴を漏らした。
「……!」
アーガスはリーダーを睨みつけるようだった。
女は朦朧としながらも起き上がる。セーラはその肩を抱きとめた。
「……娘さん?よかった。回復の魔術を使ったけどすごい疲れると思うの、無理しないで」
女は礼を述べようと口を動かすが口内が乾いてうまく発語できていなかった。
「姉さんただいま、残念だけどガルグイユは取り逃がし・・・・・・」
女は服を剥ぎ取られて半裸に近かったことにセーラは気付く。
「セテ!後ろ向いて!!」
回れ右するセテ、セーラは側にあった毛布で女を包み、もう平気と小さく咳き込みながらセテに伝える。しかしすぐ真顔になりリーダーに向き直ってセーラは言う。
「先ほどの魔物はガルグイユ、空を飛び火を吐く恐ろしい魔物、すでに何組かの商隊、狩人も殺されています。
・・・・・・皆さん近接職で魔術や弓を扱う者がいない様子、スールから来たならギルドで情報が得られたと思うのですが確認しませんでしたか?」
少し怒り口調のように感じたリーダーは美人の思わぬ豹変に狼狽える。
後ろに居たアーガスも口をへの字にしてどっしり構えて威圧するようだった。
「い、いや、私たちは
セテとアーガスはため息をついた。
「スールは
女は、セーラの魔術で傷は回復してきたが、恐怖を思い出したのか目に涙を浮かべ震えてうなずく。
「その、助けるためとは言え頭上を矢が掠めたんだ、怖かったよな、でも無事で良かった」
急に会話を振られたセテは気の利かない言葉を述べる、女は何も悪くないと首を振ってセテの袖を捕まえる。
「まあ・・・・・・おしっこ漏らすくらいには怖いよな」
女は下半身の状態に気付いて絶望した、羞恥、そしてセテの頬を平手が捕らえた。
それは風魔術の矢より早かった。
「信じられない・・・・・・」
セーラはあきれるしかなかった。
「・・・・・・それ、今言うかな?」
リーダーも、助けられた身ながら言わざるを得ない苦言を呈した。
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