アリシャーデンの挿話1

 遥か北の大地、名もなき山間の村に一柱の竜が落ちた。その竜は東方より飛来し、西の絶海にある孤島「竜の棲む島バードアイランド」へ向かう道半ばであった。竜とは人類種の誕生より遥か昔から世界に羽ばたく半神、巨大な鱗の翼がそびえる、蛇にも鰐にも似た巨大な獣である。

 年老いた彼の竜はすでに一万年の時を過ごす古竜、ある時は人類と魔物の争いを空から眺め、ある時は気まぐれに竜を信奉する神殿の上を飛びまわり、ある時は孤島で竜の仲間と静寂を過ごす。竜は動物とは比較にならない長命と巨体を誇っていて、自発的に他種と関わる者はいない。いつしかそれは竜の掟として、人にも魔物にも獣にも干渉しないと解釈された。

 彼の竜クレストザンクは、しかし突如出現した暗雲より噴出した雷に、その身を撃ち落とされる。竜には強大な権能があり、それはクレストザンクも例外ではない。クレストザンクの権能は、回復、復活を司る再生の力。しかしクレストザンクはその権能を自身に使う事はなかった。


 山が突如噴火したのかと思うような轟音と振動が村を襲った、山間の村はずれに巨大なカタマリが墜落した。閃光からの轟音に驚いた村人たちは様子を確認しようと開き戸から顔を出した。ある者は暗雲立ちこめる空から巨大な何かが村の外れに落ちていくのを目撃した。村人たちは急ぎその巨大な何かが落ちたであろう場所へと向かった。黒く巨大なそれは呼吸するかの如く膨張と伸縮を繰り返していて、水蒸気が立ちこめている。


「ワイバーンか、それにしては大きすぎる・・・・・・」


弓矢を手に毛皮を肩にかけた精悍な狩人が言った。この辺りで飛来を確認する事は珍しくないが、これほど巨大な個体は見たことがない、ほかの村人たちもただ驚く。


《なんじらは、この地に、住まう者たちか》


低い地鳴りのような振動が村人たちに伝播した。聞こえたのではなく感じた、頭のなかに不自然に響く声。


《我はクレストザンク、しばらく飛翔できないゆえ、この地を借りる》


 音は巨大なカタマリを竜だと言う。瞬間、青白い光が放たれる、カタマリを包んで、藍が深まった色、宝石のような硬質の竜鱗が出現した。──ようやく再生の権能を行使した。

 首を高々上げて、破裂音と共にこびり付くコゲを落としながら翼を広げる。数回羽ばたいてコゲが地面に散っていった。

 年老いて白鬚を蓄えた村人が竜の前に進み宣言する。


「再生の竜クレストザンクよ、豊穣の竜アルドミナスと並ぶ古竜よ、これは天恵、すべては竜の御心のままに仕えましょう」


そして老人は地にひれ伏し頭を垂れる。その様にほかの村人も驚き、手持ちの槍など地面に投げて地にひれ伏した。


《アルドミナス、久しく聞かなかった名だが人間の標となっているのだったな、いずこで寝ているやら。良い、しばらく飛ぶことも敵わない、力を貸せ》


ゆっくりと、その口より言葉を語る。

老人は尋ねた。


「必要な供物を捧げましょう。再生の竜、その力をもって治癒しない雷だというのですか、恐ろしい災いが出現する先触れなのでしょうか」


クレストザンクは淡々と言葉を返すが、意図した答えではなく。


《再生の力は卵に使われた、幾度か日が巡る頃我は卵を産み落とす、我の翼もじきに回復するだろう》


さらに言葉を続ける。


《我は再生の竜。であるなら必要があれば力を貸そう、それが対価だ》


村人たちはさらにひれ伏した。そして竜は咆哮する。忍び寄っていた数体の魔物が、竜の咆哮による衝撃波で吹き飛ぶ。周囲の木の枝は折れ、地面も削れていた。


《立ち上がれ、魔物を排除する事は容易いが山が痛む。それは望まぬ事だろう、この身を隠せる場所は近くにあるか》


精悍な狩人は立ち上がって服の砂埃を払い胸に手を当て答えた。


「竜よ、近くに鉱山があります、この村はわずかばかりの聖銀鉱。そして狩りを生業にしておるのです。入り口を広げる必要はありますが見張り小屋もあるので都合が良いでしょう」


伝承でしか知らない竜と村人は対話した、そして竜の力による施しが得られる。村人は狩人として力を示して竜を守護し、新たな竜の誕生を待つのだった。

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